緩い急行、遥かな愛〈1〉 赤い鉢巻きと黒いタイト

追憶   連載小説 
 緩やかな急行、遥かな愛
  1966~75 「急行霧島」が運んだ
 「愛」と「時代」
  第1章 

東京-博多間を21時間30分で結ぶ
「急行霧島」。貧乏学生だった私は、
春・夏・冬の帰省の度に、
その急行を使っていた。
京都から乗り込んでくる彼女と私は、
その急行の中で出会った。それが、
私たちの激動の序章となった――。


 ここまでのあらすじ  1966年、横浜の大学に入学した私は、郷里・福岡との往復に、「急行・霧島」を使っていた。東京⇔博多を21時間かけて結ぶ急行列車。その車内で、私は奇妙な出会いを経験した――



 私は横浜のその大学に、月々1万8000円の仕送りを受けて通っていた。
 授業料は、半期・6カ月で6000円ですんだが、下宿代が月に4500円かかる。残り1万3500円で本や教科書を買い、服を買い、メシを食い、2、3日に一度は、銭湯にも入らなくてはならない。とても、暮らしていけないので、私の学園生活には、アルバイトが欠かせないものになった。
 帰郷のための旅費も、アルバイトで捻出するしかない。それでも、夏休み・冬休み・春休みと、年に3回は、横浜と九州を往復していた。
 ほんとうなら、「霧島」には、横浜駅から乗り込んでもいいのだが、そうすると、席が確保できない恐れもある。
 夏休みの帰省でそのことを思い知らされていた私は、その年の冬休みの帰省には、いったん東京駅に出て、始発の車両に乗り込むという方法をとった。

          クローバー

 それでも、そろそろ年末を迎えようとする車内は、ごった返していた。
 4人掛けのボックス席は、ほとんど乗客で埋まり、網棚には、大きなボストンバッグや紙袋が、ギュウギュウに押し込まれていた。
 空いている席を探して、車両を後ろから前へ移動していると、ひとつだけ1人分の席が空いているボックスが見つかった。
 空いてはいるのだが、席は埋められていた。
 向かい合う席に座った男が、分厚い靴下を履いた足をシートに投げ出し、私が座るべき席を占拠していたのだ。
 男は、ベージュ色の作業ズボンに腹巻き、上半身には綿入りのちゃんちゃんこを羽織り、頭にはねじった赤いタオルを巻いて、寝息を立てていた。
 東京方面での仕事を終えて郷里へ帰るところか、あるいは年末年始の仕事を求めて関西方面へ向かう季節労働者、といったところだろうか。
 一瞬、どうしようかと思ったが、他に空いている席はない。
 投げ出された男の足をポンポンと叩いた。
 冬眠にはいったばかりのところをたたき起こされた熊のように、男は、不機嫌そうなまぶたをしぶしぶと持ち上げ、私の全身を足元から頭のてっぺんまで、なめるように見回した。

 「ここ、いいですか?」
 「オッ……」

 男は、面倒くさそうに体を起こすと、シートに上げた足を床に下ろした。
 床には、一面に新聞紙が敷かれ、男が履いていた作業用ブーツは、シートの下に並べて押し込まれていた。
 私は、車中で読むために持ってきた本を2冊と、小田原を過ぎたら食べようと買い込んでおいた弁当を取り出し、バッグを網棚に上げて、さっきまで男の足が占拠していたシートに腰を下ろした。
 男は、そんな私の様子をジロジロと眺めていたが、やがて、足元に置いた一升瓶を持ち上げて、窓際の小テーブルに置いてあった湯のみにトクトクと注いだ。
 それをひと息にのどに流し込むと、また、チロチロと視線を私のほうに向ける。しかし、見ているのは、私ではなくて、どうやら私が持っている本のようだった。

 「兄ちゃん、どこまでや?」
 「博多です」
 「遠いな。そんなん履いとったら疲れるやろ。いいから、靴脱いで足伸ばせや。こうやって、互い違いに伸ばしたら、シートの下まで足伸ばせるやろ?」
 「はぁ……」

 男の口ぶりには、そのために新聞紙強いてあるんだ、汚すなよ――という恫喝も含まれているような気がして、私はその指示に従うことにした。
 確かに、そうして足を伸ばせば、少しラクになる。
 やれやれと思いながら、取り出した本を広げると、またも男の視線が注がれているのを感じた。

 「むずかしそうな本やなぁ。兄ちゃん、学生か?」
 「ハァ……」
 「経済学……哲学……?」
 「経済学哲学草稿ちゅう本です」
 「それは、あれかい? 金儲けかなんかのことが書いてあるんかい?」
 「いや、その逆です。金儲けのために労働者を搾取する連中と闘え、ちゅうことが書いてあるんです」
 「ええこと言うやんけ。それ、だれが書いたんや?」
 「マルクスという人です」
 「おお、マルクス先生かい?」
 「エッ、おじさん、マルクス知ってるんですか?」
 「アホぬかせ。マルクスゆうたら、あれやないか、立て、バンコクの労働者ゆうた先生やろ、知らいでかい。これ、見いや」

 言いながら、男は、自分の頭を指差した。

 「エ、鉢巻ですか?」
 「アホ。これがただの鉢巻に見えるか? 何色や、これ?」
 「赤ですけど……」
 「そうや。赤や。赤ゆうたら、団結の赤や。ピンと来いや、もっと。まったく、学生は、頭でっかちでいかん。よっしゃ、ま、一杯いけや。団結のしるしや」

 男は、さっきの湯のみに一升瓶から並々と酒を注いで、それを私に差し出した。
 しかし、私はそれを飲むわけにはいかなかった。男が注いだ程度の酒で、私はほぼ酩酊状態になる。ヘタしたら悪酔いしてしまうだろう。

 「すいません。酒は、全然、ダメなんです」
 「なんや、情けないなぁ。しゃあない。ワシが代わりに飲んじゃろう」

 男は、グビグビと、音を立てて湯のみの酒を飲み干すと、「あ~あ」とため息をつき、再び寝息を立て始めた。

          クローバー

 やれやれ、大変な男と道連れになってしまったもんだ――と思いながら、男が寝込んだのを見定めて、手にした本を開いた。
 ずっと、冬眠しててくれればいいのだが、男は、列車が大きな駅に着くたびに目を覚ました。

 「オッ、兄ちゃん、どこや、ここ?」
 「熱海です」
 「なんや、熱海か? おエライさんたちは、ここらまでハイヤー飛ばして来るんやで。銀座のおネエちゃんたちとか連れてな。ケッ!」

 ひとしきり悪態をついて、また寝息を立てる。

 「オッ! こんだ、どこや?」
 「浜松です」
 「オッ、いかん。兄ちゃん、窓開けてくれや。ウナギ買わんといかん。兄ちゃんもどや?」

 昼飯にと買っておいた弁当は、横浜を出た直後に食べてしまったので、そろそろ小腹が空いてくる時間だった。「ボクも買います」と窓を開け、ホームの駅弁売りを手招きした。
 駅弁と言えば、まだ、車内販売よりもホームでの立ち売りが主流の時代だった。

 「うなぎ弁当2つや。貧乏学生と貧乏労働者が2つも買うんや。おっちゃん、お茶、サービスしといてや」

 男はまんまとお茶2つをサービスにつけさせた。男が「これはおごりや」と言うのを、「いや、それはいかんです」と断って自分の分を払い、ふたりで「うまい」「うまいな」とパクついた。
 名古屋に着くと、ボクの隣に座っていたビジネスマン風の男とその向かいに座っていた初老の婦人が席を立ち、ボックス席はボクとその男だけになった。

 「オゥ、やっとゆったりできるわい。兄ちゃん、足伸ばそうや」

 再び、男の足はシートに乗せられ、ボクも足をシートに伸ばした。

          クローバー

 米原を過ぎる頃には、窓の外は暮れ始め、やがてすっかり暗くなった頃、「霧島」は静かに京都駅に滑り込んだ。
 その人が乗り込んできたのは、京都だった。
 黒いタイトのスカートに、淡いパープル色のフワリとしたセーター。両手にボストンバッグと紙袋を提げたその人は、ボブにカットした髪の毛先をプルンプルンと震わせながら、車両の後部から私たちの席のほうに近づいてきた。
 その足が、私たちのいるボックスの前で止まった。
 キラリと輝いた目が、「あ、席、あった!」と言っているように見えた。
 ボクは、シートに上げていた足を下ろし、眠りこけている男の足を叩いて、その足を下ろさせ、体をこれ以上ないというくらい窓際にずらして、「どうぞ」の意思を示した。

 「いいですか?」

 やわらかなソプラノが、まるで天女の声のように、私の頭の上から降ってきた。
 男は、「オッ、いい女!」というふうに目を見開き、それから、あわてて、頭に巻いていた「団結のシンボル」を外し、腹巻の中にしまい込んだ。
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