洗濯板に捧げ銃〈2〉 美しき身代わり

いつも白いブラウスに黒いスカートで教壇
に立った。その姿にボクたちは——。
マリアたちへ 第20話
洗濯板に捧げ銃 第2章

ここまでのあらすじ 中尾百合。ボクたちが「ミス・リリー」と呼んだその教師は、受験校であるボクたちの学校に音楽教師として赴任してきた。受験に関係のない音楽の授業など、だれも真剣に勉強しようとはしない学校だったが、彼女が音楽を通して伝えようとする世界観は、生徒たちの何人かを音楽の世界に引き込んだ。そのリリーには、しかし、人知れない過去があった――
教壇に立つ音楽教師・中尾百合は、いつも黒のタイトスカートに白いブラウスといういで立ちだった。
どこかの聖歌隊がステージに整列するときのような服装で、清楚と言えば清楚だが、飾り気がないとも言えた。
ボクたちはそんなリリーを「地味すぎる」「色気がない」などと評していた。中には、「あいつ、胸ないで」と、露骨に言うやつもいた。
実際、中尾百合のブラウスの胸は、少しも膨らんでは見えない。口の悪いやつは、そんな胸の薄さを「洗濯板」とからかったりもしたが、ボクたちは概ね、そんな彼女の飾り気のなさに好感を持っていた。
しかし、村上たちがどこからか聞き出してきた話は、そんなボクたちの胸をザワつかせた。
「リリーな、前の学校でやられたらしいで」
「やられた――て、何を?」
「女がやられたゆうたら、あれやろ。だれかにぶち込まれたんよ、アレを」
「エッ!」とボクは声を挙げ、「ぶち込まれた」と口にした村上の顔をにらみつけた。
「そういう言い方すなよ」と諭すと、何人かがそれに同調した。
しかし、村上が口にした「やられた」は、どうやら、ほんとうのことらしかった。

東京の音楽大学に進んだミス・リリーは、たぶん、自分の音楽的才能にどこかで限界を感じたのだろう。在学中に教員免許を取得していた。
卒業後は、いったん東京の楽器店に就職したが、何か事情があったらしく、そこを1年ほどで辞めて、郷里の広島県で公立高校の音楽教師として教壇に立った。
しかし、その学校は、荒れていた。生徒の中には暴走族のメンバーになっているようなのもいて、その暴走行為が度々、地元の新聞に取り上げられてもいた。
その荒れた学校に、中尾百合は音楽教諭として赴任した。
どこかの聖歌隊がステージに整列するときのような服装で、清楚と言えば清楚だが、飾り気がないとも言えた。
ボクたちはそんなリリーを「地味すぎる」「色気がない」などと評していた。中には、「あいつ、胸ないで」と、露骨に言うやつもいた。
実際、中尾百合のブラウスの胸は、少しも膨らんでは見えない。口の悪いやつは、そんな胸の薄さを「洗濯板」とからかったりもしたが、ボクたちは概ね、そんな彼女の飾り気のなさに好感を持っていた。
しかし、村上たちがどこからか聞き出してきた話は、そんなボクたちの胸をザワつかせた。
「リリーな、前の学校でやられたらしいで」
「やられた――て、何を?」
「女がやられたゆうたら、あれやろ。だれかにぶち込まれたんよ、アレを」
「エッ!」とボクは声を挙げ、「ぶち込まれた」と口にした村上の顔をにらみつけた。
「そういう言い方すなよ」と諭すと、何人かがそれに同調した。
しかし、村上が口にした「やられた」は、どうやら、ほんとうのことらしかった。

東京の音楽大学に進んだミス・リリーは、たぶん、自分の音楽的才能にどこかで限界を感じたのだろう。在学中に教員免許を取得していた。
卒業後は、いったん東京の楽器店に就職したが、何か事情があったらしく、そこを1年ほどで辞めて、郷里の広島県で公立高校の音楽教師として教壇に立った。
しかし、その学校は、荒れていた。生徒の中には暴走族のメンバーになっているようなのもいて、その暴走行為が度々、地元の新聞に取り上げられてもいた。
その荒れた学校に、中尾百合は音楽教諭として赴任した。
音楽で、荒んだ心に愛の灯をともしてあげたい――そんな志に胸をふくらませて飛び込んだ教育の現場だったが、しかし、その現場は、若い彼女の理想も、夢も、無残に打ち砕き、青臭い体液にまみれさせて、汚辱の海に打ち捨てた。
その頃の中尾百合は、黒いタイトスカートに白いブラウスといったコンサバティブな服装ではなく、デニムのスラックスに上はTシャツやセーターといった、ラフな服装を好んで着用していた。
そのほうが行動しやすいから――という理由からだった。
学校を出て2年目の中尾百合は、実際、行動的な教師だったらしい。
教室で楽典を教えたり、世界の名曲を聴かせたり歌わせたりするだけでなく、ときには校庭で大きな声で歌わせたり、生徒を公園に連れて行ってコーラスをさせたりした。
そういう行動的な教師に、生徒の多くは、「今度の女先生、面白いで」と好感を抱いていた。しかし、その行動力には、リスクも伴った。

「お宅の生徒さんが、カラオケの店でお酒飲んで、タバコ吸ってますよ」
学校にその電話がかかってきたのは、夜の10時過ぎだった。
ふつうは、そんな時間まで学校に残っていることはないのだが、その日は、翌日の授業で使う譜面を選んで書き写し、人数分のプリントを用意したりしなくちゃならないので、遅くまで残って残業していた。
学校には、警務要員がひとり残ってはいたが、あくまでガードマンなので、課外指導に行かせるわけにはいかない。ほんとうなら、男性の生活指導担当に連絡を入れて向かわせるべきなんだろうが、行動力に富んだ中尾百合は、「すぐ行きます」と街へ飛び出した。
無防備な子ウサギは、連絡のあったカラオケルームへ駆けつけるなり、生徒たちがいるという個室に、無謀にも飛び込んだ。
顔を見たことのある3人の教え子たちが、ソファに座り、足を投げ出してタバコをふかし、ビールびんに直接口をつけて、飲んでいた。
「あんたたち、何しよん、こんなとこで!」
勢い込んで叱責の声を挙げた教師・リリーだったが、そこにいたのは、生徒たちだけではなかった。
「なんじゃい、おまえは?」
ドスの利いた声で、ノソリと立ち上がり、詰め寄ってきたのは、短髪に剃り込みを入れ、二の腕から刺青をのぞかせた、目つきの鋭い男だった。
「私は、この子たちの教師です。あなたが飲ませたんですか、この子たちに?」
ほんとうはビビっただろうに、中尾百合は、気丈にも、その目つきの鋭い男に食ってかかった。
「それがどうしたゆうんじゃ!」
「未成年ですよ。未成年に飲酒させると、飲ませた者も罪に問われるんですよ」
「ほうけ。未成年に飲ませると罪になるんか? 生徒思いの先生じゃのう。未成年のおまえらには飲ませたないんやと。どがいしょうかいのォ? ほな、先生に代わりに飲んでもらうか、のォ?」
3人の生徒たちは、「それ、いいッスねェ」と手を叩いた。
そのときになって、百合は初めて、自分がまずいところに来たことに気づいた。
しかし、気づくのが遅すぎた。
⇒続きを読む
その頃の中尾百合は、黒いタイトスカートに白いブラウスといったコンサバティブな服装ではなく、デニムのスラックスに上はTシャツやセーターといった、ラフな服装を好んで着用していた。
そのほうが行動しやすいから――という理由からだった。
学校を出て2年目の中尾百合は、実際、行動的な教師だったらしい。
教室で楽典を教えたり、世界の名曲を聴かせたり歌わせたりするだけでなく、ときには校庭で大きな声で歌わせたり、生徒を公園に連れて行ってコーラスをさせたりした。
そういう行動的な教師に、生徒の多くは、「今度の女先生、面白いで」と好感を抱いていた。しかし、その行動力には、リスクも伴った。

「お宅の生徒さんが、カラオケの店でお酒飲んで、タバコ吸ってますよ」
学校にその電話がかかってきたのは、夜の10時過ぎだった。
ふつうは、そんな時間まで学校に残っていることはないのだが、その日は、翌日の授業で使う譜面を選んで書き写し、人数分のプリントを用意したりしなくちゃならないので、遅くまで残って残業していた。
学校には、警務要員がひとり残ってはいたが、あくまでガードマンなので、課外指導に行かせるわけにはいかない。ほんとうなら、男性の生活指導担当に連絡を入れて向かわせるべきなんだろうが、行動力に富んだ中尾百合は、「すぐ行きます」と街へ飛び出した。
無防備な子ウサギは、連絡のあったカラオケルームへ駆けつけるなり、生徒たちがいるという個室に、無謀にも飛び込んだ。
顔を見たことのある3人の教え子たちが、ソファに座り、足を投げ出してタバコをふかし、ビールびんに直接口をつけて、飲んでいた。
「あんたたち、何しよん、こんなとこで!」
勢い込んで叱責の声を挙げた教師・リリーだったが、そこにいたのは、生徒たちだけではなかった。
「なんじゃい、おまえは?」
ドスの利いた声で、ノソリと立ち上がり、詰め寄ってきたのは、短髪に剃り込みを入れ、二の腕から刺青をのぞかせた、目つきの鋭い男だった。
「私は、この子たちの教師です。あなたが飲ませたんですか、この子たちに?」
ほんとうはビビっただろうに、中尾百合は、気丈にも、その目つきの鋭い男に食ってかかった。
「それがどうしたゆうんじゃ!」
「未成年ですよ。未成年に飲酒させると、飲ませた者も罪に問われるんですよ」
「ほうけ。未成年に飲ませると罪になるんか? 生徒思いの先生じゃのう。未成年のおまえらには飲ませたないんやと。どがいしょうかいのォ? ほな、先生に代わりに飲んでもらうか、のォ?」
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管理人は、常に、フルマークがつくようにと、工夫して記事を作っています。
みなさんのひと押しで、喜んだり、反省したり……の日々です。
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