愛の進化論。それは、いかにして「普遍性」を獲得するか?

法則96 愛は、長い時間をかけて「普遍性」を獲得する
通常、人の愛は、時間をかけるほどに進化して
いきます。わがままなだけの幼少期の愛が、
やがて世界を愛する愛へと進化していく過程は――。
「愛」は進化する。
管理人・シランケンは、長い間、そう信じて、生きてきました。
「進化する」とは、「愛の対象」が「拡大する」ということ――と言ってもいいかもしれません。
誤解しないでくださいね。「拡大する」と言っても、「色恋の対象が増える」ということではありません。だれかれ構わず口説きまくるということでもなければ、だれかれ構わず脚をおっ広げるということでもありません。
「愛」という目を持って見る範囲が、広がる――ということです。
その「進化」には、おおむね、以下の5つの段階がある――と、管理人は思っています。
第1段階 養護期
「養護」を求め、養護してくれる者になつこうとする愛の段階
人間は、全哺乳類中、最も長く「養護期間」を必要とする生きものだと言われています。 「養護の期間」とは、保護者(たいていの場合は「親」です)から、生存に必要な食糧や衣類を与えられ、外敵から身を守ってもらう期間。移動のために、おんぶや抱っこなどの介助を必要とする期間でもあります。
この期間、人は、「腹が減った」「暑い」「寒い」「疲れた」「排便したい」など、肉体から発する原初的な欲求のすべてを、保護者である親などにぶつけ、通常、その欲求が満たされることによって、「自分を養護してくれる人間」に親近感を抱くようになって、なつき、愛着を覚えるようになります。
しかし、その間の「養護」が十分でなかった。たとえば、母親に「おっぱい」を求めたのに、母親は胸を閉ざしてその欲求に応えてあげなかった――などという記憶が重なると、その人間は、何かと言うと唇を触ったり、唇の寂しさを紛らわす喫煙や飲酒に耽ったりする傾向を身に着け、極端な場合にはフェティシズム(相手の持ち物などに執着する性的傾向)に走る場合もあると、フロイトなどは指摘しています。
逆に、この間の「養護」が過剰で、その期間が長すぎた場合、その人間は、いつまでも「親離れ」ができず、「親に言えば何とかなる」という考えのまま、おとなになっていくことも多い――とされています。
第2段階 仲間・友愛期
遊びや学びを通して、「仲のいい関係」を築き上げていく愛の段階
「養護期」が過ぎると、人は、自分の周りに遊び仲間を作って一緒に遊んだりするようになります。学校に通うようになると、勉強やスポーツを一緒にやる友だちもできるかもしれません。たいていの場合、それは同性・同世代の友だちで、人は、そういう関係ができると同時に、親の元を離れて自立した時間を持つようになります。
この時期に作られる人間関係は、結びつきの動機が遊びであろうと、勉強であろうと、スポーツであろうと、ある「共通の目的」を達成するために形成されます。
たいていは、小学校⇒中学校⇒高校という思春期を通して形成されるこうした人間関係は、「仲間」「遊び友だち」「ポン友(朋友)」などと表現され、人によっては、30~40年とその関係が続く場合もありますが、多くの場合、それは、より大きな「組織への愛」へと吸収されるか、より濃密で個人的な恋愛・親友関係へと分解していきます。
管理人・シランケンは、長い間、そう信じて、生きてきました。
「進化する」とは、「愛の対象」が「拡大する」ということ――と言ってもいいかもしれません。
誤解しないでくださいね。「拡大する」と言っても、「色恋の対象が増える」ということではありません。だれかれ構わず口説きまくるということでもなければ、だれかれ構わず脚をおっ広げるということでもありません。
「愛」という目を持って見る範囲が、広がる――ということです。
その「進化」には、おおむね、以下の5つの段階がある――と、管理人は思っています。

「養護」を求め、養護してくれる者になつこうとする愛の段階
人間は、全哺乳類中、最も長く「養護期間」を必要とする生きものだと言われています。 「養護の期間」とは、保護者(たいていの場合は「親」です)から、生存に必要な食糧や衣類を与えられ、外敵から身を守ってもらう期間。移動のために、おんぶや抱っこなどの介助を必要とする期間でもあります。
この期間、人は、「腹が減った」「暑い」「寒い」「疲れた」「排便したい」など、肉体から発する原初的な欲求のすべてを、保護者である親などにぶつけ、通常、その欲求が満たされることによって、「自分を養護してくれる人間」に親近感を抱くようになって、なつき、愛着を覚えるようになります。
しかし、その間の「養護」が十分でなかった。たとえば、母親に「おっぱい」を求めたのに、母親は胸を閉ざしてその欲求に応えてあげなかった――などという記憶が重なると、その人間は、何かと言うと唇を触ったり、唇の寂しさを紛らわす喫煙や飲酒に耽ったりする傾向を身に着け、極端な場合にはフェティシズム(相手の持ち物などに執着する性的傾向)に走る場合もあると、フロイトなどは指摘しています。
逆に、この間の「養護」が過剰で、その期間が長すぎた場合、その人間は、いつまでも「親離れ」ができず、「親に言えば何とかなる」という考えのまま、おとなになっていくことも多い――とされています。

遊びや学びを通して、「仲のいい関係」を築き上げていく愛の段階
「養護期」が過ぎると、人は、自分の周りに遊び仲間を作って一緒に遊んだりするようになります。学校に通うようになると、勉強やスポーツを一緒にやる友だちもできるかもしれません。たいていの場合、それは同性・同世代の友だちで、人は、そういう関係ができると同時に、親の元を離れて自立した時間を持つようになります。
この時期に作られる人間関係は、結びつきの動機が遊びであろうと、勉強であろうと、スポーツであろうと、ある「共通の目的」を達成するために形成されます。
たいていは、小学校⇒中学校⇒高校という思春期を通して形成されるこうした人間関係は、「仲間」「遊び友だち」「ポン友(朋友)」などと表現され、人によっては、30~40年とその関係が続く場合もありますが、多くの場合、それは、より大きな「組織への愛」へと吸収されるか、より濃密で個人的な恋愛・親友関係へと分解していきます。

所属する組織への愛着心、忠誠心を生む愛の段階
思春期から青春期へと進むにつれて、人は、より大きな人の集団と出会うようになります。クラスの仲よしだけでグループを作っていたのが、クラス全体に愛着を覚えるようになり、それは「クラス愛」とでも呼べるものに「進化」していく場合もあります。
もしその人が広範囲に自分の周りの世界を見る目を持っていれば、やがてそれが「学校愛」へと進化し、さらにそこから、「郷土愛」とか「国家愛」とかが生まれることもあるかもしれません。ただし、この進化には、「組織というものをどう評価するか?」「どんな組織を評価し、どんな組織を嫌悪するか?」という思想や世界観から下される評価や判断が加わることもあります。
したがって、愛の対象が拡大したとしても、それが必ずしも「より大きな組織への忠誠」という形には発展しない場合もある。反対に、「反組織」という形で成長していく場合もある。それもまた、「組織愛」のひとつのありようである――と、管理人は考えます。

特定の異性に愛を集中させ、深化させていく愛の段階
やがて、「青春期」を迎えると、人は、特定の異性に愛のエネルギーを集中させるようになります。「みんなで楽しくやろうぜ」という「仲間期」を越えて、ひとりの異性と深く愛し合いたい――という思いが強くなり、次第に「仲間」とのつき合いも疎遠になっていきます。
「あいつ、最近、つき合いわるいな」と、周りから言われるようになると、それは、その人が「恋愛期」に突入した証。「恋愛期」は、「つがい」となるための準備期間とも言えます。この時期の愛は、多くの場合、自分たちの愛を周囲の世界から切り離して、「独占的な幸せ空間」を確保するために使われます。中には、「おまえしか」「あなただけ」をキーワードに愛の対象を特化して、その愛の深さを証明しようとする人々もいます。
しかし、この排他的・独占的な愛の期間は、そう長くは続きません。というのも、いかに排他的な愛の世界を築こうとも、否が応でも社会生活は営まなくてはならないからです。特に、子どもができてからは、子どもの世界を通して、社会と交わるようになります。
ここまで来ると、愛の本質は、大きく進化します。

「自分」を超えて、「世界」を思いやる愛の段階
恋愛を通して特定の異性への深い愛を知り、わが子を得て無償の愛を学んだ人間は、やがて、自分が〇〇を愛するように、周りの人間たちも××を愛しているに違いない――と想像力をはたらかせ、類推する能力を身に着けていきます。
経験を通してそれを学ぶ人もいるかもしれませんが、教育を通して、あるいは書物や新聞、映画などを通して、それを学ぶ人もいるかもしれません。
そうして、その人の愛は「普遍性」を獲得していきます。「普遍性を獲得した愛」は、「世界を愛し、社会全体を愛する姿勢」を身に着けます。
普遍であるからと言って、目の前の個々の愛の対象をどうでもいい小さなこと――と思ったりはしません。目の前の小さな存在に愛を注ぐことを通して、世界を愛する。世界を愛する広い心を目の前の小さな存在に振り向ける。
こうして進化した愛は、「ひとりを愛する深さ」と「世界を愛する寛大さ」を併せ持つことになります。
私は、それこそ、「愛の進化」が行き着くゴールだと思っているのですが、こうした進化は、だれにも等しく、順番どおりに訪れるものではありません。

上に示したのは、だいたい人の愛は、これくらいの感じで進化していくだろうという模式図ですが、人によっては、ある段階は飛ばしてしまうこともあるかもしれませんし、いくつかの段階が同時に訪れることもあるかもしれません。また、「進化」のどこかの段階でストップ(=固着)してしまう人もいるかもしれませんし、場合によっては、どこかの段階で敗北したり挫折感を味わったりして、その前の段階へ――と、「退行」してしまう人もいるかもしれません。
この「ストップ=固着」や「退行」については、機会を改めてお話したいと思います。
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盆になると、男たちがクジで「かか」を交換し合う。
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既刊本もどうぞよろしく 写真をクリックしてください。






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管理人は、常に、下記3つの要素を満たすべく、知恵を絞って記事を書いています。
みなさんのポチ反応を見て、喜んだり、反省したり……の日々です。
今後の記事作成の参考としますので、正直な、しかし愛情ある感想ポチを、どうぞよろしくお願いいたします。



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