自伝的創愛記〈36〉 「引っ越し」という宿命

老犬自伝的エッセイ 「創愛記」
     Vol.36  


夏休みに入る直前、父親の口から
その言葉が語られた。引っ越し。
失いたくないものができつつある
年齢。ボクはその宿命を恨んだ。

 サラリーマンの家庭に生まれた子どもにとって、それが定めであることぐらい、ボクはボクの年齢なりに理解していたつもりだった。
 しかし、父親の口からその言葉が飛び出したとき、ボクは思わず「エッ!?」と言ったきり、口がきけなくなってしまった。
 「引っ越すことになったけんの」
 あまりに重大なその宣告を、父親は、まるで「明日、釣りに行くゾ」みたいな調子で口にした。ボクも、母親も、そして2つ年下の弟も、ポカンと口を開けたまま、父親の顔を見返すしかなかった。
 「今度は、どこですか?」
 やっと母親が口を開いたが、その「今度は……」には、「またですか?」という諦めが込められているように見えた。
 「新居浜たい」
 「ニ・イ・ハ・マ……てどこね?」
 自分で調べようとしない弟が、「どこに連れてってくると?」とでもいうような調子で尋ねるので、ボクも母親も、顔をしかめた。
 「四国たい」
 ぶっきら棒に答える様子を見て、その転勤が父親にとっても、あまり喜ばしいものではないんだろうな――と、想像できた。
 根っから「九州の男」である父親は、定年までの残り10年余りを、できれば九州、それも生まれ故郷である福岡で過ごしたいと思っているに違いなかった。
 しかし、新居浜は、住友系の会社に勤める人間にとって、一度は赴任させられる「聖地」のようなものだった。住友財閥は、新居浜にある別子銅山の採掘と、採れた銅の精錬やそれを原料とした化学物質の製造で、財閥としての基礎を築いた。新居浜という街は、その城下町として発達した街だった。「新居浜へ行け」は、住友系のビジネスマンにとって、出世のためには通らなければならない、登竜門でもあった。

          

 福岡市から北九州の小倉に引っ越してきたのが小学5年の2学期。それから、そろそろ4年になろうとしていた。通常、金融関係の会社に勤めるサラリーマンの場合、3年ほどで転勤を命じられる。地元と変な地縁関係が生まれてしまうことを避けるためだ――と言われているが、そんなおとなの事情など、ボクにはどうでもよかった。
 同じ土地に4年も住むなんてことはそれまでなかったことだから、そろそろ転校が来てもおかしくない――とは思っていた。しかし、何もいまじゃなくてもいいじゃないか。
 中学3年の2学期と言えば、そろそろ高校受験も考えなくてはならない時期だ。「おまえ、どこに行く?」という話が、友だち同士の間でも話題になる、そんな時期だった。
 生徒会長としての学校生活も、何となくルーティン化して、一緒に活動してくれる仲間もでき、慕ってくれる同級生や下級生も増え、何かと声をかけてくれる先生も、楽しく遊べる仲間もできていた。
 そういうものが、一気に0になってしまう。それが「転校」という現実だ――と、ボクは過去2回の転校で学んでいた。しかし、それまでの2回の転校と今度の転校は、まるで意味が違う。
 ボクは、もう、14歳だった。子どもだったが、それなりに社会的関係もできつつあるおとなの階段に足をかけ始めた子どもだった。失いたくないと思うものも、できつつある年齢だった。
 だから、その転校には、子どもとして初めて抵抗を感じた。これからまったく知らない土地に移って、そこで友だちを作って、半年で進学する高校を決める。そんなの、ムリだよ……。
 たぶん、それが顔に出ていたんだろうと思う。
 「おまえも、学校のこととか、ちゃんとやっとけよ。いろいろやりよっちゃろ? 夏休みのうちに引っ越しやけん」
 父親が口にしたのは、それだけだった。この親には、自分がやっていることは「いろいろやりよる」程度にしか映ってないんだと思うと、少し情けない気がした。
 それでも、転校の準備は進めるしかない。転勤がサラリーマンの定めなら、転校はその子弟の宿命だった。

          

 「重松クン、転校やて?」
 真っ先に声をかけてきたのは、担任の教師でも、生徒会の顧問である学年主任でもなく、養護のチャボ先生だった。
 「四国やろ? 遠かねェ……」
 まるで、自分のことのように眉を八の字に寄せて、ボクの顔を覗き込んでくる。それで、先生は、ボクがいなくなることを悲しんでくれているんだ――と、ボクは知ることができた。
 ボクにとっても、チャボ先生は、もっとも失いたくないと感じるもののひとつだった。
 「ね、重松クン」と、先生がボクの肩を揺するようにして言うのだった。
 「夏休みになったら、いっぺん、先生ん家に来んね。送別会やっちゃるけん」
 「よかと?」とボクは答えていた。それは、どこか秘密の匂いの漂う誘いだった。
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