自伝的創愛記〈55〉 ちっぽけな抵抗のささやかな勝利

Vol.55
6号室にやってきた矢野公子は、
「花咲荘」のボクたちの生活に、
いろんな楽しみをもたらした。
ボクらは享楽の夜を知った――。
まるでマリアが降臨するように、6号室に矢野公子がやって来て、「花咲荘」の夜は変わった。
ほどよく社交的でもある彼女は、「花咲荘」にいろんな刺激を持ち込んだ。そろそろ受験勉強に身を入れるべき時期に差しかかっていたボクにとって、それは危険な誘惑であり、危険であるがゆえに魅力的でもある誘惑だった。
「いま、新しいダンスが流行っとるんよ」と、フォークダンスの新しいステップを下宿に持ち帰り、ボクたちを自分の部屋に集めては、ポータブル・プレーヤーにソノ・シートをかけて、そのステップを練習させた。
ツイストが流行ったときには、コニー・フランシスやニール・セダカをかけて、畳を爪先でこすりつけるように踊る腰振りダンスを手ほどきした。
学校の部活でダンス部に所属しているという肉体派の公子によって、「花咲荘」の下宿人たちは、多かれ少なかれ、肉体の喜びを開花させたとも言える。その代償に、「花咲荘」の6号室の畳は擦り切れの速度を早め、2階廊下に大家が「ウルサイ!」と注意を促すために設置した警報ベルが、「ジリリリ」「ジリリリ」と悲鳴を挙げ続けた。
しかし、大家が鳴らす「ジリリ……」も、ボクたちの夜を鎮圧することはできなかった。
というか、ボクたちは大家に何か言われて、そのとおりに生活を改めるような、素直な高校生ではなかった。そもそも警報ベルで下宿人を管理しようなんていうシステムを、ボクたちは好んではいなかった。
「私らは、監獄の囚人か?」
矢野公子はそう言って怒るのだったが、あながち、その譬えは的外れとも言えなかった。「花咲荘」の大家は、元自衛官だと言う。3年前に退官して、その年金で自宅2階を貸し間用に改築した。
恐らく若い内は、駐屯地内の隊舎で、起床ラッパに起こされ、点呼の合図がある度に、整列するような生活を送っていたに違いない。もしかしたら、そういう規律生活に傷めつけられた仕返しに、今度は、ボクたちを規律で縛りつけようとしているのかもしれないし、あるいは、かつての規律生活を尊いものと感じて、ボクたちにもそれを押しつけようとしているのかもしれなかった。
どっちにしても、ボクたちにとって、「規律ある生活」もその「規律」そのものも、「好き」になれないものの代表と言えた。
ほどよく社交的でもある彼女は、「花咲荘」にいろんな刺激を持ち込んだ。そろそろ受験勉強に身を入れるべき時期に差しかかっていたボクにとって、それは危険な誘惑であり、危険であるがゆえに魅力的でもある誘惑だった。
「いま、新しいダンスが流行っとるんよ」と、フォークダンスの新しいステップを下宿に持ち帰り、ボクたちを自分の部屋に集めては、ポータブル・プレーヤーにソノ・シートをかけて、そのステップを練習させた。
ツイストが流行ったときには、コニー・フランシスやニール・セダカをかけて、畳を爪先でこすりつけるように踊る腰振りダンスを手ほどきした。
学校の部活でダンス部に所属しているという肉体派の公子によって、「花咲荘」の下宿人たちは、多かれ少なかれ、肉体の喜びを開花させたとも言える。その代償に、「花咲荘」の6号室の畳は擦り切れの速度を早め、2階廊下に大家が「ウルサイ!」と注意を促すために設置した警報ベルが、「ジリリリ」「ジリリリ」と悲鳴を挙げ続けた。
しかし、大家が鳴らす「ジリリ……」も、ボクたちの夜を鎮圧することはできなかった。
というか、ボクたちは大家に何か言われて、そのとおりに生活を改めるような、素直な高校生ではなかった。そもそも警報ベルで下宿人を管理しようなんていうシステムを、ボクたちは好んではいなかった。
「私らは、監獄の囚人か?」
矢野公子はそう言って怒るのだったが、あながち、その譬えは的外れとも言えなかった。「花咲荘」の大家は、元自衛官だと言う。3年前に退官して、その年金で自宅2階を貸し間用に改築した。
恐らく若い内は、駐屯地内の隊舎で、起床ラッパに起こされ、点呼の合図がある度に、整列するような生活を送っていたに違いない。もしかしたら、そういう規律生活に傷めつけられた仕返しに、今度は、ボクたちを規律で縛りつけようとしているのかもしれないし、あるいは、かつての規律生活を尊いものと感じて、ボクたちにもそれを押しつけようとしているのかもしれなかった。
どっちにしても、ボクたちにとって、「規律ある生活」もその「規律」そのものも、「好き」になれないものの代表と言えた。

やがて17歳になろうとするボクと18歳になったばかりの矢野公子。他のメンバーも含めて、ボクたちは、人生でもっとも感じやすい時期にさしかかっていた。「花咲荘」の17歳と18歳にとって、大家が管理のために鳴らす警報ベルは、対決すべきおとなの社会の理不尽さの象徴でもあった。
「夜のフォークダンス」については、ボクらは小さな抵抗を試みた。
「矢野さんたちの学校では、3年になると、ダンスが必須になるんですよ。みんなで踊るステップとか覚えんと、単位がとれんようになる。それ、かわいそうと思わんですか? ボクたち、彼女が単位をとるために協力しよるんです」
「ダンスが必須」も「単位が取れなくなる」も、ウソだった。しかし、そのウソが効いたのか、ボクたちの四畳半ダンスは、「夜9時までだったらOK」ということになった。
それは、小さな抵抗の、取るに足りない小さな勝利でもあった。

その小さな勝利にもかかわらず、6号室での「夜のフォークダンス」は長続きしなかった。単純な『コロプチカ』のステップに飽きてしまった――というのも理由のひとつだった。
ダンスの次に、公子が「花咲荘」に持ち込んだのは、バドミントンだった。学校で廃棄されかかった部活用のラケットを持ち帰って、夕飯前のひととき、近くの空き地に下宿の何人かを呼び出して羽根をつき合った。
食事の後には、何人かか部屋に集まってカードゲームに興じることもあった。ボクが知らない「ページワン」や「セブンブリッジ」をみんなに教えたのも、公子だった。
そんなとき、みんなが集まって来るのが、ボクの部屋だった。集まって来るのは、下宿人たちばかりではなかった。2年生になって下宿を訪ねてくるようになった級友たちの中にも、矢野公子の母性が作り出す「花咲荘」の雰囲気に惹かれてやって来る連中がいた。
ボクの高校生活を大きく狂わせたのは、そういう来訪者たちの存在だった。
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