揺い急行、遥かな愛〈2〉 冷凍みかんと臭い足



追憶   連載小説 
 緩やかな急行、遥かな愛
  1966~75
 「急行霧島」が運んだ
 「愛」と「時代」
  第2章 

その人、上園昌子は、京都から
「霧島」に乗り込んで来た。
鹿児島まで帰省するという彼女と、
福岡へ帰省する私は、10時間余り、
旅の道連れになる。
それから始まる激動の時代への、
それは、ささやかな序章だった――。


157 この話は連載3回目です。この話を最初から読みたい方は、こちらから、
前回から読みたい方は、こちらからどうぞ。
 ここまでのあらすじ  横浜の大学から福岡へ帰省する私は、京都の女子大から鹿児島へ帰省する上園雅子と、「急行・霧島」で同席することになった。やがて迎える激動の時代への。それは、ささやかな序章だった――




 「あ、いいですよ。どうぞ、足、伸ばしててください」
 荷物を網棚に上げながら、そのひとは目の縁にやさしい笑みを浮かべて、赤鉢巻に声をかけた。
 「すんませんな。そしたら、ちょっと伸ばさせてもらうわ」
 赤鉢巻は、プンプン臭う分厚い靴下の足を伸ばしてくると、足先で私の腿をグイグイと押した。その足が、「ホラ、もうちょっと窓際に寄ったれや」と言っているように見えた。
 彼女が席に近づいて来たときに、すでに体を目いっぱい窓側に寄せていたのだが、それでも男の合図を無視できなくて、体を縮めるようにして彼女のためのスペースを作った。
 それを見て、またそのひとの目に笑みが浮かんだ。

 「そんなにムリに詰めなくてもいいですよ。私、けっこう細いですから」
 「ほんまや。ねェちゃん、スマートやわ。ホラ、兄ちゃん、そんなかしこまらんと、ラクにせんかい」

 何が、団結の赤鉢巻だ。
 コロコロ態度を変える柄のわるい風見鶏に腹を立てながら、少しだけ体を緩めると、隣にその人が腰を下ろしてきた。
 座ったとたんに、その人の体から甘い香りが立ち上って、私の怒りを中和した。

 「よかった。席があって……。暮れだから、座れないかもと思ってたんです」
 「ねェちゃんも、帰省かい?」
 「はい……」
 「どこや?」
 「鹿児島です」
 「鹿児島? そりゃまた、めちゃくちゃ遠いなぁ。この兄ちゃんは、博多やて」
 「おじさんは?」
 「ワシかい? わしゃ、岡山で乗り換えて高松までや」
 「おじさんも帰省ですか?」
 「ま、そんなもんやな。ババァとガキの顔見に帰ったるんや」

 赤鉢巻が岡山で下車と聞いて、ちょっとホッとし、その人が鹿児島までと聞いて、少しうれしくなった。

 「京都は、学校ですか?」
 「ハイ。女子大の寄宿舎に入ってるんです。あなたは?」
 「学校は横浜ですけど、この列車には、東京から乗ったんです。そのほうが座れるんで。東京‐博多と京都‐西鹿児島じゃ、時間的にはほとんど同じですね。東京‐博多のほうが1時間ぐらい長いかもしれないけど……」
 「へェ、そうなんですか? 私、そういう計算、苦手なんで。でも、よかった。じゃ、博多まではご一緒なんですね」

 「よかった」と言われて、私は少し幸せな気分になり、そんなふたりのやりとりを忌々しげに見ていた赤鉢巻は、「面白くねェ」とばかり、再び、冬眠に戻った。


            クローバー

 ほどなく、「霧島」は大阪に到着した。
 東海道本線から山陽本線へ、車掌区も機関車区も変わるので、乗務員が全面的に入れ替わり、そのために10分ほど停車する。

 19:00 大阪発

 ここから先は、完全に夜汽車の旅になる。
 小郡を過ぎて、白々空けの瀬戸内海が列車の左手に見え始めるまで、窓に映るのは、真っ黒な闇とポツンと点る電灯の灯り、それに、時折現れる街の灯りだけだ。
 ひとりで夜行列車の旅をしていると、そんな灯りがたまらなく恋しく感じられることがある。
 黒い田んぼの彼方の、影絵のように浮かび上がった山裾に、ポツリと点った小さな灯りを見つけたりすると、あんな灯りの下にも家族がいて、手を真っ赤にした女の子が、ジイちゃんの薪割りを手伝ったりしてるんだろうか――などと想像し、そんな想像をめぐらすたびに、旅する私の心には羽が生えた。
 忘れた頃に現れる踏切の信号機。カンカンと高音で近づき、ウォンウォンと低音で遠ざかっていくその音が、過ぎ去っていく自分の人生の音のように感じられて、胸が虚無の空気でいっぱいになることもあった。
 そんなひとり旅も嫌いではなかったが、道連れがいるというのもわるくない。
 それも、同年輩の、天女のような声を持つ女子大生。かつての旅で、そんな幸運にめぐり合ったことは、一度もなかった。

          クローバー

 上園昌子。十九歳
 京都市内のミッション系の女子大学に通う1年生。専攻は仏文学。サークルは合唱団。
男性合唱団に所属する私とは、趣味も合いそうだった。
 私たちが、おたがいの身の上を紹介し合っている間、赤鉢巻は、時折、「ウッ」とか「ンゴッ」という声を挙げて体の向きを変え、そのたびに男の足の裏がボクのワキ腹を蹴った。
姫路を過ぎる頃には、男の寝相はますますひどくなった。
 「ンーッ」とうなりながら寝返りを打った男の片足が、彼女のももの間に割り込み、そのために、黒のタイト・スカートの裾がずり上がったりもした。
 彼女は、そっと男の足を持ち上げてスカートの裾を直し、またそっと、男の足を元の位置に戻す。それを何度か繰り返した。
 決して邪険に払いのけることをしない。それをいいことに――かどうかはわからないが、再び、男の足が彼女の腿の付け根に向かって伸びてくる。
 私が、男の足を叩いて注意しようとすると、彼女は、「いいの」というふうに首を振った。
 「きっと、仕事で疲れてるんですよ。私は、平気だから」
 「そうだ」と言って、彼女は、シートの下に押し込んだ紙袋を取り出した。
 「忘れてた。京都の駅で買った冷凍みかんがあるんですけど、食べます?」

 みかんは、シートのヒーターで解凍されかかってはいたが、まだほどよい冷たさを保っていて、ちょうど食べ頃のように見えた。
 上園昌子は、それをボクにひとつ手渡すと、自分の手元にひとつ残し、そして、だらしなく眠りこけている赤鉢巻の手にもそっと握らせた。
 男は、みかんの冷たさに驚いたのか、ブルッと体を震わせて目を開けた。
何が起こったのか――というふうに、あたりをキョロキョロ見回して、やっと、自分の手にあるみかんに気づくと、「ンッ?」という顔で彼女を見た。

 「冷凍みかんです。よかったら、おひとつどうぞ」
 「オッ、こりゃ……すまんの、ねェちゃん。あれ? いま、どこらへんやろ?」
 「さっき、相生を過ぎたところだから、もう、そろそろ起きてたほうがいいですよ」
 「そうやな。どれ、顔でも洗ってくるか」

 赤鉢巻は、フラつく足で立ち上がると、自分の頭に手をやって、「あれ?」という顔をした。

 「団結のしるしですか? それだったら、腹巻の中ですよ」
 「オウ、そうやった。兄ちゃん、よう覚えとるな」

 必要に応じて、汗拭きにも、フェイス・タオルにも、鉢巻にもなるらしい「団結のしるし」を手に、男は車両後方の洗面室に向かった。

 「あれが、団結のしるしなんですか?」
 「本人が言ってました。赤は団結のしるしなんだって」
 「おかしい……」

 クスリ……と笑った顔が、無邪気に見えた。
 そう、私たちは無邪気だった。
 まだ、大学1年生。おたがいが直面することになる時代の嵐は、まだ、街角を吹き抜けるつむじ風程度でにしか、感じられていなかった。

 「さて、乗り換えや。ほな、ねェちゃん、みかん、ありがとな。これ、船の中で食わしてもらうで。兄ちゃんもな、ねェちゃんにわるいことしたらいかんで」

 岡山に到着すると、赤鉢巻は、重そうなズタ袋をヨイショと肩にかついで、ホームに降りた。
 瀬戸大橋は、まだルートさえ確定していなかった時代だ。
 四国へ渡るには、支線に乗り換えて宇野へ行き、宇高連絡船で海を渡らなければならなかった。
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