緩い急行、遥かな愛〈13〉 流血の季節の始まり



追憶   連載小説 
 緩やかな急行、遥かな愛
  1966~75
 「急行霧島」が運んだ
 「愛」と「時代」
  第13章 

私と昌子が京都でキスを交わした
夏が過ぎると、TVが衝撃の映像を
流した。ヘルメットを被り、
角材を手にした学生たちが
機動隊の列に突撃する衝撃的な映像。
その秋から、キャンパスの空気が
一変した——。

157 この話は連載14回目です。この話を最初から読みたい方は、こちらから、
前回から読みたい方は、こちらからどうぞ。
 ここまでのあらすじ  横浜の大学から福岡へ帰省する私は、京都の女子大から鹿児島へ帰省する上園雅子と、「急行・霧島」で同席することになった。やがて迎える政治的激動の時代への序章。列車の中で私たちは、季節労働者に違いない赤鉢巻の男と同席するが、男が岡山で下車すると、私たちの距離は、少し縮まった山陽路の暗い闇を走る間、私たちは睡魔に襲われ、夢路の中で手をつなぎ合った。聖書を片手にしながら、大学の合唱団に所属する私と昌子。しかし、ふたりのキャンパスにも、静かに政治の風が吹き始めていた。ベトナムでは米軍の北爆が激しさを増し、各地で反戦運動が起こっていた。そんな中、私が所属する合唱団は演奏旅行をやることになり、その最終日、京都で昌子たちの合唱団とジョイントすることになった。「どうせだったら、京都で一泊すれば」と言い出したのは、昌子だった。昌子が手配した宿は、K大の学生寮だった。案内した高城は、昌子をオルグしようとしている高城という男だった。寮に着くと、高城は、「こんなの見たことあるか?」と、一冊の小冊子と酒を持って部屋にやって来た。「火炎瓶は投げるか、投げないか」をめぐって、私と高城は論争し、そのうち、私は酔いつぶれた。翌朝、迎えに来た昌子は、ふたりの酒を責め、翌日の京都見物を「哲学の道」の散策に切り替えた。「愛に思想は必要か?」と問う昌子と私は、鴨川の川辺で暮れなずむ京都の街を眺めながら、唇を重ね合った――



 その衝撃的な映像を、私は夜のTVのニュースで見た。
 ヘルメットを被り、角材を手にした学生たちが機動隊の列に突っ込み、機動隊が後退していく映像だった。

 1967年、10月8日。
 その日は、佐藤首相が東南アジア訪問に出発する日で、その訪問先に南ベトナムが含まれていたことから、学生運動の「新左翼」諸派は、早くから「南ベトナム訪問阻止」をブチ上げていた。
 「阻止」とは言っても、その種の実力闘争は、圧倒的な警察力の前に封じ込められるのが、それまでの常だった。
 装甲車を連ね、戦闘服に身を包んで警棒を振り回す機動隊の壁に、素手で突撃を繰り返しても、学生側に勝ち目はない。「阻止」を叫んでも、実際に阻止できるわけではない。ただ、自分たちの「阻止」の意思を社会に示すだけ――多くの学生たちは、その日の行動についても、その程度の理解しか持っていなかっただろうと思う。
 しかし、TVを通して目にした光景は、その想像を超えていた。

 当時の学生運動を主導していたのは、「三派全学連」と呼ばれる組織だった。日本共産党系の「民青」と対立する反代々木系の各派、社学同、社青同解放派、革共同中核派の三派が集まった連合組織だ。
 それまでの街頭運動は、素手で隊列を組んだデモ隊が、スクラムを組んで機動隊の隊列に突進する程度だったが、その日の闘争スタイルは、その概念を覆した。
 社学同は赤、社青同は青、中核派は白。それぞれ、自分たちの党派を示す色のヘルメットを被り、手に手に角材を持って、機動隊の隊列に突撃したのだ。
 赤と青のヘルメット部隊は、穴守橋上で、白ヘルメットの部隊は、弁天橋上で、それぞれ、装甲車を並べて阻止を図る機動隊と激しく衝突して、弁天橋では、デモ参加者であった京大生が命を落とした。

 そのニュースを、ボクは、いつもの中華料理店でラーメン・ライスをほおばりながら見ていた。
 自分と同じ学生が、放水を浴び、殴打を受け、血まみれになりながら、それでも装甲車の厚い壁に立ち向かっていく。その姿を見ているうちに、背中をゾクゾクと這い上がってくるものがあった。それをTVで見ながら、ラーメンを食っている自分は何なのだ?――という問いが、胸の中に発生した。
 「暴徒と化した学生たちは、装甲車に火を放つなどの行動を繰り返し、機動隊との間で激しい攻防を繰り返しましたが……」
 TVのキャスターのコメントに、店内で食事をしていた学生の間から、「暴徒とは何だ」と声が挙がった。

          クローバー

 翌日から、キャンパスの空気が変わった。
 ヘルメット姿のまま、「報告集会」を開く活動家たちの周りに、学生の大きな輪ができた。その輪は、日に日に大きくなり、ヘルメットを被る学生の数も増えていった。その中には、長い髪をヘルメットの縁からなびかせる女子学生の姿も目立つようになった。
 変わっていくキャンパスの空気を吸いながら、ふと、昌子はどうしているだろうと思った。
 弁天橋で亡くなったのは、京都の学生だった。
 きっと、昌子の周辺でも、激しい時代の風が吹き始めているだろう。「おまえはどうするのだ?」と問う周囲の声も、ボルテージを高めているに違いない。
私たちの時代は、そんな時代だった。

 おまえは、右に行くのか、左に行くのか?
 左に行くと言うのなら、きょうのデモはどうする?
 デモに参加するとしたら、何色の旗の下で?


 それを絶えず問いかけられているような時代だった。
 「ボク、わかんない」ではすまされない、そんな時代だった。


          クローバー

 「楽しいことは楽しい。それだけ考えて生きていけたら、どんなにラクだろうね」

 不意に、京都からの「霧島」の車内で、昌子が問いかけた言葉を思い出した。

 「ボクたちは、気づいちゃったからね」
 「何に?」
 「ボクたちの『楽しい』は、もしかしたら、だれかの『苦しい』の上に成り立ってるんじゃないか……って」
 「ベトナムで死んでいく農民とか、子どもたちとか、その母親とか?」
 「安い賃金でこき使われる工場の出稼ぎ労働者とか、アフリカの大地で綿花を作ってる農場労働者とか……もね」
 「それって、社会の仕組みのせいなんだよね?」
 「少なくとも、それを、競争社会なんだから当たり前だろ――と言ってのけるような考え方や、そういう考え方が支配する世の中の仕組みにだけは、ボクは組することができない」
 「もし、そんなことに気づかなかったら、私たち、いまごろ、どんなカップルになってたかなぁ? 湘南の海で、グループサウンズでも聴きながら体を焼いてた? アメ車を飛ばして、夜毎のドライブ?」
 「どっちも、あんまり好きじゃないなぁ」
 「よかった。私も、そういうの、好きじゃないんだ……」

 私も、昌子も、『平凡パンチ』が描くような世界とは無縁の若者だった。どちらかと言うと、『朝日ジャーナル』や『世界』が論ずる世界に興味を抱き、ロックよりもフォークソングに、ミュージカルよりアングラ芝居に、TVよりも深夜放送にシンパシーを感じる、精神の回路を持っていた。
 そこに起こったのが、10・8の衝撃だった。
 昌子は、それをどう受け止めただろう?
 私は、ほんとにそれを知りたい――と思った。

          クローバー

 キャンパスを大きく揺るがした羽田の出来事は、私や昌子が関係するキリスト教系学生組織にも、少なくない影響を及ぼした。
 十一月には、年に1回の「大学キリスト者全国協議会」が開かれる予定になっていたが、そのテーマにも、「私たちはベトナムをどう考えるか? 戦火の中のキリスト者」が選ばれた。
私は、関東甲信越地域の代表として他の2名とともに参加することになり、その準備のために、各大学の組織と連絡を取り合い、意見を交換した。
 大きく分けると、キリスト教系学生の考え方は3通りあった。

 政治は政治、宗教は宗教の論理に留まるべきで、宗教の立場から政治を語るのはおかしい――というのが、ひとつの考え方だった。
 いや、それではいけない、という声もあった。政治的な問題には政治的思想をもって対応すべきだが、しかし、そこでどんな思想を用いるか、その結果、どんな答えを導き出すかについては、自分たちの信仰的実存をかけて、「然り、然り」「否、否」であるべきではないか――という主張だった。
 もうひとつは、その対極に位置する考え方だった。聖書的価値観を実現するために、アメリカの闘いを支持すべきだ、という主張だ。

 協議会は、紛糾することが予想された。
 ボクも自分なりの考えを整理し、協議会が行われる箱根の会場に向かった。
 そこで、ボクは、思いもしない姿を目にした。
 相手も、「エーッ!!」と声を挙げた。

 「ど、どうして?」
 「秋吉クンこそ、なんで?」
 「ボクは、関東甲信越の代表として来たんだけど」
 「私も、関西地区の代表として……あ、紹介する」

 上園昌子が、ボクの手を引くようにして紹介したのは、小柄ながら色浅黒く、精悍な顔をした30代半ばと思われるひとりの男だった。

 「うちの教会の牧師さん。オブザーバーとして来てもらったの」

 昌子に紹介されると、男の精悍な顔が一気に崩れ、柔和な笑顔で手を差し出してきた。

 「おウワサはいろいろとお聞きしてます。私、昌子さんの教会の牧師で、落合と申します」
 「は、はじめまして。あの……西成で奉仕活動をなさっているという牧師さんですか? ボクは……その……教会とはあんまり……」
 「ええ。お話は聞いてます。アメリカの宣教師にキレたんだそうですね」
 「いや、キレたなんて、そんな……」

 いったい、何を話したんだ? 振り向くと、昌子がチロッと舌を出してみせた。
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