自伝的創愛記〈42〉 鼻すすり事件

弁論大会の原稿を校内放送で
流すことになった。ピンちゃんの
勧めだったが、その放送中、
ボクは恥ずかしいミスを犯して
ピンちゃんに笑われた――。
原稿用紙5枚分の原稿を、きっちり、制限時間3分以内で読み上げる。タイムオーバーすると失格となるし、時間を余しすぎても減点対象となる。できれば、3秒から5秒残して、「ご清聴、ありがとうごぞいしました」と演台を下りるのが理想だ。
その練習は、家で何度も繰り返し、誤差2~3秒で弁論をまとめ上げられるようになった。その成果を、まず、校内放送で確かめる。
放送室の椅子に座ると、ガラスの向こうの制御室から放送部員の高橋なんとかという子が、親指を立てて、「いいわよ」と合図を送った。
「みなさん、こんにちは。西中お昼の校内放送です。きょうは、来月2日に行われる市内中学校弁論大会に出場する3年E組重松英明クンに、当日、披露する予定の弁論を披露してもらいます。どうぞ、ゆっくりお楽しみください。それでは、重松クン、お願いします」
高橋放送部員が、ガラスの向こうから「5・4・3・2・1・キュー」と、指の数で合図を送ってくる。
「こんにちは。2年E組の重松です」と名乗って、ボクは本番の原稿を、弁論大会そのままの調子でマイクに向かって語り始めた。
「私は、転校生です。海の向こうの北九州の中学校から、転校してきました……」
そうして原稿を半分ほど読み進んだときだった。
あ、まずい……と思った。鼻の奥から、ツツーッと、鼻水が流れ落ちて来たのだ。
「W中」に転校して以来、ボクの鼻は詰まりっぱなしだった。そのときは理由がわからなかったが、後で考えると、その中学の校庭は周囲を杉の木で取り囲まれていた。たぶん、ボクの鼻は、アレルギーを起こしていたのだと思う。
さて、この鼻水をどうするか? まさか、全校生徒が聞いている中で、鼻をかむわけにもいくまい。と言って、そのままにしておくと、鼻水は鼻孔からだらしなく流れ落ちて、唇まで濡らしてしまうだろう。聞いているだけのみんなにはわからなくても、ガラスの仕切りの向こうからボクを見ている放送部員には、笑われてしまうに違いない。
ボクは、目で見て笑われてしまうことを避けた。
その練習は、家で何度も繰り返し、誤差2~3秒で弁論をまとめ上げられるようになった。その成果を、まず、校内放送で確かめる。
放送室の椅子に座ると、ガラスの向こうの制御室から放送部員の高橋なんとかという子が、親指を立てて、「いいわよ」と合図を送った。
「みなさん、こんにちは。西中お昼の校内放送です。きょうは、来月2日に行われる市内中学校弁論大会に出場する3年E組重松英明クンに、当日、披露する予定の弁論を披露してもらいます。どうぞ、ゆっくりお楽しみください。それでは、重松クン、お願いします」
高橋放送部員が、ガラスの向こうから「5・4・3・2・1・キュー」と、指の数で合図を送ってくる。
「こんにちは。2年E組の重松です」と名乗って、ボクは本番の原稿を、弁論大会そのままの調子でマイクに向かって語り始めた。
「私は、転校生です。海の向こうの北九州の中学校から、転校してきました……」
そうして原稿を半分ほど読み進んだときだった。
あ、まずい……と思った。鼻の奥から、ツツーッと、鼻水が流れ落ちて来たのだ。
「W中」に転校して以来、ボクの鼻は詰まりっぱなしだった。そのときは理由がわからなかったが、後で考えると、その中学の校庭は周囲を杉の木で取り囲まれていた。たぶん、ボクの鼻は、アレルギーを起こしていたのだと思う。
さて、この鼻水をどうするか? まさか、全校生徒が聞いている中で、鼻をかむわけにもいくまい。と言って、そのままにしておくと、鼻水は鼻孔からだらしなく流れ落ちて、唇まで濡らしてしまうだろう。聞いているだけのみんなにはわからなくても、ガラスの仕切りの向こうからボクを見ている放送部員には、笑われてしまうに違いない。
ボクは、目で見て笑われてしまうことを避けた。

「習慣も、制度も、気質も、言葉も違う学校にやって来て戸惑う転校生にとって、何よりも重要なのは、何かわからないことがあるときに、『これは何?』と周りに声をかける勇気だと思います。そして、尋ねたときに、それに答えてくれる友人がいること、これがとても大切だと思います。実は……私も……」
そこで言葉を切って、聴衆を見渡すように顔を動かす――という演出の予定だったが、そのとき、いよいよ鼻水が流れ落ちそうになった。
まずい……。そこでボクは、落ちかかった鼻水を「ススーッ」と啜った。顔を背けて啜ればよかったのだが、マイクを向いたままそれをやったので、その音は、しっかりマイクに拾われたに違いない。
ガラスの向こうで高橋放送部員がクスッ……と笑ったように見えた。
あ~あと思ったが、ボクは残りの原稿を読んで、放送を終えた。2分55秒。予定通りの仕上がりではあった。

教室に戻ると、何人かがパチパチと拍手で迎えてくれた。その中にはピンちゃんもいた。しかし、ピンちゃんは笑っていた。
口の端にその笑みを浮かべたまま、ボクの席にやって来て、ツンツンとボクの肩を小突いて言うのだった。
「重松クン、鼻すすったでしょ?」
あちゃ……と思った。ピンちゃんには、しっかり聞かれてしまったんだ――と思ったとたん、ボクは恥ずかしくなった。まるで、立小便しているところを見られてしまったような恥ずかしさだった。
「あ、あれはね……」
ボクが言い訳しようとすると、ピンちゃんはまたも笑って言った。
「すすり泣いてるようにも聞こえたけど、あれ、違うよね」
この子には、何も隠せない――と思った。
ピンちゃんに笑われたのは、それ一度ではなかった。
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