緩い急行、遥かな愛〈10〉 火炎瓶を投げる理由、投げない理由



追憶   連載小説 
 緩やかな急行、遥かな愛
  1966~75
 「急行霧島」が運んだ
 「愛」と「時代」
  第10章 

演奏旅行最終日、京都での演奏会が
終わると、昌子は私を「今日の宿主」
というひとりの男に引き合わせた。
K大の寮に住む高城と名乗る男。
高城は私を寮に案内すると、一冊の
小冊子を持って現れた――。

157 この話は連載11回目です。この話を最初から読みたい方は、こちらから、
前回から読みたい方は、こちらからどうぞ。
 ここまでのあらすじ  横浜の大学から福岡へ帰省する私は、京都の女子大から鹿児島へ帰省する上園雅子と、「急行・霧島」で同席することになった。やがて迎える政治的激動の時代への序章。列車の中で私たちは、季節労働者に違いない赤鉢巻の男と同席するが、男が岡山で下車すると、私たちの距離は、少し縮まった山陽路の暗い闇を走る間、私たちは睡魔に襲われ、夢路の中で手をつなぎ合った。聖書を片手にしながら、大学の合唱団に所属する私と昌子。しかし、ふたりのキャンパスにも、静かに政治の風が吹き始めていた。ベトナムでは米軍の北爆が激しさを増し、各地で反戦運動が起こっていた。そんな中、私が所属する合唱団は演奏旅行をやることになり、その最終日、京都で昌子たちの合唱団とジョイントすることになった。「どうせだったら、京都で一泊すれば」と言い出したのは、昌子だった。昌子が手配した宿は、K大の学生寮だった。案内した高城は、昌子をオルグしようとしている高城という男だった。「キミ、こんなの読んだことあるか?」。寮の部屋に腰を下ろすと、高城がいきなり、小冊子を持ってきた。「火炎瓶の作り方」を解説した冊子だった――



 火炎瓶は、もっとも単純な構造だと、石油やガソリンを詰めたビンの口に布などを詰めて栓とし、その布に火をつけて、対象物に投擲する。
 対象物にぶつかってビンが割れると、飛散した石油やガソリンに火がついて燃え上がる。爆発力はないが、大戦中には対戦車のゲリラ戦などに使われて、効果を発揮した。
 もう少し複雑な作りになると、着火剤として硫酸などを使う仕組みになる。
 冊子には、そうした火炎瓶の作り方やその投げ方などが、ていねいに解説されていた。

 「これ、ネタ本があるんや。何やと思う?」
 「山村工作隊でしょ?」
 「おう、さすがやなぁ。50年代の日本共産党や。こんなもん配って、ほんまに、日本で武力革命やる気やったんやで」
 「しかし、その後の路線転換で、武装闘争路線は放棄した。そのときの分裂で、第1次ブントが誕生したんですよね。関西は、いまでもブントの影響が強い、と聞いてます」
 「そのとおりや。しかし、東京でも、明大ブントや中大ブントが、組織として残って、いまでは社学同と名乗ってるやろ?」
 「高城さんも、その路線なんですか? つまり、日本で武力革命が可能だと?」
 「大衆の蜂起による政治的革命という理想は持ってるよ。それは、武力革命というのとは、ちょっと違う。ただな……あ、こうゆう話してると、昌ちゃんに怒られてしまうなぁ。洗脳せんといて、言われてるしなぁ」

 落ちそうになる黒縁のメガネを手でズリ上げ、右の眉だけをヘの字の形に吊り上げながら、熱い口調で語りかけていた高城の顔が、一瞬、ゆるんだ。

       クローバー

 「ボクは強情ですから、洗脳されるという心配は無用です。ただ、ひとつだけ訊いておきたいんです。革命は、手段であって、目的じゃありませんよね?」
 「そりゃそうや」
 「その革命を通して実現したい目的は、高城さんの場合は何ですか?」
 「愛とでも言わせたいんかいな?」
 「愛は、すべてを通して貫かれるべき原則だと思います」
 「ほゥ。その点では、同感やな。ほな、キミの質問に答えるけど、ボクらの究極の目的は、人民の解放や」
 「解放? 何からの解放ですか?」
 「抑圧からの――やないか?」
 「それだけですか?」
 「人間としては、もっとあるやろな。最終的には、死の怖れからの解放とか。しかし、それは政治の役割ちゃうやろ」
 「ボクも、政治にそこまで求めません。というより、政治は、最終的には無用のものだと思ってますから。政治が無用になってしまうような社会を構築できたときに、初めて、高城さんの言う人民の解放は実現できるんじゃないかと思ってます」
 「理想的には、キミの言うとおりや。マルクスも、最終的には、政治を無用のものとするために、世界を共産主義化するんだ、と言ってるわけで……」
 「しかし、実際には、そうはなってないでしょ。革命が新たな抑圧を生む結果にもなってるじゃないですか」
 「それは、スターリン主義のことを言ってるんやな」
 「いや、スターリンに限りません。毛沢東の中国も、金日成の北朝鮮も、人民を抑圧から解き放っているかというと、決してそうは言えないでしょ。じゃ、何がおかしいのか?」
 「おいおい、ちょっと待ってえな」

 高城は、コップの酒をグイとあおって、口元を少しゆがめながら笑った。
 顔からはダラダラと汗が流れ落ちて、あごの先から滴っている。首からぶら提げたタオルでその汗を拭うと、「ま、もう一杯」と、私のコップに酒を注ぎ足した。

 「なんや、これじゃ、ボクのほうが洗脳されとるみたいやなぁ」

          クローバー

 別に、高城を論破しようなどというつもりはなかった。
 しかし、この男の前で自分の思想を明確にしておくことは、どうしても必要なことだと思った。自分の思想を明確にするということは、昌子の立場を明確にすることでもある――と、どこかで感じていた。
 昌子をはさんで、私とこの高城という男は、思想を武器に対峙しなくてはならない。そんな運命にあるんだ――と、脳の奥深いところが示唆しているような気がした。
 それからしばらく、私と高城は、世界の共産主義革命とその成果について、論じ合った。高城は、私が口にする理想を「空想的」と批判し、私は高城が主張する武装闘争路線を「冒険主義的」と批判した。
 論争を続けるとノドが渇く。高城が注ぎ足す酒に口をつけるうちに、だんだん酔いが回り、酔うほどにボクの口は、攻撃性を増していった。

 「すみません。どうも、飲むと理屈っぽくなっちまうもんで……」
 「いや。ボクとキミは、どうやら、論敵の関係にあるみたいやし、ボクは気にしませんよ。しかし、さすが、昌ちゃんがボクに引き合わせるだけのことはある。もしかして、昌ちゃんは、キミにボクを論破してほしかったんかな」
 「彼女は、そんな人間じゃないと思います。自分の人生の、まだ真っ白なキャンバスに、これからどんな絵を描くのか、それを真剣に考えてるんだと思います。だから、ボクも、いまは真剣に、高城さんと話さなくちゃ、と思ってます」
 「そう言えば、キミらは、どっちも教会に関係してるんやったなぁ……」

 高城は、まいったなぁ……というふうに頭をかいた。
 空になった高城のコップに、今度はボクが酒を注ぎ足した。

 「ボクは、マルクスの人間観の根底には、キリスト教的人間観があるんだと思ってます。そして、聖書の思想を突き詰めていくと、どうしても原始共産制みたいな形に行き着いてしまう。だから、聖書と共産党宣言は、そんなに遠いところにはないんじゃないか、と思ってるんですよ。だからですね、高城さん、いいですか、これだけはね、ボクは……」
 「秋吉クン、キミ、酔ってるんか?」

 少々、舌の回転がおかしくなっていた。
 頭の中で、部屋につるされた60Wの電球が、グルグル回って見える。しかし、これだけは言っておかなくちゃならない……と、ボクの頭の中で何者かが命じていた。

 「どんなに、政治的に正しい目的のためではあっても、ボクは火炎瓶は投げない。石も投げない。いいすか、高城さん。戦術が戦略を汚してはいかんのです。正しい組織、正しい戦術で獲得した解放でなければ、それは、ほんとの解放じゃない! 恫喝や策略によって得られた解放は、ただ、新たな抑圧を生み出すだけです。だから、火炎瓶は、投げてはいかんのです」
 「ええか、秋吉クン。ボクらも、たかが火炎瓶ごときで、革命が成るなんて、思うてへん。しかし、それは着火剤にはなるやろ。この炎が燃え上がることによって、大衆の覚醒を促すことができるやないか。ボクらは、そのための先駆となるんや。たとえ、自分の身はほろんでも……と。それが、知識人の責務やないか? なぁ、そうは思わへんか?」

 高城も、かなり酔っていた。「そうは思わへんか?」と言いながら、高城の手が肩に置かれたのは覚えている。
 そういうのが……と反論しようとして、しかし、私は、あらぬ言葉を口走っていた。

 「高城さんは、そうやって、彼女もオルグってるんですか? そうやって、脅したりなだめたりしながら……。そりゃ、アンフェアだ。アンフェアすよ……」
 「なんや、キミ。やっぱりほれとるんやないか。キミは、上園昌子にホレとる。ホラ、もう一杯、いこう」

 その声を、どこか遠くで聞いたような気がした。
 しかし、そのあとのことは何も覚えてない――。

           クローバー

 目が覚めたときには、私は、ゲストルームの二段ベッドの上にうつぶせになって、枕を抱いて寝ていた。
 うっすら目を開けると、窓を通して、朝のまぶしい光が差し込んでいた。
 どこかで、だれかが話している声が聞こえた。

 「エーッ、高城さん、秋吉さんに飲ましてしもたん?」
 「そんな、責めんといてぇな。からまれたんは、ボクのほうなんやで。さんざんからんで、言うだけ言うたら、今度はゲェゲェやり出して、ほんま、やっかいなお客さんやで」

 話し声は、昌子と高城のようだった。
 こりゃ、いかん……と体を起こそうとすると、頭の芯がズキンと痛んだ。頭のてっぺんから鉛の錘がぶら下がっていて、そいつが頭のあっちこっちにぶつかっているような気がする。
 こんな姿、見せるわけにはいかないぞ――と思っていると、いきなり、ガラッと部屋の戸が開けられた。

 「おはようッ!」

 上園昌子が、ニワトリのような声を挙げて、部屋に飛び込んできた。
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