父と娘の幻夢〈4〉 その人の面影

第9話 父と娘の幻夢 4
R18
18歳未満の方は、ご退出ください。
ジャズ・クルーズの客船から海を
見つめる美遊の横顔を見て、
私はある女性の顔を思い起こした。
美遊の面立ちは、その女性に、
どこか似通っていた——。

ここまでのあらすじ 「きょうのお通し、私が作ったんですよ」。お盆を抱えてニッコリほほ笑む顔を「かわいい」と思った。名前を佐藤美遊。私がランチを食べに通う居酒屋「鉄太郎」のアルバイト店員だった。その顔を見たくて、昼飯は「鉄太郎」と決めた私。ある日、食事しながら、ジャズのナイト・クルージングのチラシを見ていると、彼女がそれに興味を示してきた。「ジャズが好き」と言う彼女を私は、横浜でのクルージングに誘った。「きょうは若いお嬢さんとご一緒で?」と冷やかすベースの前原に、「へへ、隠し子です」とふざける美遊。しかし、彼女が発した「隠し子」という言葉は、私の中で、具体的なイメージとともにふくらみ始めた――
美遊の顔を特徴付けているワシ鼻。その上で大きく輝く目。
一見、エキゾチックな……と感じさせるその顔立ちは、もう20年以上前に私が心を寄せていたことのある、ひとりの女性の顔に酷似している。
そのことに、私は、突然、気づいた。
彼女の名前は、佳山美佐子。
当時、私が在籍していた編集部に、スタイリストとして出入りしていた女性だった。
ファッション担当でなかった私とは、仕事上のつながりは希薄だったが、たまに、自分の担当する特集記事の撮影のために、スタイリングが必要になると、「わるいけど、こっちの仕事も、ちょっとだけお願いしていいかな」と声をかけた。その程度のつながりだった。
いつも、ジーパン姿でキビキビと動く彫りの深い顔立ちの美人。そんな美佐子は、編集部の男子部員にも、カメラマンにも人気で、中にはしつこく言い寄る男もいた。しかし、美佐子は、そんな男たちの誘惑をいなし続けていた。
30歳を目前に、私は、その会社を退職することになった。退職して郷里に帰り、フリーのエディターとして仕事をするつもりでいた。
「杉村さん、辞めちゃうんですか?」
美佐子が声をかけてきたのは、退職の1週間ほど前のことだった。
「佳山さんとは、もう少し仕事がしたかったけどね」
「私も、もっと仕事したかったです」
「ホント? それ知ってたら、もう少しいたのになぁ……」
「じゃ、いてくださいよ」
「いまさらムリだよ。それとも、九州まで仕事しにくる?」
「行きますよ、九州でも、どこでも」
「てか、向こうでほんとに仕事ができるのか、まだ、何も決まってないんだ」
「あの……」
美佐子が、少しモジッとしながら言った。
「こっちにいるうちに、一度、飲みに行きませんか?」
「いいね。今生のお別れかもしれないしね」
「そんなこと、言わないでくださいよ」
言いながら、美佐子の目が少しウルッとしたようだった。
その飲み会は、私が会社を辞め、郷里へ帰るための準備に入った6月の始めに実現した。

私と美佐子は、私鉄の駅で1駅しか違わないところに住んでいた。
こんな近くに住んでいながら、それまで一緒に食事をしたことも、お茶を飲んだことさえなかった。それを少し後悔した。
飲み会は、美佐子が住む街の駅近くにある、評判のすし屋でやることになり、私は歩いて、そのすし屋まで行った。徒歩でも30分とかからない距離だった。
歩いてきた――と言うと、美佐子は「ヘェ、そんな近くだったんだ」と驚き、「それ、知ってたらなぁ」とため息をもらした。
「知ってたら、どうした?」
「夜這いしてたかもしれない」
「夜這い……かよ」
「ワイン持って、飲もうって押しかけたりして……」
「それ、やってほしかったなぁ。惜しいことした」
「じゃ、きょう、やってあげる」
すし屋を出ると、美佐子はほんとうに酒屋でワインを買って、私の部屋までやって来た。
すでに、私の部屋は、引っ越しの荷物を詰めた段ボール箱がうずたかく積み上げてあった。そのすき間に2人分のすき間を作って腰を下ろし、まだ荷造りしてない食器棚からワイングラスを取り出して、乾杯した。
「すごい荷物……」と部屋の中を見回しながら、美佐子は「ほんとに行っちゃうんですね」と、眉を八の字に寄せた。
「でも、よかった」
「何が……?」
「最後の最後に、こうして、キミと飲めて」
「どうして、もっと早く、会わなかったんだろ……」
「そうできたらいいだろうな……って、ボクは思ってたんだよ」
「ホント……?」
「でも、誘う勇気がなかった」
「どうして?」
「キミを誘ったりしたら、そこら中の男たちに殺されそうな気がした」
「意気地なし……」
ボソリ……とつぶやいて、美佐子はグラスを足元に置いた。
その手がゆっくり、胸元に動いた。
ジーンズの上から羽織ったシャツのボタンを、美佐子は、ひとつひとつ外し始めた。
露わになっていく白い肌に、十字のペンダントが揺れていた。
「何もあげるものがないから……」
美佐子は、ボタンを外したシャツを脱ぎ捨てながら言った。
「東京での思い出のひとつにしてくれたら……」
ほっそりとした体の中で、ひとつだけ彼女の「女」を主張しているふくらみが、可憐に揺れていた。
一見、エキゾチックな……と感じさせるその顔立ちは、もう20年以上前に私が心を寄せていたことのある、ひとりの女性の顔に酷似している。
そのことに、私は、突然、気づいた。
彼女の名前は、佳山美佐子。
当時、私が在籍していた編集部に、スタイリストとして出入りしていた女性だった。
ファッション担当でなかった私とは、仕事上のつながりは希薄だったが、たまに、自分の担当する特集記事の撮影のために、スタイリングが必要になると、「わるいけど、こっちの仕事も、ちょっとだけお願いしていいかな」と声をかけた。その程度のつながりだった。
いつも、ジーパン姿でキビキビと動く彫りの深い顔立ちの美人。そんな美佐子は、編集部の男子部員にも、カメラマンにも人気で、中にはしつこく言い寄る男もいた。しかし、美佐子は、そんな男たちの誘惑をいなし続けていた。
30歳を目前に、私は、その会社を退職することになった。退職して郷里に帰り、フリーのエディターとして仕事をするつもりでいた。
「杉村さん、辞めちゃうんですか?」
美佐子が声をかけてきたのは、退職の1週間ほど前のことだった。
「佳山さんとは、もう少し仕事がしたかったけどね」
「私も、もっと仕事したかったです」
「ホント? それ知ってたら、もう少しいたのになぁ……」
「じゃ、いてくださいよ」
「いまさらムリだよ。それとも、九州まで仕事しにくる?」
「行きますよ、九州でも、どこでも」
「てか、向こうでほんとに仕事ができるのか、まだ、何も決まってないんだ」
「あの……」
美佐子が、少しモジッとしながら言った。
「こっちにいるうちに、一度、飲みに行きませんか?」
「いいね。今生のお別れかもしれないしね」
「そんなこと、言わないでくださいよ」
言いながら、美佐子の目が少しウルッとしたようだった。
その飲み会は、私が会社を辞め、郷里へ帰るための準備に入った6月の始めに実現した。

私と美佐子は、私鉄の駅で1駅しか違わないところに住んでいた。
こんな近くに住んでいながら、それまで一緒に食事をしたことも、お茶を飲んだことさえなかった。それを少し後悔した。
飲み会は、美佐子が住む街の駅近くにある、評判のすし屋でやることになり、私は歩いて、そのすし屋まで行った。徒歩でも30分とかからない距離だった。
歩いてきた――と言うと、美佐子は「ヘェ、そんな近くだったんだ」と驚き、「それ、知ってたらなぁ」とため息をもらした。
「知ってたら、どうした?」
「夜這いしてたかもしれない」
「夜這い……かよ」
「ワイン持って、飲もうって押しかけたりして……」
「それ、やってほしかったなぁ。惜しいことした」
「じゃ、きょう、やってあげる」
すし屋を出ると、美佐子はほんとうに酒屋でワインを買って、私の部屋までやって来た。
すでに、私の部屋は、引っ越しの荷物を詰めた段ボール箱がうずたかく積み上げてあった。そのすき間に2人分のすき間を作って腰を下ろし、まだ荷造りしてない食器棚からワイングラスを取り出して、乾杯した。
「すごい荷物……」と部屋の中を見回しながら、美佐子は「ほんとに行っちゃうんですね」と、眉を八の字に寄せた。
「でも、よかった」
「何が……?」
「最後の最後に、こうして、キミと飲めて」
「どうして、もっと早く、会わなかったんだろ……」
「そうできたらいいだろうな……って、ボクは思ってたんだよ」
「ホント……?」
「でも、誘う勇気がなかった」
「どうして?」
「キミを誘ったりしたら、そこら中の男たちに殺されそうな気がした」
「意気地なし……」
ボソリ……とつぶやいて、美佐子はグラスを足元に置いた。
その手がゆっくり、胸元に動いた。
ジーンズの上から羽織ったシャツのボタンを、美佐子は、ひとつひとつ外し始めた。
露わになっていく白い肌に、十字のペンダントが揺れていた。
「何もあげるものがないから……」
美佐子は、ボタンを外したシャツを脱ぎ捨てながら言った。
「東京での思い出のひとつにしてくれたら……」
ほっそりとした体の中で、ひとつだけ彼女の「女」を主張しているふくらみが、可憐に揺れていた。

私と佳山美佐子がふたりだけで会ったのは、それが最初で、そして最後になった。
積み上げられた段ボール箱をどかして作ったわずかなすき間に彼女の体を横たえ、その体に重なって、私と美佐子は小さな思い出を作った。
美佐子は、何度も小さな叫び声を上げて、私の背中にツメの跡を残した。
それだけだった。
「持ち帰りたくなっちゃうじゃないか……」と、つい口にした私だったが、彼女の仕事は、東京でしか成立しない仕事だったし、私が郷里でほんとに生きていけるのかどうかも、まだ確信がなかった。
「いつかまた、きっと会えるよね」と問いかける彼女に、私も「ウン、きっと」と答えるしかなかった。
夜がふけると、私たちはまた、彼女の最寄駅まで歩き、握手をして別れた。
それから20年とちょっと。
結局、私と佳山美佐子が再び会う機会はやって来なかった。
私が、九州に帰っている間に、美佐子は結婚して子どもを生んだ――と、風の便りに聞いた。
私たちは、運命のレールに乗るタイミングを逸したのだ。
私はそのうち、佳山美佐子という名前を思い出すこともなくなっていた。

見れば見るほど、美遊は、その美佐子に似ている。
私の中で眠っていた美佐子との思い出が、鮮やかな色彩とともによみがえった。
美遊は、デッキの手すりに両ひじを着き、重ね合わせた腕の上にあごを載せて、海面を見つめていた。
その姿が、私の部屋で床に腹ばいになり、腕に頭を載せて、情事の後の気だるい視線を投げかけていた美佐子の姿とダブった。
つい、見とれていると、視線を上げた美遊と目が合った。
「いやだぁ、見てたんですか?」
「ウン? ちょっとね。キミがあんまりメランコリックな顔をしてたから」
「あ、すみません。お父さんの話とかしたんで、ちょっと……昔のことを思い出して……」
「ね、キミのお母さんって……」
「あ、もう、亡くなりました」
「エッ……?」
「おととし、子宮ガンで。私、いまは、天涯孤独の身なんですよ」
もしかして、佳山美佐子という名前を……と言いかけた言葉を、私は、それで飲み込んだ。
「もう、演奏、始まりますね。行きましょう」
美遊に言われて、私はデッキから船室への通路の扉を開けた。
前原トリオの演奏が、始まっていた。
曲は、「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」だった――。
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盆になると、男たちがクジで「かか」を交換し合う。
明治半ばまで、一部の地域で実際に行われていた
「盆かか」と呼ばれる風習。本作品は、その風習を
題材に描いた官能フィクションです。
与一の新婚の妻・妙も、今年は、クジの対象になる。
クジを引き当てたのは、村いちばんの乱暴者・権太。
三日間を終えて帰って来た妙は、その夜から、
様子が変わった。その変化に戸惑う与一は、
ある日、その秘密を知った??。
筆者初の官能作品、どうぞお愉しみください。
2020年9月発売 定価:200円 発行/虹BOOKS
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既刊本もどうぞよろしく 写真をクリックしてください。






明治半ばまで、一部の地域で実際に行われていた
「盆かか」と呼ばれる風習。本作品は、その風習を
題材に描いた官能フィクションです。
与一の新婚の妻・妙も、今年は、クジの対象になる。
クジを引き当てたのは、村いちばんの乱暴者・権太。
三日間を終えて帰って来た妙は、その夜から、
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ある日、その秘密を知った??。
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みなさんのひと押しで、喜んだり、反省したり……の日々です。
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