自伝的創愛記〈50〉 クラス替えの季節

Vol.50
1年が終わると、編入クラスは、
能力別に3クラスに分けられる。
ボクと正夫は、A組とC組に
分かれることになった――。
夜空にアンドロメダを探したボクと正夫は、それからも、いろんな場所に出かけた。
その度に、ふたりの距離は近くなっていく。それは、ボクにとって喜ばしいことではあったが、もっと親しくつき合いたいと願うボクには、それを妨げる問題があった。
ひとつは、下宿の賄いだった。毎朝7時30分の朝食。毎夕6時30分の夕食。これを守らないと、メシにありつけなくなる恐れがある。「時間守ってくだいね」と厳しい顔を向けてくる家主夫人の顔を見るのも、イヤだったので、正夫と遊んでいいても、時間を気にして帰らなくてはならなかった。
もうひとつは、クラス替えだった。ボクたちの編入クラスは、1年の間だけのクラスで、3月の頭になると、学年全体が、能力別にA、B、Cの3クラスに再編成される。
A組は、東大・京大などの一流国立一期校(その頃の国立大学は、旧帝大を中心にした「一期校」とその他の「二期校」に分かれていた)を目指せる成績上位クラス、「B組」は、東大志願にはちょっと届かないが、その他の一期校や二期校なら大丈夫だろうという成績中位クラス、「C組」は、それ以外の国公立や私立しかネラえないという成績下位クラス。ボクたちは、その3クラスに、成績別に割り振られた。
A組に11人、B組に15人、C組に21人。ほんとうなら、草野正夫とも同じクラスになりたかったが、ボクはA組に編入され、正夫はC組に編入された。正夫は、あまり勉強ができるタイプではなかった。
「クラス、別々になるなぁ……」と、正夫は寂しそうに言う。ボクも同じ気持ちだった。
「別々になるけど、これからも、おまえとはちょくちょく会いたいわ」
「そやな。ワシも会いたいで」と、正夫はうなずいた。

春休みが間近になったある日、突然、父親が下宿を訪ねてきた。
「話があるけん、ちょっとメシでも食いに行くか?」というので、その日の下宿の晩メシをキャンセルして、街に出た。
その度に、ふたりの距離は近くなっていく。それは、ボクにとって喜ばしいことではあったが、もっと親しくつき合いたいと願うボクには、それを妨げる問題があった。
ひとつは、下宿の賄いだった。毎朝7時30分の朝食。毎夕6時30分の夕食。これを守らないと、メシにありつけなくなる恐れがある。「時間守ってくだいね」と厳しい顔を向けてくる家主夫人の顔を見るのも、イヤだったので、正夫と遊んでいいても、時間を気にして帰らなくてはならなかった。
もうひとつは、クラス替えだった。ボクたちの編入クラスは、1年の間だけのクラスで、3月の頭になると、学年全体が、能力別にA、B、Cの3クラスに再編成される。
A組は、東大・京大などの一流国立一期校(その頃の国立大学は、旧帝大を中心にした「一期校」とその他の「二期校」に分かれていた)を目指せる成績上位クラス、「B組」は、東大志願にはちょっと届かないが、その他の一期校や二期校なら大丈夫だろうという成績中位クラス、「C組」は、それ以外の国公立や私立しかネラえないという成績下位クラス。ボクたちは、その3クラスに、成績別に割り振られた。
A組に11人、B組に15人、C組に21人。ほんとうなら、草野正夫とも同じクラスになりたかったが、ボクはA組に編入され、正夫はC組に編入された。正夫は、あまり勉強ができるタイプではなかった。
「クラス、別々になるなぁ……」と、正夫は寂しそうに言う。ボクも同じ気持ちだった。
「別々になるけど、これからも、おまえとはちょくちょく会いたいわ」
「そやな。ワシも会いたいで」と、正夫はうなずいた。

春休みが間近になったある日、突然、父親が下宿を訪ねてきた。
「話があるけん、ちょっとメシでも食いに行くか?」というので、その日の下宿の晩メシをキャンセルして、街に出た。
考えてみれば、父親とふたりだけで食事をするなんていうのは、それが最初で、そして最後だった。
繁華街「大街道」の松山営業所近くにあるカレー・ショップ。そこで、カレーとコーヒーを注文した父親が「実はの……」と切り出した話は、「転勤」だった。
「この春休みに、家は博多に引っ越すことになったけん」
早い……と思った。新居浜支店に移ってから、まだ1年半。それまでの転勤では、最低でも3年間はその土地に留まる――が、決まりのようになっていた。
「早かね。希望出したと?」
「オレもあと2年で定年やからな。最後は福岡で終わらせてくれとゆうてあったとよ」
そういうことを、家族のだれにも言わずに、勝手に進めてしまう。父親は、そういう男だった。
「オレも、高校の転入試験ば受けんといかんのやね?」
「いや、それはよか」
「よか……?」
「よか……というか、ムリやけん。高校の転入は、そう簡単にはできんっちゃ。そやけん、おまえを愛光に行かせたとよ」
スプーンを水のコップに突っ込んでは、カレーを口いっぱいにほおばる父親を、ボクは、そのとき、少しみっともない――と思った。

春休みは、家の引っ越し準備につぶれた。
新居浜に帰って、運び出す荷物の荷造りを手伝い、それから博多へ移って、運び込まれた荷物を開梱し、その整理を手伝った。
もう、自分は住むこともないだろう、新居の整理。その作業には、夢もなく喜びもなかった。その引っ越し先は「社宅」だったので、2年後に定年を迎えると、再び、引っ越さなくてはならなくなる。それも、気が乗らない理由のひとつだった。
4月になると、ボクは早めに松山へ戻った。
正夫に会いたい、というのも理由のひとつだったが、もうひとつ、大きな理由があった。
「おまえんとこ、行きにくいわ」
春休みに入る前に、正夫がもらしたひと言が、ボクの胸に引っかかっていた。
ボクの下宿は、ガラスの引き戸の玄関を開け、「こんにちは」と大家に声をかけて、「重松クンを呼んでください」と頼まないといけない。
客が来ると、「重松さ~ん、お客さんですよォ」と、階段の下で大家が叫ぶ。
ボクは玄関まで下りて客を迎えると、「上がってもらっていいですか?」「どうぞ」「おじゃましま~す」と、3段階のやりとりがあって、初めて、客を部屋に迎えることができる。
それが面倒だ――と正夫は言うのだった。
よし、引っ越そう。
ボクは、親にも言わずに、下宿探しを始めた。
それが、ボクの引っ越し人生の始まりだった。(続く)
繁華街「大街道」の松山営業所近くにあるカレー・ショップ。そこで、カレーとコーヒーを注文した父親が「実はの……」と切り出した話は、「転勤」だった。
「この春休みに、家は博多に引っ越すことになったけん」
早い……と思った。新居浜支店に移ってから、まだ1年半。それまでの転勤では、最低でも3年間はその土地に留まる――が、決まりのようになっていた。
「早かね。希望出したと?」
「オレもあと2年で定年やからな。最後は福岡で終わらせてくれとゆうてあったとよ」
そういうことを、家族のだれにも言わずに、勝手に進めてしまう。父親は、そういう男だった。
「オレも、高校の転入試験ば受けんといかんのやね?」
「いや、それはよか」
「よか……?」
「よか……というか、ムリやけん。高校の転入は、そう簡単にはできんっちゃ。そやけん、おまえを愛光に行かせたとよ」
スプーンを水のコップに突っ込んでは、カレーを口いっぱいにほおばる父親を、ボクは、そのとき、少しみっともない――と思った。

春休みは、家の引っ越し準備につぶれた。
新居浜に帰って、運び出す荷物の荷造りを手伝い、それから博多へ移って、運び込まれた荷物を開梱し、その整理を手伝った。
もう、自分は住むこともないだろう、新居の整理。その作業には、夢もなく喜びもなかった。その引っ越し先は「社宅」だったので、2年後に定年を迎えると、再び、引っ越さなくてはならなくなる。それも、気が乗らない理由のひとつだった。
4月になると、ボクは早めに松山へ戻った。
正夫に会いたい、というのも理由のひとつだったが、もうひとつ、大きな理由があった。
「おまえんとこ、行きにくいわ」
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ボクの下宿は、ガラスの引き戸の玄関を開け、「こんにちは」と大家に声をかけて、「重松クンを呼んでください」と頼まないといけない。
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村の代官と神社の宮司が醜い争いを
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みなさんのポチ反応を見て、喜んだり、反省したり……の日々です。
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