もしも、時計が左回りを始めたら?〈6〉 目の前の「開かずの扉」

ボクの回りには、次々と不思議なことが
起こった。住宅地であるマンションの前に
突然、出現したミュージック・パブも、
そのひとつだった。こんなところになぜ?
ボクは、そのドアを開けてみた。そこにも、
過去からの使者が潜んでいた――。
連載
もしも時計が左回りを始めたら? 第6章

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ここまでのあらすじ 8年間つき合った希美が、「別れてください」と切り出してから、ボクの腕時計は、ナゾの左回りを始めた。その瞬間から、ボクの「時間」は逆流を始めたのだった。修理しようかと見せた時計職人は、「コレ、修理するんですか?」と意外な顔をした。「せっかく逆回転を始めてくれたのに」と言うのだった。それまで腕時計などしなかったボクが、その腕時計を手首にはめたのは、16歳年下だった希美に、「セクシーじゃない」と言われたからだった。その時計が逆回転を始めた。逆回転とともに、ボクの周りでは不思議なことが起こり始めた。ある日、取材先を訪ねるために電車に乗っていたボクの隣に、いきなり、ドカッと腰を下ろしてきた女性。「なんで、こんなところに?」と声をかけてきたのは、17年前に、女性雑誌の編集部で編集者とライターとして、親しくつき合っていた戸川菜穂だった。過去が、次々に、ボクの「現在の時間」に立ち現れた。その日、帰りに拾ったタクシーは、朝にも拾ったタクシーで、しかも、運転手は、10年前にも、ボクを乗せたことがあると言う――
あるはずのない場所に出現した「ミュージックパブ」と銘打つ店。
マンションに帰ってくる度に、ボクは、その扉を開けて出入りする人間たちが気になった。
どうも、出入りしているのは、地元の人間たちじゃない。どこからか、タクシーで乗り付けては、店のママらしい女性に出迎えられ、扉の内側へと消えて行く。
扉が開く度に、店の中から漏れてくる音も、気になった。
カラオケの伴奏、だれかが歌っている声、女の子と客が何やらふざけ合っているような声……。それらの音が、近くを走る高架鉄道に混じって、ボクの部屋にまで届いてくる。それだけなら、「うるさい雑音」と思って耳を塞いだかもしれないが、そんな音の中に、時折、あり得ない音が混じって聞こえることがあった。
だれが弾いているのかわからない、ピアノの音。だれかが叩いているタンバリンの音。ときには、バイオリンの音が響いてくることもあったし、サックスと思われる音が響いてくることもあった。
あの扉の向こうでは、いったい、何が行われているのか?
そこには、どんな連中が集まっているのか?
日に日に、ボクの中では、中をのぞいてみたいという欲望が高まっていった。
そして……。
マンションに帰ってくる度に、ボクは、その扉を開けて出入りする人間たちが気になった。
どうも、出入りしているのは、地元の人間たちじゃない。どこからか、タクシーで乗り付けては、店のママらしい女性に出迎えられ、扉の内側へと消えて行く。
扉が開く度に、店の中から漏れてくる音も、気になった。
カラオケの伴奏、だれかが歌っている声、女の子と客が何やらふざけ合っているような声……。それらの音が、近くを走る高架鉄道に混じって、ボクの部屋にまで届いてくる。それだけなら、「うるさい雑音」と思って耳を塞いだかもしれないが、そんな音の中に、時折、あり得ない音が混じって聞こえることがあった。
だれが弾いているのかわからない、ピアノの音。だれかが叩いているタンバリンの音。ときには、バイオリンの音が響いてくることもあったし、サックスと思われる音が響いてくることもあった。
あの扉の向こうでは、いったい、何が行われているのか?
そこには、どんな連中が集まっているのか?
日に日に、ボクの中では、中をのぞいてみたいという欲望が高まっていった。
そして……。

ボクがその店のドアを開けたのは、開店から1カ月ほど経って、開店祝いに訪れる客も、ほぼ、落ち着いたか――と思われる頃だった。
「いらっしゃいませ」と出迎えてくれたのは、長い髪を夜会巻きにまとめた40代半ば過ぎと思われる女性だった。
しかし、その物腰、言葉の使い方は、とても、そんな鄙びた街の住宅街に店を出すようなタイプには見えない。きっと、銀座やどこかでママを務めた挙句、一線を退いて、都心を離れた場所に引退後の活躍場所を求めたのだろう。そこに、古いなじみの客たちが通って来ているのに違いない。
扉の内側は、想像したよりもシックな造りだった。入った右側には、半円型のカウンターがアーチ状にしつらえられ、バーテンを兼ねる女の子が2人、客の相手をしながら、飲み物などのサービスに務めている。
フロアの奥の壁際にはカラオケ用と思われるステージが設けられ、その脇にアップライトのピアノが1台、置いてある。その横にはドラムセットも置いてある。そして、アンプなどの機械類。
「生演奏もやるんですか?」
驚いて尋ねると、夜会巻きのママらしき女性が、「ウーン……」とまとめた髪のほつれに手を当てて首を傾げた。
「たまに、演奏できるお客さまがいらっしゃるんで、そのときに……。ピアノはね、前の店で使ってたのよ。でも、次に入るテナントが使わないって言うから、こっちに持ってきちゃったの」
なるほど、そうだったのか――と納得するボクに、ママは「もし、お弾きになるんだったら」と言ってくれたが、残念ながら、ボクにその素養はなかった。

フロアには、ソファのボックス席も4つほど用意されていたが、ひとりでそんな席に座る気にはなれない。カウンターに座ってバーボンの水割りをなめ、気が向けば、1曲か2曲、カラオケで歌って、目の前の自宅に帰る。
都心の店で飲んでタクシーで帰って来るよりは、断然、安く上がる。
それまで週に2日か3日は都心で飲んでいた生活を週1程度に減らして、自宅すぐ近のその店で飲むようになり、ボクは、近場の常連ということになった。
そんなある日だった。
「あの人、長住さんだよね」
店の女の子に尋ねてきた男がいた。
「そうですよ」と女の子が答えると、男は、「もしかして、北九州の××小学校卒業じゃないか?」と訊いてきたという。
また、ひとつ、過去が突然、ボクの目の前に現れた。
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