緩い急行、遥かな愛〈40〉 ボクたちの革命に「勝利の旗」はない

緩やかな急行、遥かな愛
1966~75
「急行霧島」が運んだ
「愛」と「時代」 第40章
4・28で敗北を喫して以降、
学生運動の主な舞台は、全国の学園に
移っていった。その中で歌われる
革命歌に出て来る「勝利の旗」という
歌詞に昌子も私も違和感を感じていた。
私たちの闘いに「勝利」という言葉は
ふさわしくないと感じたからだ――。
学生運動の主な舞台は、全国の学園に
移っていった。その中で歌われる
革命歌に出て来る「勝利の旗」という
歌詞に昌子も私も違和感を感じていた。
私たちの闘いに「勝利」という言葉は
ふさわしくないと感じたからだ――。

前回から読みたい方は、こちらからどうぞ。
ここまでのあらすじ 横浜の大学から福岡へ帰省する私は、京都の女子大から鹿児島へ帰省する上園雅子と、「急行・霧島」で同席することになった。やがて迎える政治的激動の時代への序章。列車の中で私たちは、季節労働者に違いない赤鉢巻の男と同席するが、男が岡山で下車すると、私たちの距離は、少し縮まった山陽路の暗い闇を走る間、私たちは睡魔に襲われ、夢路の中で手をつなぎ合った。聖書を片手にしながら、大学の合唱団に所属する私と昌子。しかし、ふたりのキャンパスにも、静かに政治の風が吹き始めていた。ベトナムでは米軍の北爆が激しさを増し、各地で反戦運動が起こっていた。そんな中、私が所属する合唱団は演奏旅行をやることになり、その最終日、京都で昌子たちの合唱団とジョイントすることになった。「どうせだったら、京都で一泊すれば」と言い出したのは、昌子だった。昌子が手配した宿は、K大の学生寮だった。案内した高城は、昌子をオルグしようとしている高城という男だった。寮に着くと、高城は、「こんなの見たことあるか?」と、一冊の小冊子と酒を持って部屋にやって来た。「火炎瓶は投げるか、投げないか」をめぐって、私と高城は論争し、そのうち、私は酔いつぶれた。翌朝、迎えに来た昌子は、ふたりの酒を責め、翌日の京都見物を「哲学の道」の散策に切り替えた。「愛に思想は必要か?」と問う昌子と私は、鴨川の川辺で暮れなずむ京都の街を眺めながら、唇を重ね合った。 その秋、学生デモ隊がヘルメットを被り、角材を手に機動隊とぶつかり合う事件が起こり、京大生がひとり、命を落とした。一気に「政治化」するキャンパス。そんな中、キリスト教系学生の全国大会が開かれ、リベラル派と保守派がぶつかり合った。結局、大会は何も決められないまま終わったが、クリスマスイブに、関東では集会とデモが、関西ではクリスマスキャンドルの座り込みが計画された。私と昌子は、それぞれの行動の中でおたがいの名前を祈り合った。その年の暮れ、カウントダウンのチャリティのために「霧島」に乗れないという昌子を、私は教会に尋ねた。カウントダウンのキスの相手は、昌子だった。激動の1968年の朝が明けた。教会の集会室で眠る私の布団に潜り込んできた昌子と私は、初めて、体を重ね合った。時代は、変わりつつあった。日本でも、世界でも、若者たちが行動を起こし、私たちに「おまえはどうする?」と問いかけていた。その答えを見つけられないまま、私と昌子は、走る「霧島」の中で、たがいの体を求め合った。春になると、東大と日大がストに突入し、学園紛争の季節が始まった。そんなとき、昌子が上京してきた。昌子たちが応援している神村信平たちのフォーク・ライブを開くためだという。宿は、私の部屋だった。ドブ臭い運河の匂いが漂う四畳半で体を重ね合った私と昌子。昌子は、バリケード封鎖の始まった「東大」へ行ってみたいと言い出した。党派の旗が立ち並び、支援の学生たちが詰めかけたキャンパスで、私と昌子はK大の高城やT大の野本と出会った。その翌日、横浜の街を案内した私に、昌子は「いくら残ってる?」と私の財布を気にかけ、「自炊しよう」と言い出した。段ボールを食卓代わりにした貧しい食事。それはふたりにとって至福の時間だった。しかし、幸せな時間はアッという間に過ぎ去る。やがて私たちは、時代の嵐に巻き込まれていく。そんなときに開かれた全国大学キリスト者大会。折しも、政府が靖国神社を国家護持しようとしていたときだった。その頃、京都では、昌子たちが「反戦フォーク集会」を準備していた。その主役は、深夜放送でも曲が流されるようになった神村信平だった。神村は、カリスマに祭り上げられることに不安と怖れを抱いていた。その神村が告白した昌子への愛。「彼女を悲しませたりしたら承知せえへんで」と脅す神村だったが、昌子を悲しませたのは、私ではなく、「東大の落城」だった。2月になると、学園紛争は全国のキャンパスに広がり、各大学に「全共闘」が結成された。そんな中、4・28の「沖縄デー」がやって来る。過激派各派は、「新橋決戦」を訴えている。昌子も4・28には新橋へ行く、と伝えてきた。私も決意を固めた。初めて角材を手にして参加した実力闘争。しかしそれは、拭いきれない挫折を私にもたらした。打ちひしがれて、横浜まで戻ってくると、運河のたもとにうずくまる女がいた。傷だらけになった女戦士。それは昌子だった。昌子は傷だらけの体を私が貸した黄色いシャツを着て、揺れる京都の街へ帰っていった。4・28以降、学生運動の舞台は、各地の学園に移っていった。そんなな中、京都の昌子と連絡が取れなくなった――
1969年夏。
その6月から11月までの約半年間は、全共闘運動が、数的にはもっとも盛り上がった時期だった。
しかし、犠牲も多かった。キャンパスの友人たちの間からも、逮捕されたり、負傷したりして、姿を消す者が続出した。
逮捕歴がつくということは、もうまともな企業には就職できなくなる、ということでもある。たとえ、どこかに就職できたとしても、その就職先にまで公安の刑事が訪ねてくる。
「最近、○○はおとなしくしてますか?」
こんな訪問を受けては、会社に腰を落ち着けてもいられない。居づらくなって、自分から辞めざるを得なくなる。おそらくはそれが目的で、公安はあとあとまでつきまとう。
当時の学生たちは、権力がそれくらいのことはやる――ということを、常識として知っていた。知っていながら、声を挙げ、行動した。
《どう行動するのが、得になるか?》ではなく、《どう行動するのが、正しいか?》を行動の規範とする学生たちが、まだ、その時代には、健全な勢力として存在していた。
私も、昌子も、そんな学生のひとりとして、考え、悩み、そして選択した。
人間としてどうあるべきかを『聖書』に問い、社会はどうあるべきかをマルクスの哲学に問い、私たちは、もがきながらも、そのときそのときの生き方を選択した。
その6月から11月までの約半年間は、全共闘運動が、数的にはもっとも盛り上がった時期だった。
しかし、犠牲も多かった。キャンパスの友人たちの間からも、逮捕されたり、負傷したりして、姿を消す者が続出した。
逮捕歴がつくということは、もうまともな企業には就職できなくなる、ということでもある。たとえ、どこかに就職できたとしても、その就職先にまで公安の刑事が訪ねてくる。
「最近、○○はおとなしくしてますか?」
こんな訪問を受けては、会社に腰を落ち着けてもいられない。居づらくなって、自分から辞めざるを得なくなる。おそらくはそれが目的で、公安はあとあとまでつきまとう。
当時の学生たちは、権力がそれくらいのことはやる――ということを、常識として知っていた。知っていながら、声を挙げ、行動した。
《どう行動するのが、得になるか?》ではなく、《どう行動するのが、正しいか?》を行動の規範とする学生たちが、まだ、その時代には、健全な勢力として存在していた。
私も、昌子も、そんな学生のひとりとして、考え、悩み、そして選択した。
人間としてどうあるべきかを『聖書』に問い、社会はどうあるべきかをマルクスの哲学に問い、私たちは、もがきながらも、そのときそのときの生き方を選択した。

「ねェ、秋吉クン。デモとかに行くと、必ず『インターナショナル』を歌うでしょ? あの歌、好き?」
昌子が、突然、そんなことを訊いてきたのは、あの4・28の夜だった。傷だらけの体をボクの腕に委ねながら、昌子はその問いを、まっすぐボクにぶつけてきた。
「ときどき、好きになりそうになって、怖くなる」
「そうなのよね。けっこう、いい歌なんだよね。でもね、私、あの歌の最後のところにくると、いつも、ウッ……と詰まってしまうの」
「いざ闘わん、いざ。奮い立て、いざ……ってところ?」
「その、ちょっと前……」
「いまぞ高く掲げん、わが勝利の旗……ってところ?」
「ウン。あそこだけは、ちょっと違うゾ、って思ってしまうの。大事なのは、勝つか、負けるかじゃないでしょ、って言いたくなってしまうんだよね。秋吉クンは?」
昌子はなぜ、そんなことを訊いてるんだろう――と思いながら、私は、慎重に言葉を選んだ。
「《勝利》って、どんな勝利なんだよ――って、ボクはずっと思ってた。まさか、目の前の勝った、負けたのことなんかじゃないよな、と思ってるんだけど、もし、そうじゃなくて《最終的な勝利》のことを言ってるんだとしたら、その勝利って何だよ……ってね、ずっと思ってた」
「秋吉クンは、どういう勝利であってほしいと思ったの?」
「いつまでも、達成できない勝利」
「達成できない勝利……?」
「というより、達成されてはいけない勝利……かな」
「勝利した瞬間に、新たな権力を生み出してしまうから?」
「それもある。だから、トロツキーは、《永続革命》なんてことを言ったんだと思うんだけど、この世界に、権力というものが立ち現れる限り、この闘いは、いつまでも続く。いや、続けなくちゃいけない。歌に出てくる《勝利の旗》が、そういう《勝利》の旗であれば、ボクは抵抗なく歌える」
「でも、違うかもしれない……と思ってるのね」
「違うだろうね。違うだろう……と思うから、ボクも、あの歌詞の最後の部分には抵抗を感じてる」
「よかった……」
目を少しほころばせながら、昌子は、胸に置いた手で私の肉をつまんだ。
「私ね、この闘いは、負けてしまうかもしれない……って思ってるの。新橋のことを言ってるんじゃなくて、いま、私たちが闘ってるこの闘いそのものが、武力的にも、政治的にも、そのうち、打ち負かされてしまうだろうって思ってるの」
「いやに、悲観的なんだね。前のキミだったら……」
「私、そんな、短絡的な女に見えてた?」
「短絡的ではないけど、ときどき、ショートしそうになってた」
「でも、ショートせずにすんだわ。秋吉クンがいてくれたおかげで……。もし、私が、勝つか負けるかに価値を置く世界観しか持ってなかったら、そして、もし、このまま私たちの闘いが挫折してしまったら、私はもう、この世界に何も期待することができなくなってしまうわ」
「しかし、ボクたちが求めているのは、勝ち負けに依存するような生命じゃない」
「もっと言って。秋吉クンの山上の垂訓が聞きたい」
「ボクは預言者じゃないし……」
「じゃ、私だけの預言者になって」
「ボクたちが求めているのは、永遠の生命でしょ? イエスが十字架にかかることによって、連なることができた永遠の生命だよね。聖書的に言うと、永遠の勝利=永遠の生命だと思うんだ。目の前の勝利のためにそれを忘れる者はそれを失い、目の前の勝利を失ってもそれを得ようとする者はそれを得るであろう」
「パチパチ……」
昌子は、口で拍手しながら、私の首に腕を巻きつけ、熱した舌を私の口に差し込んで私が発した言葉を捜し、それを胸の奥に呑み込んだ。
どんな敗北も私たちを打ち負かすことがないよう、私たちは、おたがいの体をしっかりとつなぎ合った。
そして、昌子は、私の黄色いTシャツを着て、京都に帰っていった。
「ずっと着ててもいい?」
イタズラっぽい笑みを浮かべて、そう叫びながら――。

夏休みが近づいても、昌子からは、何の連絡もなかった。
いつもなら、「何日の霧島に乗る?」と、昌子から訊いてくるはずなのに、その連絡もない。私から、「霧島、どうする?」と手紙を送っても返事がない。
これは、いよいよおかしい。
その夏の帰省の「霧島」を、私は京都で途中下車することにした。
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