妻は夫を労わり、夫は妻のために「ダンディズム」
小さな愛の「いい話」〈6〉

電車でたまたま目にした、いい感じの老夫婦。
夫を労わる妻、妻の前で見せる夫の「ダンディズム」に感服…。
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墨田区内の病院に通うため、私は、月に一度ほど、東武線⇒半蔵門線の直通電車を使う。
平日の昼間の上り電車の車内は、ガランと空いていて、乗っている乗客と言えば、たいていは、地元のおじさん、おばさんたちである。
地元と言っても、チャキチャキの下町だからして、車内にそういうおじさん・おばさんたちが3人、4人と乗っていると、相当にかしましいことになる。
しかし、幸いなことに、その日の車両は静かだった。
私の正面の座席には、おそらく70代後半あたりか……と思われる老夫婦が、仲よく腰を下ろしていた。
そのほほえましい姿を何の気なしに眺めていたのだが、改めて見ると、この夫婦、なかなかの美形である。昔は、さぞかし、美男・美女のカップルだったに違いない。
特に、旦那のほうなんぞは、白粉塗って目張りでも入れようものなら、いまでも歌舞伎の舞台に立てそうな風情である。
それに、茶を基調としたズボンとセーターの組み合わせの上から、たぶんカシミヤだろうと思われるグレーのマフラーをサラッと巻きつけたところなど、なかなかのダンディぶりでもある。
しかし、どこか体がわるいのか、座席に座りながらも、手にしたステッキを放そうとしない。横にちょこんと座った夫人が、やや体を斜めに向け、ステッキに預けた旦那の腕に両手を添えて、いたわるような視線を投げかけている。
その夫人がまた、きものを着せて髪を結い上げでもすれば、小唄の師匠か置屋の女将に見えなくもない、といった趣で、その歳にしてなお、そこはかと漂ってくる色香の名残のようなものを感じさせる。
薄紫に染めた白髪の感じも、鼻にちょんとかけたような遠近両用と思われる眼鏡のフレームも、なかなか上品でセンスのよさを思わせる。
フーン、いい感じに年輪を重ねた夫婦なんだなぁ……と、私は、見るとはなしにその様子を眺めていた。
平日の昼間の上り電車の車内は、ガランと空いていて、乗っている乗客と言えば、たいていは、地元のおじさん、おばさんたちである。
地元と言っても、チャキチャキの下町だからして、車内にそういうおじさん・おばさんたちが3人、4人と乗っていると、相当にかしましいことになる。
しかし、幸いなことに、その日の車両は静かだった。
私の正面の座席には、おそらく70代後半あたりか……と思われる老夫婦が、仲よく腰を下ろしていた。
そのほほえましい姿を何の気なしに眺めていたのだが、改めて見ると、この夫婦、なかなかの美形である。昔は、さぞかし、美男・美女のカップルだったに違いない。
特に、旦那のほうなんぞは、白粉塗って目張りでも入れようものなら、いまでも歌舞伎の舞台に立てそうな風情である。
それに、茶を基調としたズボンとセーターの組み合わせの上から、たぶんカシミヤだろうと思われるグレーのマフラーをサラッと巻きつけたところなど、なかなかのダンディぶりでもある。
しかし、どこか体がわるいのか、座席に座りながらも、手にしたステッキを放そうとしない。横にちょこんと座った夫人が、やや体を斜めに向け、ステッキに預けた旦那の腕に両手を添えて、いたわるような視線を投げかけている。
その夫人がまた、きものを着せて髪を結い上げでもすれば、小唄の師匠か置屋の女将に見えなくもない、といった趣で、その歳にしてなお、そこはかと漂ってくる色香の名残のようなものを感じさせる。
薄紫に染めた白髪の感じも、鼻にちょんとかけたような遠近両用と思われる眼鏡のフレームも、なかなか上品でセンスのよさを思わせる。
フーン、いい感じに年輪を重ねた夫婦なんだなぁ……と、私は、見るとはなしにその様子を眺めていた。

やがて、曳船の駅が近づいて、電車はスピードを落とし始めた。
「次ですね」
夫人が窓の外に目をやり、そわそわとし始める。
荷物を持って席から立ち上がろうとする夫人を、隣の旦那が「まだまだ」というふうに手で制して言う。
「おまえは、ほんとにせっかちだねぇ。ゆっくりでいいんだよ。ゆっくり、ゆっくり。身の丈に合わせて、ゆっくり。歳をとったら、気持ちに体を合わせるんじゃなくて、体に気持ちを合わせなくちゃいけないよ」
この旦那、すごいこと言うなぁ――と、感心しながらなおも見ているうちに、電車は駅構内に滑り込み、車輪にブレーキのかかる音が響く。
「さぁ、着きましたよ」
夫人は立ち上がって、腕に添えた手で旦那の体を支え、立ち上がらせようとする。
早くドアの前に立たないと――と、旦那を急かす夫人。おそらく、旦那は、そんなにすばやく動くことができないのだろう。
しかし、それでも旦那は、悠然と座席に座ったまま、そんな夫人をなだめるように言うのである。
「まだ、まだ。ちゃんと止まってからでいいんだよ」
「でも、降りる前にドアが閉まっちゃいますよ」
「ドアなんて、待たせとけばいいんだよ。ドアより人間のほうがエラいんだから……」
ホホウ……である。
それでも、気が急いてオロオロする夫人に、旦那が言った言葉が、さすが下町の粋を心得た――と思わせるひと言で、私は感服つかまつったのであった。
「ちゃんと止まる前に立ち上がると、つんのめっちまうだろ? つんのめってこけちゃうと、カッコわるいだろ?」
「まだ、カッコなんて気にしてるんですか?」
「そりゃ、そうだよ。死ぬまで気にするさ。オレがカッコわるいと、おまえだって、恥ずかしいだろ?」
死ぬまでダンディズムを貫くぞ――の心意気である。
参りました。

電車が完全に停止すると、老いたるミスター・ダンディは、夫人に左腕を支えられ、右手に持ったステッキを杖にして立ち上がり、ゆっくり、ドアの外へと足を踏み出した。
ふたりの姿が外に出ると、ドアは音もなく閉まり、電車は再び、走り始めた。
私は、駅のホームをふたり並んで、ゆっくり、ゆっくり歩を進める夫婦の姿を、座席に座ったまま、目で追った。
その姿が、まるで歌舞伎の花道を行く、ふたりの「道行」のように見えた。
よっ、成田屋!
いや、
大和屋――か。
思わず、ふたりに声をかけたくなった。
電車に乗っていると、たまに、あんなふうに歳をとりたい――と思う人々に出会うことがある。
その老夫婦は、間違いなく、そんなふうに思わせてくれるふたりであった。

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