自伝的創愛記〈14〉 整列ビンタ

第14章
だれかが給食のミルクを残した。
「だれだ?」と声を荒げた
教師は生徒を一列に並ばせた。
そこへ降り下ろされたのは――。
「だれだ、これを残したのは!?」
教室中に教師の怒号が響き渡ったのは、6年になったばかりの4月初めの、よく晴れた日だった。
硬くてしょっぱいコッペパンに、脱脂粉乳の臭いミルク。それにアルマイトのボウルまたは皿に盛られたおかずが一品。その日は、ショウガ味で臭みを抑えたクジラ肉の揚げ物か何かだった。
その頃の給食は、お世辞にも「うまい」と言えるものではなかった。しかし、残すと叱られるので、鼻をつまんで喉に流し込む。
そうして、何とか食べ終えると、給食係の女の子が、食器を集めて教壇の片隅に運ぶ。その運ばれた食器を見て、青田先生が「だれだ!」と声を挙げたのだった。
先生が「これ」と指さしていたのは、ほとんど口をつけないまま残されたミルクのボウルだった。
先生の声に畏れをなしたのか、教室はシーンと静まり返って、だれも手を挙げる者がいない。それを見て、青田先生は、手にしていたチョークをポンと黒板の溝に放り投げた。
それが、先生が怒っているときのサインであることを、ボクは1年間の転校生活で学んでいたが、続いて先生の口から飛び出した言葉は、教室のボクたち全員を脅えさせた。
「そうか。このクラスには、正直者はいないのか? おまえたちは、みんなウソつきか?」
そう言うと、青田先生は、右手のひらで黒板をバンとたたいた。その音が大きかったので、前の席の何人かがビクンと体を震わせた。
「よし、みんな、一列に並べ」
先生の声が響くと、教室中から一斉に、ガタゴト……と、イスを引く音がした。
みんな、何をすべきかがよくわかっているようだった。たちまち、教室の中には、47人の長い列ができた。
「いいか。これは、おまえたち全員の連帯責任だ!」
教師・青田は、右の肩の上まで振り上げた手を、先頭に並んだ女の子の頬に振り下ろした。
ピシリ……という鋭い音が教室に響き、列に並んだ生徒の何人かが、目をつぶった。
教室中に教師の怒号が響き渡ったのは、6年になったばかりの4月初めの、よく晴れた日だった。
硬くてしょっぱいコッペパンに、脱脂粉乳の臭いミルク。それにアルマイトのボウルまたは皿に盛られたおかずが一品。その日は、ショウガ味で臭みを抑えたクジラ肉の揚げ物か何かだった。
その頃の給食は、お世辞にも「うまい」と言えるものではなかった。しかし、残すと叱られるので、鼻をつまんで喉に流し込む。
そうして、何とか食べ終えると、給食係の女の子が、食器を集めて教壇の片隅に運ぶ。その運ばれた食器を見て、青田先生が「だれだ!」と声を挙げたのだった。
先生が「これ」と指さしていたのは、ほとんど口をつけないまま残されたミルクのボウルだった。
先生の声に畏れをなしたのか、教室はシーンと静まり返って、だれも手を挙げる者がいない。それを見て、青田先生は、手にしていたチョークをポンと黒板の溝に放り投げた。
それが、先生が怒っているときのサインであることを、ボクは1年間の転校生活で学んでいたが、続いて先生の口から飛び出した言葉は、教室のボクたち全員を脅えさせた。
「そうか。このクラスには、正直者はいないのか? おまえたちは、みんなウソつきか?」
そう言うと、青田先生は、右手のひらで黒板をバンとたたいた。その音が大きかったので、前の席の何人かがビクンと体を震わせた。
「よし、みんな、一列に並べ」
先生の声が響くと、教室中から一斉に、ガタゴト……と、イスを引く音がした。
みんな、何をすべきかがよくわかっているようだった。たちまち、教室の中には、47人の長い列ができた。
「いいか。これは、おまえたち全員の連帯責任だ!」
教師・青田は、右の肩の上まで振り上げた手を、先頭に並んだ女の子の頬に振り下ろした。
ピシリ……という鋭い音が教室に響き、列に並んだ生徒の何人かが、目をつぶった。

「連帯責任」という言葉を、ボクは、そのとき初めて耳にした。
だれかがルールに反することをやったら、その責任はグループの全員が負う。
子どもであるボクらには、理解のできない言葉であり、理屈だった。
おとなしく列を作って、先生が振り上げた右手の先に左頬を差し出すボクたちと先生の関係は、まるで、その頃の兵隊映画に出て来る上官と二等兵の関係のようだ――と、ボクは思った。上官の鉄拳を受けるために横一列に並ぶ無力で無抵抗な兵隊。それが、ボクたちの姿に重なった。そして、「歯を食いしばれ。目を閉じるな」と言っては手を振り上げる教師は、ボクの目には、額に青スジを浮かべる青年将校のようにも見えた。
あの先生は、怒らせるとヤバい。
ボクは、子ども心にもそれを感じ、それからは、先生の顔色を窺う術を身に着けていった。

教師・青田は、15歳で「予科練」に入り、ほんとうなら特攻機に乗って敵艦に体当たりするはずだったんよ――と、転校したばかりのボクに教えてくれたのは、高木ユミという女の子だった。
しかし、特攻を志願した軍国少年・青田彰の望みは、敗戦とともに断たれた。青年となって廃墟と化した小倉の街に立った青田青年は、「教師にでもなるか」と大学に進学し直し、そして、この学校に赴任してきたのだという。
後になって理解できるようになったことだが、その頃の小・中学校では、「民主教育」が真っ盛りだった。戦争で悲惨な思いを味わった国民の中には、戦前の軍国教育に対する反発もあり、若い教師たちの間には自由な教育を追求しようとする熱情があふれていた。
その熱情を、教育体制の中に実現させようと政治的に活動する教師もいたし、教育内容の中に生かそうとする教師もいた。しかし、青田教師は、ちょっと違った。それを、教師と生徒という人間関係の中にぶつけてきているように、ボクたちには感じられた。
青田彰という先生は、ムキになって生徒にぶつかってくる先生だった。
ボクらは、多かれ少なかれ、一人前のおとなとして教師・青田と向き合うことを求められているのだった。
それゆえに、小学校最後の1年半は、色濃く、ボクの記憶の中に残った。
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