緩い急行、遥かな愛〈11〉 哲学の道で愛を説く乳房



追憶   連載小説 
 緩やかな急行、遥かな愛
  1966~75
 「急行霧島」が運んだ
 「愛」と「時代」
  第11章 

高城と飲んだ酒で酔いつぶれた私を
翌朝、昌子が迎えに来た。
「それじゃ京都見物はできひんなぁ」
あきれた昌子が選んだのは、近くの
「哲学の道」の散策だった。
愛に思想は必要だと思う?
問いかける昌子の胸が揺れていた。

157 この話は連載12回目です。この話を最初から読みたい方は、こちらから、
前回から読みたい方は、こちらからどうぞ。
 ここまでのあらすじ  横浜の大学から福岡へ帰省する私は、京都の女子大から鹿児島へ帰省する上園雅子と、「急行・霧島」で同席することになった。やがて迎える政治的激動の時代への序章。列車の中で私たちは、季節労働者に違いない赤鉢巻の男と同席するが、男が岡山で下車すると、私たちの距離は、少し縮まった山陽路の暗い闇を走る間、私たちは睡魔に襲われ、夢路の中で手をつなぎ合った。聖書を片手にしながら、大学の合唱団に所属する私と昌子。しかし、ふたりのキャンパスにも、静かに政治の風が吹き始めていた。ベトナムでは米軍の北爆が激しさを増し、各地で反戦運動が起こっていた。そんな中、私が所属する合唱団は演奏旅行をやることになり、その最終日、京都で昌子たちの合唱団とジョイントすることになった。「どうせだったら、京都で一泊すれば」と言い出したのは、昌子だった。昌子が手配した宿は、K大の学生寮だった。案内した高城は、昌子をオルグしようとしている高城という男だった。寮に着くと、高城は、「こんなの見たことあるか?」と、一冊の小冊子と酒を持って部屋にやって来た。「火炎瓶は投げるか、投げないか」をめぐって、私と高城は論争し、そのうち、私は酔いつぶれた――



 「ウワッ! お酒臭ッ! もう、どんだけ飲まはったん?」

 言うなり、昌子は部屋の窓を開け放ち、私が寝ていたベッドの夜具の位置を直して、パンパンとホコリを払う。
 開放された窓からサワサワと風が吹き込んで、私の皮膚の表面に張り付いていた生ぬるい空気を吹き飛ばし、一瞬、皮膚が生き返ったような気がした。
 しかし、吹き込んでくる空気もまた、外の暑熱をたっぷり含んでいて、たちまち毛穴の周りに不快な空気のよどみを作ってしまう。

 「フーッ、暑ッ!」

 酒ビンとコップと灰皿を共同の炊事場へ片づけ、ちゃぶ台の上を雑巾で拭いて、ひと通り、室内を片付け終えると、昌子は、窓辺に立って両手を思いきり上に伸ばした。
 少しゆったりした水色のTシャツ。その下には、白い綿パン。
 窓の外でギラギラと煮えたぎっている夏の光が、彼女の薄いTシャツを貫いて、体のラインをハレーションの中に浮かび上がらせている。腕の付け根から、Yのラインを描きながら引き締まった腰へと連なる、美しい体の線。目を細めて見とれていると、振り向いた昌子と目が合った。

 「その様子じゃ、京都見物なんかできひんなぁ……」

 両手を腰に当てて、ちょっと頬をふくらませている。

 「ごめん。つい、ムキになって飲んでしまって」
 「ムキ……て、何に?」
 「あ、いや。日本の革命のこととか……いろいろ」
 「うちのデートは、日本の革命に負けてしもたん? もう、高城さん、あれほどゆうといたのに……」
 「あれほど……って?」
 「秋吉さんに、政治の話とかふっかけんといてや……って。エ!? 何がおかしいん?」
 「キミもすっかり京都の人なんだなぁ……って思って」
 「あ、あかん……」

 昌子は、いま気がついた――というふうに、口を手で押さえた。

 「ここへ来ると、つい、京都弁になってしまうの。ハイ、リセット!」

 京都弁が染み付いてしまうほど、昌子はこの寮に出入りしてたんだ――と知って、私はまた、前夜の高城の顔が目に浮かんだ。

 「それで? どう? 外には出られそう?」
 「キミがエスコートしてくれれば、なんとか……」
 「じゃ、行こう!」

 昌子は私の手を引いて立ち上がらせ、私の旅行用バッグを持ち上げたが、すぐに床に下ろした。私のバッグは、昌子がヒョイと持ち上げられるほど軽くはなかった。

          クローバー

 三千院に行こう、嵐山も見に行こう――と、昌子が決めていた計画は、二日酔いにムカつく私のために、取り止めになった。

 「しょうがない。きょうは、秋吉クンにピッタリの散策コースに切り替える」
 「どこ?」
 「西田幾多郎が歩いたコースよ。私たちは《思索の道》と言ってるんだけど、最近は《哲学の道》とか呼ぶ人もいるみたい。ここから近いんだけど、歩くのは平気?」
 「大丈夫だけど、思索は、あんまりできないかもしれないよ」
 「思索なんかしなくていいわ。その代わり……」
 「何……?」
 「こうして歩こう」

 言うなり、昌子は手を私の腕の中にもぐらせてきた。
 汗に濡れた腕と腕が絡まった。
 その腕を、昌子は、グイと自分の体に引き寄せる。肘の先端に、昌子のやわらかい肉のふくらみが触れた。
 あっ……と思ったが、昌子は私の小さな動揺を面白がるかのように、自分の胸を私の腕にすり寄せてきた。

          クローバー

 散歩道は、琵琶湖から引かれた疏水に沿って、銀閣寺から南禅寺の近くまで続いている。
 冷たそうな水のせせらぎと、川面をわたる風が、ガンガンと鳴る二日酔いの頭に心地いい。
 しばらく歩き、汗を流しているうちに、頭痛はやわらいできた。

 「ねェ、秋吉クンはどう思う?」
 「何を?」
 「恋愛には、思想が必要やと思う?」
 「高城さんがそう言ったの?」
 「高城さんだけじゃなくて、あの寮にいる人たちは、みんな、そんな言い方するの」
 「愛は、それ自体が、ものすごく尊い思想だと思うよ」
 「愛も思想かぁ……」
 「思想のない愛は、ただの所有欲かもしれない。少なくとも、聖書の思想は、そう教えてる」
 「秋吉クンにとっては、聖書も思想?」
 「少なくともボクは、聖書に書いてあるような天地創造とかは、信じてないからね」
 「私も、そうかな……」
 「保守的な人たちから見れば、それは信仰じゃないってことになるんだけどね。ボクは、信仰じゃなくてもいいと思ってるんだ」
 「信仰じゃなくてもいい……かぁ。私は、そこまでは言えないかもしれない」
 「ウン。そこはビミョーなところだね。どこからが信仰で、どこまでが思想なのか、自分でもうまく線引きできないんだ。ただ、ひとつだけ言えることは、ボクにとっていちばん大事で、何にもまして優先される思想は、聖書の思想なんだよね。でも、高城さんたちが言ってる思想は、そのレベルの思想じゃない。たぶん、社会思想のことを言ってるんだと思うよ。きのうも、ちょっとそんな話をしてたんだけど……」
 「やっぱり、そんな話、したんや?」

 昌子は、また、京都モードに戻った。

          クローバー

 この道を、そんなことを考えながら歩いた人たちが、これまで何人ぐらいいたんだろう――と、ふと、私は思った。
 いろんな人が、いろんな思索に耽りながら、この道のほとりを歩いたのだろう。しかし、その脇を流れる疏水の水は、ずっと昔から、少しも変わらず、水であり続けたはずだ。
 私にとって、聖書の説く思想は、その水のようなものだ。

 「その時代をどう生きるかとか、社会に対して何を主張するかとかは、そのときそのときで変わる社会思想だよね。ボクたちが身にまとう衣服のようなものだと思うんだ。でも、愛は、その根底にあるすっ裸の人間が、人間としてどうあればいいかを教える思想だと思う。だから、ボクは、そっちをまず優先する」
 「じゃ、秋吉クンの言う、愛の思想と社会思想がぶつかったら?」
 「ぶつからないよ。ぶつかるような思想は選ばないし……」
 「ほんと……?」
 「どんな社会思想でも、その根底に愛の思想がないものは、ボクは選ばない。思想のために愛を捨てよ、なんて言うやつがいたら、そんな思想はクソ食らえだ、と言ってやる」

 「だよね」と言いながら、昌子は、私の腕を引き寄せ、そこに頭をすり寄せてきた。
 昌子のやわらかなふくらみの中に、私のひじが沈み込む。その先端に、硬く結実したものが触れた。
 私のひじがその硬直を捕らえると、昌子は「だよね」と小さく繰り返して、なおも強く、ボクの腕を引き寄せた。
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