緩い急行、遥かな愛〈25〉 野本クン、申し訳ないが幸せです

緩やかな急行、遥かな愛
1966~75
「急行霧島」が運んだ
「愛」と「時代」 第25章
革命かキスか? 昌子が発した問いに
答えを見つけられないまま、
私と昌子は東大の安田講堂に行った。
私たちを見て「オウ」と
声をかけてきた男がいた。K大の
学生寮で会った高城だった――。
答えを見つけられないまま、
私と昌子は東大の安田講堂に行った。
私たちを見て「オウ」と
声をかけてきた男がいた。K大の
学生寮で会った高城だった――。

前回から読みたい方は、こちらからどうぞ。
ここまでのあらすじ 横浜の大学から福岡へ帰省する私は、京都の女子大から鹿児島へ帰省する上園雅子と、「急行・霧島」で同席することになった。やがて迎える政治的激動の時代への序章。列車の中で私たちは、季節労働者に違いない赤鉢巻の男と同席するが、男が岡山で下車すると、私たちの距離は、少し縮まった山陽路の暗い闇を走る間、私たちは睡魔に襲われ、夢路の中で手をつなぎ合った。聖書を片手にしながら、大学の合唱団に所属する私と昌子。しかし、ふたりのキャンパスにも、静かに政治の風が吹き始めていた。ベトナムでは米軍の北爆が激しさを増し、各地で反戦運動が起こっていた。そんな中、私が所属する合唱団は演奏旅行をやることになり、その最終日、京都で昌子たちの合唱団とジョイントすることになった。「どうせだったら、京都で一泊すれば」と言い出したのは、昌子だった。昌子が手配した宿は、K大の学生寮だった。案内した高城は、昌子をオルグしようとしている高城という男だった。寮に着くと、高城は、「こんなの見たことあるか?」と、一冊の小冊子と酒を持って部屋にやって来た。「火炎瓶は投げるか、投げないか」をめぐって、私と高城は論争し、そのうち、私は酔いつぶれた。翌朝、迎えに来た昌子は、ふたりの酒を責め、翌日の京都見物を「哲学の道」の散策に切り替えた。「愛に思想は必要か?」と問う昌子と私は、鴨川の川辺で暮れなずむ京都の街を眺めながら、唇を重ね合った。 その秋、学生デモ隊がヘルメットを被り、角材を手に機動隊とぶつかり合う事件が起こり、京大生がひとり、命を落とした。一気に「政治化」するキャンパス。そんな中、キリスト教系学生の全国大会が開かれ、リベラル派と保守派がぶつかり合った。結局、大会は何も決められないまま終わったが、クリスマスイブに、関東では集会とデモが、関西ではクリスマスキャンドルの座り込みが計画された。私と昌子は、それぞれの行動の中でおたがいの名前を祈り合った。その年の暮れ、カウントダウンのチャリティのために「霧島」に乗れないという昌子を、私は教会に尋ねた。カウントダウンのキスの相手は、昌子だった。激動の1968年の朝が明けた。教会の集会室で眠る私の布団に潜り込んできた昌子と私は、初めて、体を重ね合った。時代は、変わりつつあった。日本でも、世界でも、若者たちが行動を起こし、私たちに「おまえはどうする?」と問いかけていた。その答えを見つけられないまま、私と昌子は、走る「霧島」の中で、たがいの体を求め合った。春になると、東大と日大がストに突入し、学園紛争の季節が始まった。そんなとき、昌子が上京してきた。昌子たちが応援している神村信平たちのフォーク・ライブを開くためだという。宿は、私の部屋だった。ドブ臭い運河の匂いが漂う四畳半で体を重ね合った私と昌子。昌子は、バリケード封鎖の始まった「東大」へ行ってみたいと言い出した。党派の旗が立ち並び、支援の学生たちが詰めかけたキャンパスで昌子が発した質問は、「革命か、キスかと言われたら、どっちを選ぶ?」だった――
あのとき、確信を持って「キスだよ」と答えていたら、私たちは、まったく違う別の人生を歩むことになったのだろうか――と、いまでも思うことがある。
もし、「革命だ!」と力強く答えていたら、何かが変わっただろうか――と、夢に見ることもある。
しかし、私は、どちらとも答えなかった。
いや、答えられなかった。
革命か、キスか? そもそも、その二者択一は正しいのかさえも……。
「革命しながらキスするか、キスしながら革命を考える。ボクには、それしか考えられない」
ほんとうは、《それしか考えられない》のではなくて、《そう考えるしかない》のだったが、《しかない》の理由は、昌子には言わないでおいた。
「でも……」
昌子は、砦と化した安田講堂の、その屋上でひらめく赤い旗を眺めながら、慎重に選んだ言葉を私に投げかけてきた。
「もしも……もしもよ、私があの中にいて、あなたがあの人たちと同じ立場をとることになったら……」
そう言いながら昌子が指差す先に、「封鎖解除」を訴えてビラを配る学生の集団がいた。
《もしも、私とあなたの考え方が、
バリケードの向こうとこちらに分かれてしまったら、
私たちはそれでも、
いまのように愛し合っていられるだろうか……》
昌子が手紙で書いてよこしたフレーズが、頭の中によみがえった。
「そうならないように、徹底的に話し合うしかない。もし、キミが、ボクが選ぼうとする道と反対の道を歩こうとしたら、ボクはキミを必死で説得するだろう。もし、ボクがキミと対立する考えを選ぼうとしたら、必死でボクを説得してほしい。愛し合うっていうことは、そういうことだと思うけど……」
前にも、そんな会話をどこかで交わしたような気がした。
熱を込めて呼びかける私の声に、「ウン……」と答えながら、昌子は私の腕をつかんだ手の指に力を込めた。
もし、「革命だ!」と力強く答えていたら、何かが変わっただろうか――と、夢に見ることもある。
しかし、私は、どちらとも答えなかった。
いや、答えられなかった。
革命か、キスか? そもそも、その二者択一は正しいのかさえも……。
「革命しながらキスするか、キスしながら革命を考える。ボクには、それしか考えられない」
ほんとうは、《それしか考えられない》のではなくて、《そう考えるしかない》のだったが、《しかない》の理由は、昌子には言わないでおいた。
「でも……」
昌子は、砦と化した安田講堂の、その屋上でひらめく赤い旗を眺めながら、慎重に選んだ言葉を私に投げかけてきた。
「もしも……もしもよ、私があの中にいて、あなたがあの人たちと同じ立場をとることになったら……」
そう言いながら昌子が指差す先に、「封鎖解除」を訴えてビラを配る学生の集団がいた。
《もしも、私とあなたの考え方が、
バリケードの向こうとこちらに分かれてしまったら、
私たちはそれでも、
いまのように愛し合っていられるだろうか……》
昌子が手紙で書いてよこしたフレーズが、頭の中によみがえった。
「そうならないように、徹底的に話し合うしかない。もし、キミが、ボクが選ぼうとする道と反対の道を歩こうとしたら、ボクはキミを必死で説得するだろう。もし、ボクがキミと対立する考えを選ぼうとしたら、必死でボクを説得してほしい。愛し合うっていうことは、そういうことだと思うけど……」
前にも、そんな会話をどこかで交わしたような気がした。
熱を込めて呼びかける私の声に、「ウン……」と答えながら、昌子は私の腕をつかんだ手の指に力を込めた。

「オウ、おふたりさんも、支援に来てくれたんか?」
後ろから不意に声をかけられた。
振り向くと、あの男がいた。
京都の学生寮で会った高城だった。
いったんは、機動隊によって強制排除された学生たちが、安田講堂を再占拠したのは、7月2日。東大に全学共闘会議が結成されたのは、7月5日だ。
それ以来、各地の大学から、全共闘を支持する学生たちが、続々と本郷キャンパスに集まりつつあった。
そうか。高城たちのグループも、全共闘支持に回ったのか……。
「まだ、支援するて、決めたわけちゃう……」と、昌子が答えると、
「わかった、わかった。秋吉クンはどないやねん?」と、高城は、今度は私の顔を見た。
「いまのところは、ただのシンパと表明しときましょう。しかし、この運動に党派が絡むことは、あんまり……」
言いかけたときに、後ろから「その通り」と声がした。
声の主を見て、私も、昌子も、「あっ」と声を挙げた。
全国キリスト者学生協議会で、私や昌子たちと一緒になって原理主義の一派と闘い、十二月には、一緒に「ベトナムに平和を」のデモを実行した野本だった。
その頭に、「全共闘」と大書した白ヘルメットが着用されているのを見て、私たちは、二度、驚いた。
「あ、これ? これは、ボクの実存的選択ってやつです」
照れくさそうに笑う顔に、私たちは、野本の心の葛藤を読み取り、そして、すべてを了解した。
「なんや。キミたち、面識があったんか?」
高城が、意外……という顔で、私たちと野本を交互に見やった。
「ああ、われわれは、十字架を背負った同志なんだ」
「なるほど。そういう関係か? どやろ? 彼らをバリケードの中に案内したら? たぶん、秋吉クン、キミらのキャンパスも、じきに同じことを経験することになると思うんや」
「そうだね。じゃ、みなさんをわれらが砦にご招待といきますか?」
私と昌子は、高城と野本の案内で安田講堂のバリケードの中に入った。
机やキャビネットを積み上げて、人ひとりがくぐり抜けるのがやっと……というふうに作り上げられた要塞。その中には、ピンと張り詰めた空気が漂っていた。
張り詰めてはいたが、悲壮感というのでもない。
われわれは、自らの行動を通して、新しい時代の精神を構築するのだ――その気概が漂ってくるような緊張感を感じて、私も昌子も、背中を何かが走り抜けるのを感じた。
「キミらも、ここに泊まり込んでいってええねんで。人手、足りんし……」
高城が冗談めかして言うのを、野本が制した。
「いや。キミたちは、キミたちのキャンパスで、取るべき行動を選択してください。これは、政治運動じゃない。自己改革を伴うトータルな社会運動の一環なんだから……」
野本の言葉は、おそらく、東大で起こっていることの本質を言い表しているだろう――と、私は思った。
そして、私たちはきっと、それほど遠くない将来、それぞれの生きる場所で、同じ問いを突きつけられることになるのだろう。
私と昌子は、ふたりに健闘を祈って、東大キャンパスを後にした。
後日、高城は京都に戻って、京都で東大の闘いを受け継いだ。
野本は、そのまま全共闘のメンバーとして安田講堂に立てこもりを続けたが、秋になって発生した、日本共産党系学生との武力衝突に巻き込まれ、頭部に傷を負って闘争の前線から退いた。

横浜に戻ると、「私、汗くさいでしょ?」という昌子を誘って、銭湯に出かけた。
「私、けっこう早いから、30分後でいい?」
女の風呂で30分は、けっこう早いんじゃないか。
案の定、私は、出口で彼女を待つことになった。
しかし、その時間は、私にとって、けっこう幸せな時間でもあった。
ふたりで風呂に出かけて、相手が出てくるのを待つ。
そうして待つ相手がいる。
それは、私にとっては、いつもうらやましく眺めていた「幸せの形」のひとつでもあった。
下宿から持ってきた石鹸箱を手に、タオルを首にかけて、夜空を見上げると、いつもはスモッグにかすんで見えるはずもない天の川が、うっすらと白い流れを見せていた。
その川をはさんで、夏の夜の大三角形が、鮮やかな煌きを放っている。中でもいちばん好きな、白鳥座のデネヴが、ひときわ明るく輝いて見えた。
「ごめ~ん。待たせちゃったね」
あわてて銭湯を飛び出してきた昌子が、出てくるなり、私の腕にしがみついてきた。
その体から立ち上ってくる洗い立ての石鹸の匂い。
私は、その体を抱き寄せた。
野本クン。
申し訳ない。
私は、いま、ちょっぴり、ありふれた幸せに浸りそうになってます――。
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「盆かか」と呼ばれる風習。本作品は、その風習を
題材に描いた官能フィクションです。
与一の新婚の妻・妙も、今年は、クジの対象になる。
クジを引き当てたのは、村いちばんの乱暴者・権太。
三日間を終えて帰って来た妙は、その夜から、
様子が変わった。その変化に戸惑う与一は、
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