留学難民・グエンの日々〈3〉 遅刻の代償

留学難民・グエンの日々
第3章
留学費用を稼ぐために働き始めたグエン。
彼女から、突然、家に電話がかかってきた。
「講義が延びて30分遅刻する」と言うのだ。
彼女が大学に通ってていることを、オレは、
そのとき、初めて知った――。

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ここまでのあらすじ 「ワタシ、グエンと言いますが……」。ちょっとたどたどしい日本語の電話。それを受けたのが、オレと彼女の出会いだった。そこは、「コンビニ界の100円ショップ」と言われているストア。名前から判断すると、おそらくベトナム人。彼女は、店でのアルバイト店員募集に応募してきたのだった――
彼女とコンビを組むようになって、3回目か4回目だった。
そろそろ出るか――と、出勤の支度をしているところへ、突然、電話がかかってきた。
「グエンですけど……」と言う。個人的に電話番号を教えた記憶はなかったが、たぶん、バックヤードに貼り出してある「緊急連絡先」のリストから、オレの名前を見つけて、スマホにでも打ち込んでいたのだろう。
「きょうね、講義が30分伸びたんです。店に行くの、30分遅れるんですけど、ダイジョーブですか?」
夕勤がスタートするまで15分という時間だ。そんな時間に電話をかけてきて「ダイジョーブ」なわけないだろう――と思ったが、そんなことを問題にしている場合でもない。そういうことなら、ここは、昼勤のスタッフに、30分の残業を頼むしかない。オレは慌てて店に向かった。
残業を頼んだ石坂というスタッフは、ウンザリしたような顔をした。
「そういうことなら、もっ早く言ってくれよ――ですよね。まったく……」
「まったく」の後に何を言いたかったのか、だいたい、察しはついていた。高校しか出ていない石坂は、大学に通いながらバイトしているスタッフに、元々、あまりいい感情を持っていなかった。特に、女子大学生に対しては、それが顕著だった。
結局、その日は、30分遅れて駆け込んで来たグエンが、「スミマセン」と頭を下げ、何とか夕勤の業務は遂行することができた。

グエンが大学に通っているということを、オレは、そのとき、初めて知った。
「大学、どこにあるの?」
「シン・ウラヤス」
エッ……と思った。新浦安という地名があることも、そこに大学があることも、そのときまで、オレは知らなかった。
彼女は、そこで経済学を勉強していると言う。
「留学生、他にも、いっぱいいるの?」
どういう大学なのか知りたい――と思ったので、当たり障りのない質問をしたつもりだった。
「ウン、いっぱい」と答えた彼女が続けた言葉が、ちょっと胸に引っかかった。
「ベトナムからもいっぱい来てるよ。でも、みんな、若い。ワタシ、もう歳だから、早く卒業しないと……」
「歳……って、キミ、まだ若いじゃない」
「ワタシ、もうすぐ……30なるよ」
ちょ……ちょっと待ってよ――と思った。専門課程とかで修士号とか博士号を取るのならともかく、一般課程をその歳で卒業しても、日本の社会では「新卒扱い」にはならない。わかっていながら、彼女たちに留学をあっせんして儲けている業者がいるとしたら、それって問題じゃないか。
オレは、グエンのために、ちょっとだけ怒っていた。
そろそろ出るか――と、出勤の支度をしているところへ、突然、電話がかかってきた。
「グエンですけど……」と言う。個人的に電話番号を教えた記憶はなかったが、たぶん、バックヤードに貼り出してある「緊急連絡先」のリストから、オレの名前を見つけて、スマホにでも打ち込んでいたのだろう。
「きょうね、講義が30分伸びたんです。店に行くの、30分遅れるんですけど、ダイジョーブですか?」
夕勤がスタートするまで15分という時間だ。そんな時間に電話をかけてきて「ダイジョーブ」なわけないだろう――と思ったが、そんなことを問題にしている場合でもない。そういうことなら、ここは、昼勤のスタッフに、30分の残業を頼むしかない。オレは慌てて店に向かった。
残業を頼んだ石坂というスタッフは、ウンザリしたような顔をした。
「そういうことなら、もっ早く言ってくれよ――ですよね。まったく……」
「まったく」の後に何を言いたかったのか、だいたい、察しはついていた。高校しか出ていない石坂は、大学に通いながらバイトしているスタッフに、元々、あまりいい感情を持っていなかった。特に、女子大学生に対しては、それが顕著だった。
結局、その日は、30分遅れて駆け込んで来たグエンが、「スミマセン」と頭を下げ、何とか夕勤の業務は遂行することができた。

グエンが大学に通っているということを、オレは、そのとき、初めて知った。
「大学、どこにあるの?」
「シン・ウラヤス」
エッ……と思った。新浦安という地名があることも、そこに大学があることも、そのときまで、オレは知らなかった。
彼女は、そこで経済学を勉強していると言う。
「留学生、他にも、いっぱいいるの?」
どういう大学なのか知りたい――と思ったので、当たり障りのない質問をしたつもりだった。
「ウン、いっぱい」と答えた彼女が続けた言葉が、ちょっと胸に引っかかった。
「ベトナムからもいっぱい来てるよ。でも、みんな、若い。ワタシ、もう歳だから、早く卒業しないと……」
「歳……って、キミ、まだ若いじゃない」
「ワタシ、もうすぐ……30なるよ」
ちょ……ちょっと待ってよ――と思った。専門課程とかで修士号とか博士号を取るのならともかく、一般課程をその歳で卒業しても、日本の社会では「新卒扱い」にはならない。わかっていながら、彼女たちに留学をあっせんして儲けている業者がいるとしたら、それって問題じゃないか。
オレは、グエンのために、ちょっとだけ怒っていた。

夜勤と交代する時間、事務所に行くと、すでにグエンは着替えをすませて、帰る準備をしていた。
「お疲れさん」と声をかけると、「あ……」と、彼女が声をかけてきた。
「ハンガーのあなたのバッグがかかってるところに、レジ袋下げてあるから、持って帰ってください」
「エッ、何?」と訊くと、
「きょうはありがとうございました。家で食べてください」と言う。
見ると、紙パック入りの飲み物が1パック、リンゴが1個、それに菓子パンのようなものが1個。全部、店の売り物だが、彼女はそれを休憩の間に自分用に購入して、レジ袋に入れておいたのだろう。
締めて324円ナリのお買い物だ。
バカだなぁ――と思った。930円の時給のために324円の「お礼」を買ってたんじゃ、割に合わないだろう。
仕方ないので、その日の夜食は、彼女が渡してくれたレジ袋の中身ですませた。
学費厳しいだろうに――と思うと、そのチンケな「お礼」が胃袋に染みた。
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