緩い急行、遥かな愛〈30〉 昌子の命令または懇願

緩やかな急行、遥かな愛
1966~75
「急行霧島」が運んだ
「愛」と「時代」 第30章
靖国神社の国家護持には、断固、
反対する。私たちがそんな決議を
固めた頃、昌子たちは、京都で
「反戦フォーク集会」を企画して
いた。その集会にぜひ来るように
と、昌子が言っているという。
それは命令のような懇願だった。
反対する。私たちがそんな決議を
固めた頃、昌子たちは、京都で
「反戦フォーク集会」を企画して
いた。その集会にぜひ来るように
と、昌子が言っているという。
それは命令のような懇願だった。

前回から読みたい方は、こちらからどうぞ。
ここまでのあらすじ 横浜の大学から福岡へ帰省する私は、京都の女子大から鹿児島へ帰省する上園雅子と、「急行・霧島」で同席することになった。やがて迎える政治的激動の時代への序章。列車の中で私たちは、季節労働者に違いない赤鉢巻の男と同席するが、男が岡山で下車すると、私たちの距離は、少し縮まった山陽路の暗い闇を走る間、私たちは睡魔に襲われ、夢路の中で手をつなぎ合った。聖書を片手にしながら、大学の合唱団に所属する私と昌子。しかし、ふたりのキャンパスにも、静かに政治の風が吹き始めていた。ベトナムでは米軍の北爆が激しさを増し、各地で反戦運動が起こっていた。そんな中、私が所属する合唱団は演奏旅行をやることになり、その最終日、京都で昌子たちの合唱団とジョイントすることになった。「どうせだったら、京都で一泊すれば」と言い出したのは、昌子だった。昌子が手配した宿は、K大の学生寮だった。案内した高城は、昌子をオルグしようとしている高城という男だった。寮に着くと、高城は、「こんなの見たことあるか?」と、一冊の小冊子と酒を持って部屋にやって来た。「火炎瓶は投げるか、投げないか」をめぐって、私と高城は論争し、そのうち、私は酔いつぶれた。翌朝、迎えに来た昌子は、ふたりの酒を責め、翌日の京都見物を「哲学の道」の散策に切り替えた。「愛に思想は必要か?」と問う昌子と私は、鴨川の川辺で暮れなずむ京都の街を眺めながら、唇を重ね合った。 その秋、学生デモ隊がヘルメットを被り、角材を手に機動隊とぶつかり合う事件が起こり、京大生がひとり、命を落とした。一気に「政治化」するキャンパス。そんな中、キリスト教系学生の全国大会が開かれ、リベラル派と保守派がぶつかり合った。結局、大会は何も決められないまま終わったが、クリスマスイブに、関東では集会とデモが、関西ではクリスマスキャンドルの座り込みが計画された。私と昌子は、それぞれの行動の中でおたがいの名前を祈り合った。その年の暮れ、カウントダウンのチャリティのために「霧島」に乗れないという昌子を、私は教会に尋ねた。カウントダウンのキスの相手は、昌子だった。激動の1968年の朝が明けた。教会の集会室で眠る私の布団に潜り込んできた昌子と私は、初めて、体を重ね合った。時代は、変わりつつあった。日本でも、世界でも、若者たちが行動を起こし、私たちに「おまえはどうする?」と問いかけていた。その答えを見つけられないまま、私と昌子は、走る「霧島」の中で、たがいの体を求め合った。春になると、東大と日大がストに突入し、学園紛争の季節が始まった。そんなとき、昌子が上京してきた。昌子たちが応援している神村信平たちのフォーク・ライブを開くためだという。宿は、私の部屋だった。ドブ臭い運河の匂いが漂う四畳半で体を重ね合った私と昌子。昌子は、バリケード封鎖の始まった「東大」へ行ってみたいと言い出した。党派の旗が立ち並び、支援の学生たちが詰めかけたキャンパスで、私と昌子はK大の高城やT大の野本と出会った。その翌日、横浜の街を案内した私に、昌子は「いくら残ってる?」と私の財布を気にかけ、「自炊しよう」と言い出した。段ボールを食卓代わりにした貧しい食事。それはふたりにとって至福の時間だった。しかし、幸せな時間はアッという間に過ぎ去る。やがて私たちは、時代の嵐に巻き込まれていく。そんなときに開かれた全国大学キリスト者大会。折しも、政府が靖国神社を国家護持しようとしていたときだった。しかし、その会場に昌子の姿はなかった――
《靖国神社の国家護持には、断固反対する》
「大学キリスト者全国協議会」は、その決議を採択して終了した。
「反対」の意思統一だけはできたが、そのスタンスは微妙に違っていた。
F大の若原たちを中心とする原理主義グループは、「特定の宗教を国家がその財政で支援することはおかしい」と、もっぱら、宗教対立の観点から異を唱えた。
「われわれは、署名活動などを通して、クリスチャン議員を中心に働きかけ、保守・革新を問わない反対運動を展開させる」
それが、若原たちが示した運動方針だった。
私や楠本、落合牧師などを中心とするリベラル派は、「靖国神社の国家護持は、それが象徴する国家神道そのものの復活につながる」として、政治思想的に反対する方向をとり、「あくまで、デモや街宣行動などの大衆運動を通して、靖国問題を広く市民に訴えていく」という運動方針を提案した。
結局、どういう運動を展開するかについては意見がまとまらず、「反対」の意思だけを議決する――というところに落ち着いたのだった。
私と楠本は、再び、東京でデモと街頭署名活動を展開しようと約束し、「私は、京都に戻ったら、教会を中心に、この問題を訴えていきます」と言う落合牧師と、「おたがいの健闘を」と握手して、別れた。

「あ、そうそう……」と、別れ際に、牧師がボクを呼び止めた。
「もし、帰省のタイミングが合えば、クリスマス前に京都にいらっしゃいませんか? 実は、昌ちゃんたちと企画していることがあって……」
「また、チャリティですか?」
「じゃなくて、反戦フォーク集会なんですけど、実はね……」
と、落合牧師が声をひそめた。
「昌ちゃんに、どんなことがあっても、来ると約束してもらって来て――と、命令されたんですよ」
「め、命令……ですか?」
「命令……に近い哀願……でした」
「だいぶ、違いますね」
「つまり、こういうことです。『来てほしい』というあなたへの哀願を、『伝えてほしい』と、私が命令された」
「やっと、わかりました。何とか、都合をつけてみます」
「そりゃ、よかった。昌ちゃん、喜びますよ。ほんとのところ、私もうれしい……」
言いながら、やけにニコニコしているので、私はイヤな予感がした。
「牧師、ま、まさか……」
「ダメですか?」
「ダ、ダメです。あんな屋根には、二度と登れません」
「愛があっても……」
「愛があるから……です。いまはですね、牧師、失うのが怖くなったんです、人並みに……」
「得ようと思うものはそれを失い、失おうと思うものはそれを得るであろう……なんてね。ハハ……冗談ですよ。では、クリスマス前にお会いできるのを楽しみに」
軽口を交し合って、落合牧師と別れた。
確かに、それは、落合牧師らしい軽口ではあったが、どこかで、「おまえのリンゴは、芯が少し傷んでるゾ」と言われたような気がした。
いつの頃からか、ボクは昌子を「得よう」としてはいなかったか?
その「得よう」が、欲が仕向ける「得よう」になってはいなかったか?
しょうがない、もう一度、屋根に登って十字架を磨くか――。
牧師の後姿を見送りながら、私は、ちょっとだけ悔い改めた。
「大学キリスト者全国協議会」は、その決議を採択して終了した。
「反対」の意思統一だけはできたが、そのスタンスは微妙に違っていた。
F大の若原たちを中心とする原理主義グループは、「特定の宗教を国家がその財政で支援することはおかしい」と、もっぱら、宗教対立の観点から異を唱えた。
「われわれは、署名活動などを通して、クリスチャン議員を中心に働きかけ、保守・革新を問わない反対運動を展開させる」
それが、若原たちが示した運動方針だった。
私や楠本、落合牧師などを中心とするリベラル派は、「靖国神社の国家護持は、それが象徴する国家神道そのものの復活につながる」として、政治思想的に反対する方向をとり、「あくまで、デモや街宣行動などの大衆運動を通して、靖国問題を広く市民に訴えていく」という運動方針を提案した。
結局、どういう運動を展開するかについては意見がまとまらず、「反対」の意思だけを議決する――というところに落ち着いたのだった。
私と楠本は、再び、東京でデモと街頭署名活動を展開しようと約束し、「私は、京都に戻ったら、教会を中心に、この問題を訴えていきます」と言う落合牧師と、「おたがいの健闘を」と握手して、別れた。

「あ、そうそう……」と、別れ際に、牧師がボクを呼び止めた。
「もし、帰省のタイミングが合えば、クリスマス前に京都にいらっしゃいませんか? 実は、昌ちゃんたちと企画していることがあって……」
「また、チャリティですか?」
「じゃなくて、反戦フォーク集会なんですけど、実はね……」
と、落合牧師が声をひそめた。
「昌ちゃんに、どんなことがあっても、来ると約束してもらって来て――と、命令されたんですよ」
「め、命令……ですか?」
「命令……に近い哀願……でした」
「だいぶ、違いますね」
「つまり、こういうことです。『来てほしい』というあなたへの哀願を、『伝えてほしい』と、私が命令された」
「やっと、わかりました。何とか、都合をつけてみます」
「そりゃ、よかった。昌ちゃん、喜びますよ。ほんとのところ、私もうれしい……」
言いながら、やけにニコニコしているので、私はイヤな予感がした。
「牧師、ま、まさか……」
「ダメですか?」
「ダ、ダメです。あんな屋根には、二度と登れません」
「愛があっても……」
「愛があるから……です。いまはですね、牧師、失うのが怖くなったんです、人並みに……」
「得ようと思うものはそれを失い、失おうと思うものはそれを得るであろう……なんてね。ハハ……冗談ですよ。では、クリスマス前にお会いできるのを楽しみに」
軽口を交し合って、落合牧師と別れた。
確かに、それは、落合牧師らしい軽口ではあったが、どこかで、「おまえのリンゴは、芯が少し傷んでるゾ」と言われたような気がした。
いつの頃からか、ボクは昌子を「得よう」としてはいなかったか?
その「得よう」が、欲が仕向ける「得よう」になってはいなかったか?
しょうがない、もう一度、屋根に登って十字架を磨くか――。
牧師の後姿を見送りながら、私は、ちょっとだけ悔い改めた。

その月の半ば、デモと街頭署名活動について打ち合わせをしようと、楠本の家に電話をかけると、母親らしい人が電話口に出て、思いもしない事実を告げられた。
「健一は、いま、入院していますのよ」
「あの……何か、ご病気で?」
「いえ、ケガをしましたの。頭を割られまして、ちょっとしばらくは……」
母親の話によると、学生同士の衝突事件に巻き込まれて、頭蓋骨を骨折し、しばらくは安静が必要なのだという。
その月の12日、東大構内で、全共闘系の学生と封鎖解除を主張する日本共産党系の学生が、大規模な武力衝突を起こし、楠本はその争いに巻き込まれた。顔面を数回にわたって殴打され、脳天に角材を振り下ろされて、頭蓋骨骨折の重傷を負った。
母親に病院を聞き出して見舞いに駆けつけたのだが、私は最初、病床を間違えたのか――と思った。
楠本の顔は、見るも無残に腫れ上がって、一見しただけでは、それが楠本であるとは判別できないほどだった。
「面目ない……」
包帯をグルグルに巻かれた顔の中から、いまにも塞がれてしまいそうな目が、それでも微笑みかけていた。
「また、見事にやられちまったもんだね。楠本クンがそんな武闘派だったとは、知らなかったよ」
「おい、からかわないでくれよ。これでも、ボクは、止めに入ったつもりだったんだよ、イテテ……」
しゃべると顔面筋が痛むというので、まず、要件だけを私がしゃべることにした。
デモは、12月の第2週を予定していること。各大学のキリスト教系サークルや主だった教会の青年会などに、署名活動への協力を求め、合わせてデモへの参加も呼びかけるチラシも配布予定であること。それと同時に、靖国問題を訴える講演会などを、いくつかのキャンパスで計画していること。
それらを報告すると、楠本は、ウンウンと満足そうにうなずいた。

「すまない。こんなざまじゃ、しばらく手伝えないけど、よろしく頼みます」
「気にせずに、ゆっくり養生することだよ。ついでに、この際、十分に罪を悔い改めておくことだね」
「オイ、ボクはキミほどの罪は犯してないつもりだぜ。それよりも……イテ……」
楠本が、時折、顔をしかめながら話したのは、京都のことだった。
関西のブント内では、いま、路線をめぐって激しい対立が起こっている。すぐにも武装闘争をエスカレートさせようというグループがいて、かなり過激な闘争を訴えている。
こないだ会った高城という男も、その渦中にいるようだ。
彼がどっちの路線に傾倒するのかは、いまの段階ではわからないが、もし上園クンが彼らと近しい関係にあるとしたら、少し、気をつけて見守ってあげたほうがいいんじゃないか――。
私と昌子の関係に、薄々、気づいているらしい楠本は、「余計なお世話かもしれないけど」と断わって、そんな話をしてくれた。
安田講堂の支援にやってきた高城とは、かなりの時間を一緒に過ごしたはずだから、私よりもよほど、その思想性や人物については把握しているはずだ。
その楠本が、わざわざ、高城の名を口にした。
もしかしたら、私が懸念している以上に、昌子は、危険な状況に置かれているのではないか――。
急に、胸の中がザワザワ……とし始めた。
⇒続きを読む
筆者の最新官能小説、電子書店から好評発売中です!
盆になると、男たちがクジで「かか」を交換し合う。
明治半ばまで、一部の地域で実際に行われていた
「盆かか」と呼ばれる風習。本作品は、その風習を
題材に描いた官能フィクションです。
与一の新婚の妻・妙も、今年は、クジの対象になる。
クジを引き当てたのは、村いちばんの乱暴者・権太。
三日間を終えて帰って来た妙は、その夜から、
様子が変わった。その変化に戸惑う与一は、
ある日、その秘密を知った??。
筆者初の官能作品、どうぞお愉しみください。
2020年9月発売 定価:200円 発行/虹BOOKS
⇒Kindle から読むには、ここをクリック。
⇒BOOK☆WALKER から読むには、ここをクリック。
既刊本もどうぞよろしく 写真をクリックしてください。






明治半ばまで、一部の地域で実際に行われていた
「盆かか」と呼ばれる風習。本作品は、その風習を
題材に描いた官能フィクションです。
与一の新婚の妻・妙も、今年は、クジの対象になる。
クジを引き当てたのは、村いちばんの乱暴者・権太。
三日間を終えて帰って来た妙は、その夜から、
様子が変わった。その変化に戸惑う与一は、
ある日、その秘密を知った??。
筆者初の官能作品、どうぞお愉しみください。
2020年9月発売 定価:200円 発行/虹BOOKS
⇒Kindle から読むには、ここをクリック。
⇒BOOK☆WALKER から読むには、ここをクリック。
既刊本もどうぞよろしく 写真をクリックしてください。

管理人は、常に、フルマークがつくようにと、工夫して記事を作っています。
みなさんのひと押しで、喜んだり、反省したり……の日々です。
どうぞ正直な、しかしちょっぴり愛のこもった感想ポチをお願いいたします。
→この記事はためになった(FC2 恋愛)
→この記事に共感した(にほんぶろぐ村 恋愛)
→この記事は面白かった(人気ブログランキング 恋愛)
このテーマの記事一覧に戻る トップメニューに戻る
- 関連記事
-
- 緩い急行、遥かな愛〈31〉恋敵のヒゲ面 (2021/11/06)
- 緩い急行、遥かな愛〈30〉 昌子の命令または懇願 (2021/10/31)
- 緩い急行、遥かな愛〈29〉 殺された神々 (2021/10/25)
テーマ : 恋愛小説~愛の挫折と苦悩
ジャンル : アダルト