第18夜☆「浮気」を「不倫」に変えたのは農業?
AKI ねェ、哲ジイ、浮気って、いつの間に不道徳なことって言われるようになったんだろうね?
哲雄 本能という側面から見ると、動物のオスは、メスが自分以外のオスの子どもを宿すことを、ものすごく恐れる。恐れるから、他のオスの接近に対しては、攻撃性をむきだしにして、場合によっては、そのオスを殺し、もちろん、そのメスが産んだほかのオスの子どもも殺してしまう。この話は、前にもしたよね(第13夜・チンパンジーはなぜ乱婚するのか?)。
AKI 自分のコピーを残す、という、遺伝子の命令に従うからでしょう?
哲雄 遺伝子は命令まではしないけど、結果的には遺伝子の企みに従うことになる。でも、メスは浮気する。オスの目を盗んでは、浮気しようとする。
AKI 子どもを殺される危険をも顧みず……。
哲雄 オスの目をごまかすために、チンパンジーは乱婚する、という話もしたよね。
AKI ハイ、拝聴しましたですよ。でも、人間のメスは、乱婚まではしないよね。
哲雄 しないけど、浮気はする。愛人も作る。前回は、そんな話でした。でね、これがいつ頃から、「不倫」の烙印を押されて、場合によっては「死刑」になったりするようになったのか?
AKI エッ、死刑になっちゃうの? 浮気しただけで?
哲雄 既婚の女性が、他の男の密通を働くと、たいていの場合は死刑。聖書に描かれているユダヤ(ヘブライ)の世界では、「石打ちの刑」。群集に石を投げつけられて、打ち殺されてしまう。中国や日本では、不義密通を働いた女は自殺が当たり前。そして、日本やインドの夫には、密通を働いた妻を手打ちにする権利も与えられていた。
AKI 男のほうは?
哲雄 他人の妻を寝取ったのだから、当然、こちらも厳しい責めを負う。日本の武士階級なら、切腹。中国では火あぶり。インドでは、熱い鉄板の上に座らせられて、ペニスを切り落とされた。
AKI でも、亭主の浮気はおとがめなしだったわけでしょ?
哲雄 そう。他人の女房に手を出さない限り。それについては、前にも話したよね(第1夜・「結婚」は「財産問題」である)。既婚の男が召使を手ごめにしようが、街で未婚の娘をナンパして事に及ぼうが、何のおとがめもなし。つまり、浮気については、世界は長い間、この二重基準(ダブル・スタンダード)を規範としてきたわけです。
AKI でも、前回のチャムス族の話とか、イヌイットの話は、ゼンゼン違ってたよね。妻の浮気が公認だったり、公然の秘密だったり……。
哲雄 でしょ? 一般に、狩猟・採集の世界では、ゆるいんだよね、性の基準が。
AKI まったく、罰とかは受けなかったの?
哲雄 まれに、妻の浮気とか、他人の未婚の娘に手を出したとかいう場合に、手を出した側の男と、手を出された側の家族または部族の間で、もめ事が起こる場合もあった。でも、それは、家族と家族、部族と部族の間の問題になって、たいていの場合は、なんらかの仲裁が行われる。長老とかが集まって……。
AKI どんな結果になるの?
哲雄 ま、人の奥さんに手を出したあんたのほうがわるいんだから、どうだろ? ここは、ヤギ2頭とニワトリ10羽ってことで……みたいに、物納で解決する場合が多いみたいだよ。
AKI 値切るのもあり? ニワトリ10羽はきついから、そこを何とか5羽にしてもらえないか……とか。
哲雄 ウン、あるみたいだよ。ニワトリの代わりに、酒でガマンしてくれとかさ。
AKI なんか、牧歌的ですね。いまで言うと、慰謝料みたいなものね。
哲雄 そう言えば、そうだね。
AKI じゃ、さっきの死刑にしたり、ペニスを切り落としたりっていうのは、文明国の話?
哲雄 厳密に言うと、農耕社会の話。農耕中心の文化になってから、性の規範も厳しくなったんだね。
AKI ヘーッ、それって意外。
哲雄 いろんな意味で、農業が人間を変えたんだよね。コリン・タッジという人が『農業は人類の原罪である』って本を書いてるんだけど、要するに、農業が始まることによって、人は土地という私有財産を保有し、食糧を備蓄するようになった。生産力の違いから富める者と貧しい者の格差も生まれ、徐々に強大な権力が生まれていった。
AKI それと不倫と、どんな関係があるの?
哲雄 人は、自分の私有財産を守ることに躍起になり、財産を守るためのさまざまな規範が設けられた。前にも言ったけど、近代になるまで、女は「男の財産」として所有されていたから、その財産に手を出すやつは許しておけないってわけです。
AKI それで、妻の浮気は「不倫」と考えられるようになったってわけかぁ。それは、一夫一妻でも、一夫多妻でも同じ?
哲雄 同じだね。妻が「夫の財産」と考えられてる限り、その財産を侵害するものには、厳しい罰が加えられてきた。人類が、農業を離れて工業化社会に突入した近代以降になると、さすがに「姦通罪」はほとんどの文明国から消えたけれども、「不倫」という言葉と、それを罪悪視する傾向だけは、依然として残っている。
AKI それって、宗教の影響とかはないの?
哲雄 あります。特に西欧社会の場合は、キリスト教の影響が大きい。
AKI いまだに、カトリック教国では、離婚が認められてないんでしょ?
哲雄 カトリック教会の影響が強い国ではね。
AKI どうして、キリスト教は、不倫に対して厳しいのかなぁ?
哲雄 それが不思議なんだよね。不倫というより、性に対する縛りがきつい。元々は、そうではなかったはずなんだけどね。たとえば、カトリックでは、いまだに聖職者の結婚を禁じてるし……。
AKI 元々はっていうのは、いつの時代のことを言ってるの?
哲雄 教会が成立する以前。というより、イエスの教えそのものからは、性に対する厳しい戒律なんてものは、どうしても出てこない。
AKI エッ、そうなんですか?
哲雄 ウン。たとえば、福音書にはこんなことが書いてある。あるとき、町の集会所にやってきたイエスのもとに、ユダヤの律法学者がひとりの女を引っ立ててくるんだ。「この女は姦淫を犯しました」ってね。
AKI その話、聞きたい。どうしたの? イエスさんは?
哲雄 ハイ、「まとめてトーク」すると、赦しちゃいました。めでたし……。
AKI だからぁ……まとめないでください。
哲雄 では、それについては次回、詳しくお話しましょう。
参考文献 『愛はなぜ終わるのか』(ヘレン・E・フィッシャー 吉田利子訳 草思社)
『農業は人類の原罪である』(コリン・タッジ 竹内久美子訳 新潮社)
『利己的なサル、他人を思いやるサル』(フランス・ドゥ・ヴァール 藤井留美訳 草思社
哲雄 既婚の女性が、他の男の密通を働くと、たいていの場合は死刑。聖書に描かれているユダヤ(ヘブライ)の世界では、「石打ちの刑」。群集に石を投げつけられて、打ち殺されてしまう。中国や日本では、不義密通を働いた女は自殺が当たり前。そして、日本やインドの夫には、密通を働いた妻を手打ちにする権利も与えられていた。
AKI 男のほうは?
哲雄 他人の妻を寝取ったのだから、当然、こちらも厳しい責めを負う。日本の武士階級なら、切腹。中国では火あぶり。インドでは、熱い鉄板の上に座らせられて、ペニスを切り落とされた。
AKI でも、亭主の浮気はおとがめなしだったわけでしょ?
哲雄 そう。他人の女房に手を出さない限り。それについては、前にも話したよね(第1夜・「結婚」は「財産問題」である)。既婚の男が召使を手ごめにしようが、街で未婚の娘をナンパして事に及ぼうが、何のおとがめもなし。つまり、浮気については、世界は長い間、この二重基準(ダブル・スタンダード)を規範としてきたわけです。
AKI でも、前回のチャムス族の話とか、イヌイットの話は、ゼンゼン違ってたよね。妻の浮気が公認だったり、公然の秘密だったり……。
哲雄 でしょ? 一般に、狩猟・採集の世界では、ゆるいんだよね、性の基準が。
AKI まったく、罰とかは受けなかったの?
哲雄 まれに、妻の浮気とか、他人の未婚の娘に手を出したとかいう場合に、手を出した側の男と、手を出された側の家族または部族の間で、もめ事が起こる場合もあった。でも、それは、家族と家族、部族と部族の間の問題になって、たいていの場合は、なんらかの仲裁が行われる。長老とかが集まって……。
AKI どんな結果になるの?
哲雄 ま、人の奥さんに手を出したあんたのほうがわるいんだから、どうだろ? ここは、ヤギ2頭とニワトリ10羽ってことで……みたいに、物納で解決する場合が多いみたいだよ。
AKI 値切るのもあり? ニワトリ10羽はきついから、そこを何とか5羽にしてもらえないか……とか。
哲雄 ウン、あるみたいだよ。ニワトリの代わりに、酒でガマンしてくれとかさ。
AKI なんか、牧歌的ですね。いまで言うと、慰謝料みたいなものね。
哲雄 そう言えば、そうだね。
AKI じゃ、さっきの死刑にしたり、ペニスを切り落としたりっていうのは、文明国の話?
哲雄 厳密に言うと、農耕社会の話。農耕中心の文化になってから、性の規範も厳しくなったんだね。
AKI ヘーッ、それって意外。
哲雄 いろんな意味で、農業が人間を変えたんだよね。コリン・タッジという人が『農業は人類の原罪である』って本を書いてるんだけど、要するに、農業が始まることによって、人は土地という私有財産を保有し、食糧を備蓄するようになった。生産力の違いから富める者と貧しい者の格差も生まれ、徐々に強大な権力が生まれていった。
AKI それと不倫と、どんな関係があるの?
哲雄 人は、自分の私有財産を守ることに躍起になり、財産を守るためのさまざまな規範が設けられた。前にも言ったけど、近代になるまで、女は「男の財産」として所有されていたから、その財産に手を出すやつは許しておけないってわけです。
AKI それで、妻の浮気は「不倫」と考えられるようになったってわけかぁ。それは、一夫一妻でも、一夫多妻でも同じ?
哲雄 同じだね。妻が「夫の財産」と考えられてる限り、その財産を侵害するものには、厳しい罰が加えられてきた。人類が、農業を離れて工業化社会に突入した近代以降になると、さすがに「姦通罪」はほとんどの文明国から消えたけれども、「不倫」という言葉と、それを罪悪視する傾向だけは、依然として残っている。
AKI それって、宗教の影響とかはないの?
哲雄 あります。特に西欧社会の場合は、キリスト教の影響が大きい。
AKI いまだに、カトリック教国では、離婚が認められてないんでしょ?
哲雄 カトリック教会の影響が強い国ではね。
AKI どうして、キリスト教は、不倫に対して厳しいのかなぁ?
哲雄 それが不思議なんだよね。不倫というより、性に対する縛りがきつい。元々は、そうではなかったはずなんだけどね。たとえば、カトリックでは、いまだに聖職者の結婚を禁じてるし……。
AKI 元々はっていうのは、いつの時代のことを言ってるの?
哲雄 教会が成立する以前。というより、イエスの教えそのものからは、性に対する厳しい戒律なんてものは、どうしても出てこない。
AKI エッ、そうなんですか?
哲雄 ウン。たとえば、福音書にはこんなことが書いてある。あるとき、町の集会所にやってきたイエスのもとに、ユダヤの律法学者がひとりの女を引っ立ててくるんだ。「この女は姦淫を犯しました」ってね。
AKI その話、聞きたい。どうしたの? イエスさんは?
哲雄 ハイ、「まとめてトーク」すると、赦しちゃいました。めでたし……。
AKI だからぁ……まとめないでください。
哲雄 では、それについては次回、詳しくお話しましょう。
参考文献 『愛はなぜ終わるのか』(ヘレン・E・フィッシャー 吉田利子訳 草思社)
『農業は人類の原罪である』(コリン・タッジ 竹内久美子訳 新潮社)
『利己的なサル、他人を思いやるサル』(フランス・ドゥ・ヴァール 藤井留美訳 草思社
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