緩い急行、遥かな愛〈32〉 屋根の上の告白



追憶   連載小説 
 緩やかな急行、遥かな愛
  1966~75
 「急行霧島」が運んだ
 「愛」と「時代」
  第32章 

「反戦フォーク集会」で
「フォーク一揆だぁ」と呼びかけた
神村信平。その表情に浮かんだ後悔
の色。カリスマに祭り上げられる
ことへの不安と恐れの色だった。
十字架磨きに上った屋根の上で、
私は思わぬ告白を受けた――。

157 この話は連載33回目です。この話を最初から読みたい方は、こちらから、
前回から読みたい方は、こちらからどうぞ。
 ここまでのあらすじ  横浜の大学から福岡へ帰省する私は、京都の女子大から鹿児島へ帰省する上園雅子と、「急行・霧島」で同席することになった。やがて迎える政治的激動の時代への序章。列車の中で私たちは、季節労働者に違いない赤鉢巻の男と同席するが、男が岡山で下車すると、私たちの距離は、少し縮まった山陽路の暗い闇を走る間、私たちは睡魔に襲われ、夢路の中で手をつなぎ合った。聖書を片手にしながら、大学の合唱団に所属する私と昌子。しかし、ふたりのキャンパスにも、静かに政治の風が吹き始めていた。ベトナムでは米軍の北爆が激しさを増し、各地で反戦運動が起こっていた。そんな中、私が所属する合唱団は演奏旅行をやることになり、その最終日、京都で昌子たちの合唱団とジョイントすることになった。「どうせだったら、京都で一泊すれば」と言い出したのは、昌子だった。昌子が手配した宿は、K大の学生寮だった。案内した高城は、昌子をオルグしようとしている高城という男だった。寮に着くと、高城は、「こんなの見たことあるか?」と、一冊の小冊子と酒を持って部屋にやって来た。「火炎瓶は投げるか、投げないか」をめぐって、私と高城は論争し、そのうち、私は酔いつぶれた。翌朝、迎えに来た昌子は、ふたりの酒を責め、翌日の京都見物を「哲学の道」の散策に切り替えた。「愛に思想は必要か?」と問う昌子と私は、鴨川の川辺で暮れなずむ京都の街を眺めながら、唇を重ね合った。 その秋、学生デモ隊がヘルメットを被り、角材を手に機動隊とぶつかり合う事件が起こり、京大生がひとり、命を落とした。一気に「政治化」するキャンパス。そんな中、キリスト教系学生の全国大会が開かれ、リベラル派と保守派がぶつかり合った。結局、大会は何も決められないまま終わったが、クリスマスイブに、関東では集会とデモが、関西ではクリスマスキャンドルの座り込みが計画された。私と昌子は、それぞれの行動の中でおたがいの名前を祈り合った。その年の暮れ、カウントダウンのチャリティのために「霧島」に乗れないという昌子を、私は教会に尋ねた。カウントダウンのキスの相手は、昌子だった。激動の1968年の朝が明けた。教会の集会室で眠る私の布団に潜り込んできた昌子と私は、初めて、体を重ね合った。時代は、変わりつつあった。日本でも、世界でも、若者たちが行動を起こし、私たちに「おまえはどうする?」と問いかけていた。その答えを見つけられないまま、私と昌子は、走る「霧島」の中で、たがいの体を求め合った。春になると、東大と日大がストに突入し、学園紛争の季節が始まった。そんなとき、昌子が上京してきた。昌子たちが応援している神村信平たちのフォーク・ライブを開くためだという。宿は、私の部屋だった。ドブ臭い運河の匂いが漂う四畳半で体を重ね合った私と昌子。昌子は、バリケード封鎖の始まった「東大」へ行ってみたいと言い出した。党派の旗が立ち並び、支援の学生たちが詰めかけたキャンパスで、私と昌子はK大の高城やT大の野本と出会った。その翌日、横浜の街を案内した私に、昌子は「いくら残ってる?」と私の財布を気にかけ、「自炊しよう」と言い出した。段ボールを食卓代わりにした貧しい食事。それはふたりにとって至福の時間だった。しかし、幸せな時間はアッという間に過ぎ去る。やがて私たちは、時代の嵐に巻き込まれていく。そんなときに開かれた全国大学キリスト者大会。折しも、政府が靖国神社を国家護持しようとしていたときだった。その頃、京都では、昌子たちが「反戦フォーク集会」を準備していた。その主役は、深夜放送でも曲が流されるようになった神村信平だった――



 「みんなぁ~ッ!」

 神村がステージの上から呼びかけると、会場から「ウォーッ!」という歓声が沸き上がった。
 公園内にしつらえられた野外演奏用のステージは、昌子や落合牧師たちが朝から汗を流して準備した照明装置によって、明々と照らし出され、その後ろでは、《反戦フォークの集い in KYOTO》と大書されたパネルが、ライトアップされていた。
 スポットライトを浴び、ジーンズ姿でギターを抱えてマイクの前に立つヒゲ面の神村信平は、まるで、アジ演説に臨むチェ・ゲバラのように見えた。

 「ボクらの熱気で、米軍のナパーム弾を止めるんや」
 「ウォーッ!」
 「京都から、世直しやぁ――ッ」
 「ウォーッ!」
 「フォーク一揆やでェ――ッ」
 「ウォーッ!」
 「セックス解放するぞォ――ッ」
 「ウォーッ!」
 「キミら、なんでも、『ウォーッ』なんやなぁ」
 「ウォーッ……」

 神村が、かすかに苦笑いを浮かべた。
 苦笑いを浮かべたまま、スタンドマイクのヘッドを口元に近づけ、会場を見回した。

 「『ウォーッ』もええけど、ファシズムへの免疫力、失くしたらあかんでェ。よっしゃあ。ほな、いくでェ――ッ!」

 神村がいきなりギターをストロークし、会場が大音量のビートに包まれたので、神村の一瞬の苦笑いは、聴衆の打ち鳴らす手拍子にかき消されてしまった。
 会場を埋め尽くした2000人近い聴衆を前に、神村は、『あなたに』を含むオリジナル6曲を歌い、次のメンバーにステージを譲った。
 もしかしたら、神村は……。
 私の中に芽生えた疑問も、いつの間にか、会場の熱気の中に蒸気となって消えてしまった。

          クローバー

 「信平さんな、いよいよ、メジャー・デビューしはるんよ」

 集会後の打ち上げで、私が落合牧師や神村たちと飲んでいるところへ、エプロン姿の昌子がやって来て、神村の肩を両手でポンとたたいた。
 たたいた手を自分の腰に当てて、顔をちょっとだけ上に向けて見せる。昌子が得意になっているときに見せるポーズだった。

 「これまで、主に向こうのフォークやロックを手がけてきたレコード会社が、和製フォークというジャンルに力を入れ始めてましてね。それで、神村さんの『あなたに』に注目したんです。これから、日本でも、プロテスト・ソングが流行るんじゃないか……ってね。彼らは、あくまでショーバイとして考えてるわけですよ。反体制はビジネスになるってね。ま、いいじゃないですか、それでも。われわれとしては、それを利用すればいいわけで」

 落合牧師が解説を加える横で、神村信平は、またも、ステージで見せた苦笑いを浮かべた。
 「神村さん、もしかして後悔してるんじゃないですか?」

 演奏中に感じた疑問をぶつけると、神村は、ボサボサの長髪をかき上げながら、「ホウ」というふうに、私の顔をのぞき込んだ。

 「ホンマ言うと、ちょっと……」
 「後悔ですか?」
 「というより、怖いんですわ。このまま、この路線に乗って突っ走ってええんやろか……と思うて」

 言いながら、神村が頭をかきむしったので、またも、フケが私たちの食卓の上に降り注がれた。

 「何、弱気なこと言うてるん? せっかく、ここまで来たのに……」

 腰に両手を当てたままの昌子が、今度は前かがみになって、神村の顔をのぞき込んだ。

 「怖い、怖い。こういうときの昌ちゃんが、いちばん怖い……」
 「エッ!? なんで……? 私、神村さんの『歌いたい』いう気持ちを応援してきただけやん?」

 たぶん、昌子は、神村の男としての気持ちには気づいてないのだろう――と思った。

 「昌ちゃん、人には、人の期待が怖い……と感じられることだってあるんだよ。ボクだって、怖いことがあるもの。特に、落合牧師がボクに期待してることなんかを思うとさ……」
 「もしかして、十字架磨きのことをおっしゃってるのかな?」
 「あ、それ」と、横から神村が口を挟んだ。
 「それ、明日、ボクも一緒にやりますわ」
 「エッ!?」

 私と昌子と落合牧師が声を合わせ、それから、おたがいの顔を見やった。

          クローバー

 クリスマス前のその日、雲ひとつない冬晴れの空をバックに、教会の十字架は鈍い光を放っていた。
 二度目ということもあって、急勾配の屋根に上っても、足が震えることはなかった。
 私と神村信平は、ふたり並んで斜度45度の屋根の棟にまたがり、塔の先端で光る十字架を見上げた。

 「ここまではええけど、立ち上がるのは大変やなぁ」
 「ここまで来たら、立ち上がるしかないんですよ。神村さんは、もう、立ち上がったじゃないですか?」
 「ああ、歌のこと? 昌ちゃんたちにけしかけられたしなぁ。立ち上がるしかなかったんや」
 「あれ、けしかけられたんですか?」
 「ま、そんなとこやろな。ところでなぁ、秋吉クン……」

 神村がいきなり、両手をボクの肩に載せてきた。
 その手でボクの肩をつかんで揺するようにするので、私は、思わず、バランスを崩しそうになった。

 「キミ……本気なんか?」
 「本気……って?」
 「ズバリ、訊くで。昌ちゃんとは、どないするつもりや?」
 「どない……と言われても困るけど、真剣に交際してます。できることなら……」
 「結婚……か?」
 「正直言うと、まだ、そこまではわからない。というか、学校を出てどうするかも、まだ、ボクも、昌ちゃんも、決めてないから……」
 「そうか……」

 言ったきり、神村は押し黙った。
 ボクの背中で沈黙する神村の息遣いが不気味でもあった。
 振り返って顔を見ようと思った瞬間、ボクの背中に、今度は、神村の頭が押しつけられた。

 「ホレてたんや……」

 押し殺したような声が、背骨を伝って私の耳に飛び込んできた。

 「ええ加減なことしたら、承知しいへんで。そんときは、ここから突き落としてしまうし……」
 「ワッ、止めろよ!」

 私が大きな声を挙げたので、下にいた昌子と牧師夫妻が一斉に屋根を見上げた。

 「何してるん、ふたりとも。そんなとこでふざけんといてな、もォーッ!」

 また、腰に両手を当てている。

 「あ~あ。あれや……」

 言いながら、神村が私の背中をこぶしで、ドンと小突いた。
 比叡山から吹き降ろしてきた冷たい風が、屋根の十字架を、一瞬、ブルッ……と震わせた。
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