留学難民・グエンの日々〈12〉 風の噂の「それからの彼女」

留学難民・グエンの日々
第12章
名前も顔も、記憶から薄れかけたころ、
オレは電車の中でそのウワサを耳にした。
男の欲望を手で抜くマッサージの店。
そこで働くベトナム人留学生。オレは、
それがグエンではないかと思った――。

前回から読みたい方は、こちらからどうぞ。
ここまでのあらすじ ちょっとたどたどしい日本語の電話で、店のアルバイト店員に応募してきたグエンは、大学に通っていた。学費と生活費を稼ぎ出すために、3つのアルバイトを掛け持ちする彼女は、度々、遅刻する。その度に彼女は、オレに「お礼」を渡すのだった。彼女の出身は、ベトナム北部、ハノイ近郊の街。祖母の背中には、戦争中の北爆で焼かれたケロイドの跡があると言う。しかし、彼女たち若い世代は、その時代を知らない。グエンは、オレの背後をすり抜ける度に、胸の突起で背中をくすぐって、ニッと笑った。そして言うのだった。「今度、フォーを作って持っていってあげるよ」。しかし、その約束が実現される日は来なかった。その前にコロナがやって来た。そしてグエンは発熱し、病院に入院した。理由は「盲腸」だった。手術して仕事に復帰したグエンを新たな難問が襲った。コロナでバイト先が減り、彼女は帰国する羽も、戻ってくる羽も、失ったのだった。そんな中、オレはシフトを減らされ、店を辞めるしかなくなった。それを告げると、グエンは「寂しくなる」と言い、「私を忘れないで」とメモを手渡した。それから1カ月後、店を訪ねてみたが、彼女は、店を辞めていた――
いなくなってみると、妙にグエンのことが気になった。
石坂が口にした「お水系のバイト」という言葉も、胸に引っかかったままだ。
バイトの行き帰りに利用する駅を通る度に、駅前に集まってはベトナム語で談笑する若い女の子たちのグループがいると、そこにグエンがいはしないか――と、オレはつい、目を凝らした。
そんな時間、そんな場所にいるはずもないのに、人混みに目を遣ってしまう自分に気づく度に、オレは「バカだなぁ」と自分を笑った。
しかし、そうして眺める人混みの様相に、少し、変化が現れた。やたら目立っていたアジア系外国人の姿が、日に日に少なくなっていく。以前は、やたら耳についていた意味不明の外国語を耳にすることも、めっきり少なくなった。
たぶん、このコロナ禍の自粛ムードで、留学生の多くが大学に通えず、生活費を稼ぐバイトもできなくなり、多くは、国へ帰ってしまったんだろうな――と、オレは想像した。たぶん、グエンも……。

そんな日々が1カ月、2カ月……と過ぎていった。
もう、グエンという名前も、顔も、陽にさらされた水彩画のように、オレの記憶の中で色彩を失いつつあった。
そんなときだった。
電車の中で交わす男同士の会話が、不意にオレの耳に飛び込んで来た。
「あの子さぁ……大学に通ってるらしいよ」
「エッ、そうなんですか? 大学?」
「なんか、留学生らしいんだよな。どこだって言ってたかなぁ。タイじゃなくて、ミャンマーでもなくて……あ、そう、そう。ベトナムだよ、ベトナム」
別に聞こうと思ったわけではなかったが、男の口から途切れ途切れに出た3つの単語が、オレの耳の鼓膜を緊張させた。「留学生」「大学」「ベトナム」。聴覚中枢とつながったオレの脳は、その3つの言葉を拾って、勝手にストーリーを組み立て始めていた。
「かわいかっただろ、あの子?」
「なんで、こんな子が……って思いましたよ」
「コロナのせいだよ。前は、コンビニ系の店でレジやったり、ファミレスでホールのバイトやったり、パン工場で夜勤やったり……って、いくつもバイト掛け持ちしてたらしいんだけど、特にファミレスとかは、自粛ムードでバイトの人数、減らしちゃったりしたじゃない。そういうときに、真っ先に切られちゃうの、外国人だもんな」
「かわいそうですね」
「かわいそうだよ。あの、プライドの高い子がさぁ、男の体にオイル塗ってマッサージして、乳揉まれたり、お股触られたりしながら、最後はアレをしごいて抜いてあげるところまでやるんだからなぁ。おまえ、あれ、やった?」
そこで、男たちが声を潜めたので、話の内容は聞き取れなかった。
しかし、そこまでの話の内容から、「まさか……」という思いがオレの中で「確信」に変わっていった。石坂が口にした「お水系のバイト」という言葉と男たちの話が、そこでリンクした。
石坂が口にした「お水系のバイト」という言葉も、胸に引っかかったままだ。
バイトの行き帰りに利用する駅を通る度に、駅前に集まってはベトナム語で談笑する若い女の子たちのグループがいると、そこにグエンがいはしないか――と、オレはつい、目を凝らした。
そんな時間、そんな場所にいるはずもないのに、人混みに目を遣ってしまう自分に気づく度に、オレは「バカだなぁ」と自分を笑った。
しかし、そうして眺める人混みの様相に、少し、変化が現れた。やたら目立っていたアジア系外国人の姿が、日に日に少なくなっていく。以前は、やたら耳についていた意味不明の外国語を耳にすることも、めっきり少なくなった。
たぶん、このコロナ禍の自粛ムードで、留学生の多くが大学に通えず、生活費を稼ぐバイトもできなくなり、多くは、国へ帰ってしまったんだろうな――と、オレは想像した。たぶん、グエンも……。

そんな日々が1カ月、2カ月……と過ぎていった。
もう、グエンという名前も、顔も、陽にさらされた水彩画のように、オレの記憶の中で色彩を失いつつあった。
そんなときだった。
電車の中で交わす男同士の会話が、不意にオレの耳に飛び込んで来た。
「あの子さぁ……大学に通ってるらしいよ」
「エッ、そうなんですか? 大学?」
「なんか、留学生らしいんだよな。どこだって言ってたかなぁ。タイじゃなくて、ミャンマーでもなくて……あ、そう、そう。ベトナムだよ、ベトナム」
別に聞こうと思ったわけではなかったが、男の口から途切れ途切れに出た3つの単語が、オレの耳の鼓膜を緊張させた。「留学生」「大学」「ベトナム」。聴覚中枢とつながったオレの脳は、その3つの言葉を拾って、勝手にストーリーを組み立て始めていた。
「かわいかっただろ、あの子?」
「なんで、こんな子が……って思いましたよ」
「コロナのせいだよ。前は、コンビニ系の店でレジやったり、ファミレスでホールのバイトやったり、パン工場で夜勤やったり……って、いくつもバイト掛け持ちしてたらしいんだけど、特にファミレスとかは、自粛ムードでバイトの人数、減らしちゃったりしたじゃない。そういうときに、真っ先に切られちゃうの、外国人だもんな」
「かわいそうですね」
「かわいそうだよ。あの、プライドの高い子がさぁ、男の体にオイル塗ってマッサージして、乳揉まれたり、お股触られたりしながら、最後はアレをしごいて抜いてあげるところまでやるんだからなぁ。おまえ、あれ、やった?」
そこで、男たちが声を潜めたので、話の内容は聞き取れなかった。
しかし、そこまでの話の内容から、「まさか……」という思いがオレの中で「確信」に変わっていった。石坂が口にした「お水系のバイト」という言葉と男たちの話が、そこでリンクした。

男たちが乗り込んできたのは、西船橋の駅だった。かつては、フーゾク系のサービスのメッカとされた場所だ。男たちは、そういうサービスを提供するどこかの店に寄って、電車に乗り込んで来たに違いない。
西船橋なら、グエンが通う大学と彼女が住んでいるアパートのある町のちょうど中間にあたる。学校の仲間に知られる心配も、アパートの住人たちに発見される恐れもほぼない。
男たちの話す女がもしグエンだとするなら、彼女が口にしたとされる「お水系のバイト」の場所として西船橋を選んだことも納得できた。しかし、いかに「お水系」とはいえ、いきなりフーゾク? グエンが追い込まれた状況を思うと、オレは、胸の底がキュンとなった。
そこへ、さらに、男たちのひそひそ話が飛び込んで来た。
「エッ、添い寝? そんなサービス、ありましたっけ?」
「メニュー表、見なかったのかよ? オプション・サービスってのがあっただろ? 5000円プラスで、女の子が60分、添い寝してくれるってやつ」
「エッ、やらせてくれるんですか?」
「ないない、それはない。そんなことやったら、店は手入れ受けちまうだろうよ。しかしな、触ることはできる。服の上からなら、乳ももうが、お股触ろうが、お好きにどうぞ――ってやつさ」
「それ知ってたら、やってたなぁ……」
「何だよ、それ。おまえ、ネット見なかったのかよ」
「ネット? 見ないすよ、そんなの」
「じゃ、検索してみなよ。アロマと入力して、次にマッサージ、留学難民って入れて、検索すると、一発であの店のサイトが出てくるから。店のサイトが出たら、『オプション』というボタンがあるから、そこをクリックすればいいんだよ」
「今度、やってみます」
「試してみ。あの子さ…………が、メチャ弱いんだよな」
男が声を潜めたので、「………」の部分は聞き取れなかった。しかし、その相手が返した声で、その内容がだいたい想像できた。
「ホットパンツの上からですか? それでイッちゃうんですか?」
「だから、弱いんだって、お・×・×が」
男が、相手の耳に口をつけるようにして吹き込んだ言葉。しかし、男の口の動きでそれは想像できた。
お・ま・た――男は、そう言ったのだった。
「60分の添い寝の間に、オレ、3回もイカせたことがある。あいつさ、ホットパンツ、グショグショに濡らしながら、足をピクッピクッ……と痙攣させてイクんだけどさぁ、そのときに、オレの腕とか背中とか首とかに回した手で、思い切り、人の肉にツメ立てるから、もう、オレの体、傷だらけだよ」
「マジ、本気じゃないですか」
「本気で抵抗してるのか、喜んでるのか、そのどっちかじゃね」
途切れ途切れに聞こえてくる男たちの話に耳を欹てているうちに、電車は新松戸のホームに滑り込んだ。
男たちは「着いたゾ」と席を立ち、オレもドアに向かった。
客に「色っぽいね」などと言われただけで、目を吊り上げていたグエンが、ホットパンツを穿いて客の体にマッサージを施している。そのパンツの上から股間をまさぐられて、パンツをグショグショに濡らしながら、男の体にツメを立てている。
その姿を想像しただけで、オレの頭の中では血がふつふつと湧き始めていた。
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管理人は、常に、フルマークがつくようにと、工夫して記事を作っています。
みなさんのひと押しで、喜んだり、反省したり……の日々です。
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