自伝的創愛記〈22〉 おとなたちの秘密

老犬自伝的エッセイ 「創愛記」
 Vol.22  


卒業まで1カ月余のボクたちに
サプライズがもたらされた。
『ベニスの商人』の中学校演劇
コンクールへの特別招待だ――。

 林田美智子を自宅に見舞い、「教室に戻っておいでよ。待っとるけん」と、12歳にできる精いっぱいのメッセージを残して、ふだんの学校生活に戻ったボクたちだったが、ミッチーがすぐに教室に戻ってくるということはなかった。
 その机は、主のいないまま、青田先生のデスクの脇に置かれたままだった。
 そんな日々が何日が続いたある日、午後の授業が突然、中止になった。
 「きょうは、父兄との面談があるので、午後の授業は中止にする。用事が在る者も、みんな、給食がすんだら、下校するように」
 先生の指示は、それだけだった。
 「今頃、何の面談ぞ?」
 「もしかして、だれか落第させるんか?」
 ボクたちは、口々に疑問を発しながら、響灘に向かって下っていく坂道を、三々五々下っていった。
 そんなボクたちの列と行き違いに、坂道を登っていく、何人かのお母さんたの姿を見たが、ボクたちが「こんにちは」とお辞儀をしても、お母さんたちはコクリとうなずき返すだけで、その顔は苦々しくゆがんでいた。
 「どうしたっちゃろ」
 「みんな怒ったごたる顔しとったちゃ」
 ボクたちは、顔を見合わせたが、ほんとうの理由は、だれも知らなかったし、想像もしていなかった。
 ボクたちが真相を知ることになるのは、ずっと後、中学校の高学年になってからだった。

            

 疑問を残したまま、ボクたちは、2月を迎えた。
 あと1カ月と10日で卒業。
 そんなときになって、ボクたちには、ちょっとビッグなニュースが飛び込んできた。
 ボクたちが学芸会で発表した『ベニスの商人』が、市内の中学校演劇コンクールに、特別招待されることになった――というのだ。
 脚本も、キャスティングも、基本的には学芸会のときと同じだったが、ひとつだけ、違ったところがあった。学芸会で女判事・ポーシャ姫を演じた林田美智子がいないので、春にその役を演じたケイコが再登板ということになった。
 峻厳な美智子のポーシャに代わって、どこかけなげでかわいいお姫様を演じようとするケイコのポーシャ。ボクには、美智子のポーシャのほうが役にはまっているように思われたが、会場を埋めた年上の観客たちには、それは、どちらでもいいことだったのかもしれない。
 ただ、その劇を上演するに当たって、演出を務める教師・青田が、ボクに求めたことがある。
 「重松、おまえ、それで満足か?」
 ワケがわからず「ハ……?」という顔をしていると、熱血演劇青年と化した教師・青田は、広い額に手を当てて言うのだった。
 「金貸しのシャイロックは、金を返せなかったら、心臓の肉を1ポンドちょうだいする。契約書にはそう書いてあると言って、アントニオたちに金を返すか、肉を切り取らせるかと迫るんだよな。その訴えをポーシャは何と言って退けた?」
 「ならば、心臓の肉を切り取るがいい。ただし、血の一滴も流してはならぬ――です。契約書には、心臓の肉を1ポンドとは書いてあるが、血を――とは書いてないって……」
 「おまえ、そのセリフを聞いて、どう思った?」
 「屁理屈だと思いました」
 「何でだと思う? どうして、この原作者は……あ、原作者のシェークスピアはだ、そんな屁理屈をこねるまでして、金貸し・シャイロックを悪者にしようとしたと思う?」
 「シャイロックがユダヤ人だから……ですか?」
 「そうだ。シェイクスピアの時代には、ユダヤ人は嫌われてたんだよ、重松。それはな、彼らには金貸し業などで身を立てる者が多かったからだ。というか、国を持たない彼らは、そうやって生きていくしかなかったんだよ。いつの時代にも、嫌われるんだよなぁ、金貸しは。しかし、そうして金を蓄えていった彼らの中から、銀行家が育っていったりしたから、ヨーロッパの市民の間には、そんな連中をやっかむ者も出てくる。ユダヤ人の金貸しは、半分はやっかみながら軽蔑される。そういう存在だったんだ」
 「シャイロック、なんか気の毒ですね……」
 ボクがボソッと言うと、先生は「よし」とヒザを叩いた。
 「おまえに3分、時間をやる。幕が下りたら、おまえ、ひとりで幕の前に出て行って、モノローグやれ」
 「モ・ノ・ロ・ー・グ……? 何ですか、それ……?」
 「ひとりで語るセリフだよ。シャイロックが気の毒と思うんだったら、その悔しい気持ちをモノローグでぶちまけて、幕の前に倒れろ。なんで、ユダヤ人だけが……と言いながらだ。あとのセリフは、おまえにまかせるから……」
 「エッ?」と思ったが、青田先生は、もうすっかり、自分が思いついた演出に満足しているようだった。

            

 ちょっと重すぎるよ――という先生の思いつきだった。しかし、ユダヤ人金貸しというヒールを演じさせられてきたボクにとって、それは、半分は胸がスッとするような演出の変更でもあった。
 脚本にあるすべての演技を終え、拍手のなかでライトが落ち、幕が引かれると、ボクは「よしッ」と胸を叩いた。
 左右から閉じられた幕の中央に、スポットライトが当たっていた。
 その幕の合わせ目から、ボクはヨロつくように顔を出して、ステージ中央に歩み出た。
 「オッ、何だ……」というどよめきが、客席のあちこちから伝わってきた。
 客席が知っている『ベニスの商人』の脚本には、そんな演出は書き込まれていない。「何する気だ」という驚きが、どよめきと共に、ボクの体に伝わってきた。
 慌てるな――と自分に言い聞かせながら、ボクはその客席を睨みつけ、ゆっくりと見回した。
 「お前たち、これで満足か?」
 精いっぱいドスを利かせて客席を客席を右の端から左の端まで睨み回すと、中央前方の左列で、口を両手で覆って目を驚愕しように見開いている女の子がいた。どこかの中学校の女子生徒だろう。その隣では、引率の教師だろうか、ベレー帽をかぶった中年のオヤジが、腕組みをして舞台の中央を見つめている。
 よしッ、あれにしよう。
 セリフを言うとき、ボクはいつも、客席のだれかをターゲットに選んでいた。力を込めたセリフや、だれかを説得するようなセリフを口にするときは、そのターゲットに向かって言うように口を開き、それが客席全体に広がるように声帯を開く。
 そうすることによって説得力が高まることを、ボクは、このクラスに来て1年半の間に習得した。それは、青田学級に来て得た唯一の収穫と言ってよかった。
 「おまえたちも見ただろう。あの判事は、こう言った。約束通り、心臓の肉を切り取ってもよろしい。ただし、血の一滴も流してはならぬ。契約書には、血を取るとは書いてないので――とな。こんな詭弁があるか!」
 そう言いながら、ボクは左腕を振り上げて、ブルブルと震わせた。
 その瞬間、ターゲットに選んだふたりの体が、「オッ」と身を乗り出すようなしぐさを見せた。
 オッ、それでいい!
 ボクは彼らの反応に力を得て、最後のセリフを喉元に用意した。それを口から吐き出すとき、最高のパフォーマンスができるように、ボクは自分の感情を整えた。憎悪で血が沸騰するように、全身の血をたぎらせた。
 「あいつらは、ユダヤ人であるオレを貶めるために、あんなペテンを思いつきやがった。ユダヤ人であるというだけで……ユダヤ人というだけで……オレは……」
 そう言いながら、ステージにヒザをつき、崩れるように舞台に突っ伏す。
 そうして、スポットライトはフェイド・アウト――。
 しばらくすると、客席から拍手が起こった。
 なんか、気持ちいい。
 その気持ちよさにほんのちょっぴり浸った後で、ボクはゆっくり体を起こし、客席に向かって深々と頭を垂れた。

            

 「あの最後の演技、よかったよ」
 先輩である中学校の生徒やおとなたちを前に演じた、たかが12歳の演技は、おとなたちからもホメられた。
 教師・青田の演出プランも、教師仲間からは、評価されているようだった。
 しかし、一部のおとなたちからは、不評もささやかれた。
 子どもの耳では、正確な意味はわからなかったが、「あの先生、アカじゃないか」という声も聞こえてきた。どちらかと言うと、年配の父兄ちから発せられる声だった。
 もうひとつ、意外なところから、反応が寄せられた。
 しかし、ボクがそれを知ったのは、ずっと時間が経ってからだった。



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