留学難民・グエンの日々〈14〉 オレの胸を打つ手

留学難民・グエンの日々
第14章
男たちのウワサ話で、グエンがマッサージ店で
男の体に触れるサービスをしているらしい――
と知ったオレは、店を尋ねてみようかと思った。
しかし、その店はコロナのために店舗営業を
中止し、出張営業に切り替えていた――。

前回から読みたい方は、こちらからどうぞ。
ここまでのあらすじ ちょっとたどたどしい日本語の電話で、店のアルバイト店員に応募してきたグエンは、大学に通っていた。学費と生活費を稼ぎ出すために、3つのアルバイトを掛け持ちする彼女は、度々、遅刻する。その度に彼女は、オレに「お礼」を渡すのだった。彼女の出身は、ベトナム北部、ハノイ近郊の街。祖母の背中には、戦争中の北爆で焼かれたケロイドの跡があると言う。しかし、彼女たち若い世代は、その時代を知らない。グエンは、オレの背後をすり抜ける度に、胸の突起で背中をくすぐって、ニッと笑った。そして言うのだった。「今度、フォーを作って持っていってあげるよ」。しかし、その約束が実現される日は来なかった。その前にコロナがやって来た。そしてグエンは発熱し、病院に入院した。理由は「盲腸」だった。手術して仕事に復帰したグエンを新たな難問が襲った。コロナでバイト先が減り、彼女は帰国する羽も、戻ってくる羽も、失ったのだった。そんな中、オレはシフトを減らされ、店を辞めるしかなくなった。それを告げると、グエンは「寂しくなる」と言い、「私を忘れないで」とメモを手渡した。それから1カ月後、店を訪ねてみたが、彼女は、店を辞めていた。男性スタッフ・石坂の話によると、「お水系のバイト」を始めたらしいと言う。後日、オレは電車の中で男たちの噂話を耳にした。マッサージ店で働くベトナム人留学生の話だった。それ、グエンじゃないか…。家に帰ると、オレは早速、PCを立ち上げた――
会いに行こうか――とも思った。
しかし、彼女はそれを喜ぶだろうか?
もしかしたら、そんなアルバイトでしか留学生活を送れなくなった自分の身を恥じ、それを知っている人間に知られることをイヤがるかもしれない。そんな彼女の姿を見て、「かわいそう」などと感じるのも、オレだってイヤだ。
そう思ったので、「留学難民クラブ」というその店の予約電話には、何度も手が伸びかけたが、途中で止めた。
何度か、そんな躊躇を繰り返した挙句、オレは「やっぱり……」と思い直した。
しかし、電話は通じなかった。
「まことに恐れ入りますが、当クラブはコロナ感染防止のために、店舗営業を停止しております。施術をご希望の方は、出張サービスをご利用ください」
エッ、出張サービス……? デリバリーまでやってるのか――と、オレはちょっと衝撃を受けた。知らない男の自宅やホテルに出張して、体に触れるサービスをする。それがどんな危険を生む可能性があるかについては、そこそこ想像がつく。
何とか、そこからの脱出を助けられないか? いつの間にか、オレの胸には、そんな思いが涌き始めていた。

ネットには、出張可能範囲が記載されていた。
船橋市、市川市、習志野市、松戸市、流山市……という千葉県北西部の各市のほか、東京都の葛飾区、江戸川区なども出張可能とされている。出張先は「自宅」だが、一部のホテルからも利用できる――とあった。
さて、どうするか?
オレは、電話を手にしたまま、考え込んだ。自宅に呼んでもいい。しかし、そうなると、住所と名前が相手にも伝わってしまう。グエンは、自分を見知っている人間からの指名を拒否するかもしれない。
新松戸にも出張OKのホテルが、2、3ある。ホテルから呼ぶとなると、出張料の他にホテル代もかかる。出費かかるなぁ――と思ったが、「会いたい」という気持ちが日に日に高まっていった。
次の月、バイト代が入った日に、オレの「会いたい」は、とうとうマックスに達した。
手にしたスマホで店の出張専門ダイヤルをコールすると、「ハイ、留学難民クラブです」と男の声がした。
「あ、出張マッサージお願いしたいんですが……」
「当店のシステムはごぞんじですか?」
「ハイ……」
「では、ご住所とお名前をお願いします」
オレはホテルの所在地と部屋番号を告げ、そして、「そうだ」と大事なことを思い出した。
「あの……ネットで拝見して指名したい子がいるんですけど、ホアンさんって、きょうは出勤してますか?」
「ホアンちゃんですか? 人気あるんですよねェ、あの子。いつも指名でいっぱいなんですが、あ、でも……ちょっと待ってください。さっき、キュンセルが一件、入ったんで、いまからだったら伺えますけど」
「ホアン」というのは、彼女が店で使っている源氏名だろう。オレも自分の名前を「長池」と名乗った。
「長池さま、いまからだと、30分ほどで伺えると思いますので、ホテルのドアにはストッパーをかませて、少し開けておいてください。女の子にはノックしないで入るように言っておきますので」
そう言って電話は切れた。
30分経ったら、部屋に女の子がやって来る。もしかしたら、グエンかもしれない女の子。しかし、もしかしたら、顔も知らない女の子が……。
しかし、彼女はそれを喜ぶだろうか?
もしかしたら、そんなアルバイトでしか留学生活を送れなくなった自分の身を恥じ、それを知っている人間に知られることをイヤがるかもしれない。そんな彼女の姿を見て、「かわいそう」などと感じるのも、オレだってイヤだ。
そう思ったので、「留学難民クラブ」というその店の予約電話には、何度も手が伸びかけたが、途中で止めた。
何度か、そんな躊躇を繰り返した挙句、オレは「やっぱり……」と思い直した。
しかし、電話は通じなかった。
「まことに恐れ入りますが、当クラブはコロナ感染防止のために、店舗営業を停止しております。施術をご希望の方は、出張サービスをご利用ください」
エッ、出張サービス……? デリバリーまでやってるのか――と、オレはちょっと衝撃を受けた。知らない男の自宅やホテルに出張して、体に触れるサービスをする。それがどんな危険を生む可能性があるかについては、そこそこ想像がつく。
何とか、そこからの脱出を助けられないか? いつの間にか、オレの胸には、そんな思いが涌き始めていた。

ネットには、出張可能範囲が記載されていた。
船橋市、市川市、習志野市、松戸市、流山市……という千葉県北西部の各市のほか、東京都の葛飾区、江戸川区なども出張可能とされている。出張先は「自宅」だが、一部のホテルからも利用できる――とあった。
さて、どうするか?
オレは、電話を手にしたまま、考え込んだ。自宅に呼んでもいい。しかし、そうなると、住所と名前が相手にも伝わってしまう。グエンは、自分を見知っている人間からの指名を拒否するかもしれない。
新松戸にも出張OKのホテルが、2、3ある。ホテルから呼ぶとなると、出張料の他にホテル代もかかる。出費かかるなぁ――と思ったが、「会いたい」という気持ちが日に日に高まっていった。
次の月、バイト代が入った日に、オレの「会いたい」は、とうとうマックスに達した。
手にしたスマホで店の出張専門ダイヤルをコールすると、「ハイ、留学難民クラブです」と男の声がした。
「あ、出張マッサージお願いしたいんですが……」
「当店のシステムはごぞんじですか?」
「ハイ……」
「では、ご住所とお名前をお願いします」
オレはホテルの所在地と部屋番号を告げ、そして、「そうだ」と大事なことを思い出した。
「あの……ネットで拝見して指名したい子がいるんですけど、ホアンさんって、きょうは出勤してますか?」
「ホアンちゃんですか? 人気あるんですよねェ、あの子。いつも指名でいっぱいなんですが、あ、でも……ちょっと待ってください。さっき、キュンセルが一件、入ったんで、いまからだったら伺えますけど」
「ホアン」というのは、彼女が店で使っている源氏名だろう。オレも自分の名前を「長池」と名乗った。
「長池さま、いまからだと、30分ほどで伺えると思いますので、ホテルのドアにはストッパーをかませて、少し開けておいてください。女の子にはノックしないで入るように言っておきますので」
そう言って電話は切れた。
30分経ったら、部屋に女の子がやって来る。もしかしたら、グエンかもしれない女の子。しかし、もしかしたら、顔も知らない女の子が……。

その30分をどうやって過ごしたか、オレはほとんど覚えてない。
しかし、30分を5分ほど回った頃、部屋のドアが音もなく開けられた。
「失礼しま~す」
小さな声で入ってきたのは、白衣の上下に身を包んだ、小柄な女の子だった。施術に使う道具が詰め込まれているらしいキャリーバッグを引いて、入って来た姿、その背格好だけから見ると、グエンにそっくりだった。
「クラブから来ましたホアンと申します。長池さんのお部屋はこちらで……」
女がそこまで言いかけたところで、オレは、「ハイ、待ってましたよ」と立ち上がり、女の正面に立った。
女と初めて顔と顔が合った。瞬間、女の小さな口が「あっ」の形に開かれた。
「エッ、ウソ。シ・ゲ・マ・ツさん? ウソーッ!」
「ウソ」と言いながら、彼女は両手で口と鼻を覆った。その指の先は、目頭に触れている。その目が、気のせいか、潤んでいるように見えた。
「ワタシ、できないよ。ア・ナ・タとはデ・キ・ナ・イ。仕事、だれかに代わってもらうよ」
キャリーバッグを引いて、部屋を出て行こうとする。オレはあわてて、その腕をつかんだ。
「探したんだよ。仕事なんかしなくていいから、少し、話をしよう」
そう言ってつかんだ腕を引くと、グエンの体はクルリと回転した。回転して向き直った体が、そのまま、オレの胸に突進してきた。まるで、体当たりしてくるような突進だった。
オレは、その突進を胸で受け止めた。グエンはつかまれてないほうの腕を振り上げて、拳の形に握った手でオレの胸板をドンドン……と叩いた。
「どうして、どうして……?」と言いながらオレの胸をドンドンと叩く小さな手が、オレには、かわいく、愛おしく感じられた。
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