緩い急行、遥かな愛〈15〉 聖書を巡る対決



追憶   連載小説 
 緩やかな急行、遥かな愛
  1966~75
 「急行霧島」が運んだ
 「愛」と「時代」
  第15章 

当昌子の美しい祈りで、祈祷会は
終わったが、その昌子に身振り手振り
よろしく近づいてきた男がいる。
「聖書の記述を俗信だと言うのか?」
F大の若原だった。原理主義の若原に
とって、昌子が口にする言葉は、
許しがたい言葉だった――。

157 この話は連載16回目です。この話を最初から読みたい方は、こちらから、
前回から読みたい方は、こちらからどうぞ。
 ここまでのあらすじ  横浜の大学から福岡へ帰省する私は、京都の女子大から鹿児島へ帰省する上園雅子と、「急行・霧島」で同席することになった。やがて迎える政治的激動の時代への序章。列車の中で私たちは、季節労働者に違いない赤鉢巻の男と同席するが、男が岡山で下車すると、私たちの距離は、少し縮まった山陽路の暗い闇を走る間、私たちは睡魔に襲われ、夢路の中で手をつなぎ合った。聖書を片手にしながら、大学の合唱団に所属する私と昌子。しかし、ふたりのキャンパスにも、静かに政治の風が吹き始めていた。ベトナムでは米軍の北爆が激しさを増し、各地で反戦運動が起こっていた。そんな中、私が所属する合唱団は演奏旅行をやることになり、その最終日、京都で昌子たちの合唱団とジョイントすることになった。「どうせだったら、京都で一泊すれば」と言い出したのは、昌子だった。昌子が手配した宿は、K大の学生寮だった。案内した高城は、昌子をオルグしようとしている高城という男だった。寮に着くと、高城は、「こんなの見たことあるか?」と、一冊の小冊子と酒を持って部屋にやって来た。「火炎瓶は投げるか、投げないか」をめぐって、私と高城は論争し、そのうち、私は酔いつぶれた。翌朝、迎えに来た昌子は、ふたりの酒を責め、翌日の京都見物を「哲学の道」の散策に切り替えた。「愛に思想は必要か?」と問う昌子と私は、鴨川の川辺で暮れなずむ京都の街を眺めながら、唇を重ね合った。 その秋、学生デモ隊がヘルメットを被り、角材を手に機動隊とぶつかり合う事件が起こり、京大生がひとり、命を落とした。一気に「政治化」するキャンパス。そんな中、キリスト教系学生の全国大会が開かれ、リベラル派と保守派がぶつかり合った。そんな中で立ち上がった昌子の祈りを、私は美しいと思った――



 祈祷会が終わった後も、焚き火はまだ、赤い火を放ちながら燃え続けていた。
火を囲んでいた輪はほどけたが、参加者たちは、あちらにひとかたまり、こちらにひとかたまりして、3日間の討議について、銘々の感想やら批評やらを語り合い始めた。
空では、ひときわ明るく輝く大犬座のシリウスが冷たい光を放ち、その右上では、オリオンの3つ星が明滅を繰り返していた。

 燃え残る焚き火の火を、放心したように見つめている昌子のそばに近寄っていったのは、F大の若原だった。
 若原が身振り手振りよろしく、なにやら熱心に語りかけるのに、昌子はうなずいたかと思うと首を振り……というふうに応じている。

 「俗信だって?」

 若原が大きな声を挙げたので、周辺に散らばって、静かに祈祷の後の時間を過ごしていた連中が、一斉に、ふたりのほうに顔を向けた。

 「キミは、聖書に書かれている奇跡の話も、あんなものは俗信だと言うの?」

 周囲が静まり返ってしまったので、若原の主張がハッキリと聞こえた。
 昌子も負けていないようだった。

 「聖書の記述には、伝承が含まれているって言っただけですよ。私たちは、そういう記述を通して、聖書が伝えようとしている真実を知るべきだ……と、私はそう言ってるんです」
 「じゃ、キミにとっては、聖書は単なる文献なんだ。文献として聖書を扱う人間を、ボクは、クリスチャンとは思いたくないね」
 「あなたに、それを断じる権利はないわ。それとも、ここで魔女裁判でもやるつもり?」

 ふたりの周りに、ひとり、ふたり……と人が集まって、なにやら大きな議論に発展しそうな気配だった。
 静観するわけにもいかないな――と、足を踏み出そうとしたところを、後ろからポンと背中を叩かれた。

          クローバー

 「また、宣教師とやった対決をやらかすつもりですか?」

 落合牧師だった。
 少しヒゲの伸び始めた口元を、ニヤリと緩めて笑っている。
 「ま、座りませんか?」と言われて、広場に据えられた丸太の上に腰を下ろした。

 「なにしろ、ダーウィンの進化論まで否定せよ、と叫んでいる連中ですから、まともに議論し合ったら、キリがありません」
 「ダーウィンもダメなんですか?」
 「らしいですよ。人間がサルから進化したなんてことを認めたら、創世記はウソだってことになってしまうでしょ?」
 「神話と宗教的真実の区別がついてないんだ。そのうち、現代医学まで否定しかねない勢いですね?」
 「信仰があれば、病など治る……って? ま、そこまでは行かないでしょう。自分たちが必要とする科学技術までは否定してないようですから。しかし、昌ちゃんも、すぐ、ムキになるからなぁ……」

 牧師の視線の先に、若原たちに向かって口をとがらせている昌子の姿があった。
 腰に手を当て、鳥が啼くように頭を前方に突き出して言葉を発し、言い終わると、前髪を右手でかき上げる。K大の寮で「ワァーッ、お酒臭い!」と言いながら、窓を開け放ったときの昌子の姿を、ボクは思い出した。
 あとから議論の輪に加わったT大の楠本たちも、若原たちのグループに突っかかっている。あちこちから、「じゃ、キミたちが信じるものとは、いったい何だ!」「キミたちこそ、聖書の精神を矮小化しているではないか!」と、激しく責め合う声が聞こえてきた。

 「やれやれ」と、落合牧師が、手についたホコリを払いながら、ため息をついた。
 「せっかく、いい祈りで締めくくれたと思ったのに、残念なことです」
 「ほんと……いい祈りでしたね」

 私が同意すると、「ところで、秋吉クン……」と、牧師は改まった声で、私の顔をのぞき込んだ。

 「あなたは、昌子クンのことをどう思ってますか?」
 「エッ……?」

 突然の質問に、思わず咳き込みそうになった。

 「どう……というのは、つまり……」
 「そうです。男性として愛してますか? という意味です」
 「突然ですね」
 「こういうことは、突然、訊いたほうがいいでしょう?」
 「世界を失うか、昌子さんを失うか――と問われたら、たぶん、ボクは、悩み苦しむでしょうね。昌子さんは、ボクにとって、そういう存在です」
 「けっこう。さすが、昌ちゃんが私に、会わせたい人がいる、と言っただけのことはあります」
 「そ、そんなことを言ったんですか、彼女……?」
 「でなければ、のこのこついて来たりはしません。秋吉クン、これは、私からのお願いですけど……」
 「ハァ、何でしょう?」

 落合牧師は、足元に転がっていた木切れを拾い上げると、それを焚き火の中に放り込んだ。焚き火がパチッと火の粉を吹き上げ、その赤い明かりの向こうに、持ち上げた前髪を片手で額に押しつけたまま、若原たちに何かを主張している昌子の姿が見えた。
 目を細めてその姿を捕らえていた牧師の視線が、ふと地面に落ち、それからゆっくり私に向けられた。

 「失わないでくださいね、どちらも……」

 その目の色が、バプテスマ(洗礼)を施すヨハネのように柔和で、しかし鋭く、一瞬、私の背中を電流が走った。

          クローバー

 「昌ちゃんはね、少し敏感すぎるんですよ、いろんなことに」
 「それは、ボクも感じたことがあります」
 「だから、つい、過剰に反応してしまうことがある。それがちょっと心配でね。ほんとは、あなたのような方が、ずっとそばについていてくれたらいいんだけど……」

 落合牧師が何を心配しているのか、薄々とは理解できた。
 牧師、あなたが心配していることを、実は、私も心配してるんですよ。
 しかし、それは口にしなかった。

 「あの……もしかして、さっきの質問は、牧師としてではなくて……」

 訊きかけた私を、牧師は「シッ」と制止した。
 昌子が、議論の輪から抜け出して、私たちのほうに歩いてくる姿が見えたからだ。

 「ああ、疲れた。あの人たちと話してると、疲れちゃう」

 昌子は、私と落合牧師の肩に手を置くと、ふたりの間に顔を潜り込ませるようにしながら言った。

 「ね、ふたり、お友だちになりました?」

 私と落合牧師は顔を見合わせ、それから、ふたりそろって首を縦に振った。
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