留学難民・グエンの日々〈5〉 戦争も、ナパームも知らない子どもたち

留学難民・グエンの日々
第5章
「Lストア」でレジに立つグエンは、
3つのバイトを掛け持ちしていた。それで、
度々、遅刻する。その度に、彼女はオレに
お礼を渡すのだった。その彼女には、一緒に
暮らしている男がいた――。

前回から読みたい方は、こちらからどうぞ。
ここまでのあらすじ ちょっとたどたどしい日本語の電話で、店のアルバイト店員に応募してきたグエンは、大学に通っていた。学費と生活費を稼ぎ出すために、3つのアルバイトを掛け持ちする彼女は、度々、遅刻する。その度に彼女は、オレに「お礼」を渡すのだった。そんな彼女には「同居人」がいた――
「シ・ゲ・マ・ツさんは、いくつですか?」
7時半を過ぎた30分ほど、店が一瞬、ヒマになる時間帯がある。8時になると、品出しを始めなくちゃならないので、それまでの10分か15分ほど、客が途切れた時間に、グエンは、いろんな質問をオレにぶつけてきた。
「いくつ?」と、突然、訊かれて本当の年齢を教えると、「私のおばあちゃんより、ちょっと上」と、不思議そうな顔をする。
「おばあちゃんは、もう腰も曲がって、農作業もできなくなって、家で畑で取れた野菜とかを縄で縛ったりする仕事してる。でも、シ・ゲ・マ・ツさん、元気」
「元気に見えるだけだよ」
「元気ですよ。重い荷物もガンガン運ぶし、大きな声であいさつするし……ホント、元気」
「ビンボーだからね。元気に働くしかないんだよ」
「ビンボー……? うちのおじいちゃんとおばあちゃんの家も、ビンボーだよ」
グエンの話だと、彼女の祖母の背中には、大きなケロイドの跡が残っている。「昔、戦争のとき、爆弾に焼かれたらしい」と言うのだが、「もしかしてナパーム弾?」と言っても、彼女は、「何、それ?」という顔をする。
エッ……とオレは思った。20代の頃、オレたちが「反戦」の声を上げて機動隊とぶつかり合ったベトナム戦争も、アメリカ軍による「北爆」も、そこで使われたナパーム弾のことも、その結果、彼女たちの親や親の親たちが受けた傷のことも、彼女たちの世代は、リアルな現実としては知らないようだった。
7時半を過ぎた30分ほど、店が一瞬、ヒマになる時間帯がある。8時になると、品出しを始めなくちゃならないので、それまでの10分か15分ほど、客が途切れた時間に、グエンは、いろんな質問をオレにぶつけてきた。
「いくつ?」と、突然、訊かれて本当の年齢を教えると、「私のおばあちゃんより、ちょっと上」と、不思議そうな顔をする。
「おばあちゃんは、もう腰も曲がって、農作業もできなくなって、家で畑で取れた野菜とかを縄で縛ったりする仕事してる。でも、シ・ゲ・マ・ツさん、元気」
「元気に見えるだけだよ」
「元気ですよ。重い荷物もガンガン運ぶし、大きな声であいさつするし……ホント、元気」
「ビンボーだからね。元気に働くしかないんだよ」
「ビンボー……? うちのおじいちゃんとおばあちゃんの家も、ビンボーだよ」
グエンの話だと、彼女の祖母の背中には、大きなケロイドの跡が残っている。「昔、戦争のとき、爆弾に焼かれたらしい」と言うのだが、「もしかしてナパーム弾?」と言っても、彼女は、「何、それ?」という顔をする。
エッ……とオレは思った。20代の頃、オレたちが「反戦」の声を上げて機動隊とぶつかり合ったベトナム戦争も、アメリカ軍による「北爆」も、そこで使われたナパーム弾のことも、その結果、彼女たちの親や親の親たちが受けた傷のことも、彼女たちの世代は、リアルな現実としては知らないようだった。

遠い記憶として残っている一枚の写真がある。
10歳に満たない女の子が全身の服を焼かれ、肌を焼けただれさせて、泣きながら原野を彷徨う姿。その写真は通信社から配信され、全世界の新聞や雑誌に掲載された。
アメリカ軍の北爆でナパーム弾が投下され、学校や病院までが被害を受けて、一般市民にまで死傷者が出ている。そのことを訴える報道写真だったが、その一枚の写真は、世界中で高まりつつあった反戦運動に、さらに火を点けた。
「北爆」というのは、南ベトナムで「解放戦線」と対峙するアメリカが、背後で「解放戦線」を支援する北ベトナム軍をたたくために、北ベトナムに対して行っていたB52による爆撃だ。
その爆撃については、欧米のジャーナリズムを中心に、批判の論戦が張られていた。ひとつは、ジャングルに潜むゲリラをいぶり出すために、B52が撒いたダイオキシン入りの枯葉剤。地球環境に重大な影響を及ぼすとして批判の声が渦巻いた。
もうひとつは、B52が北ベトナムのハノイ近郊に投下したナパーム弾だ。ナパームは、施設を破壊するための爆弾ではない。広い範囲を焼き尽くすための焼夷弾だ。人々の暮らす家屋を焼き、人間を焼き殺すための爆弾。その非人道性を、メディアは一斉に批判した。
批判の声が高まる中、米軍は、北ベトナム軍と南ベトナム解放戦線の攻勢もあって、一時は50万人を超えていたベトナム派遣軍を漸次、撤退させ、最終的には、ベトナム戦線からの撤退を決意した。
アジアの小国・ベトナムが、とうとう、超大国アメリカを追い返した。オレたちは、そのニュースに喝采を送った。そして、祈った。
戦争で傷ついたベトナムの人々よ、一刻も早くその傷を癒やし、健全な国土を築き上げてくれ。

あの報道写真に登場した「ナパームで焼かれた子」も、きっとどこかで子どもを作り、その子どももまた、子どもを作って、今頃は「おばあちゃん」と呼ばれて、ニコリと笑っているのかもしれない。グエンの祖母のように。
それを思うと、オレの横で元気に声を出し、レジ打ちをしているグエンの姿が、どこか貴重なものに感じられた。
その小さくて貴重な生きものは、ときに、思いもしない方法でオレを驚かせた――。
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