緩い急行、遥かな愛〈43〉 終わり……へ向かう季節



追憶   連載小説 
 緩やかな急行、遥かな愛
  1966~75
 「急行霧島」が運んだ
 「愛」と「時代」
  第43章 

昌子が消えた後も、全共闘運動は
全国に広がり、数的には盛り上がり
を見せていた。目標は11月に迎える
佐藤訪米阻止闘争。過激各派は、
最後の街頭闘争を訴えていたが、
昌子を失った私からは、闘うパトス
が消えかかっていた――。

157 この話は連載44回目です。この話を最初から読みたい方は、こちらから、
前回から読みたい方は、こちらからどうぞ。
 ここまでのあらすじ  横浜の大学から福岡へ帰省する私は、京都の女子大から鹿児島へ帰省する上園雅子と、「急行・霧島」で同席することになった。やがて迎える政治的激動の時代への序章。列車の中で私たちは、季節労働者に違いない赤鉢巻の男と同席するが、男が岡山で下車すると、私たちの距離は、少し縮まった山陽路の暗い闇を走る間、私たちは睡魔に襲われ、夢路の中で手をつなぎ合った。聖書を片手にしながら、大学の合唱団に所属する私と昌子。しかし、ふたりのキャンパスにも、静かに政治の風が吹き始めていた。ベトナムでは米軍の北爆が激しさを増し、各地で反戦運動が起こっていた。そんな中、私が所属する合唱団は演奏旅行をやることになり、その最終日、京都で昌子たちの合唱団とジョイントすることになった。「どうせだったら、京都で一泊すれば」と言い出したのは、昌子だった。昌子が手配した宿は、K大の学生寮だった。案内した高城は、昌子をオルグしようとしている高城という男だった。寮に着くと、高城は、「こんなの見たことあるか?」と、一冊の小冊子と酒を持って部屋にやって来た。「火炎瓶は投げるか、投げないか」をめぐって、私と高城は論争し、そのうち、私は酔いつぶれた。翌朝、迎えに来た昌子は、ふたりの酒を責め、翌日の京都見物を「哲学の道」の散策に切り替えた。「愛に思想は必要か?」と問う昌子と私は、鴨川の川辺で暮れなずむ京都の街を眺めながら、唇を重ね合った。 その秋、学生デモ隊がヘルメットを被り、角材を手に機動隊とぶつかり合う事件が起こり、京大生がひとり、命を落とした。一気に「政治化」するキャンパス。そんな中、キリスト教系学生の全国大会が開かれ、リベラル派と保守派がぶつかり合った。結局、大会は何も決められないまま終わったが、クリスマスイブに、関東では集会とデモが、関西ではクリスマスキャンドルの座り込みが計画された。私と昌子は、それぞれの行動の中でおたがいの名前を祈り合った。その年の暮れ、カウントダウンのチャリティのために「霧島」に乗れないという昌子を、私は教会に尋ねた。カウントダウンのキスの相手は、昌子だった。激動の1968年の朝が明けた。教会の集会室で眠る私の布団に潜り込んできた昌子と私は、初めて、体を重ね合った。時代は、変わりつつあった。日本でも、世界でも、若者たちが行動を起こし、私たちに「おまえはどうする?」と問いかけていた。その答えを見つけられないまま、私と昌子は、走る「霧島」の中で、たがいの体を求め合った。春になると、東大と日大がストに突入し、学園紛争の季節が始まった。そんなとき、昌子が上京してきた。昌子たちが応援している神村信平たちのフォーク・ライブを開くためだという。宿は、私の部屋だった。ドブ臭い運河の匂いが漂う四畳半で体を重ね合った私と昌子。昌子は、バリケード封鎖の始まった「東大」へ行ってみたいと言い出した。党派の旗が立ち並び、支援の学生たちが詰めかけたキャンパスで、私と昌子はK大の高城やT大の野本と出会った。その翌日、横浜の街を案内した私に、昌子は「いくら残ってる?」と私の財布を気にかけ、「自炊しよう」と言い出した。段ボールを食卓代わりにした貧しい食事。それはふたりにとって至福の時間だった。しかし、幸せな時間はアッという間に過ぎ去る。やがて私たちは、時代の嵐に巻き込まれていく。そんなときに開かれた全国大学キリスト者大会。折しも、政府が靖国神社を国家護持しようとしていたときだった。その頃、京都では、昌子たちが「反戦フォーク集会」を準備していた。その主役は、深夜放送でも曲が流されるようになった神村信平だった。神村は、カリスマに祭り上げられることに不安と怖れを抱いていた。その神村が告白した昌子への愛。「彼女を悲しませたりしたら承知せえへんで」と脅す神村だったが、昌子を悲しませたのは、私ではなく、「東大の落城」だった。2月になると、学園紛争は全国のキャンパスに広がり、各大学に「全共闘」が結成された。そんな中、4・28の「沖縄デー」がやって来る。過激派各派は、「新橋決戦」を訴えている。昌子も4・28には新橋へ行く、と伝えてきた。私も決意を固めた。初めて角材を手にして参加した実力闘争。しかしそれは、拭いきれない挫折を私にもたらした。打ちひしがれて、横浜まで戻ってくると、運河のたもとにうずくまる女がいた。傷だらけになった女戦士。それは昌子だった。昌子は傷だらけの体を私が貸した黄色いシャツを着て、揺れる京都の街へ帰っていった。4・28以降、学生運動の舞台は、各地の学園に移っていった。そんなな中、京都の昌子と連絡が取れなくなった。彼女に何が起こった? 「霧島」を京都で途中下車した私は、K大の寮に高城を訪ねた。「すまん」と土下座した高城の口から語られたのは、支援に赴いたS大で、昌子が右派に拉致され、暴行を加えられた、という事実だった。裸同然で管理棟から放り出された昌子は、それ以来、行方が知れないというのだった――



 全共闘運動は、数的には盛り上がっていった。
 「全共闘(全学共闘会議)」は、大学改革を目的とした学園闘争を闘うために、各学園ごとに学生たちが自主的に作った組織だから、その闘いの舞台は学園だし、その組織も政治的な党派とは無関係、というのが前提となっている。
 しかし、その運動を思想的・政治的に支えていたのは、新左翼と呼ばれた各党派だった。

 高城たちが被っていた赤ヘルメットは、「ブント(共産主義者同盟)」を表すシンボルだった。
 「ブント」は、元々は、「日本共産党」のソ連ベッタリの体質を批判したグループが党を飛び出して作った組織で、1960年の安保改定反対闘争では、国会を取り巻く65万人のデモ隊を組織するなど、60年闘争を華々しくリードしたが、その闘争が敗北すると同時に衰退し、分裂を繰り返した。
 70年闘争を目前に、再び勢力を盛り返したが、組織は統一性を欠き、関西では「赤軍派」が名乗りを挙げて、主流となりつつあった。
 「赤軍派」は、67~69年の大衆運動の盛り上がりを「革命前夜」のようにとらえて、それを本格的な武装蜂起に結びつけようという、どう考えてもノーテンキとしか思えない方針を打ち出していた。
 ただ、戦略として打ち出しただけではなかった。実際に、大菩薩峠で軍事演習を敢行して大量の逮捕者を出したり、一部のグループが「日本赤軍」を名乗ってパレスチナに渡ってPFLPと手を組んだり、よど号をハイジャックして北朝鮮に亡命を企てたり、どう見てもミスマッチな「京浜安保共闘」と連合して「あさま山荘」事件を起こしたりするのだが、それは、少し後の話だ。
 高城の仲間たちの目撃談によれば、昌子が、その赤軍派と行動を共にしているらしいという。
 あり得ない。
 何度も、何度も、私は、その可能性を否定した。
 あるとすれば、昌子を奪った連中の暴力が、無残にも、その体だけでなく心まで破壊してしまった可能性だ。
 もしそうだとしたら、そうだとしたら……。

          クローバー

 季節は、静かに、変わっていった。
 6・15の記念日(60年安保で東大の女子学生・樺美智子さんが、機動隊に撲殺された日)から、9月5日の全国全共闘結成大会へ。学生運動は、どちらかというと、カンパニア闘争に主眼を置いて、もっぱら大規模な街頭デモを展開した。
 ラジオからは、ベトナム戦争に抗議して焼身自殺を遂げたフランスの女子学生を歌った『フランシーヌの場合』が、毎日のように流された。
 私は、大学キリスト者全国協議会のメンバーと一緒に、「靖国神社国家護持法案反対」の集会や講演活動を続ける一方で、それらのデモに参加し続けた。
 しかし、そういう活動を続けていても、そこに昌子の姿がない。声が聞こえてこない。
 10万を超えるデモ隊が挙げる「アンポ、フンサイ!」のシュプレヒコールの中に身を置いていても、その高揚感は、冬の太陽のように、どこか冷たく感じられた。

 「そうかぁ。上園クン、いなくなったのかぁ……」

 T大の徳本は、貴重な同志を失った――というふうに、その不在を嘆いてみせたあとで、私の肩をポンと叩きながら言った。

 「それで、秋吉クンのパトス(情熱)も消耗してるんだな」
 「すまん……」
 「謝ることないじゃないか。ボクら、政治のために行動してるわけじゃない。愛のために行動してて、それが結果的に政治になるだけだろ? その愛の、いちばん大事な対象が不在なんだ。ほんとなら、何が政治だ……ぐらいに思っても、不思議じゃないよ」
 「そう言ってなぐさめてもらえると、ありがたいけど……しかしな、徳本クン。それで落ち込んでしまうようじゃ、ボクの愛は、まだ普遍化できてないってことだよ」
 「逆もあり……じゃないか」
 「エッ……?」
 「上園クンへの愛が、みんなを愛する気持ちにつながったように、みんなを愛する気持ちを上園クンを愛する気持ちにつなげたらいいんじゃないか……なんてね。ひと事だから、こんなのんきなこと言ってられるんだけどさ」
 「そうだよな。キミの言うとおり」

 徳本の言葉は、私の問題を解決はしなかったが、いくぶん、気持ちがラクになった。
 ラクにはなったが、パトスはなかなか回復しなかった。

          クローバー

 Y大のキャンパスでは、依然として全学封鎖が続いていた。
 教育学部闘争委員会を牛耳っていたのは、白ヘルメットの「中核派」だったが、経済学部闘争委員会は、青ヘルメットの「社青同解放派」と、赤ヘルメットに「ML」と書き込んだ「ML派」が、ほぼ勢力拮抗する形で主導権を握っていた。
 「ML派」は、毛沢東路線を主張するグループだったが、夏を前に「京浜安保共闘」と名称を変え、「反米愛国」を叫ぶようになった。
 そのスローガンは、どう考えても、新左翼の哲学にはなじまない。
 デモや集会に参加しても、各グループから総攻撃を受け、やがて彼らはキャンパスから姿を消した。地下に潜ったのだ。
 のちに「京浜安保共闘」は、関西の「赤軍派」と連合して「連合赤軍」を結成し、不幸な事件を起こすことになるのだが、その中の何人かは、「Y大全共闘」として共に闘った同志でもあった。
 「全共闘」が数的に盛り上がりを見せる一方で、新左翼各派は、「秋の決戦」に向けて静かに力を蓄え、ツメを研いでいた。
 「秋の決戦」とは、11月17日に予定されていた佐藤首相の「訪米阻止」だった。

 再び、羽田へ――。

 新左翼各派は、蒲田から羽田へ向けての実力闘争をぶち上げ、そこに、持てる力のすべてを注ぎ込もうとしていた。
 しかし――と、私の頭の中には、次から次へと疑問が湧き上がった。
 新左翼運動は、いったいどこへ行こうとしているのか?
 世の中を変えよう――という運動なら、その運動は、地域や職場や学校の中で、地道に、しかし力強く進められていく「社会の変革」というムーブメントに支えられている必要があるだろう。
 TVニュースが飛びつくような街頭行動で「決戦」を叫んだところで、それが「社会の変革」につながるとは、どうしても思えない。
 多くの大衆は、まるでショーでも楽しむように、そのニュース画面を見ながら晩酌のビールをあおり、「まったく、近頃の学生は……」とつぶやいて、騒ぎが収まるのを待ってTVのスイッチを切る。

 ジ・エンド。
 そして、潮が引くように、すべての興奮が、高揚が、社会から消え去っていくに違いない。
 そのあとに、何が残る?
 無数の石と、割れたビンのかけらと、アスファルトに染み付いた血の跡と、催涙ガスの目を射すようなニオイ……。
 ちぎれた旗の切れ端、裂けて破れたシャツの切れ端、報われない血と汗、傷ついた青春、取り戻せない日々、そして、帰ってこない愛の数々……。
 何かに自分の存在をかけた――という実存的充足の一方で、私たちは、あまりに多くのものを失う。
 ほぼ、間違いなくそうなる。
 そう思ったとき、私の中から、秋へ向けてのモチベーションが、急速に失われていった。
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