父と娘の幻夢〈1〉 お通しに魅せられて

もの想い 妄夢草紙 
 第9話  父と娘の幻夢   

 R18 
このシリーズは、性的表現を含む官能読み物です。
18歳未満の方は、ご退出ください。


いつもランチを食べに入る居酒屋。
彼女はそこでアルバイトとして
働いていた。「きょうのお通し、
私が作ったんですよ」とほほ笑む
その笑顔に、私は魅せられた。



 「ハイ、お通しです。きょうのお通し、私が作ったんですよ」
 声に目を上げると、作務衣姿の女の子が、宿題を提出する子どものような表情で私の顔をうかがっていた。その目元から、何かを期待するような、しかし少し不安なような光が投げかけられていた。
 小鉢に盛られていたのは、春菊と赤貝のヒモだった。
 それがドレッシングで和えてある。
 春菊の濃い緑と赤貝の赤い色が、色彩的にもバランスよく配置されて食欲をそそる。
 ひと口頬張ると、春菊の辛味の中から、赤貝の身の甘みが立ち上ってくる。貝の身の生臭さが春菊の辛みに抑えられて、絶妙のマッチングと感じられた。
 「うまッ!」
 思わず声に出すと、横に立ったまま、私が口にするのを待っていた彼女の顔が、「エヘヘッ」というふうにほころんだ。
 かわいい。
 まだ名前も知らない彼女に対する特別の想いが、その瞬間に芽を吹いた。

       

 「鉄太郎」は、夜は「鉄板焼き」を中心に食事と酒を提供している居酒屋だ。
 元々は「たこ焼き」専門の店だったが、たこ焼きだけでは売り上げが伸びないところから、魚や肉のメニューも加え、「鉄板焼きの店」としてリニューアルした。
 たまに、オフィスのスタッフを誘って飲みに出かけることもあったが、私は、その「鉄太郎」をもっぱら昼メシを食う店として使っていた。
 焼き魚や煮魚をランチとして出してくれる、界隈では数少ない和食の店、というのが理由のひとつだったが、そのうち、毎日のようにランチを食べに行くようになった。
 たまに、他の店に……と思うこともなくはなかったが、「やっぱり、鉄太郎にしとくか」と踵を返してしまうのは、ひとつには、彼女の笑顔を見たいという気持ちが勝ってしまうからでもあった。
 「鉄太郎」で彼女の姿を見るようになったのは、その年の春だった。
 「おや、新人さん?」
 「ハイ。この4月から、アルバイトしてます」
 「アルバイト? 学生さん?」
  「ハイ」
 「ガンバってね。バイトもだけど、勉強も……」
 「ハイ。ガンバります」
 お盆を胸にしっかと抱きかかえたまま、力強くうなずく。 
 そのしぐさと、そのとき目に宿った光の濁りのなさに、不意に胸を打たれた。遠い昔、どこかに置き忘れてきてしまったものを見せられたような気がして、メシの味が少し塩っぽくなった。
 「鉄太郎」には、常時2~3人のホール・スタッフがいる。
 ひとりは店の主人の奥さんでもある女将さん。残りの1~2人は、必要に応じてアルバイト を雇い入れていたが、そのほとんどは外国人だった。
 ろくに日本語も話せない外国人のスタッフに、「ドン」とお茶を出されるたびに、せっかくのランチタイムが台無しになるような気分を味わっていた私には、新人の彼女がかける言葉のひとつひとつ、見せるしぐさのひとつひとつが、新鮮に感じられた。
 何よりもうれしかったのは、彼女がつけ加える余計なひと言だった。
 「きょうの日替わり、おいしいですよ。私も、さっき食べたんですけど……」
 「雨、ひどかったんですか? 肩、びっしょり濡れてますよ」(と言いながら、おしぼりを一本、持ってきてくれる)
 「きょうは遅いですね。これからお昼ですか?」
 元々、マニュアルなんていうくだらないものがない店だったから、そういう余計なひと言は、すべて、彼女の感性が言わせる言葉だった。
 そのうち、彼女が店では「ミユちゃん」と呼ばれていることを私は知った。
 「ミユさんて言うんだね? どんな字?」
 「美しく遊ぶ、って書くんです。全然、遊んでないですけどね」
 「苗字は?」
 「なんか、ちょっと恥ずかしいんですけど……」
 「どうして?」
 「すごぉく平凡だから」
 「田中とか、高橋とか……?」
 「ちょっと違う。あ、でも、似たようなものかな。佐藤って言います」
 「佐藤美遊か……」
 「なんか、ガッカリしません? 美遊ってきたら、上に水原とか、榊原とか……もっと美しい苗字がついてたら……って思うんですけどね」
 「佐藤美遊だって、十分に美しい名前だと思うよ。キミがその名前を好きになればね」
 「好きになるんですか?」
 「好きになるような生き方をするってこと」
 「フーン……じゃ、ガンバってみようかな」
 「あ……」
 「エッ……?」
 「ボクは、その名前、けっこう好きだよ」
 「ありがとうございます」
 うれしそうに、目の縁を輝かせた顔がかわいかった。
 それが、私が佐藤美遊という女の子を、「佐藤美遊」として知った最初だった

          

 佐藤美遊の顔を特徴づけているのは、鼻の起点が盛り上がったワシ鼻だった。
 ギリシャ彫刻の貴婦人を思わせるその隆起は、彼女の意志の強さを感じさせる。
 ツンとすましていると、一見、高慢ちきな……とも見える顔立ちだが、その鼻の起点に連なる大きな目が、ときに無邪気にクシャッと崩れ、ときに好奇心にキラリと輝き、うれしいと目尻に喜びのシワを作り、悲しいと眉間に苦悩の溝を刻む。その豊かな表情が、整った顔立ちにもかかわらず、彼女を人なつっこい小動物のように見せていた。
 ハテ、どこかで見たような……と、初めて顔を合わせたときから感じていたことだが、それがどこだったか、すぐには思い出せなかった。
 彼女の顔がほころぶのを見たいがために、私は、それからも足しげく「鉄太郎」に通った。
 美遊がランチメニューを広げると、私は必ず「きょうのおすすめは?」と訊いた。
 「きのう、いいマグロが入ってたので、きょうのづけ丼は、ちょっとおすすめですよ」
 「たまに、魚以外ってダメですか? 個人的には、きょうの鶏肉の油淋ソース、けっこうイチオシなんですけど……」
 たとえ、それが、その日食べようと思っていたメニューとは違っても、「よし、美遊さんの   チョイスに乗ってみよう」と、彼女の「おすすめ」を選択した。
 料理が出てくるのを待つ間、私は、持ってきた本を開いて、束の間の読書を愉しむ。
 仕事のために読むものを除けば、読みたい本を読む時間は、往復の通勤電車の中か、ランチタイムの食前と食後ぐらいしかない。
 早食いの私は、食事そのものは10分もあればたいらげてしまう。
 店が込んでなければ、食事がすんでも、しばらくの時間、お茶を飲みながら読みかけの本に目を落とす。
 あるとき、そんな私に美遊が声をかけた。
 「よかったら、コーヒー召し上がります?」
 「コーヒー? そんなのあったっけ?」
 「始めたんですよ、100円コーヒー。本を読むときって、コーヒーのほうがいいかな……って思って」
 「それはありがたい。じゃ、頼もうか」
 美遊の「おすすめ」で食事をすませ、美遊のすすめでコーヒーを注文し、そろそろ店のランチタイムが終了という時間まで読みたい本を読んで、時間を過ごす。
 いつの間にか、それが、私のいちばん心休まる時間になっていった。
 さて、そろそろ行くか――と腰を上げると、美遊はいつも、どこからかその様子を見ていて、さっと伝票を手に取る。
 まるで、私の会計をするのは自分の仕事――と決めているようで、それが少しおかしかった。
 そんなある日、会計をすませた私がドアに向かおうとすると、美遊が「あの……」と声をかけてきた。
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