花嫁の「初夜」が領主のもの……であった時代
不純愛トーク 第186夜
私たちの愛し方に大きく影響する「価値観」。その土台を作ったのは、18-19世紀にかけての「市民革命」でした。「初夜権」まで有していたと言われる封建領主たちの支配に、「市民」たちは、どんな価値観を振りかざして闘ったのでしょうか?――
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哲雄 ね、AKIクン。ボクたちは、いま、ふつうに「市民」と言ってるけど、この「市民」っていう概念は、いつ頃、成立したか、ご存じですか?
AKI ローマ時代……とかですかね?
哲雄 ああ、ギリシャとかローマの時代は、基本的に国家は「都市国家」でしたからね。その都市を構成する成員は「市民」と呼ばれました。でもね、その「市民」は、「奴隷ではない」ということと同義でした。
AKI 奴隷……?
哲雄 古代の都市国家は、膨大な数の「奴隷」によって支えられていたんですね。この「奴隷」の労働力の上で「市民」と呼ばれる階層が優雅な都市生活を享受していました。したがって、この時代の「市民」という概念は、現代の「市民」とは、まったく意味が違っています。
AKI その市民たちは、どうなっちゃったんですかね?
哲雄 ギリシャやローマが繁栄をきわめた「古代」という時代が終わると、次にやってくるのは「封建制」の時代なんですが、この「封建制」を構成していたのは、領地を持っている「貴族階級」(日本では、貴族と武士)と、その領地内で働く農民、あとは、手工業に従事する職人やその徒弟たち、ごく一部の商人たち――という顔ぶれでした。この領主と領民の関係が、日本とヨーロッパでは、少し違っていました。日本では、「市民」と呼ばれる層が育つ仕組みになっていなかったのですね。
AKI なんか、歴史の勉強みたいになってきましたが、エーッ……と、日本とヨーロッパでは、どこがどう違っていたのですか?
哲雄 いちばん大きいのは、税金の取り方の違いですね。日本では、年貢という形で、その土地からの収穫物を一定の割合で徴収しました。「農民は、生かさず、殺さず」というのが、彼らを支配していた武士階級の考え方でしたから、このやり方だと、領民は、常にギリギリの生活を強いられることになるよね。
AKI ヨーロッパは年貢じゃなかったんですか?
哲雄 後に、貨幣で納める年貢に変わっていくのですが、最初のうちは、だいたいは労役提供型でした。つまりね、自分の畑は自分で耕作して、その収穫物は全部、自分のものにする。その代わり、領主の農地にも出かけて行って、その土地を耕作する、という「労役」を提供する。これが税金代わり。領主の収入は、領民に耕作させた自分の領地からの収穫物ということになるわけですね。
AKI 大して変わらないじゃありませんか?
哲雄 とんでもない。まず、意識の持ち方が違います。「年貢方式」だと、自分の田畑は単なる「フランチャイズ」だから、まるごと領主に支配されてるという感じがする。しかしね、「労役提供方式」だと、領主の意識的支配を受けるのは、領主の田畑に出かけて労力を提供しているその時間だけ……ってことになるよね。自分の土地は、自分が支配している独立のテリトリーという意識を持つことができる。ここから、「自己権力」という意識が生まれます。あんまり適切なたとえじゃないかもしれないけど、マンションをあてがわれて囲われてる「愛人」と、ときどき合ってエッチするだけの「セフレ」の違い――って感じかな。
AKI 私には、すご~く、わかりやすいたとえでした。つまり、「セフレ」のほうが、心まで支配されなくてすむ――と、そういうことですね。
哲雄 ま、簡単に言うと、そういうことです。で、この違いには、もっと大きな意味がある。「余剰収穫物」の問題です。年貢方式だと、たくさん収穫してもそのぶん、年貢で持っていかれてしまうけど、労役提供方式だと、余分に収穫したものは、全部、自分の利益として蓄積できる。これが大きいんですよ。
AKI あ、そうか……。働けば働くほど、豊かになっていくわけですね。
哲雄 当然、働く力には個人差があるから、剰余を蓄積できるものとそうでないものが出てくる。つまり、豊かな農民とそうでもない農民の差が生まれて、豊かな農民の中には、人の田畑も吸収してどんどん大きくなっていくものが出てくる。そしてね、そういう豊かな農民の中から、蓄積した資金を元手にマニュファクチュア(工場化された手工業)を営むものが出てきた。特に、羊農家などでは、この傾向が顕著でした。こうして現れた新しい、裕福な連中が、「市民」と呼ばれる階層を形成していくわけです。
AKI 市民革命とかを起こしちゃうのは、そういう層だったんですか?
哲雄 そうです。社会に新しく登場した「市民」たちは、それまでの、土地に領民を縛りつけようとする領主などの旧支配階級の束縛を排除して、新しい価値観を打ち立て、自分たちの経済的活動の自由を獲得しようとしました。その動きを精神面からサポートしたのが、まず「宗教改革」。もうひとつは、「自由・平等・博愛」を叫ぶ「啓蒙思想」でした。
AKI エッ、宗教改革? 宗教が何か関係してるんですか?
哲雄 「お金を貯めることはいいことだ」と教えました。
AKI エーッ!? そんなこと、教えたんですか?
哲雄 直接、そんなことは言いませんよ。ただね、こう教えました。「職業は、神から与えられた天職であり、仕事で得たお金は神聖なものである」――と。この教えが、当時、ヨーロッパの各地で勃興しつつあった、中産市民階級の価値観にフィットしたんですね。
AKI どんなふうに……?
哲雄 それまで、ヨーロッパの精神界を一元的に支配していたのは、ローマ・カトリックの価値観だったんだけど、カトリック的価値観から言うと、「稼いだ金を貯め込む」なんていう考え方は、賤しく、罪深いものだったわけです。ホンネを言うと、そういうお金は教会に寄進しなさい――だったんじゃないか、と私は思うんだけどね。
AKI 確かに……「仕事で得たお金は神聖」って言われると、私だったら、一生懸命働いて、お金貯めよう――って思っちゃうな。
哲雄 でしょ? そうして精神的後押しを受けた市民階層の中からは、お金を貯めて、それを元手に手広く事業を始める者が出てくる。こうして「産業資本家」というものが、次々に誕生していくんだけど、それでもまだ、彼らは政治的には自由でなかった。封建領主たちの政治的支配があったからね。
AKI 政治的支配……?
哲雄 簡単に言ってしまうと、領民というものは、領主の所有物であったわけです。AKIクンの好きそうな例で言うと、花嫁の「初夜権」は領主のもの――なんてところまであった、と言われています。
AKI エッ、、エッ!? 初夜権……? 何すか、それ?
哲雄 要するに、
花嫁の体を最初に味わう権利は、領主とか国王にあった
って話なんだけどね。
AKI ウソでしょ?
哲雄 実は、この手の話は、世界の各地に残ってるんだけど、果たしてほんとにそんなことが行われていたのかどうか――については、残念ながら実証されてない。あくまで「伝承」として残ってるだけなんだよね。ただ、その初夜権の行使を拒む場合には、「婚姻税」のようなものを納めなければならない、とされてて、その「婚姻税」の名残は、わりと近代まで残ってたりした。
AKI フーン。なんか、哲ジイ、うらやましそうですね。
哲雄 いやいや、私は領主なんて器じゃありませんし、たとえなれたとしても、「そちの花嫁を連れてまいれ。余が破瓜して進ぜようほどに」なんてことは……。
AKI 言うよね。絶対、言う。
哲雄 ハ、ハイ……少しは。ま、それはジョーダンですけど、そんなふうにね、力をつけてきた市民階級ではあっても、封建的な政治支配からは、まだ自由ではなかった。そこへ出てきたのが、「啓蒙思想」だったわけです。そこで初めて「人権」という考え方がぶち上げられました。
AKI それまでは、「人権」なんてなかったわけですね?
哲雄 ありませんでした。まず、「神権」というものがあって、次に「王権」というものがあって、人間は、それらに従属するものと考えられてましたからね。
AKI でも、啓蒙思想は、神様を捨てろ――と説いたわけではないでしょ?
哲雄 もちろんです。キリスト教では、人間と神様は契約を結んでいる、と考えます。それまでは、その契約の仲立ちとして「教会の権威」というものが介在してたわけですが、「宗教改革」によって、この仲立ちとしての「教会の権威」が排除されたわけです。つまり、神と人間は、「信仰」というものを通して、個人と神とが直接、契約を結ぶようになった。これによって、「信仰」は、個人個人の心の問題になったわけですね。
AKI ある意味では、都合のいいものになった――とも言えますよね?
哲雄 オッ、鋭い! そうなんです。「信仰」が個人の心の問題になることによって、人間は、生活のかなりな部分で、「信仰」を()にくくって、ものを考えたり、世俗的活動をすることができるようになりました。これ、ものすごく大きなことなんだよね。
AKI そこんとこ、ちょっと詳しく知りたいです。
哲雄 わかりました。ちょっと寄り道になりますけど、次回、その話を詳しくご紹介しましょう。

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