緩い急行、遥かな愛〈19〉 愛し方も知らないままに

緩やかな急行、遥かな愛
1966~75
「急行霧島」が運んだ
「愛」と「時代」 第19章
私たちは20歳になったばかりだった。
そこは教会の集会室。私たちは、
愛し方も知らないまま、体を重ね、
そして結ばれた。その瞬間、私は、
だれもいない教会で、オルガンが
鳴らす賛美歌の音を聞いた――。
そこは教会の集会室。私たちは、
愛し方も知らないまま、体を重ね、
そして結ばれた。その瞬間、私は、
だれもいない教会で、オルガンが
鳴らす賛美歌の音を聞いた――。

前回から読みたい方は、こちらからどうぞ。
ここまでのあらすじ 横浜の大学から福岡へ帰省する私は、京都の女子大から鹿児島へ帰省する上園雅子と、「急行・霧島」で同席することになった。やがて迎える政治的激動の時代への序章。列車の中で私たちは、季節労働者に違いない赤鉢巻の男と同席するが、男が岡山で下車すると、私たちの距離は、少し縮まった山陽路の暗い闇を走る間、私たちは睡魔に襲われ、夢路の中で手をつなぎ合った。聖書を片手にしながら、大学の合唱団に所属する私と昌子。しかし、ふたりのキャンパスにも、静かに政治の風が吹き始めていた。ベトナムでは米軍の北爆が激しさを増し、各地で反戦運動が起こっていた。そんな中、私が所属する合唱団は演奏旅行をやることになり、その最終日、京都で昌子たちの合唱団とジョイントすることになった。「どうせだったら、京都で一泊すれば」と言い出したのは、昌子だった。昌子が手配した宿は、K大の学生寮だった。案内した高城は、昌子をオルグしようとしている高城という男だった。寮に着くと、高城は、「こんなの見たことあるか?」と、一冊の小冊子と酒を持って部屋にやって来た。「火炎瓶は投げるか、投げないか」をめぐって、私と高城は論争し、そのうち、私は酔いつぶれた。翌朝、迎えに来た昌子は、ふたりの酒を責め、翌日の京都見物を「哲学の道」の散策に切り替えた。「愛に思想は必要か?」と問う昌子と私は、鴨川の川辺で暮れなずむ京都の街を眺めながら、唇を重ね合った。 その秋、学生デモ隊がヘルメットを被り、角材を手に機動隊とぶつかり合う事件が起こり、京大生がひとり、命を落とした。一気に「政治化」するキャンパス。そんな中、キリスト教系学生の全国大会が開かれ、リベラル派と保守派がぶつかり合った。結局、大会は何も決められないまま終わったが、クリスマスイブに、関東では集会とデモが、関西ではクリスマスキャンドルの座り込みが計画された。私と昌子は、それぞれの行動の中でおたがいの名前を祈り合った。その年の暮れ、カウントダウンのチャリティのために「霧島」に乗れないという昌子を、私は教会に尋ねた。カウントダウンのキスの相手は、昌子だった。激動の1968年の朝が明けた。教会の集会室で眠る私の布団に潜り込んできた昌子と私は、初めて、体を重ね合った――
新約聖書は、隅から隅まで読んで、どこに何が書いてあるか、空で言えるほどだったし、マルクスが『共産党宣言』で何を訴えているかも熟知していたし、ベトナム戦争が何のために引き起こされ、アジアの片隅でアメリカの野望がどんなふうに牙をむいているかについても、私たちは、十分すぎるほどの知識を身に着けていた。
愛が、ほんとうはどんなものであるべきかについても、私と昌子の理解は、ほとんど共通していた。
しかし、私たちが知らないことが、ひとつだけあった。
この小さな愛に「肉体」を与えるために、何をどうすればいいのか?
私も、昌子も、そのことについては、まったくの無知だった。
「あ、そこ、違うみたいよ……もうちょっと上のほうだと思う……」
「ここ? ここでいいの?」
「あっ……」
「どうした?」
「ちょっと……痛かった」
「止めようか……?」
「ううん、大丈夫。たぶん、そこでいいと思うけど……ちょっと待って」
「どうしたの?」
「何か敷かなくちゃ……。シーツ汚したら、牧師夫人にバレてしまうでしょ」
昌子は、旅行カバンの中からタオルを取り出して、それをシーツの上に敷き、その上に慎重に体を横たえた。
一糸まとわず横たわる昌子の姿を、私は改めて「美しい」と思った。
ほどよくふくらんだ昌子の胸の頂では、イチジク色のつぼみが天に向かって硬く芽を尖らせていた。ふくよかなふくらみは、なだらかな曲線を描きながら、その高まりの一部を彼女の脇にあふれさせていた。
たわわに成りあふれたふくらみは、一気に収束して、引き締まった腹部へと連なり、豊かな骨盤の広がりに導かれて、再び扇のように広がり、豊穣のデルタを形成していた。
その豊かな開放に、私は目を奪われた。
開放されたデルタの中央でそよぐ淡い茂みに、情念を揺すぶられた。
昌子は両手を差し伸べて、私の体を呼んだ。
精緻な造形物を傷つけないように――と、そっと体を重ねると、昌子は差し伸べた腕を私の背中の上で閉じ、ありったけの力を込めて私の全身を抱き寄せた。
「一度も言ったことなかったから、いま言うね。あなたを、愛してる……」
「ボクも、毎日、空に向かってつぶやいてた言葉を、いま言う。キミを愛してる……」
言葉を口にしたとたん、愛は熱情となって、私の体をみなぎらせた。
その熱を、昌子が体の内からあふれさせて用意した甘い蜜が導くままに、昌子の体の中に送り込んだ。
間違いなく、そこは、昌子がそれを受け入れるために、20年間、守り続けてきた場所だった。
「い・た・い……」
昌子は小さな悲鳴を挙げたが、その悲鳴は、昌子の瞳に広がる喜びの色にたちまち打ち消された。
ぎこちなく、しかし、熱く、深く、私たちは結ばれ、そして驚くほどあっけなく、その儀式は終了した。
私は、1ヶ月前の十二月の初めに、昌子はそれより2週間遅く十二月の中旬に、20歳を迎えたばかりだった。
愛が、ほんとうはどんなものであるべきかについても、私と昌子の理解は、ほとんど共通していた。
しかし、私たちが知らないことが、ひとつだけあった。
この小さな愛に「肉体」を与えるために、何をどうすればいいのか?
私も、昌子も、そのことについては、まったくの無知だった。
「あ、そこ、違うみたいよ……もうちょっと上のほうだと思う……」
「ここ? ここでいいの?」
「あっ……」
「どうした?」
「ちょっと……痛かった」
「止めようか……?」
「ううん、大丈夫。たぶん、そこでいいと思うけど……ちょっと待って」
「どうしたの?」
「何か敷かなくちゃ……。シーツ汚したら、牧師夫人にバレてしまうでしょ」
昌子は、旅行カバンの中からタオルを取り出して、それをシーツの上に敷き、その上に慎重に体を横たえた。
一糸まとわず横たわる昌子の姿を、私は改めて「美しい」と思った。
ほどよくふくらんだ昌子の胸の頂では、イチジク色のつぼみが天に向かって硬く芽を尖らせていた。ふくよかなふくらみは、なだらかな曲線を描きながら、その高まりの一部を彼女の脇にあふれさせていた。
たわわに成りあふれたふくらみは、一気に収束して、引き締まった腹部へと連なり、豊かな骨盤の広がりに導かれて、再び扇のように広がり、豊穣のデルタを形成していた。
その豊かな開放に、私は目を奪われた。
開放されたデルタの中央でそよぐ淡い茂みに、情念を揺すぶられた。
昌子は両手を差し伸べて、私の体を呼んだ。
精緻な造形物を傷つけないように――と、そっと体を重ねると、昌子は差し伸べた腕を私の背中の上で閉じ、ありったけの力を込めて私の全身を抱き寄せた。
「一度も言ったことなかったから、いま言うね。あなたを、愛してる……」
「ボクも、毎日、空に向かってつぶやいてた言葉を、いま言う。キミを愛してる……」
言葉を口にしたとたん、愛は熱情となって、私の体をみなぎらせた。
その熱を、昌子が体の内からあふれさせて用意した甘い蜜が導くままに、昌子の体の中に送り込んだ。
間違いなく、そこは、昌子がそれを受け入れるために、20年間、守り続けてきた場所だった。
「い・た・い……」
昌子は小さな悲鳴を挙げたが、その悲鳴は、昌子の瞳に広がる喜びの色にたちまち打ち消された。
ぎこちなく、しかし、熱く、深く、私たちは結ばれ、そして驚くほどあっけなく、その儀式は終了した。
私は、1ヶ月前の十二月の初めに、昌子はそれより2週間遅く十二月の中旬に、20歳を迎えたばかりだった。

私たちは、そこが教会の集会室であることを、しばらくの間、忘れていた。
「こんなとこでしちゃって、私たち、罰が当たるわね」
私の体の下で、目を潤ませた昌子が、私の胸を人差し指で突つきながら言った。
その目の縁から流れ落ちるものを指でぬぐってあげながら、私は首を振った。
「罰を与える神なんて、新約聖書の中には登場しないよ。それどころか、ボクたちはきっと、祝福されてると思う。なんだか、そんな気がする。さっき、頭の中に頌栄(しょうえい)のメロディが聞こえてたもん」
「何番……?」
「542番」
「私も聞こえてた。私は、567番の四唱……」
「ヘェ、そっちのほうが厳かだね」
私たちが、初めてその愛を肉体化した1968年1月1日、月曜日の教会は、シーンと静まり返っていた。
しかし、私たちは心の耳で聴いた。
だれも弾く人間などいないはずのオルガンが、いつも礼拝の最後に演奏される567番の第四唱を、厳かに奏でる音を――。
私と昌子は、何の痕跡も残らないように、集会室の夜具をきれいに片づけ、まだ眠っているだろう落合牧師を起こさないように、お礼の手紙をポストに残して、教会を後にした。
しばらく、京都の街をぶらつき、それから「霧島」に乗った。
それが、ふたりにとって4回目の「霧島」ランデブーだった。

冬休みが明けてほどなく、私たちの周辺に次々とニュースが飛び込んできた。
まず、後に全国に広がる「全共闘」運動の着火点となった、東大の医学部紛争が勃発した。インターン制度を登録医制度に変えようとする当局と学生側が衝突し、医学部が無期限ストに突入した。
ベトナムでは、解放戦線と北ベトナムが、米軍に対してテト(旧正月)攻勢を仕掛け、それに応じる米軍との間で大規模な戦闘が繰り返された。
そんな中、米第7艦隊の原子力空母「エンタープライズ」が佐世保に寄航することになって、それに反対する学生・市民と機動隊の間で、市街戦さながらの衝突が繰り返された。
「霧島」は、「雲仙・西海」と共に、佐世保に向かう過激派学生たちを運ぶ役目を果たすことになった。
学園の中では、ヘルメットを被る学生の数が、日に日に増えていった。
サークルの中でも、ゼミの教室でも、食堂の中でも、学生が何人か集まれば、必ずと言っていいほど、「政治と革命」が語られた。
そういう話にまったく興味を示さない学生(ノンポリ)もいたが、そういうノンポリ層と多少なりとも問題意識を抱えて政治を語る学生たちの距離は、どんどん開いていった。
「あいつ、ノンポリだから」は、「付き合うに値しないやつ」と同義で使われるようにもなった。
政治を語る学生たちの層は、大きく4つに分かれた。
第1のグループは、ヘルメット・角材に象徴される「過激派」と称されるグループで、その大半は、当時「三派全学連」と呼ばれた、革共同中核派(白ヘル)、社学同(赤ヘル)、社青同解放派(青ヘル)に所属するか、そのシンパ層から成っていた。
第2のグループは、日本共産党系の「民青(民主青年同盟)」に所属、またはそのシンパ層から成り立つグループで、こちらは、当時、日本共産党が提唱していた「民主連立政権」構想にしたがって、主に大衆行動や選挙運動によって、社会の変革を目指そうとしていた。
第3のグループは、「ベ平連(ベトナムに平和を市民連合)」などに共感して、市民運動を通して政治に関与しようとするグループだった。
第4のグループは、右寄りのグループ。主に、体育会などのメンバーを中心に、国家主義寄りの政治思想を掲げて、スト派の学生たちと激しく対立した。
第1のグループと第2のグループ、第1のグループと第4のグループは、あらゆる場面で対立し、ときにはそれが血の抗争事件となることもあった。
私や昌子の立ち位置は、微妙だった。
政治思想的には、第1のグループに共感を抱きつつも、行動的には第3のグループに近い――という立場をとるしかなかったが、その立場は、常に揺れ動いていた。
私も、昌子も、そんな時代の渦の中に、自分の精神を投げ込むしかなかった。
投げ込んだ結果、どうなるのか?
その答えを、私も、そして昌子も、まだ知らなかった。
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