洗濯板に捧げ銃〈5〉 ボタン3つ分の別れの儀式

「Red River Vally」を歌った。ひと筋、涙を
こぼしたリリーが言い出したのは……。
マリアたちへ 第20話
洗濯板に捧げ銃 第5章

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ここまでのあらすじ 受験校であるボクらの学校に音楽教師としてやって来た中尾百合。ボクらが「ミス・リリー」と呼んだ彼女は、いつも白いブラウスに黒いタイトスカートという合唱団のような格好で教壇に立った。「色気がない」とけなす生徒もいたが、村上たちがどこかから聞き出してきた話は、少し違った。前任の高校は、やや荒れたスクールだった。「お宅の生徒たちが、カラオケハウスで酒を飲んでいる」。通報を受けたリリーは、無防備にもそのカラオケ店に乗り込んだ。しかし、そこには生徒たちを束ねる反社会的と思われる男がいた。リリーは、その男に体を押さえつけられ、暴行を受けた。その暴行は「事件」になり、男は逮捕された。中尾百合は、その学校を退職し、教職を辞した。彼女を教職から葬ったのは、暴行で受けた心と体の傷ではなく、周囲にまき散らされた「淫乱教師」の醜聞だった。そうしてリリーがボクたちの学校に赴任して来て3年になる。しかし、そのリリーが学校を去ると言う。「洗濯板は、結婚することになりました」。そう言って退職の意思を告げるリリーにボクたちは、「谷間を君、去り行く」の歌を捧げた、――
ボクたちの歌が終わると、ミス・中尾は、流れ落ちる雫をスカートのポケットから取り出した水色のハンカチで拭い、それからゆっくりと、教室の窓辺に歩み寄った。
校庭を照らす秋の陽は、すでに西の空に傾き、音楽教室の白い壁をセピア色に染め始めていた。
ミス・中尾は、しばらく校庭を眺めていたが、やがて意を決したように、窓の白いカーテンに手を伸ばし、それをシャーッと引いた。差し込んでいた西陽が遮られて、教室の光が柔らかくなった。
「みんな、教室の真ん中に、丸く集まってください」
言われるままに、ボクたちが集合すると、ミス・中尾は、「もう少し広がって」と指示を出し、それから、ひとりひとりの顔を見たあとで、ゆっくりと口を開いた。
「ステキな歌をありがとう。みんなが歌ってくれた歌、私は一生、忘れないだろうと思います。この学校は受験校だから、ほんとは、音楽の授業なんてどうでもいい、と思われてるんだろうなぁ――と、私も、最初は思っていました。でも、みなさんは、そんな私の授業を、とても熱心に受講してくれました。こんなつたない私の授業を通して、みなさんが少しでも音楽を好きになってくれたとしたら、私にとって、これ以上、うれしいことはありません。ほんとは、みなさんが歌ってくれたくれた《Red River Valley》の百合の花でいられたらいいんだけど、私は、あんなリッパな花じゃない。でも、水仙ぐらいではいられたかな。みなさんの愛情に、何もお返しするものがないのだけど……」
言いながら、またミス・中尾はみんなの顔を見回した。
ひと通り見回すと、目を胸元に落とし、そして、おなかの上で組み合わせていた両手をゆっくりと持ち上げた。
ミス・中尾の手は、ゆっくり、ゆっくり……ブラウスの襟元にまで持ち上げられ、細い指がその襟元のボタンにかけられた。
ミス・中尾の純白のブラウスのボタンが、ひとつ外された。
唖然と見ているボクたちを尻目に、またひとつ、そして、またひとつ……。
「最後に、みんなに、私の洗濯板をプレゼントします。みなさんは、あと4カ月もすれば、この学園を巣立って、それぞれの世界へと旅立っていきます。やがて、これと思う女性と出会うこともあるでしょう。そんなときのために、洗濯板もわるくないゾってことを、学習してくれるとうれしい……」
ミス・中尾は、ブラウスのボタンを上から3つ目まで外すと、ミルク色に輝くブラウスの胸を自分の手ではだけて見せた。
ブラウスの下から現れたのは、純白の、フリルに縁取られたブラジャーと、その中から控えめな盛り上がりをのぞかせる、ほんのり血の色を浮かべた素肌だった。
ボクたちは言葉を失い、ただ呆然と、その姿を見つめた。
美しい――と、ボクは思った。
気高い――と、打ちしおれた。
校庭を照らす秋の陽は、すでに西の空に傾き、音楽教室の白い壁をセピア色に染め始めていた。
ミス・中尾は、しばらく校庭を眺めていたが、やがて意を決したように、窓の白いカーテンに手を伸ばし、それをシャーッと引いた。差し込んでいた西陽が遮られて、教室の光が柔らかくなった。
「みんな、教室の真ん中に、丸く集まってください」
言われるままに、ボクたちが集合すると、ミス・中尾は、「もう少し広がって」と指示を出し、それから、ひとりひとりの顔を見たあとで、ゆっくりと口を開いた。
「ステキな歌をありがとう。みんなが歌ってくれた歌、私は一生、忘れないだろうと思います。この学校は受験校だから、ほんとは、音楽の授業なんてどうでもいい、と思われてるんだろうなぁ――と、私も、最初は思っていました。でも、みなさんは、そんな私の授業を、とても熱心に受講してくれました。こんなつたない私の授業を通して、みなさんが少しでも音楽を好きになってくれたとしたら、私にとって、これ以上、うれしいことはありません。ほんとは、みなさんが歌ってくれたくれた《Red River Valley》の百合の花でいられたらいいんだけど、私は、あんなリッパな花じゃない。でも、水仙ぐらいではいられたかな。みなさんの愛情に、何もお返しするものがないのだけど……」
言いながら、またミス・中尾はみんなの顔を見回した。
ひと通り見回すと、目を胸元に落とし、そして、おなかの上で組み合わせていた両手をゆっくりと持ち上げた。
ミス・中尾の手は、ゆっくり、ゆっくり……ブラウスの襟元にまで持ち上げられ、細い指がその襟元のボタンにかけられた。
ミス・中尾の純白のブラウスのボタンが、ひとつ外された。
唖然と見ているボクたちを尻目に、またひとつ、そして、またひとつ……。
「最後に、みんなに、私の洗濯板をプレゼントします。みなさんは、あと4カ月もすれば、この学園を巣立って、それぞれの世界へと旅立っていきます。やがて、これと思う女性と出会うこともあるでしょう。そんなときのために、洗濯板もわるくないゾってことを、学習してくれるとうれしい……」
ミス・中尾は、ブラウスのボタンを上から3つ目まで外すと、ミルク色に輝くブラウスの胸を自分の手ではだけて見せた。
ブラウスの下から現れたのは、純白の、フリルに縁取られたブラジャーと、その中から控えめな盛り上がりをのぞかせる、ほんのり血の色を浮かべた素肌だった。
ボクたちは言葉を失い、ただ呆然と、その姿を見つめた。
美しい――と、ボクは思った。
気高い――と、打ちしおれた。

「順番に、みなさんをこの胸で抱きしめてあげます。ただし、ごめんなさい。ひとり10秒ずつにさせてね。終わった人から教室を出て行くこと。それで、私とみんなとのお別れにしましょう。さぁ、いらっしゃい」
最初に、村上が、次に内田が……ひとりずつミス・中尾の胸に顔を埋め、ミス・中尾はまるでいとおしむようにその頭を抱き寄せて、10秒の名残を惜しんだ。
ボクの順番は、最後だった。
ミス・中尾の胸に顔を埋めると、かすかに甘いミルクのような香りがした。
「洗濯板」は、ほんとは、「洗濯板」じゃなかった。
顔をつけると、ミス・中尾の胸は、まるでクッションのようにボクの鼻の頭をその弾力の中に受け入れて、頬も額も、まるごと柔らかい肌の中に包み込んでくれた。
「ありがとう。あなたが、コーラス部を作ってくれたの、とてもうれしかったわ」
言いながら、頭を抱えるミス・中尾の手に、少しだけ力が加わった。
その力が、ボクの頭を乳房のふくらみの上にいざなった。
ふくらみを覆っていたブラジャーの縁が、少しだけズレた。
ズレた縁から、硬く屹立した果実が顔をのぞかせて、ボクの口元に触れた。
その瞬間、ミス・中尾の手がボクの頭を引き起こした。
「10秒よ。さ、行きなさい。元気でね」
ボクが教室を出て、入り口の引き戸を閉めると、中から、ミス・中尾のよく響く声がした。
「みんな、さよなら~」
よく通るソプラノだったが、その声が、気のせいか……少しビブラートしているようにボクたちには聞こえた。

教室を離れると、ボクたちの何人かは、トイレに駆け込んだ。
「洗濯板も、ええのう」
小便器に向かいながら、だれかが言った。
「ありゃ、洗濯板なんかじゃ、ありゃせんがぁ」
「先生、近くで見ると、案外、ええ女じゃったのぉ」
「ワシ、チンポが立っとぉ」
「ワシもじゃ」
口々に言いながら、放出にかかろうとしたところへ、だれかが「よっしゃ」と声をかけた。
「ワシらのミス・中尾に、チンポ敬礼! マスかき始めッ!」
男子トイレの西向きの窓から見える秋の陽は、日没近しを思わせる赤銅色に輝いていた。
ボクたちは、その夕陽を眺めながら、一斉に手を動かし始めた。
ミス・中尾の胸のやさしい弾力を思い出しながら。
その幸せを祈りながら、そして……。
第20話『洗濯板に捧げ銃』は、これにて《完》です。

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