もしも時計が左回りを始めたら?〈2〉 時計職人の暗示

言葉が飛び出した翌日から、ボクの腕時計の針は、
左回りを始めた。「逆流」を始めたボクの時間。
ボクの変な時計は、周囲の人気になった。
どこか愛着を感じて、捨てる気にならない
修理しようと見せた時計屋の職人は言うのだった。
「コレ、直すんですか?」——と。
連載
もしも時計が左回りを始めたら? 第2章

ここまでのあらすじ 8年間つき合った希美が、「別れてください」と切り出してから、ボクの腕時計は、ナゾの左回りを始めた。その瞬間から、ボクの「時間」は逆流を始めたのだった――
ボクの左回りの時計は、意外なところで人気になった。
もっとも「人気」になったのは、当時、通っていたクラブだった。
「それ、いいなぁ」と、女の子たちが言うのである。中には、「その時計、私も欲しい」と言い出す子もいた。
キミが信じるかどうかはともかくの話だが、この世には、時計が逆に回転し始めることを期待する気分が、確かに存在する。そして、その気分は、ある年齢を過ぎた女性には、特に強く存在する。
医学的に言うなら、「エイジング(=加齢)」に対する「アンチ」な心理が作用するということだろう。
そうか、おまえは、「アンチ・エイジング」のシンボルなのか。
そう思うと、ボクの左腕で逆回転を始めた腕時計が、ちょっぴりかわいくも思え始めた。

時計屋に診てもらったこともあった。
「逆回転ですか? 珍しいですねェ」
ボクの時計を不思議そうに眺めたベテランすぎる時計職人は、裏蓋を取ってためつすがめつした後で、フゥと息を吐きながら言った。
「どこかで、歯車が狂っちまったかなぁ。最近、なんかショックを与えましたか?」
「確かに、ショックなことはあったけど……」
「でしょうなぁ」
頭頂部に3本だけ生えた髪を空気清浄機の風に震わせながら、時計職人が、訳がわかったような、しかし何もわかってないような顔でうなずいて見せるので、ボクはあわてて疑惑を打ち消した。
もっとも「人気」になったのは、当時、通っていたクラブだった。
「それ、いいなぁ」と、女の子たちが言うのである。中には、「その時計、私も欲しい」と言い出す子もいた。
キミが信じるかどうかはともかくの話だが、この世には、時計が逆に回転し始めることを期待する気分が、確かに存在する。そして、その気分は、ある年齢を過ぎた女性には、特に強く存在する。
医学的に言うなら、「エイジング(=加齢)」に対する「アンチ」な心理が作用するということだろう。
そうか、おまえは、「アンチ・エイジング」のシンボルなのか。
そう思うと、ボクの左腕で逆回転を始めた腕時計が、ちょっぴりかわいくも思え始めた。

時計屋に診てもらったこともあった。
「逆回転ですか? 珍しいですねェ」
ボクの時計を不思議そうに眺めたベテランすぎる時計職人は、裏蓋を取ってためつすがめつした後で、フゥと息を吐きながら言った。
「どこかで、歯車が狂っちまったかなぁ。最近、なんかショックを与えましたか?」
「確かに、ショックなことはあったけど……」
「でしょうなぁ」
頭頂部に3本だけ生えた髪を空気清浄機の風に震わせながら、時計職人が、訳がわかったような、しかし何もわかってないような顔でうなずいて見せるので、ボクはあわてて疑惑を打ち消した。
「ショックを受けたのは、時計じゃなくて、こっちのほうなんですがね」
そう言って、自分の胸を叩いて見せたのだが、老職人はそれをろくろく見もしないで言うのだった。
「どっちも似たようなもんだな。時計が回るから、時が経ったと感じるのか? それとも、時が経ったから、時計が回るだけなのか? どっちだと思います?」
スフィンクスのような謎かけに首をひねっていると、老職人は、ルーペを目から離して、ジロリとボクの顔を見上げた。
「時間を巻き戻したい――と願うようなショックもありますからねェ」
このオヤジ、ボクの脳の中の出来事まで見通しているのか――と、ちょっぴり不気味になった。
「そういう願いは……ま、なくもないけど……」
ボクが答えると、老職人は、再びルーペを目にかけ、裏蓋の中の歯車の動きをのぞき込んだ。
「ま、それも一興。それで……」と、再び、ボクの目を見上げた。
「この時計、直したいですか?」
「ハァ……?」と、ボクは声を挙げた。

変なオヤジだ――と思った。
直すつもりで持ち込んだボクの時計を見て、その時計職人は、「直したいですか?」と言うのだ。
ショーバイやる気、ないんだろうか――と思ったが、どうもそうではないらしい。
「たぶん、3万円ぐらいで買ったんでしょうけど、これ、修理するとしたら、全部、分解して調べなくちゃいけない。買った値段ぐらいは、かかっちまいますよ。せっかく、逆回転し始めてくれたのになぁ……」
逆回転し始めてくれた……?
何言ってんだ、このオヤジ――と、ボクは、老職人の頭を疑った。
しかし、オヤジは、そんな疑いにおかまいなく、もっと信じられない言葉を口にした。
「近頃は、針を逆回転させてくれと言ってくる人が多いのに、せっかく逆回転し始めた針を元に戻してくれとはなぁ。変わってますなぁ、お宅は……」
変わってる――と言われて、ボクの頭は混乱した。
混乱したので、修理を依頼するのは、もうちょっと後にすることにした。
⇒続きを読む
そう言って、自分の胸を叩いて見せたのだが、老職人はそれをろくろく見もしないで言うのだった。
「どっちも似たようなもんだな。時計が回るから、時が経ったと感じるのか? それとも、時が経ったから、時計が回るだけなのか? どっちだと思います?」
スフィンクスのような謎かけに首をひねっていると、老職人は、ルーペを目から離して、ジロリとボクの顔を見上げた。
「時間を巻き戻したい――と願うようなショックもありますからねェ」
このオヤジ、ボクの脳の中の出来事まで見通しているのか――と、ちょっぴり不気味になった。
「そういう願いは……ま、なくもないけど……」
ボクが答えると、老職人は、再びルーペを目にかけ、裏蓋の中の歯車の動きをのぞき込んだ。
「ま、それも一興。それで……」と、再び、ボクの目を見上げた。
「この時計、直したいですか?」
「ハァ……?」と、ボクは声を挙げた。

変なオヤジだ――と思った。
直すつもりで持ち込んだボクの時計を見て、その時計職人は、「直したいですか?」と言うのだ。
ショーバイやる気、ないんだろうか――と思ったが、どうもそうではないらしい。
「たぶん、3万円ぐらいで買ったんでしょうけど、これ、修理するとしたら、全部、分解して調べなくちゃいけない。買った値段ぐらいは、かかっちまいますよ。せっかく、逆回転し始めてくれたのになぁ……」
逆回転し始めてくれた……?
何言ってんだ、このオヤジ――と、ボクは、老職人の頭を疑った。
しかし、オヤジは、そんな疑いにおかまいなく、もっと信じられない言葉を口にした。
「近頃は、針を逆回転させてくれと言ってくる人が多いのに、せっかく逆回転し始めた針を元に戻してくれとはなぁ。変わってますなぁ、お宅は……」
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