緩い急行、遥かな愛〈18〉 砂漠の略奪

緩やかな急行、遥かな愛
1966~75
「急行霧島」が運んだ
「愛」と「時代」 第18章
カウントダウンパーティが終わる頃、
1968年の最初の朝が、明けていた。
私は教会の2階の集会室で、その年、
最初の眠りを眠った。その布団に、
昌子が潜り込んできて、
私たちは体を重ね合った――。
1968年の最初の朝が、明けていた。
私は教会の2階の集会室で、その年、
最初の眠りを眠った。その布団に、
昌子が潜り込んできて、
私たちは体を重ね合った――。

前回から読みたい方は、こちらからどうぞ。
ここまでのあらすじ 横浜の大学から福岡へ帰省する私は、京都の女子大から鹿児島へ帰省する上園雅子と、「急行・霧島」で同席することになった。やがて迎える政治的激動の時代への序章。列車の中で私たちは、季節労働者に違いない赤鉢巻の男と同席するが、男が岡山で下車すると、私たちの距離は、少し縮まった山陽路の暗い闇を走る間、私たちは睡魔に襲われ、夢路の中で手をつなぎ合った。聖書を片手にしながら、大学の合唱団に所属する私と昌子。しかし、ふたりのキャンパスにも、静かに政治の風が吹き始めていた。ベトナムでは米軍の北爆が激しさを増し、各地で反戦運動が起こっていた。そんな中、私が所属する合唱団は演奏旅行をやることになり、その最終日、京都で昌子たちの合唱団とジョイントすることになった。「どうせだったら、京都で一泊すれば」と言い出したのは、昌子だった。昌子が手配した宿は、K大の学生寮だった。案内した高城は、昌子をオルグしようとしている高城という男だった。寮に着くと、高城は、「こんなの見たことあるか?」と、一冊の小冊子と酒を持って部屋にやって来た。「火炎瓶は投げるか、投げないか」をめぐって、私と高城は論争し、そのうち、私は酔いつぶれた。翌朝、迎えに来た昌子は、ふたりの酒を責め、翌日の京都見物を「哲学の道」の散策に切り替えた。「愛に思想は必要か?」と問う昌子と私は、鴨川の川辺で暮れなずむ京都の街を眺めながら、唇を重ね合った。 その秋、学生デモ隊がヘルメットを被り、角材を手に機動隊とぶつかり合う事件が起こり、京大生がひとり、命を落とした。一気に「政治化」するキャンパス。そんな中、キリスト教系学生の全国大会が開かれ、リベラル派と保守派がぶつかり合った。結局、大会は何も決められないまま終わったが、クリスマスイブに、関東では集会とデモが、関西ではクリスマスキャンドルの座り込みが計画された。私と昌子は、それぞれの行動の中でおたがいの名前を祈り合った。その年の暮れ、カウントダウンのチャリティのために「霧島」に乗れないという昌子を、私は教会に尋ねた。カウントダウンのキスの相手は、昌子だった――
カウントダウン・パーティとバザールを終え、会堂をすっかり片づけ終わる頃には、1968年の最初の朝が、白々と明け始めていた。
その1年が、どんな波乱に満ちた1年になるか、その結果、どれだけの若者の人生が岐路に立たされることになるか――そのとき、私も、昌子も、まだ予想さえできていなかった。
「秋吉クン、疲れたでしょう。会堂の2階に集会用の部屋がありますから、そちらで休んでください。あ、よかったら、牧師館のほうでシャワーでも浴びて。どうせ、出発は夕方でしょ? それまでゆっくりしていけばいいです」
昌子はどうするんだろう?
キョロキョロしていると、牧師がニヤリと笑って、ゆっくり首を振った。
「いくら、あなたと昌子クンでも、ここで一緒に寝てもらうというわけにはいかないんですよ」
「そんなこと、考えてもみませんでした」
「そうでしょう、そうでしょう。彼女も、あなたはそういう人間ではない、と言ってました。でも、これだけはお教えしておきましょう」
「何ですか?」
「さっき、あなたが屋根に上ったとき、彼女は言ったんですよ。無事にミッションを終えて、あなたが地上に降りてきたら、彼女、その十字架に向かって祈るって……」
「何を祈ったんだろ……?」
「この人と、一生、一緒に生きていけますように――じゃないですか。その気持ちだけは、汲んであげてくださいね。あ、そうそう。彼女、一度、寄宿舎に戻って、荷物をまとめて、あなたを迎えに来るそうです。一緒に『霧島』に乗るんでしょ?」
「ハイ。『霧島』は、ボクたちをめぐり合わせ、育ててくれた急行ですから」
「では、素敵な旅を。昌子クンからは、ゆっくり寝かせてあげてくれと頼まれてますから、私も、お邪魔しないことにします」
落合牧師も、睡魔に襲われているのだろう。言いながら、口の奥であくびをかみ殺していた。
私は、牧師館でシャワーを借り、着替えをすませて、牧師夫人が集会室に用意してくれた夜具に、体を潜り込ませた。
人っ子ひとりいなくなった会堂の、静まり返った空気が、全身をやさしく包み込んでくれているような気がした。とてつもなく大きなものに包まれている安心感を感じて、私はたちまち、深い眠りに落ちていった。

夢を、見た。
オリーブ色の水が流れる、大きな川のほとり。
長いひげを生やした男が、白い布を体に巻きつけ、杖を手に、腰まで川の水に浸かって天を指差していた。
川の周りは、黄土色の、乾燥した砂の土手で、そこにとりどりの色の布を身にまとった男や女、老人や若者たちが、川のひげの男を見ながら、何やらざわめき合っているのだが、何を言っているのかは、ボクにはわからない。
その群集の中から、ひとりの裸足の女が現れて、流れの縁に向かって歩き始めた。
全身を純白の布で包んだ女は、そのまま、ズブズブと流れの中に入って行き、ひげの男のそばまで行くと、水に体を浸すようにひざまずいて、両手を胸の前で合わせた。
天を指差していた男は、その手を女の頭の上にかざして何事か唱えると、川の水をひとすくい手にとって、それを女の頭に降り注ぐ。
土手の群集から、喚声が起こった。
女は、ひげの男に深々と頭を下げ、水から上がって、熱い砂の上を私のほうへ歩いてくる。
水に濡れた純白の布は、彼女の体にピッタリと貼り付き、その肌の色を浮き上がらせている。
濡れた白布の下から浮き出て見える乳房の形、下腹に透けて見える黒い翳り。
雲ひとつない紺碧の空から、ジリジリと照りつける太陽。その下で焼ける砂。その上に小さな足跡を残しながら近づいて来た女は、私の前まで来ると、顔を覆っていた白い布を解いた。

昌子……。
私がその肩に手を置いて、抱き寄せようとしたときだった。
土手の上から、砂煙を上げながら駆けてくる数頭の騎馬の姿が見えた。
騎乗しているのは、銀色の兜をかぶり、鋼鉄の胸当てをつけてサーベルを振り回す騎兵だった。
騎馬はふたりの前まで駆け寄ると、そのうちのニ騎が、昌子の両脇に近づき、昌子の腕をもぎ取った。
「ノーッ! 止めてェ―ッ!」
その手を振り解こうともがく昌子。しかし、騎兵は、そのまま、馬の尻にムチをくれる。
昌子の体は、二本の腕を男たちに奪われたまま、砂の上を引きずられていく。
「助けてェ――ッ!」
「待て。オイ、止めろ――ッ!」
後を追おうとする私の足は砂にとられて、少しも前に進まない。
昌子と騎兵たちの姿は、たちまち土手を越え、荒地の彼方に小さくなっていく。その遥か向こうに、朦々と黒い煙が立ち込めているのが見えた。
「昌子――ッ!」
私はあらん限りの力で叫んでいるのだが、その声は、青い空に吸い取られるだけで、彼女には届かない――。
その1年が、どんな波乱に満ちた1年になるか、その結果、どれだけの若者の人生が岐路に立たされることになるか――そのとき、私も、昌子も、まだ予想さえできていなかった。
「秋吉クン、疲れたでしょう。会堂の2階に集会用の部屋がありますから、そちらで休んでください。あ、よかったら、牧師館のほうでシャワーでも浴びて。どうせ、出発は夕方でしょ? それまでゆっくりしていけばいいです」
昌子はどうするんだろう?
キョロキョロしていると、牧師がニヤリと笑って、ゆっくり首を振った。
「いくら、あなたと昌子クンでも、ここで一緒に寝てもらうというわけにはいかないんですよ」
「そんなこと、考えてもみませんでした」
「そうでしょう、そうでしょう。彼女も、あなたはそういう人間ではない、と言ってました。でも、これだけはお教えしておきましょう」
「何ですか?」
「さっき、あなたが屋根に上ったとき、彼女は言ったんですよ。無事にミッションを終えて、あなたが地上に降りてきたら、彼女、その十字架に向かって祈るって……」
「何を祈ったんだろ……?」
「この人と、一生、一緒に生きていけますように――じゃないですか。その気持ちだけは、汲んであげてくださいね。あ、そうそう。彼女、一度、寄宿舎に戻って、荷物をまとめて、あなたを迎えに来るそうです。一緒に『霧島』に乗るんでしょ?」
「ハイ。『霧島』は、ボクたちをめぐり合わせ、育ててくれた急行ですから」
「では、素敵な旅を。昌子クンからは、ゆっくり寝かせてあげてくれと頼まれてますから、私も、お邪魔しないことにします」
落合牧師も、睡魔に襲われているのだろう。言いながら、口の奥であくびをかみ殺していた。
私は、牧師館でシャワーを借り、着替えをすませて、牧師夫人が集会室に用意してくれた夜具に、体を潜り込ませた。
人っ子ひとりいなくなった会堂の、静まり返った空気が、全身をやさしく包み込んでくれているような気がした。とてつもなく大きなものに包まれている安心感を感じて、私はたちまち、深い眠りに落ちていった。

夢を、見た。
オリーブ色の水が流れる、大きな川のほとり。
長いひげを生やした男が、白い布を体に巻きつけ、杖を手に、腰まで川の水に浸かって天を指差していた。
川の周りは、黄土色の、乾燥した砂の土手で、そこにとりどりの色の布を身にまとった男や女、老人や若者たちが、川のひげの男を見ながら、何やらざわめき合っているのだが、何を言っているのかは、ボクにはわからない。
その群集の中から、ひとりの裸足の女が現れて、流れの縁に向かって歩き始めた。
全身を純白の布で包んだ女は、そのまま、ズブズブと流れの中に入って行き、ひげの男のそばまで行くと、水に体を浸すようにひざまずいて、両手を胸の前で合わせた。
天を指差していた男は、その手を女の頭の上にかざして何事か唱えると、川の水をひとすくい手にとって、それを女の頭に降り注ぐ。
土手の群集から、喚声が起こった。
女は、ひげの男に深々と頭を下げ、水から上がって、熱い砂の上を私のほうへ歩いてくる。
水に濡れた純白の布は、彼女の体にピッタリと貼り付き、その肌の色を浮き上がらせている。
濡れた白布の下から浮き出て見える乳房の形、下腹に透けて見える黒い翳り。
雲ひとつない紺碧の空から、ジリジリと照りつける太陽。その下で焼ける砂。その上に小さな足跡を残しながら近づいて来た女は、私の前まで来ると、顔を覆っていた白い布を解いた。

昌子……。
私がその肩に手を置いて、抱き寄せようとしたときだった。
土手の上から、砂煙を上げながら駆けてくる数頭の騎馬の姿が見えた。
騎乗しているのは、銀色の兜をかぶり、鋼鉄の胸当てをつけてサーベルを振り回す騎兵だった。
騎馬はふたりの前まで駆け寄ると、そのうちのニ騎が、昌子の両脇に近づき、昌子の腕をもぎ取った。
「ノーッ! 止めてェ―ッ!」
その手を振り解こうともがく昌子。しかし、騎兵は、そのまま、馬の尻にムチをくれる。
昌子の体は、二本の腕を男たちに奪われたまま、砂の上を引きずられていく。
「助けてェ――ッ!」
「待て。オイ、止めろ――ッ!」
後を追おうとする私の足は砂にとられて、少しも前に進まない。
昌子と騎兵たちの姿は、たちまち土手を越え、荒地の彼方に小さくなっていく。その遥か向こうに、朦々と黒い煙が立ち込めているのが見えた。
「昌子――ッ!」
私はあらん限りの力で叫んでいるのだが、その声は、青い空に吸い取られるだけで、彼女には届かない――。

「どうしたの?」
間近で呼びかける声がして、目を覚ますと、そこは、会堂の屋根裏にしつらえられた集会室の中だった。
寝返りを打つ私の腕と肩に、何かやわらかいものが触れた。
「エッ! どうしてここに?」
「エヘヘ……ちょっと早めに来ちゃった」
武装した騎兵の集団に連れ去られたはずの昌子が、Tシャツと下着だけの姿で私の布団の中にいて、男たちにもぎ取られたはずの腕で私の腕にしがみついていた。
時計を見ると、まだ昼前だった。
「荷物だけ持って、すぐ戻ってきたの。ここで、秋吉クンと一緒に寝ようと思って……」
「でも、牧師には……」
「シッ……!」と、昌子は、口に指を当てた。
「落合牧師には、ナイショ。バレたら、大目玉くらっちゃうから。でも、先生も、今頃はたぶん、大いびきかな。なにしろ、昨日からほとんど寝てないから……」
言いながら、昌子は頭を私の胸に埋めてきた。
「いま、大きな声で私の名前、呼んでたけど。夢でも見てたの?」
「キミが、男たちに拉致される夢を見た……」
「エーッ!? どんな男たち?」
「騎馬に乗った、武装した男たち。あれは……たぶん、官憲かな。ローマかどこかの……」
「そんな大時代劇を夢で見てたの? それで……私は、どうなっちゃったの?」
「連れ去られてしまった。追いかけようとしたけど、砂に足を取られて動けないんだ。キミが連れ去られた彼方には、黒い煙が朦々と立ち込めてた。あれは、何を象徴してたんだろう……?」
「それで、名前を? 大丈夫よ。上園昌子は、ここにいるわ。あなたの胸の中に……」
昌子の指が私の胸を、あばらの骨格に沿ってなぞっていた。
その手をつかんで引き寄せると、昌子は、熱い息を吐きながら、私の体の上に自分の体を重ねてきた。
経験したこともないやわらかい弾力が、その重みとともに私の胸を圧迫し、私の体はそれに激しく反応した。
重なってきた昌子の体を抱きしめたまま、私は、その体を180度回転させた。
下になった昌子は、まぶたを瞬かせ、目の縁をほんのりピンクに染めながら、口を開いた。
「さっきね、屋根の十字架にお願いしたの。秋吉クンが屋根から無事に下りてきたら、私は、カレにすべてを捧げます。どうか、カレを無事に、私のところに帰してください――って」
「それ、落合牧師にも聞かれたでしょ?」
「イヤだ……そんなことまでしゃべっちゃったの? あの牧師には、ヘタな告白、できないわ」
「脱がせてもいい?」
「もう、脱いでる……でも、やさしくしてね。私、こういうの……」
「実は、ボクも……なんだ」
布団の中で、昌子の脚が私の脚に熱い体温を伝えてきた。
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盆になると、男たちがクジで「かか」を交換し合う。
明治半ばまで、一部の地域で実際に行われていた
「盆かか」と呼ばれる風習。本作品は、その風習を
題材に描いた官能フィクションです。
与一の新婚の妻・妙も、今年は、クジの対象になる。
クジを引き当てたのは、村いちばんの乱暴者・権太。
三日間を終えて帰って来た妙は、その夜から、
様子が変わった。その変化に戸惑う与一は、
ある日、その秘密を知った??。
筆者初の官能作品、どうぞお愉しみください。
2020年9月発売 定価:200円 発行/虹BOOKS
⇒Kindle から読むには、ここをクリック。
⇒BOOK☆WALKER から読むには、ここをクリック。
既刊本もどうぞよろしく 写真をクリックしてください。






明治半ばまで、一部の地域で実際に行われていた
「盆かか」と呼ばれる風習。本作品は、その風習を
題材に描いた官能フィクションです。
与一の新婚の妻・妙も、今年は、クジの対象になる。
クジを引き当てたのは、村いちばんの乱暴者・権太。
三日間を終えて帰って来た妙は、その夜から、
様子が変わった。その変化に戸惑う与一は、
ある日、その秘密を知った??。
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管理人は、常に、フルマークがつくようにと、工夫して記事を作っています。
みなさんのひと押しで、喜んだり、反省したり……の日々です。
どうぞ正直な、しかしちょっぴり愛のこもった感想ポチをお願いいたします。
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