自伝的創愛記〈53〉 箱ひだプリーツの誘惑

Vol.53
女子高生も、共学の高校生もいる
「花咲荘」は、ボクにとって、
「青春の館」となった。ある夜、
部屋のドアがノックされて――。
ボクの部屋をノックしてきた「正岡」と名乗る女の子は、制服の箱ヒダのプリーツが特徴のミッションスクール、S学園の女の子だった。
「あの……ちょっとね、教えてもらいたいところがあるんやけど……」
英語のリーダーらしいものを手にして、小首をかしげている。小柄な体からも、ボクの目を上目に見つめる目からも、キュートな輝きが星屑のように振り撒かれていた。そのキラキラとした粉末を浴びて、ボクのハートにスモールなランプが灯った。
質問は、簡単な文法問題だった。
「ああ、これは三重構文やね」
「エッ、三重……?」
「ウン、ひとつの文章の中に、第二の文章が含まれていて、その第二の文章の中に第三の文章が含まれてるんや。このthatからsaw meまでが第二の文章、その後のwhenからmet youまでが、第三の文章なんよ。図にするとね、こんな三階建てになっとるんよ」
ボクがレポート用紙に書き出すのを、「ヘェーッ」と言いながらのぞき込んでくる。
彼女は、距離を操る達人だった。
「あのね……」などと言いながら、上半身を折るようにして、ボクの体に自分の体をすり寄せてくる。天性、身に着けているらしいコケティッシュさに、16歳の心は、不覚にも揺さぶられた。
質問とそれに対する答えは、20分ほどですんだ。しかし、ボクたちの時間は、それだけでは終わらなかった。
学園生活はどうか? 校則はどうか? クラブ活動はどうか? 男子校生との交際はあるか?――そんな話をしているうちに、深々と夜は更けていき、気がつけば2時間が経っていた。
「ごめん。こんな時間になっちゃったね」
「私、余計なおしゃべり、しすぎたんかもしれん」
「いやいや、余計なんてことはない。楽しかったですよ」
「また、訊きにきてもええ?」
「もちろん。いつでも歓迎やで」
しかし、その「また……」が実現されることはなかった。それには、理由があった。

想いを秘めるということが、その頃のボクにはできていなかった。うれしいことや幸せと感じられることがあると、すぐ、それを口に出してしまう。
「今度の下宿のォ、S学園のかわいい子がおるんよ」
それを真っ先に話したのは、草野正夫だった。というより、そういう話ができる相手は、正夫しかいなかった。
「こないだ、英語の訳し方を教えてくれんかゆうて来ての、2時間半も話し込んでしもうた。なんか、ワシ、ホレてしまうかもしれん」
2年に進級して、クラスが別々になってから、正夫とは、遊ぶ機会も、たがいの部屋を訪問する機会も減っていた。男子校という世界に飛びこんで、いつの間にか芽生えた同性の友だちに対する性的感情を伴う愛。「ホレてしまうかも」というのは、その喪失を防ぐため、あるいはその清算を図るためでもあったのだが、正夫から返ってきた返事は、まったく想像もできないものだった。
「止めとけや」と即座に口にした正夫が、続けて言った言葉がボクを打ちのめした。
「正岡言うんやろ? あれはの、重松。木田の彼女やで」
木田というのは、C組にいる中学からの進級組。正夫によると、実家は、県南部の裕福な歯科医だと言う。
その瞬間、ボクは二重に喪失したのだ――と思い知った。
ひとつは、出会ったばかりのS学園のかわいい子との恋愛の可能性。
そして、もうひとつは――。
「あの……ちょっとね、教えてもらいたいところがあるんやけど……」
英語のリーダーらしいものを手にして、小首をかしげている。小柄な体からも、ボクの目を上目に見つめる目からも、キュートな輝きが星屑のように振り撒かれていた。そのキラキラとした粉末を浴びて、ボクのハートにスモールなランプが灯った。
質問は、簡単な文法問題だった。
「ああ、これは三重構文やね」
「エッ、三重……?」
「ウン、ひとつの文章の中に、第二の文章が含まれていて、その第二の文章の中に第三の文章が含まれてるんや。このthatからsaw meまでが第二の文章、その後のwhenからmet youまでが、第三の文章なんよ。図にするとね、こんな三階建てになっとるんよ」
ボクがレポート用紙に書き出すのを、「ヘェーッ」と言いながらのぞき込んでくる。
彼女は、距離を操る達人だった。
「あのね……」などと言いながら、上半身を折るようにして、ボクの体に自分の体をすり寄せてくる。天性、身に着けているらしいコケティッシュさに、16歳の心は、不覚にも揺さぶられた。
質問とそれに対する答えは、20分ほどですんだ。しかし、ボクたちの時間は、それだけでは終わらなかった。
学園生活はどうか? 校則はどうか? クラブ活動はどうか? 男子校生との交際はあるか?――そんな話をしているうちに、深々と夜は更けていき、気がつけば2時間が経っていた。
「ごめん。こんな時間になっちゃったね」
「私、余計なおしゃべり、しすぎたんかもしれん」
「いやいや、余計なんてことはない。楽しかったですよ」
「また、訊きにきてもええ?」
「もちろん。いつでも歓迎やで」
しかし、その「また……」が実現されることはなかった。それには、理由があった。

想いを秘めるということが、その頃のボクにはできていなかった。うれしいことや幸せと感じられることがあると、すぐ、それを口に出してしまう。
「今度の下宿のォ、S学園のかわいい子がおるんよ」
それを真っ先に話したのは、草野正夫だった。というより、そういう話ができる相手は、正夫しかいなかった。
「こないだ、英語の訳し方を教えてくれんかゆうて来ての、2時間半も話し込んでしもうた。なんか、ワシ、ホレてしまうかもしれん」
2年に進級して、クラスが別々になってから、正夫とは、遊ぶ機会も、たがいの部屋を訪問する機会も減っていた。男子校という世界に飛びこんで、いつの間にか芽生えた同性の友だちに対する性的感情を伴う愛。「ホレてしまうかも」というのは、その喪失を防ぐため、あるいはその清算を図るためでもあったのだが、正夫から返ってきた返事は、まったく想像もできないものだった。
「止めとけや」と即座に口にした正夫が、続けて言った言葉がボクを打ちのめした。
「正岡言うんやろ? あれはの、重松。木田の彼女やで」
木田というのは、C組にいる中学からの進級組。正夫によると、実家は、県南部の裕福な歯科医だと言う。
その瞬間、ボクは二重に喪失したのだ――と思い知った。
ひとつは、出会ったばかりのS学園のかわいい子との恋愛の可能性。
そして、もうひとつは――。

それに気づいたのは、正夫と会った週の週末だった。
「花咲荘」に帰ると、103号室の前にスリッパが2つ並んでいた。スリッパのひとつは、大家が来客用に下駄箱に用意しているものだった。
部屋の中から「痛いッ!」という声がしたので、ボクは思わず、自分の部屋に入ろうとした足を止めた。
3号室とボクの2号室の間に、共同トイレがある。そこに入れば、壁一枚の向こうから、3号室の様子が伝わってくる。いけないとはわかっていたが、ボクはトイレに入って耳を澄ました。
「もう、あいつの部屋には行くな。わかったか」
その言葉だけが、ハッキリ聞こえて来た。その後に聞こえて来たすすり泣くような声、「あっ」という悲鳴のような声、足が畳をこするような音……。ボクには想像のつかない世界が、3号室で繰り広げられているのだろうと思ったが、そんなことはどうでもよかった。
正夫は、ボクの中に生まれつつあった恋の芽を木田に密告したのだ。木田の恋を守るために……。
それが第二の喪失だった。
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手にするという「初夜権」が存在しました。
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