留学難民・グエンの日々〈18〉 そして、彼女は海の彼方へ

留学難民・グエンの日々
第18章
「家族になってもいいよ」
その意味を確かめようとしたのだが、
グエンの電話は再び、通じなくなっていた。
彼女は、もう日本にいられない身に
なっていたのだった――。

前回から読みたい方は、こちらからどうぞ。
ここまでのあらすじ ちょっとたどたどしい日本語の電話で、店のアルバイト店員に応募してきたグエンは、大学に通っていた。学費と生活費を稼ぎ出すために、3つのアルバイトを掛け持ちする彼女は、度々、遅刻する。その度に彼女は、オレに「お礼」を渡すのだった。彼女の出身は、ベトナム北部、ハノイ近郊の街。祖母の背中には、戦争中の北爆で焼かれたケロイドの跡があると言う。しかし、彼女たち若い世代は、その時代を知らない。グエンは、オレの背後をすり抜ける度に、胸の突起で背中をくすぐって、ニッと笑った。そして言うのだった。「今度、フォーを作って持っていってあげるよ」。しかし、その約束が実現される日は来なかった。その前にコロナがやって来た。そしてグエンは発熱し、病院に入院した。理由は「盲腸」だった。手術して仕事に復帰したグエンを新たな難問が襲った。コロナでバイト先が減り、彼女は帰国する羽も、戻ってくる羽も、失ったのだった。そんな中、オレはシフトを減らされ、店を辞めるしかなくなった。それを告げると、グエンは「寂しくなる」と言い、「私を忘れないで」とメモを手渡した。それから1カ月後、店を訪ねてみたが、彼女は、店を辞めていた。男性スタッフ・石坂の話によると、「お水系のバイト」を始めたらしいと言う。後日、オレは電車の中で男たちの噂話を耳にした。マッサージ店で働くベトナム人留学生の話だった。それ、グエンじゃないか…。家に帰ると、オレは早速、PCを立ち上げた。そこに載っている女の子のひとりが、グエンに似ていた。店はコロナの影響で店舗営業を中止し、出張サービスに切り替えていた。オレは、「ホアン」と名乗るその子を指名し、「長池」と名乗ってホテルで彼女を待った。顔を見るなり、「どうして?」とオレの胸を打つグエン。その手を握って「会いたかった」と言うと、グエンはオレの胸に顔を埋めてきた。「コレ、仕事じゃないから」と言うグエンは施術服を脱ぎ、下着姿でベッドに横たわった。その下着の縁をたどりながら、オレは指を彼女の秘部に這わせ、そして舌でなめた。「ルームメイトはもういない」と寂しい顔で横たわるグエンは、「家族になってもいいよ」と言うのだった――
家族になってあげてもいい……。
グエンが発した言葉は、オレの頭の中で、ふくらし粉を混ぜたパン種のように、ふくらんでいった。
家族……?
どんな家族だ――と、オレは、脳みそをグルグルと回転させた。
結婚か? しかし、それはないな……と頭を振った。年齢差40。いくら何でも、それはないだろう。
親子……か?
もちろん、グエンには、ベトナムに父親もいれば、母親もいる。しかし、おたがいが合意さえすれば、養子縁組はできるのではないか? オレは、民法の定めを調べたりもした。
どっちにしても、グエンの言う「家族に」が何を意図しているのか、話を聞いてみなくちゃならないな。
そう思って、グエンから教えてもらった新しい携帯番号に電話をかけてみるのだが、その電話が通じない。何度、かけてみても、「おかけになった電話は……」というメッセージが繰り返されるばかりだ。
グエンのやつ、また、携帯を替えたのか……。そう思ったのだが、違った。グエンの身には、大変なことが起こっていたのだった。

オレがそれを知ったのは、何気に見ていたTVのニュースを通してだった。
「千葉県船橋市で留学生をマッサージ嬢として働かせていたマッサージ・サロンが、客に性的サービスをしていたとして、警察の捜査を受け、経営者の××と店長の××が逮捕されました」
「船橋」「マッサージ」という言葉で、オレはハッ……となった。
「同サロンは留学難民クラブと名乗って、コロナでアルバイト先を失ったベトナム人留学生などをマッサージ嬢として働かせていました。店舗での営業を自粛するようにという勧告を受けてからは、ホテルや自宅に出張するデリバリー・スタイルに変更していたのですが、その出張サービスの中で、客と性行為を行うマッサージ嬢もいたことから、風営法違反などの容疑で、捜査を受けたものです。なお、同サロンで働いていたベトナム人留学生らは、本国へ強制送還されることになりました」
これも、コロナがもたらした不幸な現実と言っていいでしょう――と、TVのキャスターは結んでいたが、本人たちにとっては、「不幸な現実」と言ってすませられる問題じゃない。
彼らの中には、留学の費用を借金して日本に渡って来た者たちもいる。バイトができなくなると、その借金を返す方法もなくなる。「国に帰れ」というのも、無責任な話だ。
グエンは、本人の弁によれば、その借金は、もう返し終えていたが、たぶん、大学の卒業はもうムリだし、たとえ卒業できたとしても、日本の企業で、彼女が希望する有望な職に就くことはできないだろう。
グエンがもし、「強制送還」されたメンバーのひとりになっていたとしたら、もう、日本には戻って来ないだろうな――と、オレは思った。
グエンが発した言葉は、オレの頭の中で、ふくらし粉を混ぜたパン種のように、ふくらんでいった。
家族……?
どんな家族だ――と、オレは、脳みそをグルグルと回転させた。
結婚か? しかし、それはないな……と頭を振った。年齢差40。いくら何でも、それはないだろう。
親子……か?
もちろん、グエンには、ベトナムに父親もいれば、母親もいる。しかし、おたがいが合意さえすれば、養子縁組はできるのではないか? オレは、民法の定めを調べたりもした。
どっちにしても、グエンの言う「家族に」が何を意図しているのか、話を聞いてみなくちゃならないな。
そう思って、グエンから教えてもらった新しい携帯番号に電話をかけてみるのだが、その電話が通じない。何度、かけてみても、「おかけになった電話は……」というメッセージが繰り返されるばかりだ。
グエンのやつ、また、携帯を替えたのか……。そう思ったのだが、違った。グエンの身には、大変なことが起こっていたのだった。

オレがそれを知ったのは、何気に見ていたTVのニュースを通してだった。
「千葉県船橋市で留学生をマッサージ嬢として働かせていたマッサージ・サロンが、客に性的サービスをしていたとして、警察の捜査を受け、経営者の××と店長の××が逮捕されました」
「船橋」「マッサージ」という言葉で、オレはハッ……となった。
「同サロンは留学難民クラブと名乗って、コロナでアルバイト先を失ったベトナム人留学生などをマッサージ嬢として働かせていました。店舗での営業を自粛するようにという勧告を受けてからは、ホテルや自宅に出張するデリバリー・スタイルに変更していたのですが、その出張サービスの中で、客と性行為を行うマッサージ嬢もいたことから、風営法違反などの容疑で、捜査を受けたものです。なお、同サロンで働いていたベトナム人留学生らは、本国へ強制送還されることになりました」
これも、コロナがもたらした不幸な現実と言っていいでしょう――と、TVのキャスターは結んでいたが、本人たちにとっては、「不幸な現実」と言ってすませられる問題じゃない。
彼らの中には、留学の費用を借金して日本に渡って来た者たちもいる。バイトができなくなると、その借金を返す方法もなくなる。「国に帰れ」というのも、無責任な話だ。
グエンは、本人の弁によれば、その借金は、もう返し終えていたが、たぶん、大学の卒業はもうムリだし、たとえ卒業できたとしても、日本の企業で、彼女が希望する有望な職に就くことはできないだろう。
グエンがもし、「強制送還」されたメンバーのひとりになっていたとしたら、もう、日本には戻って来ないだろうな――と、オレは思った。

アジアの各国から高い学歴と高い収入を求めて、留学生が日本になだれ込んでくる。そういう時代は、もう終わったのだ――とオレは思った。
働く人間の賃金も、ベトナムあたりだと、もう日本と大差なくなってきている。いまだったら、グエンも「日本に留学しよう」とは思わなかったに違いない。
「日本留学」が熱を帯びたのは、21世紀になってほんの数年間のあだ花だったのかもしれない。
グエンよ、キミはちょっと遅かったのだよ――と、オレは、海の向こうに向かって叫んだ。
=完=

筆者の最新官能小説、電子書店から好評発売中です!
盆になると、男たちがクジで「かか」を交換し合う。
明治半ばまで、一部の地域で実際に行われていた
「盆かか」と呼ばれる風習。本作品は、その風習を
題材に描いた官能フィクションです。
与一の新婚の妻・妙も、今年は、クジの対象になる。
クジを引き当てたのは、村いちばんの乱暴者・権太。
三日間を終えて帰って来た妙は、その夜から、
様子が変わった。その変化に戸惑う与一は、
ある日、その秘密を知った??。
筆者初の官能作品、どうぞお愉しみください。
2020年9月発売 定価:200円 発行/虹BOOKS
⇒Kindle から読むには、ここをクリック。
⇒BOOK☆WALKER から読むには、ここをクリック。
既刊本もどうぞよろしく 写真をクリックしてください。






明治半ばまで、一部の地域で実際に行われていた
「盆かか」と呼ばれる風習。本作品は、その風習を
題材に描いた官能フィクションです。
与一の新婚の妻・妙も、今年は、クジの対象になる。
クジを引き当てたのは、村いちばんの乱暴者・権太。
三日間を終えて帰って来た妙は、その夜から、
様子が変わった。その変化に戸惑う与一は、
ある日、その秘密を知った??。
筆者初の官能作品、どうぞお愉しみください。
2020年9月発売 定価:200円 発行/虹BOOKS
⇒Kindle から読むには、ここをクリック。
⇒BOOK☆WALKER から読むには、ここをクリック。
既刊本もどうぞよろしく 写真をクリックしてください。

管理人は、常に、フルマークがつくようにと、工夫して記事を作っています。
みなさんのひと押しで、喜んだり、反省したり……の日々です。
どうぞ正直な、しかしちょっぴり愛のこもった感想ポチをお願いいたします。
→この記事はためになった(FC2 恋愛)
→この記事に共感した(にほんぶろぐ村 恋愛)
→この記事は面白かった(人気ブログランキング 恋愛)
このテーマの記事一覧に戻る トップメニューに戻る
- 関連記事
-
- 留学難民・グエンの日々〈18〉 そして、彼女は海の彼方へ (2022/08/12)
- 留学難民・グエンの日々〈17〉 幻想のルームシェア (2022/07/31)
- 留学難民・グエンの日々〈16〉 仕事を忘れた彼女のベルを押す (2022/07/17)
テーマ : 恋愛小説~愛の挫折と苦悩
ジャンル : アダルト