緩い急行、遥かな愛〈36〉 銃撃の街角でキミを想う



追憶   連載小説 
 緩やかな急行、遥かな愛
  1966~75
 「急行霧島」が運んだ
 「愛」と「時代」
  第36章 

「4・28には新橋に行く」と、
昌子は伝えてきた。
4・28 沖縄デー。私は初めて
角材を手にして、デモに参加した。
やがて起こった武力衝突。
それは私に、拭いようのない
挫折感をもたらした――。

157 この話は連載37回目です。この話を最初から読みたい方は、こちらから、
前回から読みたい方は、こちらからどうぞ。
 ここまでのあらすじ  横浜の大学から福岡へ帰省する私は、京都の女子大から鹿児島へ帰省する上園雅子と、「急行・霧島」で同席することになった。やがて迎える政治的激動の時代への序章。列車の中で私たちは、季節労働者に違いない赤鉢巻の男と同席するが、男が岡山で下車すると、私たちの距離は、少し縮まった山陽路の暗い闇を走る間、私たちは睡魔に襲われ、夢路の中で手をつなぎ合った。聖書を片手にしながら、大学の合唱団に所属する私と昌子。しかし、ふたりのキャンパスにも、静かに政治の風が吹き始めていた。ベトナムでは米軍の北爆が激しさを増し、各地で反戦運動が起こっていた。そんな中、私が所属する合唱団は演奏旅行をやることになり、その最終日、京都で昌子たちの合唱団とジョイントすることになった。「どうせだったら、京都で一泊すれば」と言い出したのは、昌子だった。昌子が手配した宿は、K大の学生寮だった。案内した高城は、昌子をオルグしようとしている高城という男だった。寮に着くと、高城は、「こんなの見たことあるか?」と、一冊の小冊子と酒を持って部屋にやって来た。「火炎瓶は投げるか、投げないか」をめぐって、私と高城は論争し、そのうち、私は酔いつぶれた。翌朝、迎えに来た昌子は、ふたりの酒を責め、翌日の京都見物を「哲学の道」の散策に切り替えた。「愛に思想は必要か?」と問う昌子と私は、鴨川の川辺で暮れなずむ京都の街を眺めながら、唇を重ね合った。 その秋、学生デモ隊がヘルメットを被り、角材を手に機動隊とぶつかり合う事件が起こり、京大生がひとり、命を落とした。一気に「政治化」するキャンパス。そんな中、キリスト教系学生の全国大会が開かれ、リベラル派と保守派がぶつかり合った。結局、大会は何も決められないまま終わったが、クリスマスイブに、関東では集会とデモが、関西ではクリスマスキャンドルの座り込みが計画された。私と昌子は、それぞれの行動の中でおたがいの名前を祈り合った。その年の暮れ、カウントダウンのチャリティのために「霧島」に乗れないという昌子を、私は教会に尋ねた。カウントダウンのキスの相手は、昌子だった。激動の1968年の朝が明けた。教会の集会室で眠る私の布団に潜り込んできた昌子と私は、初めて、体を重ね合った。時代は、変わりつつあった。日本でも、世界でも、若者たちが行動を起こし、私たちに「おまえはどうする?」と問いかけていた。その答えを見つけられないまま、私と昌子は、走る「霧島」の中で、たがいの体を求め合った。春になると、東大と日大がストに突入し、学園紛争の季節が始まった。そんなとき、昌子が上京してきた。昌子たちが応援している神村信平たちのフォーク・ライブを開くためだという。宿は、私の部屋だった。ドブ臭い運河の匂いが漂う四畳半で体を重ね合った私と昌子。昌子は、バリケード封鎖の始まった「東大」へ行ってみたいと言い出した。党派の旗が立ち並び、支援の学生たちが詰めかけたキャンパスで、私と昌子はK大の高城やT大の野本と出会った。その翌日、横浜の街を案内した私に、昌子は「いくら残ってる?」と私の財布を気にかけ、「自炊しよう」と言い出した。段ボールを食卓代わりにした貧しい食事。それはふたりにとって至福の時間だった。しかし、幸せな時間はアッという間に過ぎ去る。やがて私たちは、時代の嵐に巻き込まれていく。そんなときに開かれた全国大学キリスト者大会。折しも、政府が靖国神社を国家護持しようとしていたときだった。その頃、京都では、昌子たちが「反戦フォーク集会」を準備していた。その主役は、深夜放送でも曲が流されるようになった神村信平だった。神村は、カリスマに祭り上げられることに不安と怖れを抱いていた。その神村が告白した昌子への愛。「彼女を悲しませたりしたら承知せえへんで」と脅す神村だったが、昌子を悲しませたのは、私ではなく、「東大の落城」だった。2月になると、学園紛争は全国のキャンパスに広がり、各大学に「全共闘」が結成された。そんな中、4・28の「沖縄デー」がやって来る。過激派各派は、「新橋決戦」を訴えている。昌子も428には新橋へ行く、と伝えてきた。私も、「よし、新橋へ行こう」と決意を固めた――



 集合は、午後2時に、同じ市内にあるJ大の2号館・E教室。
 知らされていたのは、それだけだった。
 行くと、青いヘルメットをかぶった300名ほどの学生が、教室を埋めていた。
 横浜方面の青ヘルメット部隊は、そこから京浜東北線の東神奈川駅へ出て、いったん、東京駅に集結し、そこから新橋を目指す。
 それが、その日の行動計画だった。
 キャンパスの近くに、シートで覆われた角材が用意されていた。
 集会が終わると、私たちは手に手に角材を持って、電車に乗り込んだ。
 角材を手にしたのは、それが初めてだった。
 デモには何度も参加していたが、それまではすべて素手での参加だった。
 素手で参加するデモと、角材を手にして行動するのとでは、思想的にも、心情的にも、心の構え方がまるで違う。

 意思を表明するための行動と闘いのための行動。
 不服従の意思と闘争の意思。
 愛するがゆえの行動と行動によってこそ得る愛。

 頭の中でめまぐるしく切り替わるスイッチを、「ON」に固定して、ブルーの車体の揺れに身を任せた。
 東京駅には、すでに、他の色のヘルメット部隊も集結していた。
 隣のホームには、白ヘルメットの中核派が2000人ほど集結して座り込み、リーダーのアジ演説に「よし!」「オーッ!」と気勢を上げていた。
 その隣のホームには、赤いヘルメットの一団も見えた。
 もしかして、あの中に昌子も――と思ったが、確かめる術はなかった。

          クローバー

 ホームに帰宅のサラリーマンたちの姿が増え始める時間帯になって、部隊が動き始めた。
 最初に動いたのは、白ヘルメットだった。


 「安保、粉砕!
 闘争、勝利!」

 口々にスローガンを叫び、鉄パイプや角材を床に打ちつけながら、白の部隊は、ホームから線路上に下り、新橋方面へ行進を開始した。
 続いて、青も動いた。
 その後に、赤も続いた。
 東京駅から新橋へと向かう高架上は、旗を先頭にしたヘルメット部隊の長い隊列で埋め尽くされた。
 頭上を数え切れないほどのヘリコプターが旋回している。
 バスティーユの解放に向かうパリの群衆のような高揚感が、胸の奥から湧き上がってくる。
もしかしたら、こういう高まりが、やがては、この社会の仕組みを覆す原動力になるのではないか――という希望が、胸の奥底に芽生え始める。
 しかし、その一方で、ボクの胸は慄いていた。
 慄きを生み出すのは、これから何が起こるのか……という不安感だった。
 そして、いま、自分の目にしていることのすべてが、瞬時の戯画にすぎないのではないか……と感じる不安だった。

           クローバー

 新橋駅に着くと、白と青の部隊は地上に降りて、ジグザグ・デモを開始した。
 駅前は、おびただしい数の群集であふれ返っていた。
 騒動を見物しようという単なる野次馬が半分、デモ隊に声援を送る労働者や市民などが半分。野次馬の中には、電車が止まって帰りそびれた通勤者たちもいた。
 ボクたちがデモを開始してしばらくすると、高架の上から怒号や悲鳴が聞こえてきた。
 まだ、地上に下りきれていなかった赤ヘルメットを中心とするグループが、機動隊と衝突しているらしかった。
 機動隊は、神田方面と浜松町方面から進撃してきて、高架上に残った学生の隊列を挟み撃ちにしていた。
 ガス銃の炸裂音、ガチャガチャッと石が何かにぶつかる音、ジュラルミンの盾の音が響き、高架上を進んできた旗が、右に左に揺れている。
 そのときだ。
 外堀通りをまたぐ高架のガードの底板が、突然、はがれて、そこから、バラバラ……と人が落ちてきた。
 落ちてきたのは、ほとんどが、赤いヘルメットだった。
 昌子……。
 胸の中で、ザワザワと風が吹き始めた。
 大丈夫か、昌子……。

          クローバー

 高架の上の騒動に気を取られていると、今度は、地上のボクたちの前に東新橋方向からやってきた機動隊が立ちはだかり、ジュラルミンの盾の壁を作った。
 第5機動隊だった。
 ボクたちは、隊列を組んだまま、その壁に向かって突き進んだ。
 いよいよ、衝突か――。
 唇を噛みしめたそのときだった。
 盾と盾の間から、鈍い色の銃口が顔をのぞかせて、その銃先がボクらに向けられた。
 10挺近くはあっただろうか。
 次の瞬間、その銃口が一斉に火を噴いた。やや遅れて、パーンという炸裂音がした。
 隊列の先頭にいた何人かが、バタバタと倒れた。
 な、なんだ、これは――。
 機動隊は、銃撃してるんだ、オレたちを――と思った瞬間、足が恐怖に反応した。
 隊列は、一気に崩れ、デモ隊は夜の街の中へ、散り散りになって駆け出した。

 撃たれる!

 その恐怖に駆られた足は、もう止めることができなかった。
 通りの左右を埋め尽くした群集が見守る中を、私は走って、走って、走った。
 いつの間にかヘルメットは脱げ落ち、手にしていた角材は、走り出した瞬間に手から離れていた。
 土橋を走り抜け、高速道路の下を抜け、気がつくと、私はひとりになっていた。

          クローバー

 あまりにも呆気ない敗走だった。
 周りの仲間たちが、どこへ行ったのか、こうなると、もうわからない。一度、散り散りになった隊列を組み直すことも、おそらくはムリだろう――と思えた。

 どうしよう?
 これから、どこへ行けばいい?
 みんなはどこにいる?

 ぼう然と歩いているうちに、数寄屋橋に出た。
 あたり一帯は、催涙ガスの臭いが、目を開けていられないほどに立ち込めていたが、その中で、「反戦青年委員会」の旗を押し立てた別のグループが、機動隊と一進一退の攻防を繰り広げていた。
 デモ隊側の激しい投石で、機動隊はいったん有楽町駅方面まで後退したが、今度はガス銃を構えた一隊が前進してきて、水平に構えた銃をあたり構わずぶっ放し始めた。それで、デモ隊も銀座4丁目方面に後退した。

 ガス銃の水平撃ちは、その日、初めて登場した警備側の戦術だった。
 ガス銃は、通常は空に向かって撃ち、群集の中に落下させて催涙ガスを撒き散らすのだが、この日は、それを人体を狙って水平に撃った。
 ガス銃とはいえ、銃である。
 30メートル先のベニヤ板を撃ち抜くぐらいの威力はある。それを人体目がけて撃つ。直撃を受けた人間は、内臓に損傷を負うほどのダメージを受け、血を流しながら、次々に救急車で運ばれた。
 報道機関などから、後に「過剰警備」と批判されることにもなったこの日の警備は、デモ隊ばかりでなく、それを見守る群集や報道陣に対しても向けられた。
 私のそばで、カメラを構えて現場の様子を撮影していた男も、突然、数人の機動隊員に取り囲まれてカメラを取り上げられ、道路上に引きずり出されて盾の縁で殴打され、数人がかりで腹を蹴り上げられてグッタリとなった。
 「一般市民に何するんだ!」と声を挙げた群集の中の別のひとりも、頭に警棒を振り下ろされて血を流し、その場にへたり込んだ。

 暴徒はどっちだ!

 怒りはフツフツと腹の底で煮えたぎっていたが、もう一度、仲間のヘルメットを捜して隊列に加わろう――という気力は、湧いてこなかった。
 これは、敗北なのだ、と思った。
 武力でぶつかろうと思っても、私たちは、こういう敗北を重ねるしかないのだ、と思った。
 打ちひしがれた目に、飛び込んできた光景があった。
 赤いヘルメットをかぶった女子学生が、群集の中から引っ張り出され、足首をつかまれて、道路の上を引きずられている光景だった。

 「あの子、石、投げてたんだよ」
 「それでも、あんな、引っ張り方、することないよなぁ」
 「目についたんじゃないの、けっこうかわいかったから」
 「おっぱい、傷だらけになっちゃうよ、かわいそうに……」

 赤ヘルメットの女闘士は、腹と胸を下にしたうつぶせの姿勢で、左右の足をそれぞれ機動隊員に引っ張られて、ガレキだらけの道路の上を装甲車に向かって引きずられていく。
 引きずられるほどにTシャツはめくり上がり、むき出しになった上半身が、道路にこすられて血をにじませている。
 痛すぎる敗北の光景。
 昌子……。
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