緩い急行、遥かな愛〈21〉 揺れる東大、怒る日大



追憶   連載小説 
 緩やかな急行、遥かな愛
  1966~75
 「急行霧島」が運んだ
 「愛」と「時代」
  第21章 

もしも私たちの考えがバリケードの
内と外に分かれてしまったら……。
その年の春頃から昌子の手紙に
そんな不安が綴られるようになった。
東大は揺れ、日大は燃え、学園が
騒がしくなり始めた季節だった――。

157 この話は連載22回目です。この話を最初から読みたい方は、こちらから、
前回から読みたい方は、こちらからどうぞ。
 ここまでのあらすじ  横浜の大学から福岡へ帰省する私は、京都の女子大から鹿児島へ帰省する上園雅子と、「急行・霧島」で同席することになった。やがて迎える政治的激動の時代への序章。列車の中で私たちは、季節労働者に違いない赤鉢巻の男と同席するが、男が岡山で下車すると、私たちの距離は、少し縮まった山陽路の暗い闇を走る間、私たちは睡魔に襲われ、夢路の中で手をつなぎ合った。聖書を片手にしながら、大学の合唱団に所属する私と昌子。しかし、ふたりのキャンパスにも、静かに政治の風が吹き始めていた。ベトナムでは米軍の北爆が激しさを増し、各地で反戦運動が起こっていた。そんな中、私が所属する合唱団は演奏旅行をやることになり、その最終日、京都で昌子たちの合唱団とジョイントすることになった。「どうせだったら、京都で一泊すれば」と言い出したのは、昌子だった。昌子が手配した宿は、K大の学生寮だった。案内した高城は、昌子をオルグしようとしている高城という男だった。寮に着くと、高城は、「こんなの見たことあるか?」と、一冊の小冊子と酒を持って部屋にやって来た。「火炎瓶は投げるか、投げないか」をめぐって、私と高城は論争し、そのうち、私は酔いつぶれた。翌朝、迎えに来た昌子は、ふたりの酒を責め、翌日の京都見物を「哲学の道」の散策に切り替えた。「愛に思想は必要か?」と問う昌子と私は、鴨川の川辺で暮れなずむ京都の街を眺めながら、唇を重ね合った。 その秋、学生デモ隊がヘルメットを被り、角材を手に機動隊とぶつかり合う事件が起こり、京大生がひとり、命を落とした。一気に「政治化」するキャンパス。そんな中、キリスト教系学生の全国大会が開かれ、リベラル派と保守派がぶつかり合った。結局、大会は何も決められないまま終わったが、クリスマスイブに、関東では集会とデモが、関西ではクリスマスキャンドルの座り込みが計画された。私と昌子は、それぞれの行動の中でおたがいの名前を祈り合った。その年の暮れ、カウントダウンのチャリティのために「霧島」に乗れないという昌子を、私は教会に尋ねた。カウントダウンのキスの相手は、昌子だった。激動の1968年の朝が明けた。教会の集会室で眠る私の布団に潜り込んできた昌子と私は、初めて、体を重ね合った。時代は、変わりつつあった。日本でも、世界でも、若者たちが行動を起こし、私たちに「おまえはどうする?」と問いかけていた。その答えを見つけられないまま、私と昌子は、走る「霧島」の中で、たがいの体を求め合った――



《もしも、もしも……。
最近、私はその問いを自分に投げかけては、
夜も眠れなくなってしまいます。
もしも、私とあなたの考え方が、
バリケードの向こうとこちらに分かれてしまったら、
私たちはそれでも、
いまのように愛し合っていられるだろうか……》

 昌子からの手紙に、そんな不安が綴られるようになったのは、春休みが終わり、ボクたちがどちらも3年生(昌子は3回生)に進級して、5月の連休を終えた頃からだった。
 その頃から、にわかに学園内が騒がしくなり始めた。
 東大の医学部でくすぶり始めた学園紛争の火種は、少しずつ、各地の大学に広がりつつあった。
 東大で問題になっていることは、実は、自分たちの大学にも存在する。そのことに、学生たちが意識を向け始めたのが、理由のひとつだった。東大医学部の紛争は、そのきっかけになったにすぎない。
 大学によって、紛争のテーマはいろいろだったが、その根っこにある問題は、共通だった。
 高度成長の中で、それまでの「リベラル・アーツ(自由な学問)」から、産業界が求める「実学(すぐに役立つ学問)」へと、大学のあり方が変わろうとしていたこと。
 もうひとつは、にもかかわらず、大学を支配していたのが、旧態依然とした官僚体質であったこと。
 学生たちは、主にはその2つに反発して、自分たちの学園の問題点を抉り出し、学校当局と激しく対立したのだった。

          クローバー

 そこへ降って湧いたのが、日大の問題だった。
 1月に、理工学部教授の裏口入学あっせんに絡む脱税事件が問題になっていたところへ、5月になって、東京国税局によって22億円の使途不明金の所在が指摘され、学生たちの怒りが爆発した。
 5月23日には、約2000人の学生たちがデモを行ったが、これに対して大学側は校舎をロックアウト(校舎を閉めて学生たちを閉め出す)し、体育会系学生たちを使って暴力的な集会妨害などを行ったため、学生たちの怒りに火が点き、ついに「日大全共闘」が結成された。
 あの日大までが――は、ボクたちに少なからぬショックを与えた。
 それまで、ボクたちの頭の中にあった「日大」のイメージは、「右翼的体質の理事会に牛耳られるマッチョ系の大学」だった。
 学生には自治権など認められず、少しでも理事会を批判しようなどという学生の動きがあると、大学側の傭兵として機能していた体育会系の学生や右翼が飛んできて、暴力で押し潰す、そんなキャンパスだと思っていた。
 実際、6月に入って開かれた学生集会には、大学側に雇われた右翼などが乱入して、学生200人以上が負傷した。
 ついに、学生たちの怒りは頂点に達して、全学無期限ストに突入。全共闘に終結した学生たちは、校舎を占拠してバリケード封鎖した。

 東大でも、6月15日に、医学部学生らによる安田講堂占拠事件が発生するが、これに対して大学当局がただちに機動隊を導入、占拠学生たちを排除したため、学生たちの怒りは全学部に波及した。
 7学部が無期限ストに突入して、7月には安田講堂を再び占拠。日大に続いて、東大でも「全学共闘会議」が結成された。

           クローバー

 日大闘争と東大闘争。 
 その闘いの性質は、大きく異なっていたが、ボクたちに与えた影響という点では、共通だった。
 ベトナム戦争も、エンタープライズの佐世保寄航も、王子野戦病院も、そして三里塚も、ボクたちに問題を突きつけ、「おまえはどうする?」と問いかけてくる大きなテーマではあったが、まだ、「遠くの火事」だった。
 しかし、そこで巻き起こった2つの学園闘争は、その火事が自分たちの足元で起こっていることでもある――と意識させる出来事だった。
 政治と社会の問題は、遠く離れて「赤か、青か」のボタンを押していればすむ問題ではなく、行動としてどちらかを選ぶしかない問題になった。
 日大と東大で起こったことには、そういう意味があった。

 もし、あなたと私が、
 バリケードの向こうとこっちに分かれることになったら……

 昌子が手紙に書き綴った不安の意味も、そこにあった。
 昌子のキャンパスは、ミッション系の女子大なので、バリケード封鎖などという事態にはなりそうもないが、系列の共学校では、すでに紛争の火種がくすぶり始めていた。
 それに、昌子が頻繁に訪れているらしいK大では、寮の自治権などをめぐって、当局と学生、学生のセクト(党派)同士の間で、激しい争いが繰り広げられていた。
 京都で一宿の世話になったときのあの男、確か……高城と言ったか。
 あのときの口ぶりからすると、きっと、彼は、ブント(共産主義者同盟)の流れをくむ党派のどこかに属しているに違いない。ヘルメットの色で言うなら、赤ヘルだ。
 ブントは、60年安保闘争で敗北して以来、何度も分裂を繰り返しては統一を試みてきた。確か、関西ブントは、その路線をめぐって、いまも内部対立が続いているはずだ。その中には、激しく軍事路線を主張している一派もいる。
 寮でボクに『武装闘争要綱』を見せたときの、高城の顔が、一瞬、頭に浮かんだ。
 昌子が口にする「不安」の陰に、高城たちの影響がチラついて、ボクは一瞬、身震いした。
 昌子が選択を迫られている問題は、ボクが想像しているよりも、はるかに深刻なのかもしれない――。

           クローバー

 そんなときだった。
 昌子から、一通のハガキが届いた。

《突然、東京に行くことになりました。
できれば、秋吉クンのところに泊めてもらいたいのだけど、
メイワクですか?
着いたら、下宿のほうに電話しますね》

 突然の上京の目的が何であるかも、ひとりで来るのか、だれかと一緒なのかも、ハガキには書いてなかった。
 ハガキが届いたのは、7月に入って第2週目。
 安田講堂の占拠が始まって4、5日目のことだった。
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