自伝的創愛記〈35〉 夕日のランデブー

Vol.35
貧血を起こしたボクを、先生は
家まで送ると言う。彼方に見える
響灘が夕日に染まっていた。
「きれい」と言う先生の横顔も。
「さ、一緒に帰りましょうかね」
エッ……と見上げるボクの肩を、先生はポンポンと叩いた。
「さっき言ったでしょ? 具合のわるくなった生徒がいたら、家まで送っていって、親御さんに経過を説明せんといかんて。それが養護教諭の義務なんや――て」
「親に説明するとですか?」
「そうよォ。お子さんが何をして具合がわるくなったかとか、どんなふうに介抱してあげたら、どんなふうに元気になったか――とかね、細か~くご報告するとよ。何? 何か都合わるいと?」
「い、いや……別に何もないです」
言いながら、ボクは少し不安だった。元気になった様子まで細かく報告する――っていうと、もしかしたら、あのことまで報告するんだろうか……?
心配しながら一緒に校門を出ると、先生は遠くに見える海に向かって大きく伸びをし、「フーッ」と息を吐いた。
その海を指差しながら、チャボ先生が言う。
「夕日、きれいやね」
指差す先生の指の彼方に見えていたのは、響灘。昼間は、立ち並ぶ製鉄所や化学工場から吐き出される、黒や黄色や赤色の煙に覆われている海が、下校時間ぐらいになると、どの工場も排煙を終わるので、水平線まで見渡せるようになる。
西の水平線に沈みかかった夕日が、珍しく凪いだ海に、無数の金色のフレークを散りばめていた。チャボは、その海を見て「きれい」と言ったのだった。
ボクは、その「きれい」を少し「悲しい」と感じた。
エッ……と見上げるボクの肩を、先生はポンポンと叩いた。
「さっき言ったでしょ? 具合のわるくなった生徒がいたら、家まで送っていって、親御さんに経過を説明せんといかんて。それが養護教諭の義務なんや――て」
「親に説明するとですか?」
「そうよォ。お子さんが何をして具合がわるくなったかとか、どんなふうに介抱してあげたら、どんなふうに元気になったか――とかね、細か~くご報告するとよ。何? 何か都合わるいと?」
「い、いや……別に何もないです」
言いながら、ボクは少し不安だった。元気になった様子まで細かく報告する――っていうと、もしかしたら、あのことまで報告するんだろうか……?
心配しながら一緒に校門を出ると、先生は遠くに見える海に向かって大きく伸びをし、「フーッ」と息を吐いた。
その海を指差しながら、チャボ先生が言う。
「夕日、きれいやね」
指差す先生の指の彼方に見えていたのは、響灘。昼間は、立ち並ぶ製鉄所や化学工場から吐き出される、黒や黄色や赤色の煙に覆われている海が、下校時間ぐらいになると、どの工場も排煙を終わるので、水平線まで見渡せるようになる。
西の水平線に沈みかかった夕日が、珍しく凪いだ海に、無数の金色のフレークを散りばめていた。チャボは、その海を見て「きれい」と言ったのだった。
ボクは、その「きれい」を少し「悲しい」と感じた。

「ほんとはね、先生、看護学校で看護師の資格ば取っとったから、看護師として病院に勤める方法もあったとよ。そやけど、この街では、中学校の保健室の先生が不足しとることを知って、養成機関で養護教諭の免許を取ったと。この学校に来て、この坂道から見る海の風景を見たとき、ああ、ここへ来てよかった――て思うたと。毎日、こうして海を見ながら、みんなの健康を守って生きていくという人生も、わるくないなぁ――ってね」
言いながら、先生はクルリと向きを変えて、後ろ向きに歩きながら、ボクの顔を覗き込んで、クスッと笑う。そういうしぐさを見せる先生は、どこか女学生のようにも見える。ボクはその姿を「かわいい」と思った。
坂道を下りきったところに、大きな石の鳥居がある。近くに大きな神社とかがあるわけじゃない。背後にそびえる山を神体として祀ってるんじゃないか――というおとなたちもいたが、ほんとうのところは何を祀っているのか、親に訊いても、教師に訊いても、納得できる答えは得られなかった。
その鳥居をくぐって右に曲がり、12分~13分ほど歩くと、ボクの家に着く。
「けっこう近いんやね」と、チャボ先生が言う。
その声が、「残念」というふうにも聞こえたので、ボクは「すいません」と頭を下げた。
「何、謝りようと?」
「もっと、遠かったほうがよかったですか?」
「そやね……」と言って、先生はまた、ボクの顔を覗き込んだ。
「もっといろいろお話できたけんね」
「先生の家は遠かと……?」
「ちょっと遠かね。ここからやと、下の延命寺から電車に乗って、八幡市(現・北九州市八幡区)との境界近くまで帰るとよ」
門司との境界線に近いボクの家と、八幡との境界線に近いチャボ先生の家とでは、同じ小倉市(現・北九州市小倉北区)でも、東の端と西の端ぐらい、離れている。
「ホント、遠かですね」と正直に感想をもらすと、チャボ先生からは、意外な答えが返ってきた。
「電車に乗って20分やね。夏休みにでも、遊びに来んさい」
エッ……? と思った。
先生の家に……?

まさか――と思っているうちに、先生とボクの足は、ボクの家に着いた。
玄関を開けて母親を呼ぶと、母親は何事か――と、エプロンで手を拭きながら現れ、先生の顔を見て、「エッ?」という顔をした。
「養護の高崎先生や。リレーで貧血起こしたけん、ここまで送って来てくれたと。お礼ば言うて」
「あら、それはどうも……」と頭を下げる母親に、チャボ先生は、リレーでボクが走った様子を聞かせ、具合が悪くなった様子を聞かせ、しかし「もう回復したので心配はない」ことを告げて、「じゃ、私はこれで」と家を後にした。
「わざわざ申し訳ありません」とお辞儀をして見送った母親が、ボクに言うのだった。「きれか先生やね」と。
これじゃあ、先生の家に遊びに行くなんて、言い出せないなぁ――とボクは思った。
しかし、言うしかなくなった。その夏、ボクの身には、予想もしてない運命が訪れた。
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