緩い急行、遥かな愛〈4〉 夢の中で絡み合う指

緩やかな急行、遥かな愛
1966~75
「急行霧島」が運んだ
「愛」と「時代」 第4章
「急行霧島」は、三原を過ぎると、
山陽路の暗い闇の中を走り始める。
睡魔に襲われた上園昌子は、頭を
私の肩に傾け、意思を失くした手が、
私のももとの境界にしどけなく
投げ出されていた。私はその手に
ワナを仕掛けた――。
山陽路の暗い闇の中を走り始める。
睡魔に襲われた上園昌子は、頭を
私の肩に傾け、意思を失くした手が、
私のももとの境界にしどけなく
投げ出されていた。私はその手に
ワナを仕掛けた――。

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ここまでのあらすじ 横浜の大学から福岡へ帰省する私は、京都の女子大から鹿児島へ帰省する上園雅子と、「急行・霧島」で同席することになった。やがて迎える政治的激動の時代への序章。列車の中で私たちは、季節労働者に違いない赤鉢巻の男と同席するが、男が岡山で下車すると、私たちの距離は、少し縮まった――
「霧島」は、私の肩に天使の頭を乗せたまま、山陽路の闇の中を走った。
三原を過ぎると、山陽本線は海沿いのルートを外れ、中国山地の山間部を突き抜けるコースをとる。
それまで、時折、見えていた、港や街の灯りが車窓から消え、窓の外は、ただの闇と化す。
何も見えない、どこを走っているかもわからない闇の中。乗客たちは、ただ目的地に向かって走っているという加速度だけを頼りに、深い眠りに沈んでいた。
確かにそこにある――と確信できるものは、私の肩でスースーと寝息を立てる上園昌子の小さな頭と、眠りこけるほどに私のももに密着してくる彼女の太ももの温度だけだった。
意思を放棄した彼女の腕は、手のひらを上に向けたまま、私と彼女のももが触れ合う位置にしどけなく投げ出されていた。
その指が、何の拍子にか、ときどきピクリと伸ばされて、私のももに触れてくる。
たぶん、夢でも見ているのだろう。
その指を、「欲しい……」と、私は思った。
ももの上に置いておいた手をそっとだけずらした。彼女の指が伸ばされたときに触れてくるであろう位置に、ワナを仕掛けるために。
しなやかな指は、そのワナにかかった。
ワナにかかった彼女の人差し指は、不思議な動きを見せた。
夢の中でも、ワナの正体を確かめようとしているのだろうか。彼女の指は、ツメの先までをピンと伸ばしたまま、自分をワナにかけたものの感触を確かめに来た。
私は、その動きに応じた。
指をまっすぐに伸ばして、感触を求める彼女の指の腹に、自分の指の腹を合わせ、腹と腹をそっと触れ合わせてみた。
彼女の指は、細い全身をかすかに反らせ、やわらかな自分の腹を惜しげもなくさらして、私の指の悪戯に身を投げ出しているように見えた。
中指もくすり指も、同じように重ねてみた。すると、彼女の指のそれぞれも、同じ動きを見せた。
すべての指が重なり合うと、私は、重なり合った指を、互い違いに彼女の指の間にもぐらせ、ゆっくり閉じた。彼女の指も、同じ速度で閉じていった。
三原を過ぎると、山陽本線は海沿いのルートを外れ、中国山地の山間部を突き抜けるコースをとる。
それまで、時折、見えていた、港や街の灯りが車窓から消え、窓の外は、ただの闇と化す。
何も見えない、どこを走っているかもわからない闇の中。乗客たちは、ただ目的地に向かって走っているという加速度だけを頼りに、深い眠りに沈んでいた。
確かにそこにある――と確信できるものは、私の肩でスースーと寝息を立てる上園昌子の小さな頭と、眠りこけるほどに私のももに密着してくる彼女の太ももの温度だけだった。
意思を放棄した彼女の腕は、手のひらを上に向けたまま、私と彼女のももが触れ合う位置にしどけなく投げ出されていた。
その指が、何の拍子にか、ときどきピクリと伸ばされて、私のももに触れてくる。
たぶん、夢でも見ているのだろう。
その指を、「欲しい……」と、私は思った。
ももの上に置いておいた手をそっとだけずらした。彼女の指が伸ばされたときに触れてくるであろう位置に、ワナを仕掛けるために。
しなやかな指は、そのワナにかかった。
ワナにかかった彼女の人差し指は、不思議な動きを見せた。
夢の中でも、ワナの正体を確かめようとしているのだろうか。彼女の指は、ツメの先までをピンと伸ばしたまま、自分をワナにかけたものの感触を確かめに来た。
私は、その動きに応じた。
指をまっすぐに伸ばして、感触を求める彼女の指の腹に、自分の指の腹を合わせ、腹と腹をそっと触れ合わせてみた。
彼女の指は、細い全身をかすかに反らせ、やわらかな自分の腹を惜しげもなくさらして、私の指の悪戯に身を投げ出しているように見えた。
中指もくすり指も、同じように重ねてみた。すると、彼女の指のそれぞれも、同じ動きを見せた。
すべての指が重なり合うと、私は、重なり合った指を、互い違いに彼女の指の間にもぐらせ、ゆっくり閉じた。彼女の指も、同じ速度で閉じていった。

このまま、列車がどこにも停まらず、朝日がふたりを揺り起こすまで走り続けてくれたらいいのに――と、私は願った。
もし、彼女が、夢の中で私と手をつないでいるのなら、その夢が覚めないでいてくれたらいいのに――と願った。
彼女のセーターの中で、乳房を盛り上げては沈むやすらかな呼吸が、このままずっと続いてくれたらいいのに――と願った。
しかし、「霧島」は、いくつかの小さな駅を通過したあと、大きな音を立ててポイントを通過し、トラックが何本もに分かれていく広大な駅の構内に滑り込んでいった。「広島駅」だった。
ポイント通過のガチャンという衝撃と、車内に鳴り渡る『汽笛一声……』のメロディで、肩の上の天使は目を覚ました。
「あ、ごめんなさい。私、寝てしまって……」
あわてて頭を起こし、結び合った手をほどき、スカートの裾を直して、彼女は、到着したホームをキョロキョロと見回した。
「まだ、広島ですよ」
「じゃなくて、私、おなか空いて……。広島に着いたら、カキ弁当買おうって思ってたんだけど……」
そう言えば、私も、赤鉢巻とうなぎ弁当を食べて以来、冷凍みかんを1個食べただけだったのを思い出した。
しかし、もう夜中の2時を回っている。
ホームに降りて見回したが、弁当売りの姿は、どこにも見当たらなかった。
ホームを端まで歩いて探しているうちに、車両の連結器が、先頭から順に、ガチャン、ガチャン……と、発車の衝撃音を伝えていた。
いかん……。
動き始めた車両を走って追い、デッキ入り口のバーを右手でつかんで、乗降口に飛び乗った。けっこう、危ないタイミングだった。自動ドアだったら、こんなマネは絶対にできない。実際、山陽本線の急行列車はその2年後か3年後には、全車、自動ドア化された。
「ああ、よかった……」
車両の中を移動して、席に戻ると、上園昌子は両手を胸に合わせ、まるで帰還兵士を迎えるような顔で私を迎えてくれた。
「汽車が動き始めたときは、もう……どうしようかと思って。あなたの荷物を持って、私も降りようか、とか考えたんですよ」
もしそうなっていたら、私たちは、どうやってこの夜を過ごすことになっただろう……と、ちょっとだけ、想像をふくらませた。

「カキ弁、買えなかったから、下関まで、ひもじいのはガマンしよう」
そう言うと、上園昌子は聞き分けのいい子どものように「ウン」とうなずき、再び目を閉じた。彼女がうつらうつらし始めるのに合わせて、私もいつの間にか、眠りに落ちていた。
次に目を覚ましたのは、徳山に到着する頃だったが、ひとつだけ、前と違っていたことがあった。
眠りこけて頭を相手の体に預けていたのは、彼女ではなく、私のほうだった。
目を覚ましたとき、私の頭は、何かフワリとしたものの上にあった。
目の前には、パープル色の光があふれていた。
反動をつけて頭を起こそうとすると、そのパープル色の中からやさしい弾力が返ってきた。
そこは、上園昌子のセーターの胸の上だった。
彼女は、自分の体に傾いてきた私の頭を、黙ってその胸に受け止めてくれていたのだ。
「あ、ごめんなさい……」
あわてて体を起こすと、すでに目を開けて窓の外を眺めていた彼女が、ニッコリ微笑んだ。
「ボク、ずっと寝ちゃってましたか?」
「ウウン、ちょっとだけ……」
首を振って私を見る目の、少し長いまつ毛の先が、プルプルと震えていた。
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