緩い急行、遥かな愛〈41〉 昌子に起こったこと



追憶   連載小説 
 緩やかな急行、遥かな愛
  1966~75
 「急行霧島」が運んだ
 「愛」と「時代」
  第41章 

連絡がとれなくなった昌子に何が
起こったのか? それを知るために、
私は「霧島」を京都で途中下車した。
訪ねた教会にも答えはなかった。
あそこに行くしかいない。私は、
高城たちのいるK大の寮を
尋ねることにした――。

157 この話は連載42回目です。この話を最初から読みたい方は、こちらから、
前回から読みたい方は、こちらからどうぞ。
 ここまでのあらすじ  横浜の大学から福岡へ帰省する私は、京都の女子大から鹿児島へ帰省する上園雅子と、「急行・霧島」で同席することになった。やがて迎える政治的激動の時代への序章。列車の中で私たちは、季節労働者に違いない赤鉢巻の男と同席するが、男が岡山で下車すると、私たちの距離は、少し縮まった山陽路の暗い闇を走る間、私たちは睡魔に襲われ、夢路の中で手をつなぎ合った。聖書を片手にしながら、大学の合唱団に所属する私と昌子。しかし、ふたりのキャンパスにも、静かに政治の風が吹き始めていた。ベトナムでは米軍の北爆が激しさを増し、各地で反戦運動が起こっていた。そんな中、私が所属する合唱団は演奏旅行をやることになり、その最終日、京都で昌子たちの合唱団とジョイントすることになった。「どうせだったら、京都で一泊すれば」と言い出したのは、昌子だった。昌子が手配した宿は、K大の学生寮だった。案内した高城は、昌子をオルグしようとしている高城という男だった。寮に着くと、高城は、「こんなの見たことあるか?」と、一冊の小冊子と酒を持って部屋にやって来た。「火炎瓶は投げるか、投げないか」をめぐって、私と高城は論争し、そのうち、私は酔いつぶれた。翌朝、迎えに来た昌子は、ふたりの酒を責め、翌日の京都見物を「哲学の道」の散策に切り替えた。「愛に思想は必要か?」と問う昌子と私は、鴨川の川辺で暮れなずむ京都の街を眺めながら、唇を重ね合った。 その秋、学生デモ隊がヘルメットを被り、角材を手に機動隊とぶつかり合う事件が起こり、京大生がひとり、命を落とした。一気に「政治化」するキャンパス。そんな中、キリスト教系学生の全国大会が開かれ、リベラル派と保守派がぶつかり合った。結局、大会は何も決められないまま終わったが、クリスマスイブに、関東では集会とデモが、関西ではクリスマスキャンドルの座り込みが計画された。私と昌子は、それぞれの行動の中でおたがいの名前を祈り合った。その年の暮れ、カウントダウンのチャリティのために「霧島」に乗れないという昌子を、私は教会に尋ねた。カウントダウンのキスの相手は、昌子だった。激動の1968年の朝が明けた。教会の集会室で眠る私の布団に潜り込んできた昌子と私は、初めて、体を重ね合った。時代は、変わりつつあった。日本でも、世界でも、若者たちが行動を起こし、私たちに「おまえはどうする?」と問いかけていた。その答えを見つけられないまま、私と昌子は、走る「霧島」の中で、たがいの体を求め合った。春になると、東大と日大がストに突入し、学園紛争の季節が始まった。そんなとき、昌子が上京してきた。昌子たちが応援している神村信平たちのフォーク・ライブを開くためだという。宿は、私の部屋だった。ドブ臭い運河の匂いが漂う四畳半で体を重ね合った私と昌子。昌子は、バリケード封鎖の始まった「東大」へ行ってみたいと言い出した。党派の旗が立ち並び、支援の学生たちが詰めかけたキャンパスで、私と昌子はK大の高城やT大の野本と出会った。その翌日、横浜の街を案内した私に、昌子は「いくら残ってる?」と私の財布を気にかけ、「自炊しよう」と言い出した。段ボールを食卓代わりにした貧しい食事。それはふたりにとって至福の時間だった。しかし、幸せな時間はアッという間に過ぎ去る。やがて私たちは、時代の嵐に巻き込まれていく。そんなときに開かれた全国大学キリスト者大会。折しも、政府が靖国神社を国家護持しようとしていたときだった。その頃、京都では、昌子たちが「反戦フォーク集会」を準備していた。その主役は、深夜放送でも曲が流されるようになった神村信平だった。神村は、カリスマに祭り上げられることに不安と怖れを抱いていた。その神村が告白した昌子への愛。「彼女を悲しませたりしたら承知せえへんで」と脅す神村だったが、昌子を悲しませたのは、私ではなく、「東大の落城」だった。2月になると、学園紛争は全国のキャンパスに広がり、各大学に「全共闘」が結成された。そんな中、4・28の「沖縄デー」がやって来る。過激派各派は、「新橋決戦」を訴えている。昌子も4・28には新橋へ行く、と伝えてきた。私も決意を固めた。初めて角材を手にして参加した実力闘争。しかしそれは、拭いきれない挫折を私にもたらした。打ちひしがれて、横浜まで戻ってくると、運河のたもとにうずくまる女がいた。傷だらけになった女戦士。それは昌子だった。昌子は傷だらけの体を私が貸した黄色いシャツを着て、揺れる京都の街へ帰っていった。4・28以降、学生運動の舞台は、各地の学園に移っていった。そんなな中、京都の昌子と連絡が取れなくなった――



 京都で降りた私は、まっすぐ、足を落合牧師の教会に向けた。

 「やっぱり、いらっしゃいましたか?」

 私の顔を見るなり、落合牧師は、ウンウン……とうなずいた。
 「やっぱり」ということは、落合牧師もボクと同じことで胸を痛めている――ということだろう。私が求めている答えは、ここでは得られない、ということだ。

 「牧師も、やはり、ご存じじゃありませんでしたか?」
 「神村クンの西口フォーク集会への参加をお知らせしたときには、もう、昌子クンと連絡が取れなくなっていました。あなたも、ヘンだと思われたでしょう? 私も、神村クンも、もしかして4・28で何かあったのか……と思っていたのですよ」
 「確かに、彼女は、『霧島』に乗って京都に帰りました。そこまでは、ボクがしっかり見送りましたから……」
 「ええ、神村クンからも、それは聞きました。ということは、4・28から帰ってきて、そのあと、彼女に何かが起こった……と考えるしかありませんね」
 「あの……そのあと、彼女は、こちらへは?」

 落合牧師は、力なく首を振った。

 「一度も来てないのですか?」
 「ええ、一度も。秋吉クン、あのあと、昌子クンに変わった様子はありませんでしたか? 変わった……というのは、つまり、ひどく絶望していたとか、反対に、ひどく怒りに燃えていたとか……?」
 「確かに、敗北感に打ちひしがれてはいたし、権力の横暴に怒ってもいました。しかし、彼女はわかっていましたよ。目の前の闘いに勝ったか負けたかで、世界の価値を判断してしまうような考え方には、自分は組みしない……って」
 「だとすると、昌子クンが突然、変節したということも考えられませんね。あとは、この京都で、何かが起こったとしか……」

 そのとき、突然、横浜の私の部屋で、昌子が語った言葉がよみがえった。

 《他の大学の支援にも行ってるの。高城さんたちのところもバリスト始めたし……》

 昌子に何が起こったか?
 その答えは、高城たちのキャンパスにあるような気がした。

 「落合さん、ボク、K大に行ってみます。行って、高城という男に会ってみます。何かわかるかもしれないし……」
 「高城……? その名前は、聞いたことがありません。しかし、昌子クンが最近、K大の人たちと行動を共にしていたのは、何となく聞いていました。もし何かわかったら、教えてください。あ、どうせきょうは京都泊まりでしょう? 集会室は空けておきますから、あとでどうぞ」

 ていねいにお礼を言って、教会を後にした。

          クローバー

 高城たちの寮には、「全共闘」の旗が立ち、「貫徹! 自主管理」の立て看板が立てかけられていた。入り口には、机やロッカーが積み上げられて、寮全体が要塞と化していた。
 入り口で警備に立っている赤ヘルメットの男に見覚えがあった。

 「Y大の秋吉です。高城さんに面会に来たんですが……」
 「おっ、あんた、いつか昌ちゃんの紹介で泊まりに来た人やな。ちょっと待っとって」

 男が、「高城~、面会やでェ」と寮の中に向かって叫ぶと、「だれや~?」と返事がした。

 「いつか泊まりに来たY大の、ホラ、昌ちゃんのええ人や」
 「いま行く。ちょっと待ってもろてや」

 奥から高城の声がして、階段をドタドタと下りてくる足音がした。

 「昌ちゃんのことやろ? 詳しい話は、高城から聞いてや」

 男が意味ありげに口にした「昌ちゃんのこと」というひと言が、胸に引っかかった。
 「昌ちゃんのこと」で通じる何かが、ここで起こった……ということか?
 すべてを知っているはずの男が、ボリボリと頭をかきながら、玄関から姿を現した。伸ばしっぱなしらしいヒゲは、口の周りを覆い尽くし、そのヒゲの間からのぞく眼光が、一段と鋭くなったような気がした。

 「やあ、秋吉クン、久しぶりです。去年、安田講堂の前で逢うたんやったな。よかったら、ちょっと歩きませんか?」

 返事を聞く間もなく、高城は突っかけてきたゲタを鳴らして、寮の前から鴨川へ向かう道を歩き始めた。その足が、びっこを引いている。見ると、右の足首にグルグルと包帯が巻かれていた。

 「どうしたんです、足? 4・28でやったんですか?」
 「ああ、これですか? ちょっと、出入りがあったんや、右の連中と……。秋吉クンのところでもあるでしょう?」
 「うちの場合は、あんまり右はいないんで。ぶつかるのはもっぱら民青だし」
 「そやったな。ま、民青も怖いけど、ヤクザみたいなことまではしいひんわな。よっしゃ、ちょっと河原に下りましょか?」

 高城は、痛むらしい右足を引きずりながら、河原に下りる遊歩道を下り始めた。
 対岸では、夏の太陽が断末魔の紅蓮の炎を噴きながら、京都の街並みの陰に沈みかかっている。
 川面をわたってくる風が、火照った肌を一瞬、冷やして、吹き去った。

           クローバー

 「秋吉クン、キミがボクのとこに何しに来たんか、わかってるつもりや」

 高城は、片手をポケットに突っ込んだまま、川べりに歩を進めた。
 その肩の上で、紅蓮の炎が最後の輝きを放っていた。

 「昌子クンがキミにとって、どんなに大事な人間かも、十分にわかってるつもりや」

 この男、何を言い出すつもりだろう――と、胸の奥がざわついた。

 「ボクらにとっても、昌子クンは貴重な同志やった。いや、同志以上の何かやった。少なくとも、ボクにとってはそうやった……」

 そこまで言うと、高城は歩を止め、夕陽に向かって姿勢を正した。
 その肩が、小刻みに震えだした。

 「秋吉クン……」

 心なしか、声も震えているような気がした。
 夕陽が高城の肩の上で、街並みの下に没しかかっていた。
 そのときだった。
 いきなり、高城が振り向いた。
 ポケットから出した両手がこぶしを作り、その手もブルブル……と震えている。
 なんだ、殴る気か――と思ったが、違った。
 高城の姿が、いきなり視界から消えた。
 消えた……と思った高城は、私の目の下で正座し、地面に額をこすりつけていた。
 その高城の口から、思いもしない言葉が飛び出した。

 「秋吉クン、すまん。このとおりや。カンニンしたってくれ」

 私はわけがわからず、その場に立ち尽くした。
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