留学難民・グエンの日々〈6〉 約束の「フォー」

留学難民・グエンの日々
第6章
オレの後ろをすり抜ける度に、2つの突起が
背中をくすぐった。「何だ?」と振り向くと、
グエンは親指と人差し指を交差させてニッと
笑った。その指サインの意味は――。

前回から読みたい方は、こちらからどうぞ。
ここまでのあらすじ ちょっとたどたどしい日本語の電話で、店のアルバイト店員に応募してきたグエンは、大学に通っていた。学費と生活費を稼ぎ出すために、3つのアルバイトを掛け持ちする彼女は、度々、遅刻する。その度に彼女は、オレに「お礼」を渡すのだった。彼女の出身は、ベトナム北部、ハノイ近郊の街。祖母の背中には、戦争中の北爆で焼かれたケロイドの跡があると言う。しかし、彼女たち若い世代は、その時代を知らない――
何だ、いまのは――と、オレは思わず、後ろを振り向いた。
客から注文された切手を引き出しから取り出すために、グエンがオレの背後をすり抜けたのだが、どうやら、そのとき、彼女の胸がオレの背中を掠めたらしい。驚いたのは、その感触だった。
2つの突起であることはわかったが、とても肉の高まりという感触ではなかった。まるで、金属の鎧を身に着けたセーラームーンか――と思うほどの感触。それが、硬いブラジャーのせいであると知ったのは、ずっと後のことだった。
それからもグエンは、背後をすり抜ける度に、その硬い突起でオレの背中をビクンとさせた。
コイツ、わざとやってるのか? そう思って顔を見ると、グエンは、親指と人差し指を交差させて、それをグイッとオレの顔に差し向けて見せた。
「何だい、それ?」
訊くと、ニコッと笑って言うのだった。
「コレ、ワタシたちの間で流行ってる。何の意味か、わかる?」
「ピ、ピース……?」
「違う。もっといい意味……」
「それは……?」
「ああ……それ、ネットで調べて」
面倒くさいなぁ――と思って、オレは、彼女が示したそのサインのことは、いつの間にか、頭から消し去っていた。
客から注文された切手を引き出しから取り出すために、グエンがオレの背後をすり抜けたのだが、どうやら、そのとき、彼女の胸がオレの背中を掠めたらしい。驚いたのは、その感触だった。
2つの突起であることはわかったが、とても肉の高まりという感触ではなかった。まるで、金属の鎧を身に着けたセーラームーンか――と思うほどの感触。それが、硬いブラジャーのせいであると知ったのは、ずっと後のことだった。
それからもグエンは、背後をすり抜ける度に、その硬い突起でオレの背中をビクンとさせた。
コイツ、わざとやってるのか? そう思って顔を見ると、グエンは、親指と人差し指を交差させて、それをグイッとオレの顔に差し向けて見せた。
「何だい、それ?」
訊くと、ニコッと笑って言うのだった。
「コレ、ワタシたちの間で流行ってる。何の意味か、わかる?」
「ピ、ピース……?」
「違う。もっといい意味……」
「それは……?」
「ああ……それ、ネットで調べて」
面倒くさいなぁ――と思って、オレは、彼女が示したそのサインのことは、いつの間にか、頭から消し去っていた。

オレとグエンの間には、何となく仕事をシェアし合うルールができ上がっていった。品出しのときは、重いドリンク類の補充はオレが担当し、グエンには、日配の食品類の補充をまかせた。
クレームをつけたり、スタッフに絡んできそうな客がレジにやって来たり、面倒くさそうなゆうパックの客がやって来たりすると、「こちらでお受けします」と、自分のレジに誘導した。
その代わり、床のモップがけだの、テーブルの拭き掃除だのは、彼女がすすんでやるのに任せておいた。どうやら彼女は、そういう仕事が嫌いではないように見えた。レジ側の床には、フライヤから飛び散った油が埃と一緒になって、ガムのように黒くこびりついたところがあったりするが、ヒマなときには、グエンは、そういうところまでゴシゴシとこすり始めたりする。
「そんなところ、やんなくていいよ」と言うと、「でも、ホラ、きれいになったよ」と、自慢そうな顔をして見せる。
コイツ、けっこう、子どもっぽいところがあるなぁ。オレは、グエンが見せるそういう無邪気さが、嫌いではなかった。

あるとき、食い物の話になった。
オレが、3食自炊している――という話をすると、「どんな料理?」と尋ねる。
「魚を焼いたり、鶏肉や豚肉を炒めたり……いろいろだよ」
「和食……?」
「和食もあれば、洋食も中華も。キミは、家ではベトナム料理?」
ウンとうなずいたグエンが、「ベトナム料理を食べたことあるか?」と訊くので、オレは首を振った。
「フォーとかは、食べてみたいなぁ……と思ってるんだけどね」
「今度、作ってあげるよ」
エッ……と思った。まさか、うちに来るっていうんじゃ、あるまいな。ま、それはそれで、わるくはないけど。
しかし、グエンの言う「今度」は、違った。
「今度、休みの日に作るから、そしたら、家の近くまで持って行ってあげる。近くまで行ったら電話するから、だれ、あんた? とか言わないでね」
オレは、うかつにも、それをちょっと愉しみにしてしまった。
しかし、その電話はかかって来なかった。かかってくる前に、あれが日本の社会を襲った。
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