自伝的創愛記〈41〉 理由なき勧誘

Vol.41
味気ないものになりそうだった
転校先の生活に、一筋の光明が
灯った。明かりを灯したのは、
ピンちゃんのひと言だった――。
「重松クン、歌うまいんだってね」
ピンちゃんと呼ばれる彼女が、どこから、転校生であるボクのそんな情報を手に入れたのか、にわかには見当がつかなかった。ボクの成績や、対外活動の記録などは前の学校から送られた資料で、教師だったら知ることができるだろう。しかし、歌が上手いなどという情報は、まったく個人的な趣味の領域なので、どこからも、だれにも、伝わるはずがない。
不思議だ――と思っていると、「あの子が、話があるって」と、ピンちゃんはひとりの女の子を手招きした。
大島加奈というその子は、少しぽっちゃりした女の子で、ボクは、その手の女の子にあまり興味がなかった。しかし、ピンちゃんの紹介で、ボクはその理由を知った。
「重松クン、海上火災の社宅に住んでるんだよね。この子のお父さん、支店長なのよ」
ボクの父親は副長だったから、彼女の父親はその上司ということになる。大島と紹介された子は、「あ、それはいいから」と手を振って、ボクにその話をした。
「いつも、大きな声で歌ってるでしょ? その歌が上手いって、社宅中で評判になってるの」
そうか……とボクは思った。それまでボクたち家族が住んでいたのは、社宅と言っても、会社が「社宅」として借り上げた住宅だった。隣も向かいも、同じ会社に通う社員の家族という社宅に住むのは、今度が初めてだった。
そんな社宅の中で暮らしていると、「〇〇さん家の息子さんは」「〇〇さん家のお嬢さんは」と、たちまち社宅中のウワサになってしまう。そんなことを想像もしていなかったので、ボクはいつも家の中で大きな声で歌っていた。ロシア民謡やイタリア民謡、フォスターの歌曲などを覚えたての原語で歌ったりしていたのだが、たぶん、そうして歌っているのを社宅のおばさんたちに聞かれてしまったのだろう。
「あ、この子ね、合唱部のマネージャーやってるの。重松クンをスカウトしようか――って言ってたのよね?」
ピンちゃんの言葉に、大島加奈は「ウン」というふうにうなずいて、「どォ? 一度、練習のぞきに来ない?」と、ボクの顔を見た。
わるい話じゃない。
「ボクでよかったら、ぜひ」と速攻で返事を返すと、「よかったね」とピンちゃんが大島加奈の肩を叩いた。
ピンちゃんと呼ばれる彼女が、どこから、転校生であるボクのそんな情報を手に入れたのか、にわかには見当がつかなかった。ボクの成績や、対外活動の記録などは前の学校から送られた資料で、教師だったら知ることができるだろう。しかし、歌が上手いなどという情報は、まったく個人的な趣味の領域なので、どこからも、だれにも、伝わるはずがない。
不思議だ――と思っていると、「あの子が、話があるって」と、ピンちゃんはひとりの女の子を手招きした。
大島加奈というその子は、少しぽっちゃりした女の子で、ボクは、その手の女の子にあまり興味がなかった。しかし、ピンちゃんの紹介で、ボクはその理由を知った。
「重松クン、海上火災の社宅に住んでるんだよね。この子のお父さん、支店長なのよ」
ボクの父親は副長だったから、彼女の父親はその上司ということになる。大島と紹介された子は、「あ、それはいいから」と手を振って、ボクにその話をした。
「いつも、大きな声で歌ってるでしょ? その歌が上手いって、社宅中で評判になってるの」
そうか……とボクは思った。それまでボクたち家族が住んでいたのは、社宅と言っても、会社が「社宅」として借り上げた住宅だった。隣も向かいも、同じ会社に通う社員の家族という社宅に住むのは、今度が初めてだった。
そんな社宅の中で暮らしていると、「〇〇さん家の息子さんは」「〇〇さん家のお嬢さんは」と、たちまち社宅中のウワサになってしまう。そんなことを想像もしていなかったので、ボクはいつも家の中で大きな声で歌っていた。ロシア民謡やイタリア民謡、フォスターの歌曲などを覚えたての原語で歌ったりしていたのだが、たぶん、そうして歌っているのを社宅のおばさんたちに聞かれてしまったのだろう。
「あ、この子ね、合唱部のマネージャーやってるの。重松クンをスカウトしようか――って言ってたのよね?」
ピンちゃんの言葉に、大島加奈は「ウン」というふうにうなずいて、「どォ? 一度、練習のぞきに来ない?」と、ボクの顔を見た。
わるい話じゃない。
「ボクでよかったら、ぜひ」と速攻で返事を返すと、「よかったね」とピンちゃんが大島加奈の肩を叩いた。

この中学校では学校生活を楽しめそうにない。
そう思っていたボクの「W中学」での生活に、ピンちゃんと加奈のアプローチで、ちょっとだけ明かりが灯った。
そんなとき、担任の村上教師が「重松クン、ちょっと」とボクを手招きした。
「今度のォ、市内の弁論大会があるんよ。出てみんかい?」
ハハァ……と思った。きっと、前の中学校時代の内申記録を見て、ボクが弁論大会で金賞を取っていたことを知ったのに違いない。
他にだれかいないんだろうか――と思ったが、教師によると、「この学年には、そういうことの得意なやつがおらんのじゃ」と言う。大会が行われるのは、11月の2日。あと3週間しかない。その間に、原稿を書いて先生のチェックを受け、修正を終えて、それを完全に暗記しなくちゃならない。しゃべる練習もしなくちゃならない。
ボクの学校生活は、にわかに忙しくなった。
問題は、何についてしゃべるか――だ。この街に移り住んで、まだ2カ月ちょっとのボクには、この街の伝統や文化について、地域社会の習慣について語ることなど、何もない。
何を話そうか? 3日間、悩んだ末に「そうだ」と思いついた。
転校のことについて話せばいいんじゃないか。「私は転校生です」から始めて、転校生が直面する問題に触れ、最後は、文化や習慣の違いを理解することがどんなに大切か――という話でまとめてはどうだろう。
そう思いついたとき、ボクの頭の中には、3分間の原稿の構成がスーッと浮かんだ。

まとまった原稿を村上教師にチェックしてもらい、「OK」をもらって記憶するための音読練習を始めたところへ、また、ピンちゃんが声をかけてきた。
「放送部の女の子が、頼みたいことがあるんだって」
そう言ってボクに紹介したのは、隣の6組の女子だった。
「市の弁論大会に出るんでしょ? もう原稿はできとるって村上先生がゆうてはったけど、できればね、本選に出る前に、それ、昼休みの校内放送で流したいんよ」
「原稿を? だれかが読んで?」
「そんなの、重松クンに決まっとるでしょ」と、横からピンちゃんが声をはさんだ。
「弁論大会に出よういう人が、原稿を人に読ませてどうするん?」
ピンちゃんの言うことには、一理も二理もある――とボクは思った。
「そうやね。自分で読むしかないか……」
それを聞いて、女子放送部員は眼鏡の奥の目を、キラッと輝かせた。そうして、ボクは、翌週、昼休みの校内放送で弁論大会の原稿を読むことになった。
いい予行演習になる。ピンちゃんの励ましは、ボクの力になった。
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明治半ばまで、一部の地域で実際に行われていた
「盆かか」と呼ばれる風習。本作品は、その風習を
題材に描いた官能フィクションです。
与一の新婚の妻・妙も、今年は、クジの対象になる。
クジを引き当てたのは、村いちばんの乱暴者・権太。
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