緩い急行、遥かな愛〈7〉 2つのキャンパスの二都物語



追憶   連載小説 
 緩い急行、遥かな愛
  1966~75
 「急行霧島」が運んだ
 「愛」と「時代」
  第6章 

教会に通いながら、大学の合唱団に
所属している彼女と私の共通項。
それぞれのキャンパスでは、その頃、
政治の風が、吹き始めていた。
時代を生きるふたりのスタンスは、
時代の風に揺らぎ始めていた――。

157 この話は連載7回目です。この話を最初から読みたい方は、こちらから、
前回から読みたい方は、こちらからどうぞ。
 ここまでのあらすじ  横浜の大学から福岡へ帰省する私は、京都の女子大から鹿児島へ帰省する上園雅子と、「急行・霧島」で同席することになった。やがて迎える政治的激動の時代への序章。列車の中で私たちは、季節労働者に違いない赤鉢巻の男と同席するが、男が岡山で下車すると、私たちの距離は、少し縮まった山陽路の暗い闇を走る間、私たちは睡魔に襲われ、夢路の中で手をつなぎ合った。夜が明ける頃、私たちの「霧島」は下関に着いた――



 喫茶店に入って、一杯のコーヒーで1時間も2時間も、キェルケゴールやマルクスやサルトルについて語り合い、代々木(日本共産党系)か反代々木(非日本共産党系)かで論争し合い、デモがあれば、自分の賛同する党派の隊列に加わって、声を枯らしながらスローガンを叫ぶ。
 それが、当時の先鋭的な学生のひとつのスタイルだった。
 そこまで尖れない学生の多くは、加山雄三を口ずさみながら芝生に寝転がり、グループサウンズを真似てギターのひとつもかき鳴らし、『少年マガジン』や『少年サンデー』を読んでは、将来のそこそこ豊かな生活を夢見ていた。「ノンポリ(非政治的)」と呼ばれる層だった。
 その中間に、耽美におぼれ、虚無の闇に沈んでいく連中がいた。穴倉のような酒場にこもり、アングラの芝居にシンパシーを示し、組織を嫌ってどんな政治的活動にも参加せず、マリファナをくゆらせては、長い髪で瞑想に耽っていた。
 中間には、もうひとつのグループがいた。
 愛と平和を夢想し、善意の市民であることを自分の立ち位置と定めて、敵にも味方にも花を配り続けるようなグループだった。
 「霧島」で出会った上園昌子は、最初、その第4のグループに属する女子学生に見えた。
 彼女が、教会の牧師たちと一緒に出かけるというドヤ街での奉仕活動も、そのグループの行動様式のひとつと見れば、無理なく理解できる。
 彼女が、赤鉢巻の無作法な足を冷凍みかんひとつでなだめてしまったのも、彼女がそのグループの属性を身に付けていれば、ごく自然にあふれ出てきた行動だったろう――と思えた。
 私はというと、左手に『聖書』を、右手に『共産党宣言』を抱えて、第4のグループと第1のグループの間で揺れ動いていた。
 デモに参加するときは、『聖書』は胸の奥にしまい込み、「粉砕!」のスローガンを叫んだ。規制に当たる機動隊には「帰れ!」コールを繰り返したが、投石だけはできなかった。石を投げてはいけない――は、政治思想の問題ではなく、私にとっては、聖書的な問題だった。

 「私も、石は投げられないなぁ……」

 上園昌子は、「霧島」の窓から神戸の街の夜景を眺めながらつぶやいた。

           クローバー

 その春は、昌子のスケジュールに合わせるために、5日ほど遅らせての帰省だった。
 私たちは、事前に乗り込む車両を決め、最初に会ったときのように、急行「霧島」の車内で落ち合った。
 顔を覚えているだろうか――と不安だったが、大きな荷物を抱えた彼女が、車両のドアを開けて、通路から客席を見回した瞬間、まるで引き寄せられるように、2つの目は相手を捕捉し合った。

 「少し、髪、伸びたね」
 「ウン、ジョーン・バエズぐらいまで伸ばそうかと思って……」

 最初に会ったとき、ボブだった髪は、彼女の肩の位置まで伸びて、その毛先が緩やかなウエーブを作っていた。

 「あなたも伸びたでしょ?」
 「ウン、ジョン・レノンぐらいまで伸ばそうかと思って」
 「ホント?」
 「ウソ。霧島の急行券のために節約した」
 「でも、似合うかもしれないわね。長い髪も」

 おたがいのキャンパス・ライフを報告し合ううちに、学生運動の話になり、デモの話になり、そして、石を投げる話になった。

 「女子大だと、そういう運動って、あまりやらないでしょ?」
 「おまけに、うち、ミッションだし。でもね、いろんな意味で影響は受けるよ。私、コーラスやってるって言ったでしょ。よく、K大の男性合唱団とジョイントやったりするの。練習でK大のキャンパスに行くと、あれ、なんて言うの? どこそこで学生集会やるゾ!とか書いてある……」
 「ああ、立て看板?」
 「それ、それ。そういうの、いっぱい並んでるんやわぁ」

 入学して1年。彼女の言葉に、ときどき京都弁が混じるようになった。
 それがおかしくて、クスリと笑った。

 「何か、ヘンなこと言った?」
 「ウウン。キミ……あ、あなたも、京都の人になったんだなぁ、と思って」
 「もう、キミでいいですよォ。昌子でもいいし……」
 「じゃ、キミにしよう。女の人を名前で呼ぶの、慣れてないし」
 「でも、好きだな、その言い方。男の人にキミって呼ばれたの、そのK大と合同練習やるようになって、初めて経験したの。最初はドキッとしたけど、もう慣れた」
 「K大だと、理屈こねるだろうなぁ。そのうち、オルグられるかもしれないよ」
 「な、何ですか? そのオルグって……」
 「オーガナイズのドイツ語読み。要するに、組織化するとか、組織に組み込むってこと。デモに誘われたりしなかった?」
 「そういうのは、まだないわ。いろいろ説明したりしてくれる人もいるけど、K大の人たちの話は、ちょっとむずかしくてね」

 「霧島」は、いつものように、夜更けの山陽路をひた走っている。
 黄色や赤や青の灯りが、窓の外を揺れながら後方へ吹き飛んでいく。
 平行して走る国道2号線を、ヘッドライトを照らした小型車が必死で追いすがってくるが、徐々に列車とクルマの差は広がり、そのうち、姿が見えなくなる。
 1台、また1台。「霧島」は小さなクルマを置き去りにして、スピードを上げていった――。

           クローバー

 昌子の話を聞きながら、私は、彼女のキャンパス・ライフを想像していた。
 ミッション系の女子大に通いながら、教会の牧師らとともに奉仕活動に従事する、慈愛心にあふれた女子学生。
 その彼女たちと合同練習する、K大の男性合唱団。
 腕まくりをし、こぶしで熱くテーブルをたたきながら、彼女の目の前で思想を説く、無精ひげの男。その男の目を見上げながら、うなずく彼女……。
 私のキャンパスでも毎日のように目にするそんな光景の中に、想像上の上園昌子がいた。
 K大の男声合唱団も、私が所属するY大の男性合唱団も、同じ大学合唱協会という組織に加盟していた。
 その年の協会のテーマは、「新しい日本の歌を求めて」だった。
 「新しい」――その言葉の中には、「変革」とか「革新」というニュアンスが込められているような気がしていた。
 そのニュアンスをいちばん敏感に感じ取り、もっとも過激に呼応しようとする組織があるとしたら、それは、京都だ。
 上園昌子は、その京都で、これから幾度となく、激しい思想のシャワーを浴びることになるのかもしれない。
 その結果、私と昌子は、もっと近い位置に立つことになるのか、それとも……。

 「ね、デッキに行ってみない?」

 昌子が、突然、そんなことを言い出したのは、「霧島」が倉敷を過ぎた頃だった。
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