緩い急行、遥かな愛〈16〉 東と西。ふたつのクリスマス、ひとつの祈り

緩やかな急行、遥かな愛
1966~75
「急行霧島」が運んだ
「愛」と「時代」 第16章
ベトナムのために祈ろう。そうして
集まった大学キリスト者の集会は、
何も決められないまま、幕を閉じた。
ただ、関東のグループと
関西のグループは、クリスマスに
それぞれの行動を計画した――。
集まった大学キリスト者の集会は、
何も決められないまま、幕を閉じた。
ただ、関東のグループと
関西のグループは、クリスマスに
それぞれの行動を計画した――。

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ここまでのあらすじ 横浜の大学から福岡へ帰省する私は、京都の女子大から鹿児島へ帰省する上園雅子と、「急行・霧島」で同席することになった。やがて迎える政治的激動の時代への序章。列車の中で私たちは、季節労働者に違いない赤鉢巻の男と同席するが、男が岡山で下車すると、私たちの距離は、少し縮まった山陽路の暗い闇を走る間、私たちは睡魔に襲われ、夢路の中で手をつなぎ合った。聖書を片手にしながら、大学の合唱団に所属する私と昌子。しかし、ふたりのキャンパスにも、静かに政治の風が吹き始めていた。ベトナムでは米軍の北爆が激しさを増し、各地で反戦運動が起こっていた。そんな中、私が所属する合唱団は演奏旅行をやることになり、その最終日、京都で昌子たちの合唱団とジョイントすることになった。「どうせだったら、京都で一泊すれば」と言い出したのは、昌子だった。昌子が手配した宿は、K大の学生寮だった。案内した高城は、昌子をオルグしようとしている高城という男だった。寮に着くと、高城は、「こんなの見たことあるか?」と、一冊の小冊子と酒を持って部屋にやって来た。「火炎瓶は投げるか、投げないか」をめぐって、私と高城は論争し、そのうち、私は酔いつぶれた。翌朝、迎えに来た昌子は、ふたりの酒を責め、翌日の京都見物を「哲学の道」の散策に切り替えた。「愛に思想は必要か?」と問う昌子と私は、鴨川の川辺で暮れなずむ京都の街を眺めながら、唇を重ね合った。 その秋、学生デモ隊がヘルメットを被り、角材を手に機動隊とぶつかり合う事件が起こり、京大生がひとり、命を落とした。一気に「政治化」するキャンパス。そんな中、キリスト教系学生の全国大会が開かれ、リベラル派と保守派がぶつかり合った。そんな中で立ち上がった昌子の祈りを、私は美しいと思った。そんな私に突然、落合牧師が訊いてきた。「キミは昌子クンをどう思ってますか」と――
結局、「大学キリスト者全国協議会」は、何も具体的なことを決められないまま、閉会することになった。
具体的なことは決められなかったが、ベトナムに一日も早く平和が訪れるように、それぞれがそれぞれの方法で祈ろう――という意思統一だけはできた。
関東甲信越地区と東京地区は、私やT大の楠本ら有志の発案で、クリスマスに「ベトナムの平和を祈るクリスマス集会」を教会で開いたあと、都内をデモ行進しよう、という話になった。
関西地区では、落合牧師らの発案で、クリスマスに、「24時間キャンドル・サービスforベトナム」を大阪駅前あるいは繁華街のどこかでやろう、という話になった。24時間、キャンドルを灯しながら座り込んで、平和のメッセージを訴え続けようという話だ。
「クリスマスは、バラバラ……」
昌子はちょっと残念そうな顔をしたが、すぐにその顔が輝いた。
「でも、私たちの祈りはひとつになるよね。ひとつになって、世界中のいろんな人たちの祈りと溶け合って、それから……」
そこで、昌子は口をつぐんだ。
昌子の過剰な想いに、そこでストップがかかった。ストップをかけたのがだれだったのか、何だったのか……ボクにはわからなかった。
「ひとつだけ約束してくれる?」
「何……?」
「キミが祈るときに、ほんのちょっぴりでいいから、ボクのことも祈ってくれる?」
「ウン、必ず。秋吉クンも、ちらっとでいいから、私のことを祈ってくれる?」
「デモのシュプレヒコールの中に、そっと潜り込ませて叫んでおく」
「エーッ、シュプレヒコールで叫んじゃうの? 私の名前を?」
「まさか……。でも、ボクが『ベトナムに』と叫ぶときには、その中に『昌子に』も含まれてる。そう思って叫ぶから」
「ありがとう。じゃ、いいクリスマスを」
私たちは、そうして箱根を後にした。
別れ際に、落合牧師が私の手を握りながら言った。
「時間があったら、ボクの教会にも来てくださいね。うちは、変な宣教師、呼んだりしませんから」
「今度、京都に行くようなことがあったら、教会に泊めてもらいます。宿賃は払えないけどいいですか?」
「もちろん、いつでも歓迎です。その代わり、やってもらいたいことがあるんですけど……」
「な、何でしょう?」
「教会の屋根の十字架を磨いてほしいんです」
「止めたほうがいいわ」と、横から昌子が口を出した。
「うちの教会の屋根、ものすごく高いのよ」
「そりゃ、ダメだ。ボク……実は、高い所はちょっと苦手で……」
「ハハ……ジョーダンですよ」
新幹線で京都まで帰るふたりを見送って、私は上りの湘南電車に乗った。
そのときはまだ、ほんとに教会の屋根に登ることになろう……などとは、思ってもいなかった。
具体的なことは決められなかったが、ベトナムに一日も早く平和が訪れるように、それぞれがそれぞれの方法で祈ろう――という意思統一だけはできた。
関東甲信越地区と東京地区は、私やT大の楠本ら有志の発案で、クリスマスに「ベトナムの平和を祈るクリスマス集会」を教会で開いたあと、都内をデモ行進しよう、という話になった。
関西地区では、落合牧師らの発案で、クリスマスに、「24時間キャンドル・サービスforベトナム」を大阪駅前あるいは繁華街のどこかでやろう、という話になった。24時間、キャンドルを灯しながら座り込んで、平和のメッセージを訴え続けようという話だ。
「クリスマスは、バラバラ……」
昌子はちょっと残念そうな顔をしたが、すぐにその顔が輝いた。
「でも、私たちの祈りはひとつになるよね。ひとつになって、世界中のいろんな人たちの祈りと溶け合って、それから……」
そこで、昌子は口をつぐんだ。
昌子の過剰な想いに、そこでストップがかかった。ストップをかけたのがだれだったのか、何だったのか……ボクにはわからなかった。
「ひとつだけ約束してくれる?」
「何……?」
「キミが祈るときに、ほんのちょっぴりでいいから、ボクのことも祈ってくれる?」
「ウン、必ず。秋吉クンも、ちらっとでいいから、私のことを祈ってくれる?」
「デモのシュプレヒコールの中に、そっと潜り込ませて叫んでおく」
「エーッ、シュプレヒコールで叫んじゃうの? 私の名前を?」
「まさか……。でも、ボクが『ベトナムに』と叫ぶときには、その中に『昌子に』も含まれてる。そう思って叫ぶから」
「ありがとう。じゃ、いいクリスマスを」
私たちは、そうして箱根を後にした。
別れ際に、落合牧師が私の手を握りながら言った。
「時間があったら、ボクの教会にも来てくださいね。うちは、変な宣教師、呼んだりしませんから」
「今度、京都に行くようなことがあったら、教会に泊めてもらいます。宿賃は払えないけどいいですか?」
「もちろん、いつでも歓迎です。その代わり、やってもらいたいことがあるんですけど……」
「な、何でしょう?」
「教会の屋根の十字架を磨いてほしいんです」
「止めたほうがいいわ」と、横から昌子が口を出した。
「うちの教会の屋根、ものすごく高いのよ」
「そりゃ、ダメだ。ボク……実は、高い所はちょっと苦手で……」
「ハハ……ジョーダンですよ」
新幹線で京都まで帰るふたりを見送って、私は上りの湘南電車に乗った。
そのときはまだ、ほんとに教会の屋根に登ることになろう……などとは、思ってもいなかった。

その年のクリスマス・イブは日曜日だった。
朝は通常の日曜礼拝、夕方からはイブの礼拝などがあるので、集会はその前日に行おうということになった。昌子たちの「24時間キャンドル・サービス」も、22日の夕刻から23日の夕刻まで、ということになった。
「ベトナムの平和を祈るクリスマス集会」は、渋谷の教会を借りて開かれた。
参加者は、私たちの予想を上回って500人を超え、その後のデモ行進にも、300人近くが参加した。
各大学のキリスト教系サークルに呼びかけ、教団を通して、理解のある教会にはチラシを置かせてもらったりもした。参加者300人は、その成果とも言えた。
デモのコースは、渋谷の教会前を出発して、日比谷公園で解散。その間をできるだけゆっくり歩こう――というのが、楠本たちと相談して決めた、その日の行動方針だった。
「ベトナムに平和を!」
「米軍は、北爆を止めろ!」
事前に打ち合わせて決めたスローガンを叫びながら、私たちは手と手をつなぎ合い、牛歩のような歩みで、渋谷駅を抜け、麻布を抜け、六本木へと向かった。
「デモ隊のみなさん、もっと速く歩きなさい!」
規制に当たった警官隊の指揮車からは、たえず、私たちの牛歩を急きたてる声がスピーカーを通して響き、その声が、どんどん険しくなっていった。
「キミたちのせいで、交通渋滞が起きています。デモ隊は、速やかに信号内を通過しなさい!」
強圧的な声が響くたびに、私たちは握り合った手に力を込め、そして、力いっぱいシュプレヒコールを叫び、『We shall overcome』を歌った。
「ウィー・シャル・オーバーカ~ム」と歌いながら、私は、大阪で座り込みのキャンドル・サービスを続けている、昌子たちの姿を想い浮かべた。
座り込みを始めて、もう20時間近くが過ぎているはずだ。ハラも減っているだろう。睡魔も襲ってくるだろう。何より、この寒さの中で、体力だって奪われているに違いない。
「ガンバレよ」
心の内でエールを送り、そしてそっとつぶやいた。
「メリー・クリスマス・トゥ・ユー……」

その日のデモは、顔の広い楠本が、新聞社や放送局に事前にPRしたこともあって、わずか300名のきわめて小規模なデモだったにもかかわらず、新聞社など数社が取材にやってきて、翌日の朝刊の地方面などに、ゴミのような記事が載った。
昌子たちの「キャンドル・サービス」も、地元紙に小さなニュースとして紹介された。
私たちのやったことの社会的意味は、その程度のものだった。
私たちには、とても、数万人規模のデモなんて組織できはしない。といって、新聞・TVが飛びつくような、ハデな実力行動がとれるわけでもない。
しかし、それはそれでいい――と、私も、楠本たちも思っていた。
私たちが表明したその意思に、たとえわずか数名でも共感してくれる人間がいたら、それで十分。そのわずか数名が、自分の大事な人間たちにそのことを伝えてくれるだろう。
そして何より大事なことは、そうしてだれかのものになったその意思が、いまこのときのためだけでなく、生涯を通して、その人間の生きる指針として根付いてくれればそれでいい。
そのために私たちは、警官隊に腕を引っ張られ、肩を小突かれしながらも、牛歩のあゆみを止めなかったのだし、昌子たちだって、寒さと睡魔に震えながら、24時間の座り込みを続けたのだ。
「終わったよ、こっちは」
デモが終わったあと、西の空に向かってつぶやいたが、空から返事が返って来るわけもない。もちろん、携帯などない時代。おたがい下宿と寄宿舎住まいでは、電話をかけ合うというわけにもいかなかった。
しかし、手紙が来た。
デモが終わった2日後のことだった。
《デモは、どうでしたか?
こちらのキャンドル・サービスは、寒さが厳しくて大変でしたが、
途中から私たちの座り込みに加わってくれた人たちも10人以上はいて、
ものすごく勇気づけられました。
もちろん、秋吉クンのこともちゃんと祈っておきましたからね。
ところで、今年の「霧島」ですけど、
私、今年は、一緒に帰れそうにもありません。
実は……》
「エッ!?」
《一緒に帰れそうにも……》の文字に、一瞬、目が釘付けになった。
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みなさんのひと押しで、喜んだり、反省したり……の日々です。
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