緩い急行、遥かな愛〈17〉 カウントダウン・キス



追憶   連載小説 
 緩やかな急行、遥かな愛
  1966~75
 「急行霧島」が運んだ
 「愛」と「時代」
  第17章 

年末はチャリティのカウントダウンを
やるので、一緒に帰れそうもない。
「あなたも来られればいいんだけど」
昌子のメッセージに心が動いた。
私は、バイトを一日早く切り上げて、
急行で京都へ向かった――。

157 この話は連載18回目です。この話を最初から読みたい方は、こちらから、
前回から読みたい方は、こちらからどうぞ。
 ここまでのあらすじ  横浜の大学から福岡へ帰省する私は、京都の女子大から鹿児島へ帰省する上園雅子と、「急行・霧島」で同席することになった。やがて迎える政治的激動の時代への序章。列車の中で私たちは、季節労働者に違いない赤鉢巻の男と同席するが、男が岡山で下車すると、私たちの距離は、少し縮まった山陽路の暗い闇を走る間、私たちは睡魔に襲われ、夢路の中で手をつなぎ合った。聖書を片手にしながら、大学の合唱団に所属する私と昌子。しかし、ふたりのキャンパスにも、静かに政治の風が吹き始めていた。ベトナムでは米軍の北爆が激しさを増し、各地で反戦運動が起こっていた。そんな中、私が所属する合唱団は演奏旅行をやることになり、その最終日、京都で昌子たちの合唱団とジョイントすることになった。「どうせだったら、京都で一泊すれば」と言い出したのは、昌子だった。昌子が手配した宿は、K大の学生寮だった。案内した高城は、昌子をオルグしようとしている高城という男だった。寮に着くと、高城は、「こんなの見たことあるか?」と、一冊の小冊子と酒を持って部屋にやって来た。「火炎瓶は投げるか、投げないか」をめぐって、私と高城は論争し、そのうち、私は酔いつぶれた。翌朝、迎えに来た昌子は、ふたりの酒を責め、翌日の京都見物を「哲学の道」の散策に切り替えた。「愛に思想は必要か?」と問う昌子と私は、鴨川の川辺で暮れなずむ京都の街を眺めながら、唇を重ね合った。 その秋、学生デモ隊がヘルメットを被り、角材を手に機動隊とぶつかり合う事件が起こり、京大生がひとり、命を落とした。一気に「政治化」するキャンパス。そんな中、キリスト教系学生の全国大会が開かれ、リベラル派と保守派がぶつかり合った。結局、大会は何も決められないまま終わったが、クリスマスイブに、関東では集会とデモが、関西ではクリスマスキャンドルの座り込みが計画された。私と昌子は、それぞれの行動の中でおたがいの名前を祈り合うことを約束した――



 年末は、大晦日に、教会でチャリティのカウントダウンをやることになった。
 ドヤ街で正月を過ごす労務者たちの支援活動のために、資金を集める――というのが目的で、フォーク歌手によるライブなども行う予定。
 自分も手伝うことになったので、帰省は、年が明けてからになりそうだ。
 昌子の手紙には、そういう事情が綴られていて、最後に、

 《秋吉クンも来られればいいんだけど、でも、ムリだよね》

 というメッセージが、一段、小さな文字で、「追伸」としてしたためられていた。
 年末は、28日までアルバイトで資金を稼いで、29日か30日の「霧島」で帰省するつもりでいた。しかし、29日が金曜日というその年のカレンダーからすると、列車は大混雑が予想された。
 「秋吉クンも来られればいいのに」という昌子の《追伸》は、迷う私の気持ちのボタンを押した。

       クローバー

 京都へは、突然、行くことにした。
 前夜の夜行で東京を発ち、急行を乗り継いで、午前中に京都に着いた。
 落合牧師の教会に電話を入れ、「お伺いしたい」という旨を伝えると、「おお、それは大歓迎です」という返事が返ってきた。
 牧師に道順を尋ね、京都郊外にあるその小さな教会に辿り着いたのは、昼近くだった。
 会堂の中では、数人の男女が会場の設営に取り組んでいた。
 通常は、会堂の正面に向けて並んでいる長椅子を、コの字型に並べ替えている者。正面の説教台の背後に、「’98 チャリティ・カウントダウン」のプレートを取り付けている者。演奏用の機材を据えつけている者……。その中に、昌子の姿はなかった。
 キョロキョロと探していると、「やぁ、ようこそ」と肩を叩かれた。落合牧師だった。

 「昌ちゃんだったら、いま、牧師館のほうで、家内の料理作りを手伝ってくれてます。どうぞこちらへ」

 案内されて教会の裏手に行くと、小さな平屋の戸建てがあり、それが牧師の言う「牧師館」らしかった。

 「昌ちゃ~ん、お客さんだよ」

 「ハ~イ」と元気のいい声がして、ジーンズの上にエプロンをかけた昌子が、奥のキッチンから顔を出した。

 「エーッ! ウソぉ! ほんまに来たん?」

 予告もなしに現れた私を見ると、昌子は両手を口に当て、まるでサンタクロースを見つけた子どものように目を見開いた。

 「やっと、十字架を磨いてくれる気になったらしいで」
 「ウソ! ほんま?」

 落合牧師はジョーダンで言ったのだろうが、昌子はどうやら、本気にしたらしい。それで私は、否定するタイミングを失った。

          クローバー

 小さな教会の入り口の小さな塔。
 十字架は、その塔の上で鈍い光を放っていた。
 遠くから見ると、大したことないのだが、間近に寄って下から見上げると、けっこう高い。しかも、会堂の屋根はなだらかな瓦屋根なのに、その塔だけが急勾配になっている。たぶん、斜度60度はあるだろう。
 屋根には簡単に上れそうだが、どうやって塔へ上るのか――。
 考えていると、落合牧師が後ろからポンポンと肩を叩いた。

 「塔の裏側に鉄梯子が付いてますから、それで塔の屋根に上がることはできます。あとは、棟伝いに、這うように進むしかないですね。十字架まで辿り着いたら、十字架におすがりして立ち上がり、あとは洗剤をつけた雑巾でササッ……と、少し強めに拭くだけです」
 「おすがりするんですか? 十字架に? もしかして、宗旨替えなさいました?」
 「いいえ。しかし、あの屋根の上では、他にすがりつくものがないでしょう」
 「十字架、折れたりしないでしょうね?」
 「あなたの心の中の十字架が折れない限りは……」

 ふたりが軽口を叩き合っている間も、昌子は両手を胸の前で握り合わせて、心配そうな目で私を見ていた。
 ここまできたら、引っ込みがつかない。
 やれやれ……と思いながら、私は洗剤付きの雑巾を2本と乾拭き用の雑巾2本をベルトにはさんで、屋根に上る階段に足をかけた。
 会堂の屋根までは、簡単に上れた。塔への鉄梯子も、スイスイと上れた。
 しかし、鉄梯子の最後の一段を上り終え、塔の屋根に這い上った瞬間、足がブルッときた。斜度60度は、上から見ると、垂直に切り立った断崖のように見える。
 棟にまたがったまま、しばらく動けないでいると、下から声がかかった。

 「ムリだったら、下りてきていいですよ」
 「ひとつ、訊いていいですか?」
 「何でしょうか、どうぞ」
 「ここで落下して死んだら、殉教者ってことになりますかぁ?」
 「いいえーッ。ただの事故死です。プロテスタントには、殉教という概念がありません、どうぞ」

 このクソ坊主め。意地でも十字架をピカピカに磨いてやる。
 幅10センチほどの棟を股の間に挟んで前進し、先端まで辿り着くと、十字架に抱きつくようにして体を起こし、何とか屋根の上に立ち上がった。
 立ち上がった瞬間、ひざがブルブルッと震えたが、腹に力を入れ、口の中で「昌子」と名前を呼んでみると、不思議に震えが治まった。
 十字架は、立ち上がってみると、ちょうど私の背と同じくらいの高さだった。
 そのてっぺんを拭き、横の腕を拭き……としているうちに、自分が塔のてっぺんに立っているという感覚は、いつの間にか消えていた。

 無事、地上に帰還すると、昌子が駆け寄って来て、私の腰に抱きついた。
 遠巻きに見ていた牧師と牧師夫人が、パチパチと拍手を送った。

 「十字架、折れなかったようですね、あなたの心の」
 「もう……止めてくださいよ。それじゃ、まるで踏み絵じゃないですか」
 「いやいや、私は、信仰を量ったりはしません。ただね、昌子クンが……」
 「ダメ! 言っちゃ、ダメです!」

 昌子があわてて、牧師の言葉を遮った。

          クローバー

 チャリティのカウントダウンは、夕方の7時から始まった。
 長椅子を片づけた会堂の中央に、昌子たちが作った料理が並べられ、壁際には協賛者たちが持ち寄った手芸品や古道具などが並べられ、会場は、ちょっとしたバザールという雰囲気になった。
 料理や物品の販売代金と来場者が入場料として支払う500円を、そっくり活動資金に当てる――というのが、その夜の主旨だった。会場にやって来たのは、教会員だけではなかった。事前にチラシなどで告知していたのか、近くの住民たちも集まってきて、チャリティとしては、なかなかの盛況となったようだった。
 夜9時を過ぎると、趣旨に賛同して駆けつけてくれたフォークソングのグループやオルガン奏者の演奏も始まり、少しずつカウントダウンのムードが高まっていった。

 「さぁ、みなさん。あと10分ほどで、1967年が終わりを告げます。1分前になったら、カウントダウンを始めますので、みなさん、そのときいちばん近くにいたい人のそばにいてくださいね。ハッピー・ニュー・イヤーの抱擁を、みなさんのいちばん大事な人と交わしましょう」

 「先生、パートナーのいない人は?」と、だれかが声を挙げたので、会場がドッと沸いた。

 「そういう方は、近くの人と握手を交わしてください。近くの人もいない人は、神様と抱擁を。それではいいですね」

 会場の照明が落ちて、ロウソクの明かりだけになった。
 その揺らぐ明かりの中で、昌子がエプロンを脱ぐ姿が見えた。
 エプロンを脱ぎ、まとめていた髪をパラリと解いた昌子が、ゆっくり私のほうに近づいてくるのが見えた。

 「私でいい……?」

 瞬きしながら私を見つめる昌子の瞳に、ロウソクの炎が揺らいで見えた。

 「キミしかいない」
 「ありがとう。きょうは、来てくれて、ほんとにうれしかった……」

 昌子が、私の胸に手を当てたとき、カウントダウンが始まった。

 「5・4・3・2・1……ハッピー・ニュー・イヤー!」

 私は昌子の体を抱きしめた。
 ロウソクの明かりに頬を照らされながら、昌子の唇が私の唇を探し求めてきた。
 その唇に私はそっと、唇を重ねた。
 会場に再び照明が灯されるまで、私たちの唇はひとつに溶け合い続けた。
 教会の鐘がカランカランと鳴っていた。
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