留学難民・グエンの日々〈10〉 私を忘れないで

留学難民・グエンの日々
第10章
コロナに襲われて、グエンたち留学生は、
国に帰ることも国元から戻ってくることも
できなくなった。そんな中、オレはシフトを
減らされ、店を辞めるしかなくなった――。

前回から読みたい方は、こちらからどうぞ。
ここまでのあらすじ ちょっとたどたどしい日本語の電話で、店のアルバイト店員に応募してきたグエンは、大学に通っていた。学費と生活費を稼ぎ出すために、3つのアルバイトを掛け持ちする彼女は、度々、遅刻する。その度に彼女は、オレに「お礼」を渡すのだった。彼女の出身は、ベトナム北部、ハノイ近郊の街。祖母の背中には、戦争中の北爆で焼かれたケロイドの跡があると言う。しかし、彼女たち若い世代は、その時代を知らない。グエンは、オレの背後をすり抜ける度に、胸の突起で背中をくすぐって、ニッと笑った。そして言うのだった。「今度、フォーを作って持っていってあげるよ」。しかし、その約束が実現される日は来なかった。その前にコロナがやって来た。そしてグエンは発熱し、病院に入院した。理由は「盲腸」だった。手術して仕事に復帰したグエンを新たな難問が襲った。コロナでバイト先が減り、彼女は帰国する羽も、戻ってくる羽も、失ったのだった。そんな中、オレには新たな問題が持ち上がった。店長にシフトを減らされることになったオレは、フルタイムの仕事を探すしかなくなった――
「重松さん、どうしたんですか?」
2週間後、いつものように店で顔を合わせたグエンが、声をかけてきた。
「何か変……?」と自分の服を見回していると、グエンが「……じゃなくて」とオレの顔を覗き込むようにして言う。
「15日から先のシフトが空白になってるけど……」
「あ、それ? ウン……実はオレ、15日で上がっちゃうんだよ」
「上がる……? 何ですか、それ?」
「退職するっていう意味だよ」
「エーッ」と言ったきり、グエンは口をつぐんでしまった。
10日前、オレは、店長から打診を受けていた。月曜日の「夕勤」を「朝勤」に替えてくれないか――という打診だった。
打診とはいうものの、それはほとんど命令と言ってよかった。しかし、オレには朝~昼にかけてやっている仕事がある。シフト変更を受けてしまうと、ダブルで仕事をすることができなくなる。それでは、生活が成り立たない。オレは、フルタイムの仕事にチェンジすることを決め、それを店長に通告したばかりだった。
その話をすると、グエンは「ひどい……」とつぶやいて、顔を曇らせた。
「あなたいなくなると、寂しいよ」
そう言ってオレの顔を見る。
そこに愛はあるのか……。オレにはわかっていなかった。
2週間後、いつものように店で顔を合わせたグエンが、声をかけてきた。
「何か変……?」と自分の服を見回していると、グエンが「……じゃなくて」とオレの顔を覗き込むようにして言う。
「15日から先のシフトが空白になってるけど……」
「あ、それ? ウン……実はオレ、15日で上がっちゃうんだよ」
「上がる……? 何ですか、それ?」
「退職するっていう意味だよ」
「エーッ」と言ったきり、グエンは口をつぐんでしまった。
10日前、オレは、店長から打診を受けていた。月曜日の「夕勤」を「朝勤」に替えてくれないか――という打診だった。
打診とはいうものの、それはほとんど命令と言ってよかった。しかし、オレには朝~昼にかけてやっている仕事がある。シフト変更を受けてしまうと、ダブルで仕事をすることができなくなる。それでは、生活が成り立たない。オレは、フルタイムの仕事にチェンジすることを決め、それを店長に通告したばかりだった。
その話をすると、グエンは「ひどい……」とつぶやいて、顔を曇らせた。
「あなたいなくなると、寂しいよ」
そう言ってオレの顔を見る。
そこに愛はあるのか……。オレにはわかっていなかった。

「あと、5回だね」「あと4回だね」――それからは、グエンは、顔を合わせる度に、オレと一緒に仕事できる回数をカウントして見せた。その度に、彼女の顔に浮かぶ悲しみの色が深まっていったように、オレの目には映った。
彼女は、この後、どうするつもりなのか?
訊いてみたいことではあったが、それを訊くのはためらった。答えの出ないことを尋ねるのは、本人にとっても辛いことだろうと思ったからだ。しかし、彼女の口からは、漠然とした不安がもらされた。
「シゲマツさんがいなくなったら、ワタシも……どこか探そうかな……」
「エッ……キミも辞めちゃうの?」
「ワタシ、もっとお金が欲しいよ。もっと楽しく働きたいし……」
オレじゃないスタッフと組むときのグエンが、相方とうまくコンビネーションできてないことは、何となく想像がついていた。ベトナムからやって来て大学に通う女の子。そんな彼女を古株の女たちは、怨嗟の目で眺め、唯一若手の男性スタッフ・石坂は、何かと言うと嫌味を口にした。
彼女だったら、もっと楽しく働ける場所があるだろうに……。もし、オレが会社をつぶさずにいたら、スタッフとして雇って、徹底的に日本語を仕込み、編集者として育てたのに――と思うのだが、いまのオレには何もしてやれることがなかった。

最後の日は、すぐにやって来た。
その日のために、オレはグエンにスモールなプレゼントを用意しておいた。淡いピンクのネック・ウォーマーだ。日本の冬に慣れてないのか、度々、熱を出したグエンに、「風邪ひくなよ」とのメッセージを込めての置き土産のつもりだった。
最初は何かを警戒したのか、「いいよ」と遠慮していたグエンだったが、「キミが熱を出さないためだよ。大事な体なんだから」と言うと、「ありがとう」と受け取った。
15分の休憩が終わると、グエンは、何やら書きつけたメモを持って戻って来た。
「シゲマツさんに手紙書いて来たよ」と言う。オフィスで何かやっているなぁ――と思ったのは、これを書いていたのか。開いてみると、小さな文字がビッシリと書き並べられていた。
初めて見るグエンの字だった。それが、細かくてていねいなことに、オレは驚いた。
《シゲマツさん、きょうまでありがとう。
シゲマツさんは、ワタシが日本で会ったいちばんやさしい人でした。
いっぱいメイワクをかけたけど、
一緒に仕事できて楽しかったです。
また、どこかで一緒に働けたらいいのにと思います。
シゲマツさん、体を大事に。
そして、ワタシを忘れないでください。
グエン》
ああ、忘れないとも――と、自分に言い聞かせながら、オレはメモをポケットにねじ込んだ。
それが、グエンとの最後のシーンになった。
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