緩い急行、遥かな愛〈33〉 答えは風に吹かれて…



追憶   連載小説 
 緩やかな急行、遥かな愛
  1966~75
 「急行霧島」が運んだ
 「愛」と「時代」
  第33章 

反戦フォークのカリスマとなった
神村信平は、「みんなの期待が怖い」
と言う。不安を語る口で、神村は、
自分をけしかける昌子が心配だとも
言う。「彼女を守ってやってくれ。
それはあんたの役目だ」と、私は、
肩を小突かれた――。

157 この話は連載34回目です。この話を最初から読みたい方は、こちらから、
前回から読みたい方は、こちらからどうぞ。
 ここまでのあらすじ  横浜の大学から福岡へ帰省する私は、京都の女子大から鹿児島へ帰省する上園雅子と、「急行・霧島」で同席することになった。やがて迎える政治的激動の時代への序章。列車の中で私たちは、季節労働者に違いない赤鉢巻の男と同席するが、男が岡山で下車すると、私たちの距離は、少し縮まった山陽路の暗い闇を走る間、私たちは睡魔に襲われ、夢路の中で手をつなぎ合った。聖書を片手にしながら、大学の合唱団に所属する私と昌子。しかし、ふたりのキャンパスにも、静かに政治の風が吹き始めていた。ベトナムでは米軍の北爆が激しさを増し、各地で反戦運動が起こっていた。そんな中、私が所属する合唱団は演奏旅行をやることになり、その最終日、京都で昌子たちの合唱団とジョイントすることになった。「どうせだったら、京都で一泊すれば」と言い出したのは、昌子だった。昌子が手配した宿は、K大の学生寮だった。案内した高城は、昌子をオルグしようとしている高城という男だった。寮に着くと、高城は、「こんなの見たことあるか?」と、一冊の小冊子と酒を持って部屋にやって来た。「火炎瓶は投げるか、投げないか」をめぐって、私と高城は論争し、そのうち、私は酔いつぶれた。翌朝、迎えに来た昌子は、ふたりの酒を責め、翌日の京都見物を「哲学の道」の散策に切り替えた。「愛に思想は必要か?」と問う昌子と私は、鴨川の川辺で暮れなずむ京都の街を眺めながら、唇を重ね合った。 その秋、学生デモ隊がヘルメットを被り、角材を手に機動隊とぶつかり合う事件が起こり、京大生がひとり、命を落とした。一気に「政治化」するキャンパス。そんな中、キリスト教系学生の全国大会が開かれ、リベラル派と保守派がぶつかり合った。結局、大会は何も決められないまま終わったが、クリスマスイブに、関東では集会とデモが、関西ではクリスマスキャンドルの座り込みが計画された。私と昌子は、それぞれの行動の中でおたがいの名前を祈り合った。その年の暮れ、カウントダウンのチャリティのために「霧島」に乗れないという昌子を、私は教会に尋ねた。カウントダウンのキスの相手は、昌子だった。激動の1968年の朝が明けた。教会の集会室で眠る私の布団に潜り込んできた昌子と私は、初めて、体を重ね合った。時代は、変わりつつあった。日本でも、世界でも、若者たちが行動を起こし、私たちに「おまえはどうする?」と問いかけていた。その答えを見つけられないまま、私と昌子は、走る「霧島」の中で、たがいの体を求め合った。春になると、東大と日大がストに突入し、学園紛争の季節が始まった。そんなとき、昌子が上京してきた。昌子たちが応援している神村信平たちのフォーク・ライブを開くためだという。宿は、私の部屋だった。ドブ臭い運河の匂いが漂う四畳半で体を重ね合った私と昌子。昌子は、バリケード封鎖の始まった「東大」へ行ってみたいと言い出した。党派の旗が立ち並び、支援の学生たちが詰めかけたキャンパスで、私と昌子はK大の高城やT大の野本と出会った。その翌日、横浜の街を案内した私に、昌子は「いくら残ってる?」と私の財布を気にかけ、「自炊しよう」と言い出した。段ボールを食卓代わりにした貧しい食事。それはふたりにとって至福の時間だった。しかし、幸せな時間はアッという間に過ぎ去る。やがて私たちは、時代の嵐に巻き込まれていく。そんなときに開かれた全国大学キリスト者大会。折しも、政府が靖国神社を国家護持しようとしていたときだった。その頃、京都では、昌子たちが「反戦フォーク集会」を準備していた。その主役は、深夜放送でも曲が流されるようになった神村信平だった。神村は、カリスマに祭り上げられることに不安と怖れを抱いていた。その神村が告白した。「ホレてたんや」と――


 「風、強いなぁ……」

 背中から、つぶやくような神村の声が聞こえた。
 ディミニュエンドする語尾に、「おい、止めへんか」というニュアンスが込められているような気がして、ちょっとだけ、顔を後ろに向けた。

 「この風の中で立ち上がるの、たいへんやで」
 「十字架にしっかりつかまれば、大丈夫ですよ」
 「なんや、怪しげな教団の……聖書のセールスマンみたいなこと、言うんやなぁ」
 「もうかるんですかね、あれ……?」
 「知らんがな。しかし、ボクのレコード売るよりは、儲かるかもしれへんで」
 「そんなこと言わずに、売って売って売りまくって、ゴールド・ディスク取ってくださいよ。神村さんがゴールド・ディスク取るような時代になったら、この国も、少しはましになってるかもしれないじゃないですか」
 「かんべんしてェな。ボクは、時代の招きネコかいな……」

 そんな話をしているところへ、またピュッ……と、一陣の風が吹き付けた。
 「オーッ」と声を震わせた神村が、体をすり寄せてきたので、私は思わず前につんのめりそうになった。

 「時代の風みたいだな……」

 私がつぶやくと、神村が後ろから背中を突ついた。

 「ボクら、みんな、時代の風に揺さぶられてるんや。ボクも、キミも、昌ちゃんも、そして、あの落合牧師までも……」
 「仕方ないですよ。ボクらは、その時代の風の中で答えを出すしかないわけですから……」
 「答えかぁ……」

 ため息まじりに答えた神村は、そのまま黙り込み、黙り込んだと思ったら、その口から聞き覚えのあるメロディが流れ始めた。

 「ジ・アンサー、マイ・フレンド、イズ、ブロウイング・イン・ザ・ウインド……」

 ボブ・ディランの『風に吹かれて(Blowin’in the Wind)』だった。

《いったい、どれだけの道を歩けば、
あなたはボクを一人前の人間と認めてくれるんだ?
いったいいくつの海を飛んで越えれば、
白い鳩は、砂の上で眠れるんだ?
いったい何回、砲弾が飛び交えば、
そいつは永久禁止にしてもらえるんだ?
答えはさ、友よ、
答えは、風に吹かれて飛んでるよ》

 ピーター・ポール&マリーがカバーして大ヒットし、日本でもよく、深夜ラジオなどで流されていて、ギターを買ったばかりの私は、やっとそのコードを押さえられるようになったところだった。
 神村が口ずさみ、風に乗って流れてくるメロディに、私はそっと、3度のコーラスをつけた。
 私のコーラスに気づいた神村は、「オッ、やるか」とばかりに声を張り上げる。
 それに合わせて、私も声を張り上げる。
 最後には、風に向かって叫ぶように、私と神村は教会の屋根の上で『風に吹かれて』をデュエットした。
 その様子を、地上の昌子たちが、あきれたように口を開けて見守っていた。

          クローバー

 結局、十字架磨きは、私が十字架につかまって上部を磨き、神村が棟にまたがったまま下部を磨く、という形で、何とかすませることができた。

 「よし、撤収!」

 えらそうに号令を発する神村にムッとしながら、屋根を下りようとすると、神村がまた、ボソリとつぶやいた。

 「時代が求める答えは、ときに、あまりにも安易やからなぁ」

 梯子に足をかけようとしていた私は、思わず、神村の顔を見上げた。

 「それ、フォーク集会に集まる人たちのことを言ってます?」
 「ライブの聴衆もそうやし、ラジオのリスナーもそうやし、街頭で暴れる連中もそうやし、それを批判する連中もや。みんな、わかりやすうて、安易なメッセージに飛びつきたがる……」
 「自分がそういうメッセージを求められてると感じて、葛藤してるんですね、神村さんは?」
 「そういうことや、秋吉クン。難儀なことやで……」
 「それ、言っちゃえばいいじゃないですか?」
 「エッ……?」
 「難儀してる……と、言っちゃえばいいじゃないですか? 聴いてる人間だって、そのほうが、人間・神村信平にもっと共感できるような気がするんですけど……」
 「それ、あり……かいな?」
 「ありですよ。時代に迎合するメッセージは、時代とともに忘れられてしまうけど、時代と葛藤して、オレはもがいてるんだ……というメッセージだったら、時代が変わっても残るんじゃないですか? それが何か? ボクが、いま、探し求めてるものも、それに近いんですけどね」
 「それもそうやな。さすが昌ちゃんが認めた男だけのことはある。しかしな、秋吉クン……」

 梯子に足をかけ、下りかけた私の手を、神村がグイと握り締めた。

 「気ぃつけたってや。昌ちゃん、ものすごまっすぐな子やから、その安易なメッセージに染まってしまうんやないか……と、心配になることがあるんや。それ、見守るの、あんたの責任やで」

 私の手をつかんだ神村の目に、その一瞬だけ、強い光が宿ったような気がして、私は身震いした。

          クローバー

 私と昌子は、その年のクリスマスを落合牧師の教会で過ごし、またも牧師の目を盗んで、集会室で結ばれた後、「霧島」で7回目の帰省デートを果たした。

 「それを見守るの、あんたの責任やで」

 硬い「霧島」の2等座席で昌子の手を握っている間じゅう、神村の言葉が頭の中をリフレインした。
 私の肩に頭を載せて、スヤスヤと寝息を立てている昌子。その心の平和をかき乱すものとは、ボクは徹底的に闘うだろう。いや、闘わなくちゃならない。
 「霧島」の窓に映る瀬戸内海の海沿いの、名前も知らない町の明かりを見ながら、私はそう決意を固めた。

 1969年が明けるとすぐ、テレビがショッキングなニュースを伝えた。

 東大安田講堂に機動隊が突入!

 2日間にわたる攻防を、テレビは中継で伝えた。
 私はその様子を、実家のテレビで見ていた。

 「おまえんとこも、こげなことになっとりゃせんやろうのォ」
 「まったくねェ、親は苦労して大学まで行かせとぉとに、何、考えとるんやろねェ、この子らは?」

 親たちがもらす、あまりにも常識的な感想を、左の耳で聞き流しながら、私は自分の大学のキャンパスのことを思い、京都を思い、そこで「赤いヘルメット」をかぶる昌子を思った。
 私たちの、もっとも激しく、そして憂鬱な1年が、放水に煙る安田講堂の映像とともに始まった――。
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