父と娘の幻夢〈2〉 愛を栞られて

第9話 父と娘の幻夢 2
R18
このシリーズは、性的表現を含む官能読み物です。
18歳未満の方は、ご退出ください。
「鉄太郎」のバイト店員・美遊は、
私の顔を見る度に「今日の魚は」
などと話しかけてくる。
そんなある日、彼女は私が食事中、
読んでいる本に興味を示した——。

ここまでのあらすじ 「きょうのお通し、私が作ったんですよ」。お盆を抱えてニッコリほほ笑む顔を「かわいい」と思った。名前を佐藤美遊。私がランチを食べに通う居酒屋「鉄太郎」のアルバイト店員だった。その顔を見たくて、昼飯は「鉄太郎」と決めた私。そんな私に、ある日、彼女が「あの……」と声をかけてきた――
「なんだか、面白そうな本を読んでましたね」
「あ、これ?」
「いつも、むずかしそうな本を読んでらっしゃいますよね。でも、きょうのは、ちょっと面白そうに見えたんで……」
「これね、けっこういい話だよ。小説なんだけど、主人公がみんな、愛する人を病気で失ってしまう話なんだ。ちょっと泣けるよ」
「ヘェ。私、そういう話、けっこう好きかもしれない」
「もうすぐ読み終わるから、読んだら貸してあげようか」
「ほんとですか? うれしいッ!」
ほんとにうれしそうに顔をほころばせるので、私は、残りのページをその夜、一気に読み終えてしまい、翌日のランチタイムには、読み終えた本を小脇に抱えて「鉄太郎」の暖簾をくぐった。
「ハイ、これ、読んじゃったから」
「もう……ですか? 早ッ!」
「キミが読みたそうだったから、きのう、徹夜して読んじゃった」
「エーッ、徹夜ですかぁ?」
「ウソだよ」
「もぉーッ、本気にしちゃったじゃないですか」
「あ、それ、返すの、いつでもいいからね。なんなら、一生かけて読んでくれてもいいし……」
「知らなかったんですか?」
「何を?」
「私、読むの、早いんですよ。これでも、国文だし……」
佐藤美遊が国文科だということを、そのとき、初めて知った。
このあたりで、国文科だと……と、大学名が頭に浮かんだが、それは訊かないでおいた。そういうことを根掘り葉掘り訊き出すのは、私の流儀ではなかった。
「あ、これ?」
「いつも、むずかしそうな本を読んでらっしゃいますよね。でも、きょうのは、ちょっと面白そうに見えたんで……」
「これね、けっこういい話だよ。小説なんだけど、主人公がみんな、愛する人を病気で失ってしまう話なんだ。ちょっと泣けるよ」
「ヘェ。私、そういう話、けっこう好きかもしれない」
「もうすぐ読み終わるから、読んだら貸してあげようか」
「ほんとですか? うれしいッ!」
ほんとにうれしそうに顔をほころばせるので、私は、残りのページをその夜、一気に読み終えてしまい、翌日のランチタイムには、読み終えた本を小脇に抱えて「鉄太郎」の暖簾をくぐった。
「ハイ、これ、読んじゃったから」
「もう……ですか? 早ッ!」
「キミが読みたそうだったから、きのう、徹夜して読んじゃった」
「エーッ、徹夜ですかぁ?」
「ウソだよ」
「もぉーッ、本気にしちゃったじゃないですか」
「あ、それ、返すの、いつでもいいからね。なんなら、一生かけて読んでくれてもいいし……」
「知らなかったんですか?」
「何を?」
「私、読むの、早いんですよ。これでも、国文だし……」
佐藤美遊が国文科だということを、そのとき、初めて知った。
このあたりで、国文科だと……と、大学名が頭に浮かんだが、それは訊かないでおいた。そういうことを根掘り葉掘り訊き出すのは、私の流儀ではなかった。

私が貸した『見えない明日』は、2日で美遊の手から私の手に戻ってきた。
全部で8話から成る短編集だから、2日もあれば、読破するには十分だろう。
しかし、それは夢中で読んだ場合の話だ。「そのうち、読んでやるか」ぐらいの気持ちでいたら、1週間経っても、2週間経っても、戻ってきやしない。ヘタしたら、忘れた頃になって……というケースだってある。
それが2日で戻ってきた。
彼女が、私から借りたその日から、その一冊を熱心に読みふけった――ということの証だった。
「私、ダメです、こういう本」
私の顔を見るなり駆け寄って来た美遊が、「ありがとうございました」と両手で本を差し出しながら言った。
「もしかして、苦手なタイプの話だった?」
「じゃなくて、弱いんです。もう、目が腫れちゃって、腫れちゃって……」
「どこがいちばん泣けた?」
「最後の話かな……。亡くなった奥さんから手紙が届くシーン……」
「おんなじだ。ボクもあそこでグッ……ときた」
「趣味が合いますね」
クスッと笑った顔が、「それで、本日のご注文は?」と訊いている。
「じゃ、きょうはマナガツオの西京焼きにしよう」
「やっぱり……?」
「エッ?」
「それ、頼むんじゃないか……って思ってました」
厨房に注文を伝えにいった美遊が、女将さんと何か言葉を交わしながら、笑っている。
女将さんが私のほうをチラと見て、美遊の頭をポンと叩くと、美遊はペロッと舌を出して、奥へ消えた。
「いい子でしょ、あの子?」
あとで料理を運んできた女将が、意味ありげな微笑を浮かべて、私にささやきかけた。
「性格もいいのよ。うちとしては、いつまでもいてほしいんだけどさ……」
「エッ、辞めちゃうの?」
「今年いっぱいぐらいは、いてくれると思うんだけどね。来年になると、学校が忙しくなるらしいんで、どうなるか……」
「女将がいじめて辞めさせるってこともあるだろうしね」
「しませんよ、私はそんなこと。いまね、ああいう気立てのいい子を探すの、たいへんなんだから」
「だろうね」
「あら、やっぱり、そう思うの? あの子もね、いいお客さんだって思ってるみたいだから、かわいがってあげて。ここだけの話なんだけど……」
突然、女将が声を潜めた。
「あの子、お父さんがいないのよ。だから、お客さんみたいな年上の紳士に弱いみたいなの。でも、ダメだよ。そんな気持ちにつけこんでわるさなんかしたら、私が……」
「わかってますよ。わるさなんかしません。そんなことしそうになったら、みそ汁に毒盛っていいから」
「もう、入れてあるわよ」
「エーッ!?」
まったく、口の軽い女将だ――と思ったが、だれにもかれにもぶちまけているというわけでもなさそうだった。
女将が口にした「あの子、お父さんがいないのよ」のひと言は、私の胸の奥に引っかかった。
胸の奥に引っかかったまま、ふくらし粉を混ぜたパン種のようにふくらんでいった。

美遊から返ってきた本には、ちょっとだけうれしいお返しがついていた。
押し花を貼り付けた手製の栞だった。
《いい本をありがとうございました。
この栞、私のハンドメイドです。
よかったら、使ってください。美遊》
私は、その栞を次に読む本の間に挟み込み、そして、その次の本にも、次の次の本にも挟み込んで使った。
本を開くたびに手に触れる栞から、かすかに彼女の香りが漂ってくるような気がした。
やがて、梅雨が明け、空から照りつける夏の太陽が痛く感じられるような真夏日がやってきた。そんなある日のことだった。
「鉄太郎」で昼食をとりながら、私は、その夏の日曜日に、横浜で行われるジャズ・クルーズの案内チラシを眺めていた。
横浜の山下埠頭の大桟橋から出航する「ロイヤル・ウイング」を借り切って行われるクルージングだが、その時期に行われるクルージングには、毎年、私の知っているジャズ・ミュージシャンたちが何名か参加するので、案内をもらうと、たいていは出席するようにしていた。
チラシを手に、参加ミュージシャンの顔ぶれや演奏曲目などを眺めていると、注文を取りにきた美遊が、「ワッ、ナイト・クルージングですか?」と、興味深そうな声をあげた。
「ウン。ジャズ・クルーズなんだ。ボクの知り合いのミュージシャンたちが何人か出るんでね、行ってみるか……って思いながら見てたの」
「エーッ!! いいなぁ」
「ミユちゃんも、ジャズ好きなの?」
「大好き。ほんとはライブとか行きたいんだけど、ビンボーな学生だから……」
「じゃ、一緒に行く? いつも、チケットを2枚もらうんだけど、今年はまだ、パートナーが決まってないんだ」
「エッ、私でいいんですか?」
「もちろん。キミなら喜んで……だよ」
「エーッ、うれしいッ! 私、行きたいです」
お盆を抱えたまま、跳び上がりそうに喜んで見せる美遊の姿を、遠くから女将が見ていた。
知ったことか――。
私は、クルージングがてら横浜の街を案内してあげることを約束して、7月最後の日曜日のスケジュールを手帳に書き込んだ。
「じゃ、これ」と、帰りに美遊が私に手渡したものがあった。
携帯の電話番号を書いたメモだった。
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明治半ばまで、一部の地域で実際に行われていた
「盆かか」と呼ばれる風習。本作品は、その風習を
題材に描いた官能フィクションです。
与一の新婚の妻・妙も、今年は、クジの対象になる。
クジを引き当てたのは、村いちばんの乱暴者・権太。
三日間を終えて帰って来た妙は、その夜から、
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