留学難民・グエンの日々〈11〉 そして、彼女は消えた

留学難民・グエンの日々
第11章
ストアを辞めて1カ月ほど経った頃、
ブラリと店を訪ねてみたが、もうそこには、
グエンの姿はなかった。「お水系のバイトでも
やってるんじゃないですか?」と石坂は言う。
その言葉がオレの胸に引っかかった――。

前回から読みたい方は、こちらからどうぞ。
ここまでのあらすじ ちょっとたどたどしい日本語の電話で、店のアルバイト店員に応募してきたグエンは、大学に通っていた。学費と生活費を稼ぎ出すために、3つのアルバイトを掛け持ちする彼女は、度々、遅刻する。その度に彼女は、オレに「お礼」を渡すのだった。彼女の出身は、ベトナム北部、ハノイ近郊の街。祖母の背中には、戦争中の北爆で焼かれたケロイドの跡があると言う。しかし、彼女たち若い世代は、その時代を知らない。グエンは、オレの背後をすり抜ける度に、胸の突起で背中をくすぐって、ニッと笑った。そして言うのだった。「今度、フォーを作って持っていってあげるよ」。しかし、その約束が実現される日は来なかった。その前にコロナがやって来た。そしてグエンは発熱し、病院に入院した。理由は「盲腸」だった。手術して仕事に復帰したグエンを新たな難問が襲った。コロナでバイト先が減り、彼女は帰国する羽も、戻ってくる羽も、失ったのだった。そんな中、オレはシフトを減らされ、店を辞めるしかなくなった。それを告げると、グエンは「寂しくなる」と言い、「私を忘れないで」とメモを手渡した――
「Lストア」を辞めたオレは、クリーンセンターでのプラスチックゴミ選別の仕事に移った。一日8時間の拘束で、実働7時間、時給1000円。「Lストア」で働くのに比べると、同じ3日間の勤務でも、2倍近い手取りが稼げる。ただし、体はきつい。きついけれど、体が保つ限り、オレはその仕事を続けることにした。
オレがいなくなっても、グエンは元気にやっているだろうか?
辞めて1カ月ほど経った頃、ブラリと店を訪ねてみた。しかし、彼女はいなかった。
「グエンは辞めちゃったの?」
ほんとうならグエンが立っているはずのレジに着いていたのは、男性クルーの石坂だった。 苦々しい顔をしてうなずいた石坂は、言わなくてもいいはずの言葉を口にした。
「お水系のバイトでも始めたんじゃないですか。時給の高いところに移るとか、オバちゃんたちには言ってたらしいすから」
オバちゃんたち……というのは、たぶん、年配のクルーのことを言っているのだろう。それ以上訊いても、有益な情報が得られるとは思えなかったので、オレは、それ以上、訊くのを止めた。
「重松さんは、いま、フルタイムなんでしょ? どこで働いてるんですか?」
「キツい仕事だよ」とだけ答えて、オレは「じゃ……」と手を振って店を後にした。
オレの胸には、「お水系のバイト」という石坂の言葉だけが、のどに刺さった魚の骨のように引っかかったままだった。
オレがいなくなっても、グエンは元気にやっているだろうか?
辞めて1カ月ほど経った頃、ブラリと店を訪ねてみた。しかし、彼女はいなかった。
「グエンは辞めちゃったの?」
ほんとうならグエンが立っているはずのレジに着いていたのは、男性クルーの石坂だった。 苦々しい顔をしてうなずいた石坂は、言わなくてもいいはずの言葉を口にした。
「お水系のバイトでも始めたんじゃないですか。時給の高いところに移るとか、オバちゃんたちには言ってたらしいすから」
オバちゃんたち……というのは、たぶん、年配のクルーのことを言っているのだろう。それ以上訊いても、有益な情報が得られるとは思えなかったので、オレは、それ以上、訊くのを止めた。
「重松さんは、いま、フルタイムなんでしょ? どこで働いてるんですか?」
「キツい仕事だよ」とだけ答えて、オレは「じゃ……」と手を振って店を後にした。
オレの胸には、「お水系のバイト」という石坂の言葉だけが、のどに刺さった魚の骨のように引っかかったままだった。

グエンは、見ようによっては、「美人」とも言える。硬いブラジャーに包まれた胸も、ある種の男たちの目を惹きつけずにはおかかないだろう。
もし、本人が望むなら、お水系のバイトでも、そこそこの……いや、普通以上の収入を得られるに違いない。実際、学費に苦しむ日本人の女子学生たちの中にも、キャバクラなどでアルバイトして、学費と生活費を稼いでいる女の子たちがいる。石坂が口にした「お水系のバイト」に、もしかしたらグエンも……?
しかし、グエンは北ベトナムの出身だ。彼女に言わせると、ホーチミン市(旧サイゴン)などの南の出身者は怠け者が多く、遊び好きだが、自分たち北の人間ははたらき者だ。色気を売りに仕事をするなどという発想は、自分たちには持てない――と、確か、そんなニュアンスを口にしていた。
アオザイを身にまとって酔客の席に着くグエンの姿が、一瞬、頭の中に浮かんだ。似合うだろうなぁ――と思った。
客の中には、その姿にそそられて、アオザイのスリットからのぞく彼女の脚に手を伸ばしてくる客だっているかもしれない。ピッチリと張り付いて彼女の体の線を浮き上がらせる服の胸元に、手を伸ばそうとする客だって、現れるかもしれない。たぶん、グエンだったら、その手をビシャッと叩き、キッと睨みつけるに違いない。
「Lストア」にいる間も、店には、彼女に声をかけるためにやって来る若い男たちがいた。たいていは、ベトナム語を話す若い男たちで、中には、彼女をからかったり、ナンパしようとしたりする男たちもいた。そういう男たちに声をかけられる度に、グエンは「チッ」と舌打ちして、彼らをにらみ返していた。
あの様子じゃ、酔客を接遇するお水系のバイトはできないだろうなぁ――とも、オレは思った。
それに、グエンは、胃腸系が弱かった。なので、酒も飲めない。前の日、酒を飲んでしまって腹を壊した――と、勤務を休んだこともあった。
もし、彼女にできるお水系のバイトがあるとしたら、もっと別の形だ。しかし、それは、想像したくないことだった。

どうしているだろうか――と気になったので、オレは、携帯に残っている彼女の電話番号にコールしてみた。
しかし、電話は通じなかった。
「おかけになった電話番号は、現在、使われてないか、電波の届かない場所に……」
何度かけても、その虚しい機械音が繰り返されるばかりだった。
もしかしたら、グエンはベトナムに帰国したまま、日本に戻って来れなくなっているのかもしれない――と思ったので、ベトナムの国際番号をつけてかけてみたが、それでも通じない。
グエンに連絡を取る手段は、完全に断たれてしまった。
彼女はまだ、日本のどこかにいて、学校に通いつづけているのか?
それとも、もう、日本には住んでいないのか?
それを知る手段は、もう、なくなった。
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