もしも、時計が左回りを始めたら?〈7〉 その男、過去からの使者

突如、姿を現した「ミュージックパブ」。
なぜ、こんなところに――と、扉を開けたボクに
見知らぬ男が声をかけてきた。
小学校で1級下だったという男。学芸会での
ボクの役どころと演技を覚えている、
と言うのだ——。
連載
もしも時計が左回りを始めたら? 第7章

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ここまでのあらすじ 8年間つき合った希美が、「別れてください」と切り出してから、ボクの腕時計は、ナゾの左回りを始めた。その瞬間から、ボクの「時間」は逆流を始めたのだった。修理しようかと見せた時計職人は、「コレ、修理するんですか?」と意外な顔をした。「せっかく逆回転を始めてくれたのに」と言うのだった。それまで腕時計などしなかったボクが、その腕時計を手首にはめたのは、16歳年下だった希美に、「セクシーじゃない」と言われたからだった。その時計が逆回転を始めた。逆回転とともに、ボクの周りでは不思議なことが起こり始めた。ある日、取材先を訪ねるために電車に乗っていたボクの隣に、いきなり、ドカッと腰を下ろしてきた女性。「なんで、こんなところに?」と声をかけてきたのは、17年前に、女性雑誌の編集部で編集者とライターとして、親しくつき合っていた戸川菜穂だった。過去が、次々に、ボクの「現在の時間」に立ち現れた。その日、帰りに拾ったタクシーは、10年前にも、ボクを乗せたことがあると言う。そして、都心を離れた住宅地のボクが住むマンションの目の前に、突然、出現した「ミュージック・パブ」を銘打つ店。なぜ、こんなところに? 恐る恐るドアを開けた店の中には、過去からの使者が潜んでいた――
その男は、児玉と名乗った。
「××小学校で1年後輩だった児玉です。シャイロックを演っていた長住さん、覚えてるんですよ」
ウソだろう――と思った。
卒業からすでに30年以上は経っている。同級生だったら、あるいはそういうこともあるかも……と考えることはできるが、まったく交流もなかった1学年後輩。1200キロも離れた九州の小学校の下級生と、都心の社交場ならともかく、こんな場末の、あり得ない場所に出現したミュージック・パブで、偶然に出会うなんてことが、あろうはずがない。
ボクは、ショージキ、背筋がゾッとなった。
男は、その小学校の学芸会で上演された劇『ベニスの商人』を見て、その中で憎まれ役・シャイロックを演じていたボクのことを覚えているんだと言う。
その店にやって来たのは、たまたま取引先の先輩に誘われたからだと言うのだが、「偶然」と言うのなら、そんな恐ろしい偶然はない。
そのときは、客も一緒なので――ということで、それ以上、話はしなかった。
「いずれまた」とあいさつをしただけで、たがいの連絡先も交換しなかったし、次にどこかでという約束を交わしたわけでもなかった。
それだけなら、「珍しいところで珍しい人間に出くわすこともあるもんだ」で終わってしまったかもしれない話だった。
しかし、それだけでは終わらなかった。
「××小学校で1年後輩だった児玉です。シャイロックを演っていた長住さん、覚えてるんですよ」
ウソだろう――と思った。
卒業からすでに30年以上は経っている。同級生だったら、あるいはそういうこともあるかも……と考えることはできるが、まったく交流もなかった1学年後輩。1200キロも離れた九州の小学校の下級生と、都心の社交場ならともかく、こんな場末の、あり得ない場所に出現したミュージック・パブで、偶然に出会うなんてことが、あろうはずがない。
ボクは、ショージキ、背筋がゾッとなった。
男は、その小学校の学芸会で上演された劇『ベニスの商人』を見て、その中で憎まれ役・シャイロックを演じていたボクのことを覚えているんだと言う。
その店にやって来たのは、たまたま取引先の先輩に誘われたからだと言うのだが、「偶然」と言うのなら、そんな恐ろしい偶然はない。
そのときは、客も一緒なので――ということで、それ以上、話はしなかった。
「いずれまた」とあいさつをしただけで、たがいの連絡先も交換しなかったし、次にどこかでという約束を交わしたわけでもなかった。
それだけなら、「珍しいところで珍しい人間に出くわすこともあるもんだ」で終わってしまったかもしれない話だった。
しかし、それだけでは終わらなかった。

ボクには、その当時、週に1回は顔を出すような行きつけの店が、何軒かあった。
ほとんどは、ジャズ・クラブ、ライブ・ハウス、ピアノ・バーのような、音を出す店で、そのジャンルは「ジャズ」だった。
別にそれらの店を教えたわけでも、連れて行ったわけでもないのに、児玉某は、何の前触れもなく、それらの店にも現れた。
最初は、赤坂の「クラブB」。「エッ、こんなところまで何で?」と驚いていたら、次には、六本木の「クラブS」。代々木の「ジャズライブN」では、「ハハァ……」という話を耳にした。
「こないだ、児玉さんという人がいらして、長住さんという人がこちらに来てませんか? って言うんですよ。ご存じの方でした?」
そういうことだったのか――と、ボクは思った。
マンションの前に、突如、出現したミュージックパブで出会ったのは、偶然であったとしても、その後に続いた「またも偶然」は、少なくとも「偶然」ではないのかもしれない。明らかに、そこには、男の意図的と思われる行動が感じられた。
もしかして、児玉某は、ボクの行動を尾け回しているのか?

30年も前に小学校の1学年後輩だったという男は、左回りを始めた時計が、過去から送り込んだ使者なのかもしれない。
そう考えると、何だか不気味になった。
ボクは顔を合わせても、極力、言葉を交わさないようにした。
しかし、児玉某は、そんなボクの元にすり寄って来ては、断片的な過去からの情報を耳打ちしてきた。
「担任だった青田先生、今度、教育委員になったらしいですよ」
「同級だった城山さんが、あなたの連絡先、探してますよ」
「あなたと仲のよかった、ホラ……あの……権藤さん、また、結婚したらしいですよ。もう、3回目だと言ってました」
どうでもいい話ばかりだし、だいいち、そんな人間がいたことも、もう忘れている――という話なので、適当に「ホォ」「フーン」と聞き流していた。
しかし、その話だけは、聞き逃せなかった。
「あの人、いま、東京にいるらしいですよ」
ボクは、思わず「エッ」と身を乗り出した。
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